こんにちは、コエヌマカズユキです。物書き業のかたわら、本をコンセプトにしたバーをやっています。
書籍というのは出版社によってそれぞれ特長がありますよね。純文学に強い出版社や、歴史に強い出版社、中でもマニアが多く異彩を放っている出版社といえば……
早川書房
早川書房は1945年8月、初代社長の早川清氏によって設立されました。SFやミステリに強い出版社として知られています。
なぜSFやミステリを刊行するようになったのでしょうか?
というわけで、今回は特に『SF』をメインにお話を聞いてみたいと思います
※次回『ミステリ編』は3月29日に公開予定なので、ミステリファンのみなさま、お待ち下さい
こちらは早川書房の応接室。壁にかかっている写真は、ダニエル・キイスやカズオ・イシグロ、そしてホーキング博士といった超・有名人ばかり。ヒエ~!
こちらが全SF(&ミステリ)ファン憧れの地、早川書房編集部です。
憧れの……はず……だったんですが、あれ?
ちょっと汚……いや、カオス理論を体現した雰囲気ですが、これが早川書房編集部です
そしてこちらの、本に埋もれて仕事している方が、今回お話を聞かせて頂く清水直樹さんです。
もくじ
1ページ目
2ページ目
・早川書房・清水さんが選ぶSFおすすめ選
→ミステリ編=3月29日に公開予定
ハヤカワSFの歴史
取材で使わせていただいたのは、早川書房の1階にある「カフェ・クリスティ」(東京都千代田区神田多町2-2)。店名の由来はもちろん、世界的ミステリ作家アガサ・クリスティから。
「早川書房さんといえばSFかミステリというイメージですが……いつ頃からそれらに特化しはじめたんでしょうか」
「創業当時(1945年)、東京は戦後の焼け野原でした。もともとは演劇雑誌『悲劇喜劇』を刊行していたんですが、初代社長の故・早川清は、GHQの兵隊がペーパーバックをズボンのポケットに刺しているのを見て、ある思いにとらわれたそうです」
「ペーパーバックというと、海外の安価な製本の書籍ですよね? 一体どういう思いを?」
「堅苦しいブンガクではなく、ポケットに入れて気軽に楽しめる大衆文学を人々に届けようと。それでポケミス(※ハヤカワ・ポケット・ミステリの略語。ポケットに入るサイズが特徴の翻訳ミステリシリーズ)を作ったんです」
「SFよりもミステリが先だったんですね」
「はい。ミステリはエンターテイメントを求めていた当時の日本人に受け入れられて、大成功しました。そこで、同じく大衆文学であり、海外ではすでに流行していたSFもやってみようと」
「それはいつ頃のことでしょうか」
「ミステリに遅れること約5年、1957年に『ハヤカワ・SF・シリーズ(通称・銀背)』を、1959年に『SFマガジン』を刊行しました」
「おぉ、ここでついに『SFマガジン』の名前が!」
SFマガジン
日本で唯一のSF雑誌。初代編集長は故・福島正実氏。SF小説をはじめファンタジー小説、漫画作品なども掲載している。 2019年2月号は「百合特集」で話題を呼んだ。
「これらの刊行により、早川書房にとってのSFは、ミステリと並ぶ柱になりました。現在ではSF作品の刊行数は2000を超えています。ここまでSFを出している出版社は他になく、ジャンルを作ってきた開拓者という自負がありますね」
「ちなみに、最初に出したSF作品は?」
「『ハヤカワ・SF・シリーズ』の第一弾として『盗まれた街(ジャック・フィニイ)』『ドノヴァンの脳髄(カート・シオドマク)』といった、1950年代当時としては前衛的な要素もある作品を刊行しました」
「SFなのに前衛文学……なぜでしょう?」
実はこのラインナップには、SFマガジンの初代編集者も務めた福島正実さんの思いが込められているそうです。
当時のSF映画といえば、ブリキのロボットや毛むくじゃらの男が登場して暴れるなど、B級作品が中心。SF小説は主流文学より下に見られていました。そのため、SFの地位を上げたい思いがあったのだそうです。しかし売れ行きはと言うと……
「最初は主流文学・幻想文学よりのセレクトが中心だったので、なかなか大きな売上を作ることができませんでした」
「どのように打開したのですか?」
「1970年にSFマガジンの二代目編集長の森優さんが、ハヤカワ文庫SF(通称・青背)を創刊。『さすらいのスターウルフ (エドモンド・ハミルトン )』など、スペースオペラを中心にした路線に転じます。その後の『スター・ウォーズ』公開も相まって一大ブームになります」
「それで持ち直し、現在に至るのですね!」
背表紙が白の「白背」は娯楽系SF、背表紙が青の「青背」は本格SF
「スペース・オペラもそうですが、SFって色んなジャンルがあってちょっと難しそうだなという印象があります。大まかなジャンルと代表的な作家を教えていただけないでしょうか」
「ジャンルは確かに色々ありすぎて難しいですよね(笑)。複数のジャンルにまたがるような作品もあるし、人によってジャンル分けの定義も違ったりします。あくまで私個人が大まかに言うと……ということになりますが」
「ぜひ教えてください!」
「まずは古典。H・G・ウェルズやジュール・ヴェルヌなど、SF黎明期の作品です。1800年代後半くらいですね」
「そんな昔からSFってあったんだ」
「1920年頃になると、先程お話ししたスペース・オペラというジャンルが人気になります。宇宙活劇というべきジャンルで、星をまたにかけて冒険したり、宇宙戦争を扱ったり……」
「『いわゆるSF』と聞くと、そういうのを最初にイメージしちゃいますね」
「そのあたりまではどちらかというと荒唐無稽な作品も多かったんですが、1950年代から最新の物理学や天文学に基づいた科学的な作品群が大流行します。ハードSFといって、アーサー・C・クラークやアシモフ、ハインラインなど、現在でも人気の大作家も、この世代になります 」
「おぉ、さすがにそのあたりの作家は誰もが知っている感じですね」
「続いて、ニューウェーブというジャンルは……今まで宇宙や未来などに向かっていたテーマを、精神の内側などに向けたもので、文学的な側面を持った作品です。フィリップ・K・ディックやハーラン・エリスンなんかが有名ですね」
「SFの代表的なジャンルとしては、後はサイバーパンクとかですかね。テクノロジーと融合した近未来や、電脳空間といった概念が人気になりました。ウイリアム・ギブスンの作品などはいくつか映画にもなっていますね」
「ざっと紹介して頂きました。さっそく読んでみよう……!」
SFを取り巻く環境の変化
「SFの地位を上げたい、というお話がありましたが、文学作品としての評価は実際どうなのでしょう?」
「高まっていると思います。例えば作家の円城塔さんは、うちのSFをたくさん読んでくださっているそうです。もともと円城さんは、SF小説を対象とした『小松左京賞』へ応募し、受賞はならなかったものの、その作品『Self-Reference ENGINE』でハヤカワからデビューしています。その後、『道化師の蝶』で第146回芥川賞を受賞しました」
「『壁』『砂の女』などで知られる作家の故・安部公房さんも、SFが低くみられることに言及し、擁護していました。自作と照らし合わせて、SFを近いジャンルだと思っていたのではと思います」
「清水さんが入社されたのは25年前とのことですが、SFを取り巻く環境として、当時と今で変化したことはありますか?」
「SFがより世間一般に受け入れられているような気がします。今の社会では、AIやロボット、月旅行、小惑星探知機など、SFの世界でしかなかったものが、当たり前に存在していることも大きいのでしょう」
「確かに。自動運転も現実になりつつあるし、空飛ぶ車の開発も進んでいるというニュースを見ました。一昔前は遠い未来の話のように思えたことが、少しずつ当たり前になっていますものね」
「小説でもSF的な設定の作品が増えましたし、ハリウッドの大作は、毎シーズン何らかのSF映画が公開されている気がします」
「ところで今は、出版不況や活字離れと言われています。書籍が売れづらくなる状況を、早川書房さんはどう捉えているのでしょう」
「早川書房の持つSF・ミステリのブランドは、一定の読者を維持していくという点において、強みになると思います。ただ、ブランドイメージを維持するには、一定レベル以上の作品を出し続ける必要がある。昔からの読者は目が肥えていますし、他社の出版物よりも当社は厳しい目で見られていると思います」
「歴史やブランドにおごらず、いい作品を生み出し続けていくというわけですね」
「そうですね。一方で当社はSFマガジンや書籍を通じて、自分たちでトレンド・潮流を作っていくこともできます。それが我々編集者にとってのやりがいでもあります」
「最後に、SFをあまり読んだことがないという人にメッセージをお願いします」
「SFは世の中の流れと一番親和性が高い分野です。AIやロボット、フェイクニュースやディストピアなど、まさにSFが現実になった社会だと言えます。そういう意味で、ノンフィクションにも近い。古典から読んでいくと時間がかかってしまうので、現実と接点のある最近の作品から入るのはいかがでしょう」
「ありがとうございました! 次ページからは、実際に清水さんのおすすめSFを挙げて頂きましょう!」