こんにちは、ジモコロライターの根岸です。
テープ起こしが苦手なぼくがFacebookのシェアをきっかけにその存在を知った「ブラインドライター」の松田昌美さん。視覚障がいのある彼女は、優れた聴力を生かしてテープ起こしを専門に行うライターとして昨年末にホームページを立ち上げ、その活動をスタートさせました。
前回の記事では、そんな松田さんが「トイレットペーパーの芯から見ているような」と表現する視覚障がいのことや、音声データを倍速再生でも聞き取れる優れた聴力のこと、仕事を始めるきっかけをつくったライターの和久井香菜子さんやブランドコンサルタントの守山菜穂子さんとの出会いなどについてお伝えしました。
自分の仕事を生み出し、新たな一歩を踏み出した松田さん。でも、障がいを持ちながら歩んできたこれまでの人生は、決して平坦なものではありませんでした。
数時間だけ話を聞かせてもらったぼくに彼女のすべては伝えきれませんが、彼女がこの社会のなかでどんなことを感じながら生きて、どのように仕事と向き合ってきたのかということをぼくのつたない文章でお伝えして、皆さんの胸のうちに少しでも何かを残すことができたらと思っています。
それでは後編スタート!
反骨のブラインドライター
「松田さんのことを知りたいと思ってブログを読んでいたんですが、結構赤裸々に思いをつづっていますよね。特に『働くことを考える』というエントリーは、社会の理不尽に訴えかけるものがあって、考えさせられました」
「そうですね、学生の当時は高校を卒業したらどこかの工場の下請け作業をして、月3万円稼げればいいほうだって言われてましたから」
「月3万円だと一人で生活するのは厳しいですよね」
「そうですね。ブログにも書きましたけど、私は書くこと以外に興味がなかったし、正直勉強ができない生徒でしたから、高校受験に失敗して、一般の学習をするクラスには入れなかったんです。私が入ったクラスにいる子たちはみんな、工場の下請けとか授産所施設に入所するのが目標で。授業の中で作業服を着て畑を耕したり、作業所から下請けの仕事をもらってきたりして職業訓練を受けていました。でも、私たちができることってそれだけではないはずなんですよ」
「その仕事がどうというわけではなくて、それしか道がないとされていたことに違和感を感じていたと」
「そうですね、だから必死で勉強したし、私のことを決めつけてきた人たちを見返してやりたいと思った。この子は目が見えないからとか、この子にはこれしかできないからとか、大人が勝手に思い込みのフィルターをかけて、子どもたちの可能性をつぶしちゃいけないと思う。それはいらないフィルターだし、そういう環境にいるからって、当事者も染まっちゃだめなんです」
「違和感を抱えながら、それを自分のなかに押さえ込んできた人も多いでしょうね」
「私のような人でも上京して仕事をして、今こうしてブラインドライターという活動をしている。今障がいがあることで自分にフィルターをかけている人がいるなら、松田にもできるんだから私にもできるかもって思ってもらえたらうれしいですね。何ごともまずはやってみることが大切だと思う」
「お前〜この前までそんなこと言ってなかったじゃん? ちょっと有名になったからって調子にのるなよぉ?」
「えへへ。でも、私はこの仕事は私にしかできないって思うようにしてる。自己暗示みたいだけど、やっぱり自分には負けたくないから」
障がいと共に、生きること
「松田さんはきっと、これからいろんな人に勇気を与える存在になれると思いますよ」
「そうなりたいですね。でも、私ずっと自分に自信がなくて、会社をクビになったりもしてたんです。自分に向いている会社を見つける才能がないとか思ってた。上京して8年間で出した履歴書は300以上。何とか面接にこぎつけても、家族の支援をまったく受けずに一人暮らしをしていると言うと、『どうやって着替えているの?』『肉じゃが、どういう手順で作るか説明して』とか、そんなことからまず聞かれたりして」
「肉じゃがのレシピは仕事に関係なさそうですよね」
「視覚障がいのことが分からないから、心配なんでしょうね。だから私も相手の心配をできるだけ減らそうと思って、できる限りの努力はしているつもりなんです。たとえば、面接が決まるたびに、通勤路のルートで歩行訓練を重ねたりして」
「採用が決まった段階ではなく?」
「はい。だって、採用が決まったら遅刻しないで出社しないといけないから。相手の企業さんは目が見えなくても安全に通勤できるかってことをすごく心配するんです。過剰に心配されるという意味では、家を探すときも同じですね」
「貸してくれないんですか?」
「そうですね。私は今の部屋を探すときに、希望のエリアに300件の物件がありました。でも、そのうち面接で障がいのことや家族構成などを説明して、さらに事件を起こした経歴がないことも明らかにして、それで大家さんが納得したらOKという物件が10件。内覧だけならいいという物件が5件。経験あるから気にしないといってくれた物件が2件でした」
「選択肢がほとんどないじゃないですか」
「不動産屋では、契約書が自分で書けないと信頼性に欠けるから家族を同伴させて欲しいというのはよくありました。階段付きの物件で落ちて死んだりされたら困るからとか、料理をして火事になったら困るからとか、いろんな理由を付けて、引越しが決まった後に契約を無効にされたこともあります」
「そうなんだ…。障がいに対する理解が間違っているなーと感じるときって、普段も多いですか?」
「そうですね……たとえば、白杖を突きながら駅のなかを歩いているときに、突然腕を掴まれて『大丈夫⁉︎ 改札はこっちだよ!』って、知らない人に連れて行かれることがあるんです。視覚障がい者は頭のなかの地図で動いているので、『はい、着いたから、じゃあね!』って感じで置き去りにされると、自分がどこにいるのか分からなくて動けなくなってしまう」
「ああ…。その人は善意でやっているかもしれないけど、それが裏目に出ているという」
「改札だったら音もするし、駅員さんもいるから、まあ何とかなるんですが、街中でしかも知らない道で同じようなことをされてしまうと、どうにもならなくて……」
「ぼく今の話を聞いてて、『不思議のダンジョン』っていうゲームを思い出しました。あれって、キャラが一歩進むと、マップが一個ずつ進んで、見える世界が広がっていくんです。でも、まだ行ったことがない場所は真っ暗。松田さんが歩こうとしている道とは全然違うところにいきなりポンっと置かれる状況は、着々と見える世界を広げていたのに、突然真っ暗な知らない場所にワープさせられるような感じなのかもしれない」
「じゃあ、何かしてあげたい人はどうすればいいんですか?」
「手助けを必要としているか、どうすればいいのかを確認してほしいです。実際に助けが必要な場面は多いし、助けようとしてくださる気持ちは、障がい者にとってもありがたいことなので」
「迷惑なことをされても、善意だと分かっているので、障がい者は『やめて』と言いづらいんですよ。逆に『ありがたく好意を受けられなくてごめんなさい』と、罪悪感を抱いてしまう人もいるみたいです」
「そうかー。善意をきちんと相手に届けるためには、マナーを知らないといけないなぁ」
「でも私は、迷うことも楽しんでやりたいので、そういうときも『どうにかなるさ!』という気持ちで乗り越えてます。料理も失敗して、指を包丁で切ったりしないとできるようにならないじゃないですか。道も迷わないと覚えられませんから」
テープ起こしで娘のために家を建てる
「ブログにも書かれてましたけど、娘さんがいらっしゃるんですよね?」
「はい、9歳の娘がいます。ある人と20歳のときに結婚してできた子どもです。でも子どもが生まれてすぐに離婚して、親権も渡してしまったので、それ以来ずっと会っていません。だから、いつか娘に会いたいんですよ。娘のために家を建ててあげるのが私の夢なので」
「おお…!」
「私は自分一人で娘を食べさせてあげられるくらいしっかりしたいって、ずっとそれだけを考えてやってきました。マイノリティで社会の働き方に合わないところはあったけれど、こんな私でも今はブラインドライターという仕事ができてる。一生懸命がんばって、少しずつでも夢に近付けたらいいなって思ってます」
「応援しています!」
「ありがとうございます。全国のライターの皆さん、テープ起こしのご依頼もお待ちしてます!(笑)」
「ライターにとって苦痛なテープ起こしが、松田さんにとっては旅行の疑似体験ができて、なおかつ仕事になるんですよね。こんな幸せな仕組みはないので、困ったら無理せず依頼しましょう!」
松田さんの勘所を押さえた抜群のテープ起こしで書かせてもらった今回の記事。松田さんの信念が宿った言葉の数々からは、ときに世知辛く理不尽なこの世の中で、障がいの有無にかかわらず、前を向いて生きていくことの大切さを教えられたような気がしました。
ぼくも日々の仕事に向き合って精進するぞー!
ありがとう、松田さん!
絶対、夢を叶えてください!
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ライター:根岸達朗
1981年生まれのフリーライター。1児の父。息子が私のことを「うんちばかもの」と呼びます。
Mail:negishi.tatsuro@gmail.com/Twitter ID:@onceagain74/Facebook:根岸達朗