こんにちは、ジモコロライターの根岸です。
皆さんにこんなことを言うのも何ですが、ぼくは苦しんでいます。
なぜならぼくは今、ライターとしてもっとも苦手な作業に向き合っているからです。
こいつです。
ここに入っている取材の音声データを起こす、いわゆるテープ起こしが本当に苦手なんです。
何度聞いても、気持ち悪くなる自分の声……
ライターにあるまじき、質問のキレの悪さ……
もしかして、場の空気に呑まれてない……?
持ち前のシャイさが遺憾なく発揮されてない……?
ライター何年やってんだよ、お前は。
このあと、キーボードに頭を200回くらい打ち付けてPCを破壊したくなる衝動に駆られましたが、持ち前の自制心がそうさせませんでした。苦しみを内側に閉じ込めて、自家中毒を起こすタイプです。
それにしても、本当にテープ起こしが苦痛……
だからといって、顔の見えない業者には頼む気になれないし、知人・友人にお願いするのも、末端のライターが何言ってんだという感じもするし……。
できることなら誰かに頼みたいけど、いろいろあって結局自分でやってる書き手の人って、多いんじゃないでしょうか?
そんな風に考えていた矢先のこと、Facebookのタイムラインに流れてきたある情報に、ぼくは思わず見入ってしまいました。
テープ起こし専門のライター?
しかも、視覚障がいを持っている?
テープ起こしに悩んでいる僕にとっては、まさにタイムリーすぎる存在。
もしかしてライター界の救世主なのでは?
そんな期待がむくむくと膨らんできて、どうしても一度会って話を聞いてみたくなったのでした。
「じゃあ、一度取材させてもらって、そのときの音声の起こしも仕事として頼んでみませんか?」
「ナイスアイデアすぎるけど、それってまさかの経費?」
「はい、経費で」
「いいの? 本当に? あとで請求しない?」
「しません(しつこい)」
私のテープ起こしを待っている人がいる
松田さんは静岡県出身、東京都在住の29歳。子どもの頃から「弱視(じゃくし)」があり、26歳のときに目の病気が進行。現在の視力は「目の前に出された指の数が分かる程度」だそう。
一方で、倍速の早送り音声や複数人が同時に話しているような音声でも聞き取れる並み外れた聴力の持ち主。OLとしてコールセンターで働く傍ら、盲学校時代に身に付けた「テープ起こし」の技術を生かし、2014年から「ブラインドライター」としての活動をスタート。同年末に公開したホームページが話題を集めています。
「初めまして。お会いできてうれしいです。今日の取材場所に来られるまで、結構ガヤガヤしてるとこ通ったと思うんですけど大丈夫でしたか?」
「あ、大丈夫ですよ。今日の取材は、私に仕事のきっかけをくれたライターの和久井香菜子さんがアテンドしてくださいましたので」
「どーもー! 今日は自分の取材じゃないから気が楽〜!」
「その気持ち、分かる気がする」
「ホームページ拝見しましたが、すごい反響だったみたいですね。いろんな人にシェアされていて、それで僕も松田さんのことを知りました」
「自分でもこんなに反響があるとは思わなかったので、ほんとにびっくりしました。おかげさまでいろんな方からお仕事の相談もしていただいて」
「ライターや編集者は、テープ起こしをたくさん抱えて困ってる人も多いはず。ニーズは絶対にあると思います」
「そうですかねー。そうだとうれしいです。もともと文章を書くのが好きでしたが、自己満足で終わっていたようなところもあったので、それがこうやって誰かのためになると思えたことが嬉しかったですね。まさかこんな形で書き続けることができるなんて」
「それにしてもジモコロさん、コンタクト早かったよね。情報出したその日だもん。私がホームページに感動的な推薦文を書いちゃったからかな(笑)。『障がいは機能を失うことではなく、新たな能力を身につけること』とか」
「確かにあの一文は、ぐっときました。さすがライターだなぁと」
「同業ですけどね」
「初めはちょっとやってみようかな〜と思っていたくらいだったんです。だから、2人の共通の友人のブランドコンサルタント・守山菜穂子さんが作ってくれたホームページを見たときはびっくりしました。こんなにすてきに作ってもらえるなんてって感じで。ブラインドライターという肩書きも守山さんが考えてくれたんです」
「いい出会いが積み重なったんですね」
「そうですね、応援してくれる人がいるのは心強いです。新しい一歩を踏み出すきっかけをくれた2人には本当に感謝していますし、その恩に報いるためにもがんばらなくちゃって思います!」
障がいは新たな能力を身につけること
「現在の障がいの程度について、教えてもらえますか?」
「はい。まず、右目はまったく見えません。左目は目の前で出された指の数と手が動いているか止まっているか分かるくらいの視力があります。色や光の認識ができるので洋服を買いに行ったり映画を観たりするのが大好きなのですが、視野が狭いので真ん中しか見えません。分かりやすく言うと、トイレットペーパーの芯から世界を見ているような感じ。でも、今はそれよりももうちょっと視野が狭くなってるかな」
「目の障がいにもいろいろあるんですよ。視力はあるけど視野がすごく狭いとか、明るさは分かるけど全体にスモークがかかっているように見えているとか」
「私の場合は、生きている網膜が鉛筆の芯くらいの大きさしかないので、主治医からはこれが落ちてしまったらもう何も映らないよって言われています。見る角度を変えたら見えるというような問題でもないから、これでやってくしかないんだよって」
「前は文字を書くこともできたけど、どんどん視力が落ちてきて、それもできなくなったってブログにも書かれていましたよね」
●松田さんのブログ「Pocket Apple」
http://ameblo.jp/fairyland0218/
「そうですね、でも耳の良さには自信があります」
「テープ起こしの音声を聞くだけで、部屋のなかに何人いるか分かるんでしょ?」
「え?」
「音の伝わり方で、大体状況が把握できるんですよ。誰かが飲み物を飲んでるなとか、グラスの数はこのくらいだなとか。扉が結構重そうだなとか、声が響くから広い部屋にいるんだなとか」
「超音波を使いこなすコウモリとかイルカみたいな」
「いやいや、あんなに頭良くないです(笑)」
「じゃあ、最初この部屋に入ってきたとき、どんな風に感じましたか?」
「結構大きい部屋なんじゃないですかね」
「確かに打ち合わせとかに使うような広めの部屋ですね」
「真四角に近いつくりでは?」
「!!!」
「長方形の部屋だと、声がもっと奥に広がるんですよ。四角だと声が大体四方に広がっていくというか、声が散る感じなんですね。だからそうかなと」
「すごい。そういう風に把握するんだ」
「ホームに入ってきた電車が混んでるか空いてるか、扉が開く前に分かるんでしょ?」
「わかるわかる。エンジン音が違うから。タクシーが空車かそうでないかも分かります。こないだ友達に『向こうから空車のタクシーが来るから手を上げてみて』と言ったら、『なんで分かるの⁉︎』ってめちゃくちゃ驚かれました」
「人の重さがエンジン音に関係してるってこと?」
「はい、人が乗ってないとエンジン音って軽いんですよ。エンジン音の違いで言うと、佐川急便とヤマト運輸のトラックの違いも分かります。横を通ったトラックのエンジン音を聞いて、『あ、今のヤマトだ、しかもクール便だ』みたいな(笑)」
「え、そこまで⁉︎」
「そうそう。あのトラックには何が冷凍されてるのかな、どこに届けられるのかなとか、想像しながら外歩くの。楽しいですよ〜」
「すごい。耳の力、人間の力を見くびっていた気がする」
テープ起こしをするための「技術」
「お仕事はどんなきっかけで始まったんですか?」
「Co-CoLife☆女子部っていう障がいと難病を持った女性をテーマにしたフリーペーパーがあるんですが、その制作のお手伝いをボランティアでやっていたんです。その縁で今の私のホームページを作ってくれた守山さんから、『テープ起こしをたくさん抱えてパンクしそうな友人がいるから』って、なんか強引につなげられちゃったのが最初で(笑)」
障がいや病気を持っている女性に新たな一歩を踏み出すきっかけを提供しているフリーペーパー(季刊/3か月に1度発行)。『オシャレ』『恋愛』『食べ歩き』など、毎号テーマはさまざま。障がいを持っている人が当たり前に活躍し、『バリアフリーという言葉がいらない社会を実現する』のがミッションだとか。
「パンクしそうな友人っていうのは、和久井さんのこと?」
「そうそう。書籍1冊をつくるためのテープ起こしだったんでかなりボリュームがあったんですよ。これを頼むとなるとそれなりの金額にはなるし、迷いもあったんだけど、この子が『生活厳しい、死んじゃう!』とか言うもんだから」
「お金が無かったんですよ(笑)」
「でも、私も背に腹は変えられないところがあったのでお願いして。そうしたら、私が自分で起こすよりも断然クオリティが高いものが上がってきた。これはいいと思って、私以外からも仕事を受けるようにしたらって勧めたんです。それでひとまず私が知り合いの編集者に声をかけて、そこからいくつか仕事をもらってきて、彼女に要点を伝えて作業をお願いするということをやってた」
「自分が仕事をすることで人が喜んでくれるのが生まれて初めてだったから、うれしかったですね。そういう仕事、したことなかったから」
「耳がいいっていうのはあるけど、これは本人が努力して身に付けた技術でもあるんですよね。音声をものすごい早回しで聞くのとか、初めて見たとき驚いたもん」
「大体いつも通常の倍速か、それ以上ですね。早くしないと仕事にならないというのもあるけど、せっかちなところがあるからどんどん早くしちゃう」
「どのくらい早いんですか? ちょっと聞いてみたいです」
「これは……」
「このiPhoneが出せる一番早い速度です。でも、これだと私には遅すぎる。家のパソコンでやるときはもっと早いです。電話しながらでも聞き取れるので、二重音声みたいな感じで作業を進めているときもあります」
「さらにそれでリアルタイムにタイピングしていくんですよね? 自分が打った文字はどうやって確認するんですか?」
「文字は見えないので、『JAWS』っていうテキストデータを音声で読み上げてくれるソフトを使っています。このソフトはワードのテキストだけじゃなくて、ファイルの名前とか、パソコン上での自分の操作もすべて読み上げてくれます。だから、基本的にモニターはいつも真っ暗で作業します。モニター付けるとまぶしいんですよ」
「モニター真っ暗でも作業できるんだ。新鮮な驚きです」
「見える人からしたら何が行われているんだろうって感じですよね(笑)。あとは、テープ起こしのデータを読み込んで、テンキーの操作で早送りや巻き戻しができる『聞き書き君』というソフトも使っています。『聞き書き君』は再生して停止したら、新たに再生するときには前回止めたところの5秒前から再生してくれる機能があるので助かってます。取りこぼしがあってはいけない仕事なので」
「ただ、テンキーの操作は作業効率を考えると、ロスが大きくて。だから私は、足元で停止や再生の操作ができる『フットスイッチ』を使うことの方が多いですね。こういうアイテムやソフトがあるとないとでは、作業効率が全然ちがいます」
「いろいろ考えられたものがあるんだなぁ。知らなかった世界だ」
テープ起こしで旅をする
「ところで松田さんは、音声を聞いているときはどういう感覚なんですか? 本を読んでいるような感覚とか?」
「皆さんで言うところの映画とかドラマを見てるような感覚と同じですね。音声だけで、その場の空気とか、話している人の感情とか全部リアルに伝わってくるんですよ。情景が広がっていくというか。だから、これだって思う音声があると、楽しくて何時間もかけて何回も聞いちゃう」
「わーすごいなぁ(そういう感覚でテープ起こししたことない…)」
「その世界に旅しているような気分になるんですよね。私、脳内再生がハンパなくて! おかげで仕事もすっごく楽しくできているし、寝るのもご飯食べるのも忘れちゃうくらいで。根岸さんは楽しくお仕事していますか?」
「……そうですねぇ。好奇心に向き合える仕事なので、日々いろんな発見や驚きがあっておもしろいです。ただ、いつまでたってもテープ起こしは苦手で…………あ、そうだった!」
「??」
「今回の取材データの起こしを実際にお仕事としてお願いできませんか?」
「ええー!?!?」
「はい、編集長がいいって言ってました。ねえ、編集長? 経費ですよね?」
「はい、二言はありません」
「うれしいです、ありがとうございます! がんばりますー!」
というわけで本当にお願いしました。こちらがそのときのメールの文面↓
そして、後日上がってきたのがこちら↓
文句なしのクオリティ!(ありがてぇ〜)
優れた聴力と豊かな想像力を生かして、テープ起こし専門のライターとして歩み始めた松田さん。精力的に仕事と向き合う一方で、実は1児の母でもあることが、この活動の大きなモチベーションになっているそう。
でも、お子さんが生まれてすぐにパートナーとは離婚。今9歳になるお子さんとはそれ以来会っていないと言います。
今こうして明るく、屈託のない笑顔をみせる松田さんが、障がいと向き合いながら歩んできた人生とはどのようなものだったのでしょうか。
もう少しだけ、このお話に付き合ってくれたらうれしいです。
夜の新宿を松田さんたちと一緒に歩きました。
後編に続く。※明日1月27日(水)公開予定
※この記事は、松田さんにお仕事としてお願いした取材時のテープ起こしのデータを元に作成しました
ライター:根岸達朗
1981年生まれのフリーライター。1児の父。息子が私のことを「うんちばかもの」と呼びます。
Mail:negishi.tatsuro@gmail.com/Twitter ID:@onceagain74/Facebook:根岸達朗