孤独。
のっけから気持ちがきゅっとするようなことばですが、これが、今回のテーマです。日常に孤独を抱えている方もそうでない方も、どうぞお付き合いください。
柱を抱きながら失礼します。ライターの根岸達朗です。
私は今、山口県・萩市に来ております。
萩といえば、明治維新胎動の地。古い街並みが残る歴史深い城下町ですが、実はここに、国内外から旅人がやってくる人気のゲストハウスがあります。
萩ゲストハウス「ruco」
元楽器店だったビルを改装して、2013年にオープンしたこちらのゲストハウス。廃材を利用した個性的な内装デザインが特徴で、1〜2階は誰でも立ち寄れるカフェ&バースペース、3〜4階が宿泊施設になっています。
おしゃれな雰囲気だけでなく、ゲストハウスならではのアットホームな魅力にもあふれる「ruco」。今回はこちらの名物オーナーに、ジモコロの取材で全国のゲストハウスを泊まり歩く柿次郎編集長が聞いてみたいことがあるようで。
そろそろやってくる頃だと思うんですが……
……あ、きましたね!
タッタッタッタ…
タッタッタッタ…
シュタッ!
「ようこそ萩へ!」
話を聞いた人:塩満直弘(しおみつ・なおひろ)
1984年、山口県・萩市生まれ。県内の大学在学中に、海外に渡る。帰国後はスポーツメーカーと旅館で勤務し、2011年に地元・萩に友人とバー「coen.」、2013年にゲストハウス「ruco」をオープン。
この壮健でさわやかなナイスガイが、近年のゲストハウスブームを引っ張る「ruco」の名物オーナー。早速、宿に移動して話を聞かせてもらうことにしました。
ゲストハウスオーナーと「孤独」
「早速なんですが、僕は今回、塩満くんにちょっと聞いてみたいことがあって」
「どうぞどうぞ! 私に答えられることであればなんでも」
「じゃあ、単刀直入に聞きますが、塩満くんはゲストハウスをやっていて……」
「孤独を感じることってある?」
・・・・・・・・・・
「それは、いつも感じてますよ」
「やっぱり!」
「やっぱりって……どういうことですか?」
「実は長野でゲストハウスをやっている友達が、『ゲストハウス経営は孤独だ』と言ってまして」
「え? ゲストハウス経営が孤独? 人がたくさん集まる楽しそうなところじゃないですか!」
「はい。僕もそれってどうなんだろうと思ったので、いろんなゲストハウスの人に話を聞いてみたんです。そうしたら、どうもみんな少なからず同じような思いを抱いていることがわかってきて……」
<case1>
ゲストハウス「LAMP」支配人の堀田樹さん
東京のLIGというWEB制作会社で働いていたら、ある日いきなりゲストハウスの支配人をやることになって…。
当初の半年間は慣れない土地で朝から深夜まで働き続けました。ありがたいことに「LIGブログを見てきました」という人がたくさんいて、毎日のように声をかけられて、いつしか「あ、一人になりたい…」と感じている自分がいました。「私もゲストハウスやりたいんです」って人には「やめたほうがいいよ」と反射的に答えてる自分がいたり(笑)。
そしてLAMPで働き始めて半年経ったぐらいに休みをもらって旅行したんですが、ホテルのベッドに横たわった瞬間にわけもなく涙が出てきて、男ながら大声を出して泣いてしまいました。支配人としての責任感、そして孤独感がピークに達したんじゃないかと思います。
2年ちょっと経った現在では孤独感との付き合い方が分かるようになってきて。スタッフを信頼して仕事を任せたり、一人きりのコーヒー屋さんを始めたり、時間の使い方がうまくなってきたかもしれません。
<case2>
ゲストハウス「1166バックパッカーズ」 オーナー飯室織絵さん
柿次郎さんと知り合ったイベントで「ゲストハウスと孤独」について話したんですが、そのときはゲストハウス立ち上げ直後の葛藤がメインでした。24時間365日、一人オーナー体制で宿の対応をする日々で。精神的にいっぱいいっぱいのときとか、時間対応外に連絡なしで「荷物置いてもいいですか?」なんてお客さんが来たら思わず居留守してしまったり…。どこか追い込まれていたのかもしれません。
そうそう。あのイベント内でも「2種類の孤独」が存在しました。実際に「一人の時間」というところの孤独。そして、「経営者の立場の自分は決して誰とも根本的なところで気持ちを分かち合えないので、孤独だ」という意味と。
さて前置きが長くてすみません。孤独ですが、私は後者の方をよく感じます。前者も大好物で、それは知り合いのいなさそうなお茶処なんかで過ごして獲得してました。好きと嫌いは表裏一体で、自分としてはたいして特別なおもてなしをしているわけでもないのに「めっちゃ好き」と言われる。じゃあ「小さなきっかけでめっちゃ嫌いになるんじゃないか」と思ったり。そんなとき、孤独を感じますね。
<case3>
Hostel & Salon「SARUYA」共同代表の赤松智志さん
僕にとっての孤独は充電のようなものかなと思ってます。ゲストハウスはお客さんあっての商売ですし、絶対ではないにしても地域の方々ともしっかり関係を作っていく必要があるので、対人コミュニケーションで日々飯を食ってるようなものかなと。
運営している中で、どうしようもなく孤独に浸りたい時って、やっぱり自分のキャパを超えた対人コミュニケーションで自分が押しつぶされそうになっている時なんだろうと思います。僕の場合は、ひとり軽トラの運転席に座っている時間こそ、あえて孤独を作る瞬間です(笑)。この瞬間がなくなると、きっとツラくなりますね。
孤独に浸ることで、自分の軸を再確認したり、自分を良い意味で肯定したり、日々のコミュニケーションを咀嚼して吸収したり。それが僕にとって、外的に演じている自分を、本当の内的な自分に取り戻す作業であり、また外的な自分を改めて気持ちよく作っていくための時間なんだろうと思いますね。
「これは……激エモな言葉の数々……」
「僕も想像の3倍くらいエモい回答が返ってきてビビりました。そもそもゲストハウスって人がつながる場所だし、みんな言いづらいこともあるとは思うんです。でも僕はそこ、正直に言ってもいいと思ってます」
「んー……」
「そのあたり、ここ数年のゲストハウスブームを引っ張ってきた塩満くんに、話を聞いてみたかったんです。こうしたコメントを読んで、どう感じましたか?」
「まあ、確かに言いづらい部分はあるけど、みなさんが言ってることは」
「すごくよくわかるんですよ」
「おお……」
「やっぱり。表情の暗さは全然やっぱりじゃないけど、そんな気がしていました。まず、宿をやるとコミュニケーションをとる人数が圧倒的に増えるから、Facebookメッセンジャーのやりとりの量がやばくなるでしょう?」
「はい」
「……(そういうものなんだ?)」
「それでいて、リアルの場では365日24時間、誰かと接している。もし僕がゲストハウスのオーナーだったらきっと、『うわあ、全部捨てたい!全部捨てて京都の6畳一間でしばらく暮らしたい!』ってなると思うんです」
「まあ、それはね。そうやと思います」
「柿さんの話は、マジで追い込まれて奥さんに言ったやつですよね。つまり人付き合いに疲弊しちゃうってことかな?」
「それもあるんでしょうけれど、僕はこれ、自分自身の愛の総量が足りなくなることだと思ってて」
「愛?」
「愛=他者に優しく接するエネルギーみたいなもんですね。ゲストハウスの仕事って、愛をみんなに振り分けることでもあると思うんですよ。でも、振り分けられる愛には限りがある」
「はい、それもよくわかります」
「愛がゼロになると、ホントにしんどい。その状態で人と接しても、絶対にいい感じでは返せないわけで……。僕はこれを『愛の枯渇問題』と言っています」
「愛の枯渇問題」
「そうです。その枯渇した愛のバロメーターを回復させる過程で、みんな『孤独』と向き合っているんじゃないかと」
楽しいだけでは、続けられない
「…………」
「なんか妙にエモい展開になってきましたが、大丈夫ですか? 塩満さん、表情が……」
「はは、大丈夫ですよ。僕、普段明るく振る舞ってるように見られるんですが、実は結構暗いんです。根暗なんです(笑)」
「根暗って……」
「で、愛の話ですが、枯渇するって……それはそうやと思います。でも、僕はそれ以上に『求められること』への葛藤で苦しくなることがある」
「求められる?」
「ええ。地域のなかでゲストハウスをやらせてもらっていると、いろんなところから求められている気になってしまったりするんです。なんていうか、むずかしいんですけど……」
「言いづらいとこに突っ込んですみません」
「いえ……。そういえば、以前ゲストハウスをされていた発酵デザイナーの小倉ヒラクさんが、ブログでも書かれていましたよね。それを個人的にも分岐点に当たるようなときに読んだんですが、あーわかるなあと」
「ふーむ。ゲストハウスは『仕組みビジネス』であると書いてありますね。ゲストハウスが地域を盛り上げるとか、そういうストーリーもあるけれど、それよりもまず、宿主は自分の宿のビジネスモデルを磨いていかないとっていう」
「はい。もちろん、いろんな考え方はあっていいと思うのですが……」
「ゲストハウスってそもそも、めちゃくちゃ時間を取られるわりに、実入りが少ないんです。だから、続けていくためには、経営スキルの向上は必須になる。思いも大事だけど、まずはビジネスとしての仕組みをきちんと築いていくことが大事なんでしょう」
「実に、現実的な話ですね」
「結局、経営がうまくいって、ある程度の経済的な余裕もできてこないと、さっき言ってた『愛』だって、枯渇したままでチャージされない。『愛を与えたい→でも経営が不安定→愛が充電されない→愛が枯渇する→体力&精神的にもきつくなる』という負のスパイラルに陥るわけで」
「ビジネスが『愛』に紐付いている。なんだか考えさせられちゃうなあ」
『孤独』をエネルギーに変えて
「でも、孤独って、そういう経営者的な『孤独』と、もっと繊細な、なんていうか、自分の根っこにある『孤独』みたいなものも、きっとありますよね? 気質っていうのかなあ」
「それはありそうですよね。ほら、ゲストハウスオーナーってバックパッカー経験者多いですし。塩くんも、孤独に一人旅するの好きだったりしますか?」
「ああ、そうですね。今でもたまにふらっと海外とか行きたくなりますから。というのも、僕、いつも何か新しい景色に出会いたいときは、かならず一人でいくんですよ。そこでしか感じられない幸せがあるから」
「へえ〜。どんな幸せなんですか?」
「たとえば、海外で、言葉も通じない、誰も自分のことを知らない、そんな環境で自然に生まれた出会いから、ふっとまちに受け入れられたときとか、ものすごく幸せを感じるんです。失神しそうなくらいに」
「そんなに!?」
「はい。アウェイで、すごく孤独な状況なんだけど…」
「うわー幸せだあって」
「その表情を見るかぎり、そうなんでしょうね」
「あはは。思い出したらうれしくなっちゃって。でも、何者でもない自分が、その場に受け入れてもらえた瞬間の幸せって、ほんと、最高なんですよ。この感覚は、海外にいるときに感じたことが多かったなあ」
「ああ、確かニューヨークで生活されてたとか。そのときの経験が今に影響を与えている部分は?」
「大きいですね。海外経験がなかったら、今の自分はなかったと思います。死んでたかもしれない」
「またまた………」
「いや、ホントそうだと思います。多様性を認め合い、あらゆるものを受け入れ合うような世界観に出会って、それを日本の、しかも地元の萩でやりたいと思って、僕は『ruco』をつくったので」
「そっかー。塩満さんはそういう海外での孤独だけど幸せな体験が、『ruco』をつくる原動力になったんだ。バックパッカーって、孤独な旅から生きるエネルギーをもらっている人が多いのかなあ」
「それはあるかもですね。あと、ゲストハウスのオーナーって、実はさみしがり屋なんじゃないかと。だから、いろんな人が集まる宿をやりたくなる。でも、根っこが旅人だから、孤独にひとりで見知らぬ土地に飛び込んでいくことも大切にしている」
「なるほどー。ちょっとずつバックパッカーという生き物が見えてきた気がします」
自分のなかの「内」と「外」
「もちろん孤独との付き合い方って、ゲストハウスのオーナー一人ひとりにやり方があるんでしょうね。それが塩満さんの場合は、海外のような、できるだけアウェイな環境に身を置くことでもあるわけで」
「そうですね。僕はどんなに忙しくても、どうにかタイミングをつくって、東京に行ったりとか、なるべく外には出るようにしているんです。やっぱり外に出ると、感動があるんですよ」
「旅と同じように?」
「ええ。地元の外に出て、普段食べられないようなものを食べたり、普段触れられないようなものに触れたりすると、心の底から感動するんです。うわーいいなあって。これがなんともいえない、ものすごい多幸感で」
「それは普段、萩という『内』に深くコミットしているから、というのもあります?」
「ありますね。自分には萩・山口という『内』があるから、『外』の世界に出たときに、深く感動できるんだと思います。これはやっぱり、根無し草のように生活している人には得られないことじゃないかと」
「でも、その大切にしている『内』には『求められる』ことの重圧とか、人付き合いのむずかしさとか、小さなコミュニティならではの問題も、いろいろとあるわけじゃないですか。自分のなかに押し込めておかないといけない感情が多くて苦しくなったりはしませんか?」
「うーん。でも、感情を表に出した瞬間に失ってしまうものもあるわけで…。結局、いろいろある『内』にコミットして、ゲストハウスをやっているのは自分ですから、誰かのせいにするのではなくて、自分自身の問題としてちゃんと捉えていかないといけないなと」
「ある種、修行みたいですよね」
「僕は人生そのものやと思ってるんです。自分にとっての『内』と『外』は、どっちがいいとか悪いとかではないなと。むしろどっちもあるからいいんだ、という風に思っていて」
「『内』と『外』の両方をひっくるめて、全体=人生として捉える」
「ええ。そうしていくことによって、少しずつ自分の『ものさし』が広がっていくんじゃないかと。その『ものさし』を使って、『内』と『外』のバランスを上手に取れるようになっていきたいですね」
「経営者として地域のなかで孤独な戦いをしていかなければならない『内』の自分と、孤独な旅から英気を養う『外』の自分。それを、まるごと人生として受け入れ、ニュートラルに生きる。ゲストハウス『ruco』は、そうした塩満さんの生き方の集大成なんでしょうね」
まとめ
地域化時代の文化的な魅力が詰まっているともいえるゲストハウス。等身大のビジネスとしての「いい感じ」の面がクローズアップされることも多いけれど、実はそれが、これまであまり公にはされてこなかった「人間的な葛藤」の上に成り立っている。
この現実は、これからローカルビジネスを始めようという人や、すでに始めている人にも、さまざまな「気付き」を与えてくれるのではないでしょうか。
ゲストハウスをやるということは、地域のホストとして、ほとんどエンドレスに人と接し続けなければならない「定め」を背負うことでもあるのでしょう。
多忙な日々のなかで、どのように自分の時間を作り、どのように心身のバランスを保っていくか。当事者にならなければわからないことも多いはずですが、身を削りながらがんばっているゲストハウスオーナーの切実な思いに、少しだけ触れることができたような気がする、そんな今回のインタビューでした。
萩を訪れる機会があれば、ぜひ「ruco」に立ち寄ってみてください。
旅のなかでしか得られない「いい時間」がきっと待っていると思います。
それではまたどこかで!
▼取材協力
萩ゲストハウスruco
住所:山口県萩市唐樋町92
電話:0838-21-7435
料金:1泊2800円〜
Photo by ayumi yagi
書いた人:根岸達朗
ライター。発酵おじさん。ニュータウンで子育てしながら、毎日ぬか床ひっくり返してます。メール:negishi.tatsuro@gmail.com、Twitter ID:@onceagain74/Facebook:根岸達朗