たくさんの情報と人に囲まれながら、働く毎日。
本当は自然の中で山を眺めながら働いたり、休日には森を歩いて気持ちをリフレッシュしたり……そんな「自然と共にある暮らし」に憧れたりしませんか?
僕は憧れます!!!
こんにちは、ライターのいぬいです。キノコとのツーショットで失礼します。
自然への憧れを胸に都会であくせく働く僕は、ある噂を耳にしました。それは「実は、山の土地って数十万円で買える」というもの。
そういえば近年、芸能人たちが「プライベートキャンプ場にしたくて山を買った」なんて話をよく聞くようになりました。YouTubeにソロキャンプ動画をアップして人気となったお笑い芸人・ヒロシさんが、2019年9月に山の土地を買っていたり……
オリエンタルラジオの藤森さんが長野県の森を買うべく、物件探しに行く動画を自身のYouTubeチャンネルにあげていたり。
都会の人々がこれまで考えても見なかったであろう、「山を買う」という行動。それが少し現実味を帯びてきています。「自分の山とともに暮らす」なんて牧歌的な生活も、今なら夢じゃないかも!?
そこで僕も、まずは“山”について知ろうと、長野県伊那市のとある場所へとやってきました。
案内してくださるのは、地元の木材を使った家具作りなどを生業とする、株式会社やまとわの代表であり家具職人の中村博さん。
自然豊かな山を前にしてはしゃぐ僕に、中村さんは
「自分の足で山を歩いてみたら、考えも変わると思います」
と一言。
えっ、それってどういうこと……?
家具職人と歩く、めぐみの多い山
連れてきていただいたのは、長野県伊那市の北西側に位置する「鳩吹山」。この山を歩き回ったことで、僕は「山を買うこと」の認識の甘さを思い知ることになります。
「見渡す限りの森林ですね。ちなみにこの山の土地って、誰が所有している土地なんですか?」
「鳩吹山は”民有林”と呼ばれるもので、山の土地は細かく分かれています。この数十ヘクタールは誰々の土地、というように、山の所有者が複数いる状態ですね」
「なるほど!何人かで所有する山なら、僕も小さい土地を買える可能性が……!」
「それはどうでしょうね……あっ、いぬいさん、あの木を見てください!」
「えっ、この木がなんですか?」
「これは ダンコウバイ(壇香梅)という木です。庭に植える木としてとても貴重なもので、麓では1万円くらいで取引されています」
「1万円!? こんなに何気なく生えてるのに……?」
「しかも周りにも数本あるから、このあたりだけで4〜5万円になりますね」
山を歩いて数分で、いきなりお宝を発見。山の恵みはこれだけじゃないはず……!
その後も、道中で食べられるキノコを見つけたり
山栗を見つけたり……
「すごい、こういうのも、スーパーに行けば値段がついて並んでいるようなものですよね」
「もちろん。昔はみんな、自分の家の裏に山を持っていて、季節の山の恵みを取りに行くのが当たり前だったんですよ」
「ズバリ聞きたいんですが、いま、山の土地ってどのくらいの金額で買えるものなんですか?」
「山の状態にもよりますね。管理が行き届いていない山なら、安ければ“1坪900円”なんて山もありますよ」
「1坪900円!? じゃあ30坪(99.1736㎡)の土地を買うとしても……27,000円じゃないですか!!」
「住宅を建てやすい土地でもないし、水道もひかれていないのでそんなもんですよ。さあ、どんどん進みましょう」
ガシガシ登ります!!
あっ……結構きついかも……
「ハァ……ハァ……ちなみに、山の持ち主の方々って、どんな風に山を活用してるんですか? やっぱり、栗を拾いに来たりとか?」
「持ち主によって様々ですが、木を伐採して売る”林業家”の方もいますよ」
「じゃあ、ああいう木も売れたりするんですか?」
「あの辺りは、売れても1本3000円くらいでしょうか?」
「えっ!? さっきのダンコウバイはあんなに細くても1本1万円だったじゃないですか。なんでそんなに値段の違いが……?」
「丸太の場合、”木を切り出して、山から下ろす費用”を考えないといけないので。あの場所は傾斜がきついから重機も入れづらいし、運ぶのも大変だから、とてもお金がかかってしまう。それを差し引きすれば利益は出しにくいんですよ」
「そうか……農業で言う”収穫”の部分に、毎回すごくお金がかかるんですね」
「反対に、上手く考えて植林されたところは伐採も運搬もしやすいし、よく育っています」
「あの奥の方は、木を高く売るために手入れもされている。いい木を育てるために、ある程度木を間引いたりして、陽の光を調整しないといけない。林業をする人にとっての山は、いわば手のかかる”木の畑”なんですよ」
「なんとなく、”山を買えば森もついてくるな〜”なんて思っていたんですが、そんな簡単な話ではなかったんですね。森をいい状態のまま残すためには当然、手入れが必要になると」
「植林された森も、一定期間放置するといろんな植物が雑多に生える”雑木林”になってしまいます。そうなると地面の下の根が複雑に絡み合って、新しく木を植林するときに植えづらくなったりするんです」
「なんだか……”山を買う”ってイメージしていたのと違います。買うというより、状態を保つために”預かる”ような……?」
「そう言えるかもしれません。植林してから伐採まで50年はかかる。今の自分たちがちゃんと山を管理していないと、数十年後の山で働く人たちが困ることになるんですよね」
「じゃあ、今の世間で広まりつつある”山を買うブーム”についてはどう思われてるんですか?」
「正直、あまりよくは……ただ、今の山が安い価格で取引されることは、仕方ないなとも思います」
「山が安いことが、仕方ない?」
「そう……あ、もうすぐ山頂に到着しますよ。続きはそっちで話しましょう」
山は個人のものじゃない。”水をつくる”役割のこと
「すごい!!!!頂上だとこんなに街が開けて見えるんですね!!」
「いい眺めでしょう、ここからだと、伊那市を一望できるんですよ。ちょっとここで休みながら、さっきの続きをお話ししましょうか。さて……」
座り込み、荷物を広げ始める中村さん
「せっかくの良い景色ですから。コーヒーでも飲みながら話しましょう」
「やったー!!」
「はあ……美味しい。なんだか気持ちも落ち着いてきました……しかし、先ほどの”山が安いのが仕方ない”ってどういうことですか?」
「つまり、山の価値が下がってきているんです」
「山の価値が?」
「日本の林業はだいたい50年〜70年に一度、育った木を伐採する時期があって。戦後に一度日本中の木が伐採されて、新しい木が植林されたものの、その時に植えた木の多くが伐採されず使われていない。つまりほったらかしのところが多くて」
ジモコロでは、過去に北海道・下川町が取り組む「60年先を見越した森林経営」についても取材していました
「ええ……なんでほったらかしになっているんでしょう?」
「時代の流れでしょう。昔は『家の裏山でとってきた木で家を増築する』とか、『家具を作る』みたいな使い方を当たり前にしていた。でも今は輸入の材木も多いから、日本の木の使い道も減ってしまった。必要とされなければ、管理もなかなか行き届かないでしょう」
「山と人の付き合い方が、昔とは変わってしまったんですね」
「都会では、公園や街路にしか緑がないから『自然をデザインだと思っている』人も多い気がしていて。でも、山にはまだまだ大事な役割があります。例えば、『水を作る』ことも山の役割。山から湧き出た水が麓へと流れ、街の人たちの喉を潤しているんです」
「そんな湧き水だって、山に森があって、森が山の土地をしっかりと繋ぎ止めているから湧くんですよ」
山に降った雨水が海に流れ、海で起きた上昇気流によって、山に雨が降る。全てが循環している
「山の話をすると、どうしても”林業”の話になってしまいがちです。でも、それだけじゃない。山が豊かじゃないと川の水も豊かにならないし、川の水に山の養分が溶け込まないと、海も豊かにならない。全て繋がってるんですよ」
「山があるから、麓に住んでいる僕たちも美味しいお水が飲めると。山が担っている機能のことを考えると、とても一人で関われるようなものじゃないなと思いますね……」
「でも、山との関わり方自体はたくさんあると思うんです。私の場合は、それが『地域材を使って家具を作る』ことだった」
「本当は、自分一人で大きなアクションなんてできないんですよ。ただ、家具職人の僕が地域の木材を使うことが増えたら、それだけ地域の山と森の管理に目がいくでしょう。小さなことですけど、山を守ることに繋がる」
「木材を使いたい人がいれば、売るために、”山を大事にしよう”となると。十分すぎるほど、山のことを考えた行動だと思います」
「この仕事を20年やって、唯一自分ができたことと言えば、”自分の下で働く若い家具職人たちも、地域材を使うように育ってくれた”ということでしょうか。同じ考えで地域材を使う職人仲間も、全国に増えてきた。20年でようやく下の世代に繋げることができましたし、次の20年も繋がっていくだろうなと」
「自分一人で問題を解決しよう!という話でもないんですね。下の世代の人たちとも協力して、人間の寿命より長いスパンで『山を守ろう』としている」
「理想は、このまま20年30年とこの仕事を続けて、”地域材”という言葉がなくなることですね。”サステナブル”とか”エシカル”なんて言葉がなくても環境に配慮できたらいいのと同じように。地域の山を大事にすることが、当たり前になっていけば」
「『山を買ったらどうなるんだろう?』なんて浅い疑問でやってきた取材でしたが、山の価値、山との関わり方について深く考えることができました。ありがとうございました」
「ただ、僕らがお話できたのも、山の一部分に過ぎないんです。あくまで”家具職人の目線”での話ですから」
「家具職人の目線と……他にはどんな関わり方があるんですか?」
「わかりやすいのは、『製材所』に話を聞くことじゃないでしょうか。山から木を世間に届けていくのは製材所ですから。よければ紹介するので、お話を聞きに行ってみてはどうですか?」
「本当ですか!ここまでお話を聞いて、山のことをもっと知りたくなりました。ぜひお願いします!」
丸太があっても、製材所がないとはじまらない!
ガガガガガガガガガガガガガガガ
スウウウウウウウウウウウ……
「はあ、サクラの木のいい匂いです。さて、伐採された丸太を木材へと加工する、”製材所”へとやってきました」
「ようこそ、ゆっくり見ていってくださいね」
話を聞いた人:有賀真人さん
原木の製材・加工及び木製品の販売を営む『有賀製材所』の代表。祖父の時代からこの伊那の土地で製材業を営み、真人さんで3代目。現在は製材業の他、住宅建築の請負、薪を使ったストーブ『ペチカ』の販売なども行なっている。
「山を知るためには、製材所のお仕事も知った方がいいと家具職人さんに言われてやってきました。ここでは主に、何をされているんですか?」
「この製材所では、伊那地域の森林から取れる丸太を製材して、柱や壁板、床板などに加工しています。さらに地元の大工さんや県内外の工務店さんへと卸したり、自分たちで行なっている住宅建築の請負の方で、材木を使用したり」
「森と僕たちの間に立って、木材をいろんな場所に届けているんですね!しかし、製材所が住宅建築の請負までされているのはなぜです?」
「今の時代、製材所だけでやるのは難しいんです。家を建てるためにバンバン材木が売れていた昔とは違うので、生き残るためにいろんな『木の出口』を考えているんです」
「木の出口……ですか」
「例えば家一つとっても、“国産の木を使って家を建てよう”という住宅メーカーは昔に比べて多くない。だから自分たちで建築事務所をやって、こだわりあるお客さんに『家を建てるなら、地域材で建てるのはどうですか?』と提案をするんです。」
「ただ市場に流通させるだけじゃなく、『こういう木の使い方ができる』と提案されているんですね」
「これだけじゃありません。そのお客さんが薪ストーブにも関心を持っていれば、薪ストーブと一緒に地元で採れた薪をオススメしてみるし、伊那にはまだお風呂を薪で焚く文化が残っているので、その薪を地域材で作って売ったりもする。それから……」
「製材所が丸太を扱う中でどうしても、建築材に向かない木材も出てきます。それは運輸業界で使われる『パレット』にできる。丸太を材木にカットする過程で出る”おが粉”は、近所の牛飼い屋さんが『牛の寝床に敷くから』って買って行ってくれるんです」
「本当に、材木を一切無駄なく使ってしまおう、という気持ちが見てとれます」
「そうですね。……ちょっと外は寒くなってきましたね。よければ、中で温まっていきませんか?」