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アフリカ人から江戸の民まで愛した「納豆」のネバネバ科学式

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アフリカ人から江戸の民まで愛した「納豆」のネバネバ科学式

皆さん、納豆食べてますかー! ジモコロ編集長の柿次郎です。

ぼくはジモコロの仕事を始めてから発酵食品に目覚め、二日酔いで胃腸が死んだときには「納豆・キムチ・味噌汁」の発酵三種の神器で体を整えています。

 

以前、ジモコロでも記事にしましたが、日本には発酵食品がたくさん。特に地方には、「ローカル発酵食品」と呼ぶべき独特の発酵文化があるんです。

僕は今年の1月に行った山形で、そんな「ローカル発酵食品」の納豆に出合いました。

 

それがこちら。

えっ、なんか黒いし、みっしりしてるし、味噌みたい。納豆ってこうやって作るものなの???

でもどうやらこれ、なにやらスゴい納豆らしいんですよ。なぜなら……

 

「やばいっすねー!! ポリペプチド鎖〜〜〜!!!!」

 

僕の隣にいる男が、謎の呪文を唱えながら興奮しているから。

彼の名は小倉ヒラク。「発酵デザイナー」なる肩書きを名乗り、本を書いたり雑誌やテレビに取材されたり発酵食品のお店を作ったりしている発酵の専門家なんです。

 

「ヒラクくん、これってそんなにやばいの?」

「いや、納豆に麹をぶち込んじゃうって発想がやばいよね! 発酵×発酵! もうこの麹の酵素が豆自身を溶かしてるテクスチャーが魅力的すぎるし」

「うん、なんかすごそうなのだけはわかった」

「やっぱり東北は納豆ユニバースなんだよなー! 面白すぎる!」

「え、納豆ユニバース? どういうこと?」

「柿次郎さん、納豆ってネバネバしたやつしかないと思ってない? 実は納豆の歴史も種類もあんまり知られてないんだよね」

「たしかに考えてみたら、納豆のことあんまり知らないかも」

 

そう、ヒラクくんに聞いたら納豆に関する新事実が続々と。

この記事を読み終えた頃には今までの10倍は納豆を美味しく食べられるはず。それでは……教えてヒラクくーーん!!!

 

ネバネバ納豆だけじゃない! 東北の納豆ユニバース

「いやあ、しかしこれが納豆だとは……写真撮っちゃお」

「あ、僕も僕も。なかなか熟成中の状態をみられないからね」

「あの………」

 

「いきなり押しかけて、はしゃぎすぎじゃないですか……」

「すみません、テンション上がっちゃって」

「雪割納豆の佐野さん! 蔵の見学の最中なのに、うっかり盛り上がってしまって失礼しました」

「めちゃくちゃ説明的な口調」

 

山形ツアーをしている際に、ひょんなことから知り合った株式会社ゆきんこの佐野洋平さん。いきなり大人数で蔵へ押しかけたのに、丁寧に説明してくれる優しい方でした(※取材は2020年1月に行いました)

 

「とりあえず、説明に戻っていいですか?」

「お願いします! しかし佐野さんが作ってるこれ、あんまり納豆に見えないんですが。糸も引いてないし、豆の形もない」

 

「これは納豆を作った後に『麹(こうじ)』を加えて、さらに発酵させたものなんです。一般的には『麹納豆』と呼ばれますが、この山形の置賜(おきたま)地方で、昔から農家を中心に作られていた伝統食なんです」

 

「うちでは『雪割納豆(ゆきわりなっとう)』という名前で販売してます」

「パッケージがかわいい。しかし発酵したものを、さらに発酵なんてできるんですね」

 

「変態的だよね。同じ東北の青森に伝わる『ごど』も、同じように納豆と麹を合わせて発酵させた食品なんだ」

 

青森の『ごど』。麹納豆と同じく普通の納豆とは違う、なんとも言えない見た目

 

僕はこれ、絶対『ノリ』で生まれたんじゃないかと思ってるんだよね

「ノリ? ノリで『納豆さらに発酵させよ!』ってなるの???」

 

「まず、納豆作りって意外と難しいんだよ。大豆を蒸して、納豆菌をつけて、40度以上で発酵させると納豆になるんだけど、その温度をキープするのがムズい。自分でやるとマジで失敗するから」

「40度を下回ると、びしゃびしゃで酸っぱいアンモニア臭がする納豆らしきものができます」

「おええ」

「すっごく残念な気持ちになるんだよね。で、昔は農家で納豆を手作りしてたんだけど、家庭でやると失敗することもある。でももったいないから、失敗した納豆をどうにかして食べたい!麹を入れちゃえ!ってのが青森の『ごど』の起源だと思ってる」

「麹を入れたら、残念な納豆らしきものがおいしくなるの?」

「専門的に言うと、納豆に麹を加えると『麹発酵』して旨味が出てくるの。さらに進むと『乳酸発酵』して、酸っぱくなってくる。失敗した納豆は酸っぱいから、さらに酸っぱくさせてバランスをとるみたいなことかな」

「キレ散らかしてるクレーマー相手にキレ返すみたいなこと? それでいい感じになるの?」

「それがなるんだよ、不思議だよね。一休さんの禅問答みたいな話」

「うちの雪割納豆は乳酸発酵させませんけど、元々は農家で手作りされてたものなので、起源は似てるんじゃないかなと思いますね。つまり『ノリ』じゃないかな

「ノリだよね〜」

「そんな感じで伝統食って生まれるんだな……」

 

発酵の鍵を握る「オリゼ」はビッグダディ?

「でも麹発酵から乳酸発酵みたいに、発酵の重ねがけってできるんだね」

「発酵は微生物の働きだから。納豆の場合、煮た大豆にバチルス・サブチリスっていう菌をくっつけて40〜45度くらいにすると、大豆のタンパク質とデンプン質を菌が食べて分解して、うまみ成分にしながら発酵が進むんだよ」

 

「なにそのバチルスなんとかって」

「納豆菌の学名だよ」

「バチルス・サブリルッ……よく舌噛まずに言えるね」

「いちおう僕、発酵の専門家だからね。で、発酵が進む際に、タンパク質やデンプン質を特殊な形に変えて、アミノ酸でできたネバネバの網みたいなものを作る。それが一般的な納豆のネバネバの部分なんだよ」

「あれって『アミノ酸の網』なんだ! 俺はたくさんかき混ぜる派なんだけど、そのほうが美味しくなる気がしてて」

 

「うん。納豆をかき混ぜたときって、実はネバネバが増すんじゃなくて、ネバネバの鎖がちぎれて中からうまみの成分が出てきてるんだよ。たくさんかき混ぜて、遠心力で鎖をちぎればちぎるほど美味しくなるのは本当だね」

「感覚でやってたことが科学的に立証された……! 話を戻すと、バチルスなんとかが大豆を発酵させて納豆にしたあとで、さらに麹を入れたらどうなるの?」

「納豆菌が食べ尽くしたあとにも、まだ成分がいろいろ残ってるんだ。それを麹菌がさらに食べて、発酵が進む。『発酵し尽くす』って感じかな」

「ほおお、かっこいい響き。麹菌の学名はなんていうの?」

「『ニホンコウジカビ/アスペルギルス オリゼ』だね」

 

「オリゼ……あっ、『もやしもん』でよく出てくるやつだ! おぼろげな記憶のなかから出てきた」

「そうそう、そのオリゼがデンプン質を分解して、旨味と甘味を作ってくれていて

 

「旨味ってアミノ酸なんですけど、雪割納豆のアミノ酸値はとっても高いんです。柿次郎さん、ぜひ食べてみてください」

「ありがとうございます…………うまっっっ。旨味がほんとに濃厚。ほんのちょっとでご飯がめちゃくちゃ進むやつですねコレ」

「そうなんです、オリゼが頑張ってくれてるんですよ」

「オリゼはアミノ酸をめちゃくちゃたくさん作ってくれるんだよね〜。ビッグダディみたいな感じ

 

「あはは、一発でイメージできた(笑)。雪割納豆=ビッグダディ納豆ってことか」

「それはちょっと違いますかね」

 

アフリカにも「納豆ごはん」がある

「じゃあ柿次郎さん、納豆って日本でいつごろから食べられてると思います?」

「ええ……これだけ納豆好きな国民だし、1000年くらい前からありそう」

「残念! 今みたいに小粒でネバネバした納豆が日本で食べられるようになったのは、ここ100年くらいの話なんだよね。諸説あるけど」

「え、意外と最近! その前には納豆はなかったの?」

「う〜ん、それ以上前の納豆の歴史って、謎が多いんだよね。中国の『トウチ』って発酵調味料に似た『大徳寺納豆』はもっと前からあるけど、これは納豆菌がついてないから、厳密には納豆じゃない」

「そうなんだ。謎に包まれた納豆史……」

「うん。江戸時代の江戸で食べられてた納豆は、ほとんど『ひきわり』で、今ほどネバネバしてなかったらしい。というのも、昔の家庭で使われてた大豆は大粒で、そのまま上手に発酵させるのが難しいし、食べづらかったんだよね。だから小さく引き割って納豆にしてたそうだよ」

「雪割納豆も『ひきわり』ですね」

「さらに、江戸時代にひきわり納豆を味噌汁に入れるのが普及したって説もあるね。だから、ひきわらない小粒の納豆をごはんにかけて食べるのは、わりと最近の話なんだ。それこそ戦後になってからかなあ」

「納豆ごはんって遥か昔から日本の伝統食だと思ってた……」

「日本人は納豆好きだよね。でも、海外にも納豆はあるんだよ。アフリカの人は納豆好きで、ナイジェリアのあたりで作られてる。お米も作ってて、アフリカ人が納豆ごはんを食べてるの。僕の知り合いで作家の高野秀行さんって人が『幻のアフリカ納豆を追え!』って本を出してて、面白いよ」

幻のアフリカ納豆を追え!―そして現れた〈サピエンス納豆〉― 幻のアフリカ納豆を追え!―そして現れた〈サピエンス納豆〉―

「アフリカにも納豆ごはんが!」

「東南アジアでも納豆を作るしね。野外で、バナナの葉っぱとかに大豆をくるんで発酵させるの。おおらかだよねえ」

「いや〜まだまだ知らないことがたくさんあるなあ。発酵の世界、広すぎない?」

「面白いですよね。うちも雪割納豆を海外に売りに行きたいです。ね、社長!」

「社長??」

 

「ん、呼んだ?」

「佐野さんがもうひとり出てきた!」

「双子なんです。僕が弟で、兄のほうが社長をやってます」

「分裂したってくらい似てますね」

 

「藁入り納豆」をあんまり見かけないのはなぜ?

「そういえば、『美味しんぼ』で山岡が『プラスチック容器の納豆はおいしくない。容器の匂いをごまかすために辛子を入れるようになった』って読んだ記憶があって。ヒラクくんはどう思う?」

「う〜ん、まず容器でいうと、昔ながらの藁でくるんで作る納豆って、今は衛生許可が下りないんだよね」

 

「ああ、藁でくるんでるイメージある。あれって理由があるの? かっこいいから?」

藁の繊維の中に納豆菌がたくさんいるんだよ。まず藁を熱湯で煮て消毒するんだけど、納豆菌は熱に強いから、他の菌が死んでも納豆菌だけ耐えて残るんだよね。そこに煮た大豆を入れておくと、菌がついて発酵する」

「昔の農家ではそうやって藁で納豆を作ってたんですよね」

「それがなんで衛生許可が下りなくなったんだろう」

「生物学が発達して、納豆菌と同じように120度くらいでも死なない菌が発見されたんだ。それが納豆に混入すると、他の敵がいないから爆発的に増えて、お腹を壊しちゃう可能性がある。だから藁の使用が禁止されて、純粋培養された納豆菌だけを使うようになったそうだよ」

「知らなかった……」

「まあとにかく、納豆菌は抗菌効果が強いから、防腐にも役に立つ。それに必須アミノ酸も含んでるので、納豆が体にいいのは間違いないです」

 

納豆の食べ方もユニバース

「あ、さっきの話で聞けてないことが! 結局、納豆に辛子が入ってるのはなぜなんだろう」

「詳しいことはわからないけど、最近の文化な気がするね。昔は入ってなかった」

「僕の小さい頃に買ってた納豆は、タレも入ってなかったですね。醤油とネギを自分で入れて食べてましたよ」

 

「ぼくもタレと辛子は入れないかなあ。一番のお気に入りは、湯浅醤油のうすくちと、ネギと、海苔を入れる食べ方。昔のスタイルで作ってる粒大きめのやつは、ホクホクしてて辛子がいらない気がするなあ」

「納豆じたいの味が薄くなってたりするのかな?」

「どうだろう。本当にいい納豆は『塩』が一番合うって言うね。まあ、ほんとに美味しい納豆が食べたければ手作りが一番! 藁がなくても、代わりに枇杷の葉を使ってもできるよ。手作りする分には藁を使っても合法だし」

「美味しい納豆、食べたい……! この『雪割納豆』って変わってるけど、オススメの食べ方知りたいです」

 

とうがらし入りの「辛口」や納豆汁の素、新潟名物の発酵調味料「かんずり」入りのタイプも

 

「まずは『追い納豆』ですね」

「何それ気になる!」

「普通の納豆を買ってきてください。銘柄はなんでもいいです。そして、雪割納豆を1、普通の納豆を2の割合で混ぜたものをタネにするんです。ごはんにも、蕎麦にも、パンにも合いますよ。特におすすめは納豆トーストですね」

 

「食パンにバターを塗って、さっきのタネとチーズを載せて焼くんです。最後にブラックペッパーを振ると、最強にうまい納豆トーストができます」

「うまそう〜〜〜〜〜〜」

「あとはおかゆとか、お茶漬けにも合いますよ。お茶漬けにしてかつおぶしなんか足すと旨味の波がもう、すごいです

「いや〜、買って帰って試します」

「東京でも、下北沢にある発酵デパートメントさんで取り扱っていただいてますよ。ネットショップもあるので」

「このポリペプチド鎖を感じてほしいなあ」

「それわかるのはヒラクくんだけだから」

 

まとめ

さて、すっかり皆さんも納豆の口になっているかと思います。次に食べる時は思いきりかき混ぜて、アミノ酸の網をちぎって、旨味全開の納豆を味わってみてください。

 

ちなみに取材した「雪割納豆」は、現在、米沢市で納豆を作っている唯一のメーカー。しかも、一度廃業した納豆工場を7年前に佐野さんたちが買い取り、事業承継して作っているものなんです。発酵オタクの佐野さんがいなければ、消えていたかもしれない伝統食……! 

 

ネットでも購入できますので、二重発酵のディープな味わいを体験したい方はぜひどうぞ。

究極のおつまみ納豆!<雪割納豆>

 

僕も取材後、全種類を買って帰りました。これで納豆ライフがさらに充実するぞー!!!

 

構成:友光だんご

撮影:キョウノオウタ


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