こんにちは、ライターの根岸達朗です。
突然ですが、皆さんは校正・校閲(こうせい・こうえつ)という仕事をご存知でしょうか?
校正ってほら、誤字脱字がないかとか、文章のまちがいを指摘したりするアレで、校閲はうーんと……
なんて、あやふやな知識でこの仕事を捉えてる人も多いかもしれませんが、なにを隠そう、ぼく自身がそのあたりをイマイチ理解してなくてですね……
「ちょっとー! 開き直ってるけどいいんですか。校正・校閲がなんたるかを知ることは、ジモコロの価値を高めることにもつながるんですよ?」
「そうなの? なんかすごい職人仕事だというようなことは聞いたことあるけど」
「じゃあ今回は、校正・校閲の専門会社『鴎来堂(おうらいどう)』の柳下恭平(やなした・きょうへい)さんを取材しましょう。知識の幅が広くて、話がめちゃめちゃおもしろい人なんで! 絶対ためになるやつなんで!」
「へ〜校正・校閲専門の会社かぁ」
「さらに! 今回はもう一人、ぼくが以前取材させてもらって仲良くなった小林くんをカメラマンとして招集しました。小林くんは長野県奥信濃でフリーペーパー『鶴と亀』を作っていて、写真のセンスがとにかく抜群なんだからー!」
「こんにちは、小林です。柿次郎さんに呼ばれ、朝5時起きで長野から来ました!」
「本日はジモコロの本気を示すべく、この3人で乗り込みます。ぼくたちは無教養なんだから、みんなで学んでひとつ賢くなりましょう! いいですね?」
「OK……」
本づくりの現場に欠かせない職人集団
文人たちに愛された小粋な花街の風情と、今どきのおしゃれなお店が共存して、独特な雰囲気を醸し出している東京・神楽坂。
周辺に出版社や印刷会社も多く、どこかアカデミックな香りも漂うこの街で、2006年に創業したのが、校正・校閲の専門会社「鴎来堂」です。
鴎来堂の仕事の9割は書籍。ここで具体的な書名は出せないものの、そのタイトルや作者の名前を聞けば多くの人が「あー知ってる!」となるような話題の作品も多く手がけています。
校正・校閲は一見地味な印象もある仕事かもしれません。しかし、柿次郎編集長が「今こそ知るべき!」と語気を強めるのには、それなりの理由がきっとあるはず!
というわけで早速、会社におじゃましました〜!
「あ、エントランスになにげなく原稿が。その奥にあるのは辞書と……級数表?」
「校正者の必須アイテムですね。僕たちの仕事を知ってもらうために展示をしているんですよ。さぁ、会社のなかをご案内しますので、どうぞこちらへ」
話を聞いた人:柳下恭平(やなした・きょうへい)さん
1976年生まれ。世界を放浪したのち日本で校閲者となる。28歳で鴎来堂を立ち上げ、現場で本と向き合いつづける。会社近くの書店が閉店したのをきっかけに書店事業に参入。2014年末、神楽坂に「かもめブックス」をオープンし、店主として店に立つ。15年10月、誰もが書店を開けるようにするための流通サービス「ことりつぎ」の事業を始動。
「ここは?」
「編集さんと〆切の調整をしたり、ゲラ(校正用に刷られた原稿)の進行管理をしたりする営業の現場ですね」
「みんなとても忙しそうです」
「近所の出版社とゲラのやりとりをするので、人の出入りも多いんですよ」
「へ〜ゲラって手渡しなんだ。たしかにめちゃくちゃ大事なものですしね。じゃあ、校正・校閲者は別の部屋で仕事を?」
「はい。みんな職人なので、作業に集中するための環境は別につくっているんです。これから行く部屋で作業をしているので、なかに入ったら静かな声で話しましょうね。あ、あと写真はちょっとご遠慮ください」
「この奥が作業場ですか。なんか図書館みたいな静けさ……(小声)」
「このフロアでは社内のスタッフとフリーの校正・校閲者が仕事をしています。ひとことに校正・校閲者といってもそれぞれに得意不得意の分野があるので、そのゲラを読むのにもっとも適した人をアサインするのも大切です。ちなみに今外部スタッフは120人くらいいます」
「120人! あらゆる文章に対応できるようにってことですか?」
「それもありますが、単純にその文章と親和性の高い人が読んだ方が、まちがいを見つけやすいんですよ。たとえば地方の方言が出てくるような文章だったら、その地方出身の人に読んでもらった方が細かなニュアンスの違いにも気付けます。あとは世代差、男女差なども考慮したスタッフが必要ですね」
「たしかに。ドラマとかで関東出身の人に無理やり関西弁しゃべらせてるのを見ますけど、あれ関西人が見たら速攻で違和感に気付きますから。たぶんそういうことなんでしょうね」
校正・校閲とは何か
「初歩的な質問で恐縮なのですが、そもそも校正と校閲って何が違うんでしょう? 意外とわからない人も多いような気がしていて」
「なるほど。ではその前にまず、一冊の本がつくられるまでの流れから簡単にご説明しましょう。著者と編集者の間で組み上げた原稿は、出版に至るまでに何度かの校正刷を重ねていくのはご存知ですか?」
「初校とか再校とか、そういうやつですよね」
「そうです。『校』という字には『くらべる』という読みがあるのですが、校正とはつまり、刷られたゲラを付き合わせて、前のバージョンで指摘したことが、今のバージョンで直ってるかを見くらべて正すこと。一見簡単そうに見えるかもしれませんが、一字一句見ていくので実はかなり根気が必要な作業なんです」
「じゃあ、ほかとくらべるものがない一番最初の原稿を見るときは?」
「その原稿だけを読み、客観的な視点でまちがいや疑問点を指摘します。これが校閲です」
「素人仕事ですが、赤入れってこんな感じのイメージですよね?」
「おばあさんは大きな桃を拾って、家に持ち帰ると……」
「続きの話はしなくていいんで」
「だいたいこんな感じですけど、実際はもっと細かいですね。表記が統一されているか、ルビは合っているか、数字に間違いがないかなど、細かいところまで事実確認をしながらじっくりと読んでいきます。同時に不快表現や差別表現がないかも合わせてチェックするんですよ」
「いくつものチェックフィルターを同時に走らせながら読んでいくんですね」
「はい、常に頭のなかがマルチタスク状態です。ほかにも考えることはありますよ。たとえば、『山茶花』という漢字がありますが、これなんて読みますか?」
「えーと……『さざんか』でしたっけ?」
「そうですね。でもこれ、昔は『さんさか』または『さんちゃか』と読まれていたこともありました」
「え、じゃあそっちが正解?」
「いえ、どちらも正解です。現代では『さざんか』の読みが一般的ですが、作品によっては『さんさか』『さんちゃか』と表現した方がいい場合もあるかもしれません。どちらが正しいとも間違っているとも言えないときに、作品の世界観や読み手の感覚を踏まえて『こうした方が適切なのでは?』と、指摘するのも校閲の仕事になります」
「なるほど。それをするには、本をたくさん読んで、幅広い教養を身につけておく必要がありそうですね」
「読書量は強みにはなります。ただ、それと同じくらい客観性も大切です。校正・校閲は読書ではなく、どれだけ機械のようにまちがいを見つけられるかが肝なので。ゲラを読んでおもしろく感じたらこの仕事は失敗なんですよ」
「おお、それは俯瞰する能力が職人ってことですね」
「僕が大好きな貴志祐介の『新世界より』でも同じことができるって言うんですか…!? あの超絶オモシロ小説でも!?」
「ええ、作品性に左右されることはありません」
「ウソでしょ…信じられない…」
「急になんなんだよ」
愛する本のために
「なるほど、校正・校閲の違いがちょっとわかってきたような気がします。でも、そもそもこの仕事って何のために必要なんでしょう? 大事なのはわかるけど、それを言葉で説明するのってむずかしいなぁと」
「はいはい。では、想像してもらいたいのですが、たとえば、終わってほしいような、終わってほしくないような、最高に物語が盛り上がってる場面で誤植がひとつあったらどうでしょう?」
「ん……? って引っかかりますね」
「ぼくは本が大好きですし、その世界に没入したくて読んでいる。それが、小さな誤植ひとつで現実に戻されたらやっぱりイヤなんです。それは作品の価値を落とすことですし、ひいては作家の価値を落とすことにもつながる。それって、実にもったいないことだと思いませんか?」
「たしかに、内容以前の問題かもしれませんね。そう考えると、この仕事って本への深い愛情がないとできない仕事のような気がしてきました。愛があるからたくさん本を読むのか、本を読んでいるうちに愛が芽生えてくるのかはわかりませんが」
「ああ、そういえばぼく、本をたくさん読んでいるうちに身についた変な特技がありましてね」
「え、なんすかこれ?」
「片手でページがめくれるんですよ。だから電車のつり革につかまりながらとかでも普通にどんどん読めちゃいます」
「なにこの地味にすごいスキル……」
「柳下さん、身長は163cmぐらいなんですけど手足がめちゃめちゃでかいんですよ。靴のサイズは29cm。尊敬の意味を込めて『知のドワーフ』と心の中で呼んでいます」
「そんな風に思ってたんだ」
「僕は特別、手が小さいわけじゃないんですが…この差ですからね?」
「すごい。柳下さん、本を読むために生まれてきたんじゃないですか?」
「いやいや、鍛冶嫌いのドワーフの末裔じゃないですか?」
「その議論いりますか?」
「愛する本を読むために肉体が進化しているとしたら、柳下さんは読者の視点に立った校正・校閲の仕事が天職なのかもしれませんね」
「ありがとうございます。ドワーフの疑いが晴れて良かったです」
校閲は現代の情報リテラシーになる
「読者の視点に立って誤植をなくすというのは、紙の文章でもネットの文章でも同じように大切なことかもしれませんね。たかが誤植、されど誤植」
「それでいうと、最近はなんとなく誤植に対する視線が昔よりも厳しくなってるような気がしてるんですが、そのあたりはどうでしょう?」
「それはあると思います。昔は雑誌の最後に作者の住所が書かれていたりとか、今よりもおおらかでしたよね」
「たしかに今はちょっとしたことで炎上する時代ですよね。全方位に気を張っておかないといけないっていうか」
「そうですね。でもぼくはこんな時代だからこそ、出版技術としての校閲は情報リテラシーとして再定義できると思っています」
「情報リテラシー、ですか」
「はい、情報の扱い方に対する教養みたいなものですね。読者へのフックが必要な表現の世界では、炎上を完全に防ぐことはできないと考えた方がいいと思います。ぼくらに落ち度があることだって当然あり得ます。でも、炎上が本当に怖いのは、尖った表現による炎上ではなく、不快表現であることに気付かず発信したことによる予期しない炎上なんです」
「ああ、思いもよらなかったところから突っ込まれるような」
「そうです。でもそれが校閲が入ることによって、特定の誰かに対しての不快表現であることに気付けたら、読者から指摘を受けても『わかっていました。でもあえてこの表現をしました』と言えるんです。ああ、そういえば、ちょっと見てもらいたい本があって」
「あーこれこれ。ぼくが好きな水木しげる先生の漫画大全集なんですが、現代では差別表現とされている言葉がたくさん出てきます。でもそれらも時代性を伝えるためには必要なことで、それをわかった上で、あえてそのままの形で今の時代に出版している。奥付に編集者がその意思を短く潔い文章で伝えているのですが、これがまた愛のある美しい文章なんです」
「編集者の意思」
「差別表現は校閲としては指摘すべきなのですが、作品にとってそれがどうしても譲れない表現であるなら、編集者はその指摘を殺せばいいだけの話。編集者や作家という作り手にまずは気付いてもらうことも校閲の役割なんですよ」
「めちゃめちゃ重要な仕事だ!」
「やっとわかったの……?」
「0から1以上を生み出すのが作家だとしたら、表現と商業性のバランスを取りながら、たとえば1を100にするのが編集者です。じゃあ、僕たちの仕事とは何か。それは100を100のまま届けることなんです。決して98にはしたくない。あわよくばその作品の価値が101くらいになったら最高だなあって思いますね」
「いやー今日は勉強になったなあ。貴重なお話、ありがとうございます!」
「ほら、ためになるやつだったでしょ」
「そうですね。んん………?」
「どうしたんですか? トイレいきたいの?」
「あ………あれぇ? ま、まさか……?」
「???」
「ICレコーダーが回ってなかったぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「え………まじで? まじっすか?」
「あっはっはっは! 今気付いてよかったじゃないですか。じゃあ、いったん休憩しましょう。これまで話したことダイジェストでもう一回話しますから」
「え、いやいや……?」
「いいですよ。僕、人のミスには寛容なんです」
「ゲラのまちがいは容赦なく指摘するのに?」
「だって誰かがミスをしてくれるから、僕らの仕事があるわけですもん」
「本当に申し訳ありません……」
「小林くん、このダメな大人を写真に収めておいてください。戒めとして」
「任せてください」
このあと柳下さんは、ライターとして大失態を犯したぼくのために、今日話したことをダイジェストでもう一度話してくれました。
猛省……そして、本当にありがとうございました!
まとめ
鴎来堂では近年、企業の情報発信担当者にその技術を教える機会も増えているそうです。校正・校閲は今の時代、個人で知っておいても損はないスキルなので、皆さんも興味があれば学んでみてはいかがでしょうか?
ちなみに、柳下さんがお店に立っている「かもめブックス」では、今回の企画で味わい深い写真をたくさん撮ってくれた小林くんのフリーペーパー「鶴と亀」も取り扱い中。本の見せ方が個性的で、つい長居したくなる居心地の良いお店なので、気になる人はぜひ足を運んでみてくださいね。
店内のカフェで飲める柳下さんこだわりのコーヒーもおいしいよー!
●かもめブックス
住所:東京都新宿区矢来町123 第一矢来ビル1階(地下鉄東西線「神楽坂駅」矢来口より徒歩0.5分)
電話:03-5228-5490
営業時間:月曜日~土曜日 10:00 ~ 22:00、日曜日 11:00 ~ 20:00
●3月23日(水)に柳下さんのイベントが開催されます!
・鴎来堂(出版、書籍の校閲)
・ことりつぎ(取次、誰でも本屋をつくれる仕組み)
・かもめブックス(小売、神楽坂の独立系書店)
・ブックマンショー(読者、読書普及ユニット)
僕の四つの仕事を自分自身で整理をするというゼミナール。自分自身が、作るところから消費するところまで、本の全部に関わってきて、この一年で考えることが増えました。連続講座を作ることで、僕のバラバラで繋がった仕事を見つめ直すことができます。
ライター:根岸達朗
1981年、東京都生まれのローカルライター。都会と田舎の多拠点生活を目指して活動中。家では息子に「うんちばかもの」と呼ばれている。
Mail:negishi.tatsuro@gmail.com/Twitter ID:@onceagain74/Facebook:根岸達朗
写真:小林 直博
長野県奥信濃発のフリーペーパー『鶴と亀』で編集者兼フォトグラファーをやっている。1991年生まれ。ばあちゃん子。生まれ育った長野県飯山市を拠点に、奥信濃らしい生き方を目指し活動中。