こんにちは、ライターのコエヌマガズユキです。前回のSF編に続き、引き続き早川書房に来ております。
今回はSFと並ぶハヤカワのもうひとつの柱……ミステリについて、編集者・小塚麻衣子さんにお話を伺いましょう!
お話を聞いたのは前回と同じく、早川書房の1階にある「カフェ・クリスティ」(東京都千代田区神田多町2-2)。
クリスティは、カフェとして飲み物や食事が楽しめるほか、ハヤカワのグッズも売っています。主な商品はSF関連とのこと。
撮影に同行したカメラマン(SF好き)は、ウイリアム・ギブスン『ニューロマンサー』のTシャツを買っていました。デザインがかっこいいですね!
今回お話を伺うのはこちら、小塚さんです。
画面右の黒い物体はパソコンのモニターなので、何らかのトリックで本の隙間からキーボードを叩いてお仕事なさっていると思われます。
もくじ
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・早川書房・小塚さんが選ぶミステリおすすめ5選
世界中のミステリを出版
「前回、GHQの兵隊が、ペーパーバックをズボンのポケットに刺しているのを見て、初代社長の早川清さんがミステリを出版しようと思った、というお話を聞きました。最初に出版したのはどういう作品だったんでしょうか?」
「ハヤカワ ・ポケット・ミステリ(通称ポケミス )の第一作目を刊行したのは1953年、アメリカで流行していた『大いなる殺人(ミッキー・スピレイン)』という作品でした」
「ラインナップはやはり初代社長が決めたのですか?」
「いえ、推理作家の江戸川乱歩さんと詩人で翻訳家の田村隆一さん、評論家の植草甚一さんといった、当時の推理小説界に詳しく、海外作品にも目がきく人たちが選んだのです」
「なんともすごい顔ぶれですね! 以降、早川書房さんでは海外ミステリを多く出されています。どの国の作品が多いのですか?」
「英語圏やフランス語圏は数が多いですね。2005年にスウェーデン発の『ミレニアム(スティーグ・ラーソン)』が世界的にヒットし、北欧圏の作品も増えました」
ミレニアムシリーズ、映画最新作『蜘蛛の巣を払う女』のポスター
「北欧ミステリは日本でもブームになりましたものね」
「近年はさらに広がっています。ミステリマガジンでも、『華文(中国語圏)ミステリ特集』を組みました。中国や台湾、香港などのミステリが、これから来るのではと。今後は南米や韓国のミステリも流行ると言われています」
「欧米から全世界へ広がりつつあるのですね。もちろん国内のミステリも……?」
「はい。1980~1990年代に、直木賞を受賞した『マークスの山(高村薫)』など国内作品も出していましたが、もっと強化していこうという流れが2000年代後半からありますね」
「国内外で膨大なミステリが出版され、新作も続々と出ているわけですが、早川書房さんはどのように面白い作品を見つけているのでしょうか?」
「翻訳の場合はまずネットです。書店のレビューや書評サイトなどで、あらゆる情報が入りますから。現地のブックフェアにも行きますし、翻訳家の方が持ち込みをしてくれることもありますね。”スカウター”と呼ばれる現地の方からのお勧めもあります」
「プロ野球のスカウトのような、海外で逸材を発掘するプロがいるんですね」
「はい。昔は何の情報もなかったので、海外の出版社が送ってくるペラ一枚の紙を見て、出版するかどうか決めていたものですが……便利になりました(笑)」
「それらの情報にドップリ浸かっている早川書房の編集者は、めちゃめちゃミステリに詳しいんでしょうね」
「そうですね。ミステリに詳しいオタクたちが編集者になってます。私も大学時代はミステリ研究会に所属して、年間で読むミステリの冊数は……Kindleだけで700冊以上かな。紙の本も合わせると膨大すぎて数えたこともありません」
「ちょっとした疑問なんですが、それほどミステリに詳しい人だったら……完全犯罪をする自信はありますか?」
「あはは、ないない! むしろミステリ関係者ということで、事件があったら私が疑われるんじゃないかって、毎日ビクビクしています(笑)。職業病なのか、町で警察官やパトカーなど見かけると熱心に見つめてしまいますし」
「完全に不審人物……」
「作家さんと外で打ち合わせをするときなんか、『殺し方が地味じゃないか?』『一人と言わずもっと殺したほうが』『その殺害方法は可能か』など声高に話していると、隣の席の人からギョッとされます」
「ミステリ編集者ならではの”あるある”ですね!」
「あとは、普通の小説を読んでいるときも、トリックやどんでん返しなど、ミステリ的なオチを求めてしまいますね。もはや条件反射です」
「いわゆる探偵脳(自分も探偵のように謎を解いてみたいという衝動に駆られ、常に謎を求めるようになる状態)ですね。殺人事件なんで身近に起きることはほぼ無いでしょうから、日常生活には影響がなさそうですけど」
「いえいえ、日常の中にも謎解きの面白さがありますよ。例えば道に100円が落ちていて、『誰が落としたのか?』というのもミステリです」
「へぇ、実際にそういった作品はあるんですか?」
「『競作五十円玉二十枚の謎』っていうのがありますね。作家の若竹七海さんが、書店で毎週のように50円玉20枚を1000円に両替している人を見て、『この人はなぜこんな行動をしてるんだろう?』と謎を感じたそうで」
「え、何それメチャ気になるじゃないですか」
「それを題材に、色んな作家が自分なりに両替えの理由を推理して、作品にしたアンソロジーです」
「おもしろそう!」
ミステリに流行り廃りはある?
SF同様、ミステリにもいろいろなカテゴリがあります。この機会に専門家に詳しく聞いてみましょう。
「ではここで、ミステリのジャンルと、代表的な作家について教えてください!」
「まずは本格です。『犯人は誰か?』『どのように犯行を行ったのか?』など、謎解きに主眼を置いた話です。その元祖とされるのはエドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』ですかね」
「シャーロック・ホームズでおなじみのコナン・ドイルや、アガサ・クリスティーも本格派の作品を多く執筆していますね」
「超がつく有名作家ばかりですね。続いては?」
「ハードボイルドです。主人公のタフな生きざまが描かれていることが特徴です。代表的なのはダシール・ハメットの『マルタの鷹』など。ほかにレイモンド・チャンドラーや、ロス・マクドナルドがハードボイルドの御三家と言われています」
「読んで影響されまくりましたね……バーに行ったら必ずギムレットを注文していました(※レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』には「ギムレットには早すぎる」という名台詞があるのです)」
「そしてサスペンス。謎解きというより、『これからどうなるんだろう……』というハラハラ・ドキドキ感を与えるストーリー展開が特徴です。『幻の女』で知られるウィリアム・アイリッシュ(別名コーネル・ウールリッチ)などが代表とされています」
「他にもスパイ小説、警察小説、法廷小説、社会派、歴史ミステリなどいろいろなカテゴリがあります」
「あまりジャンルを意識して読んだことはなかったんですが、まずはそれぞれのカテゴリの代表作を読んでみることにします」
「早川書房さんの長い歴史の中で、ミステリの作風や取り巻く環境も、時代によって変化しているのですか?」
「そうですね。ミステリは当時の流行を取り入れた作品が多くあります。例えば、70年代はスパイものですよね」
「あぁ~、東西冷戦の影響で」
「それからベトナム戦争を受けた80年代にかけてのネオ・ハードボイルド・ブームがあって、90年代に入ると、FBI心理分析官のプロファイリング(現場の状況をもとに、犯人の人物像を推理する技法)ブームが来て、ハンニバル・レクター博士で有名な『羊たちの沈黙』などが刊行されます」
「最近ではどういった作風がトレンドなのでしょうか?」
「どうやって不可能状況を作るか、がトレンドです。例えば、インターネットや携帯電話が使えないように、いかに電波を遮断するか、とか」
「いや本当、インターネットや携帯電話の登場は、ミステリのトリックをすごく困難にしてしまいましたよね……」
「米国のクリントン元大統領が書いた『大統領失踪』という作品は、彼自身が直面したサイバー犯罪の手口が盛り込まれているそうです」
「それはまさに近代的!」
「ただミステリは、10代の読者も80代の読者も、例え国境を越えても、同じ本を読んで、面白いとかつまらないとか話し合えるんです。ミステリという共通言語があるから。それはいつの時代でも、ずっと変わらないことです」
「国境を越えても、というお話が出ましたが、海外のミステリは、日本人には馴染みのない人物名が多くて、覚えるのが大変じゃないですか?」
「名前がなかなか覚えられない方のために、弊社のミステリは、巻頭に人物表を入れています。人物表ついてない場合、人物表がネタバレになってしまうケースなんです」
「わ! そんなこと言われたら、次から『人物表がない!? ということは……』って邪推しちゃいそう」