こんにちは、ライターの友光だんごです。本日は岐阜県の飛騨(ひだ)に来ています。
飛騨は江戸時代からの城下町。「小京都」とも呼ばれる美しい街並みを見に、海外からの観光客も多く訪れる土地です。
さて、地元在住の編集者である白石達史(しらいし・たつふみ)さんに飛騨を案内してもらっていたのですが、白石さんが妙なことを言い出したんです。
「そういえば白石さんって、飛騨に来るまでは何をされてたんですか?」
「話せば長いんですが……大学を出てからしばらく海外を放浪して、その後アメリカのアリゾナにいました」
「アリゾナでは何を?」
「荒野でサボテンを切ってましたね」
「え???」
「荒野でサボテンを切ってました」
「……そんな仕事あります?」
「国立公園の整備をしてたんです。1年半くらいサボテンを切ってたのかなあ」
「つまり……サボテンきこりだった?」
「『サボテンきこり』(笑)! 初めて言われましたけど、そう言ってもいいですね。あの時の経験が、今の飛騨にも繋がってますよ」
「サボテンきこりが『まちの編集』に……どういうことですか??」
振り幅は大きすぎますが、アリゾナでのサボテンきこり生活と白石さんが現在取り組む「まちの編集」は、「日常に価値を見出す」という点で、ちゃんと繋がっていたのです。
一度は日本の社会を飛び出した男が、縁もゆかりもない飛騨で編集者になるまでの物語、始まります。
そうだ、インド行こう
「そもそも、なんでアリゾナに行くことになったんですか?」
「大学を卒業して行ったカンボジアがきっかけです。就活に興味が持てなくて、しばらく海外を旅してたんですよね」
「就活に興味が持てなかったというのは……」
「まず、大学で入ったモダンジャズ研究会(ジャズ研)が、基本的にダメ人間の溜まり場だったんです。授業はほとんど出ないし、ジャズすらやらない人もいるんですけど、そこが居心地よくて」
「そこでダメになっちゃったんですか?」
「というより、もともと自分がダメなことに気がついたのかな。それで就活が始まった頃、大講堂にみんな同じスーツと髪型で入っていく列ができてたんです。それを僕はジャズのセッションをしながら上の階の窓から見てました」
「白石さんも本来、その同じスーツと髪型の列にいるはずですよね」
「その行列を見て、僕は『あそこにいったら戻れない』と思ったんです。就活ってシステムのなかで、同じ考えの人間が製造されていくように感じて。それで就活しないまま卒業した頃、友人にたまたま『エグザイルス』って本を借りました。そこにインドへ行く話が書いてあったんです」
※『エグザイルズ』……ヒッピー文化全盛の1960年代、社会が敷くレールを拒否し、自分の可能性を求めて世界を放浪したロバート・ハリスの自伝。著者はJ-WAVEなどで人気のラジオDJでもある
「『エグザイルス』を読んで『そうだ、インドだ!』と思ったんです」
「めちゃくちゃ影響されましたね」
インドじゃなくて、カンボジアにハマる
海外を旅していた頃の白石さん
「でもさっき、サボテンきこりはカンボジアがきっかけって言ってましたよね。インドではなく?」
「当時は英語も喋れないし海外も初めてで。どうやってインドに行くのかもわからなくて、とりあえず『エグザイルス』に書いてあった通りにバンコクに飛びました」
「すごい遠回りしてますね」
「バンコクの宿までなんとかたどり着けたんですが、何をしたらいいかわからなくて、ずっと漫画を読んでました。日本人宿だったから漫画はあったんです。ドミトリーも初めてだし、とにかく居心地が悪くて……」
「日本にいてやることとあまり変わらないのでは?」
「10日くらいした時、日本人旅行客から『国境超えたらすぐカンボジアだよ』と教えてもらったんです。それでカンボジアにいったら、初めて旅人らしい体験が待ち受けてました」
「おお、ついに!」
「地元の子どもたちと仲良くなって、10人くらい連れて毎日遊んでました。みんなの家でごはんを食べたり、サッカーしたり。そこで言葉も勉強しながら1ヶ月くらいいたのかな。その後にインドへ行って日本に帰国したんですが、すぐにまたカンボジアへ行きました」
「それはまた、なぜ?」
「カンボジアがほんと強烈だったんです。カモやヘビを捌いてくれて一緒に食べたり、結婚式に呼んでもらったり、あとは一緒に楽器を弾いたり。現地の人との交流が楽しかったから、もう一回お礼を言いに行きたくなったんですね。でも、またカンボジアへ行って一通り皆に挨拶したら、やることがなくなっちゃいました」
「白石さん、基本出たとこ勝負な人ですね」
「どうしようかなと思ってたら、現地に日本語学校があるよって言われて見学に行ったんです。そしたら成り行きで先生になっちゃいまして」
「(きこりまでが長いな……)」
バナナの皮で環境問題に目覚める
「カンボジアの日本語学校で授業を見学してたら、校長先生がいきなり『この日本人が今日から先生です!』って言い出したんです」
「……罠じゃないですか」
「驚きましたけど、面白そうだから先生になりました。でもボランティアだったからお金もなくて、大変でしたね。最終的に生徒は150人くらいまで増えて、最大1日7コマ、朝7時から夜11時まで授業があって」
「えー!!大変!!働きづめじゃないですか」
「楽しかったんですけどね。で、2年半くらいいたんですが、バナナの皮をきっかけに環境問題に興味を持ったんです」
「バナナの皮?」
「カンボジアではよく川が氾濫して村が水浸しになってたんですが、その原因がビニール袋だったんです」
「ビニール袋で川が氾濫するんですか?」
「カンボジアの人はみんな、屋台のごはんを食べるんです。屋台では元々料理を入れるのにバナナの皮を使ってて、食べ終わったら皮はその辺に捨ててました。その後、時代とともにバナナの皮の代わりにビニール袋が普及してからも、昔からの習慣でビニール袋をポイ捨てしていて。それが川をせき止めて、氾濫させてたんです」
「ええー! 川をせき止めるほどのゴミ…文明のスピードと地元の生活がアンバランスになってる感じがしますね」
「カンボジアは当時とくに教育水準が低くて、大人も環境に関する知識がなかったんです。だからビニール袋が環境に悪影響をおよぼすってことも理解されてなくて。そこで僕はもっと環境のことを知りたいと思って、アメリカに行くことにしました」
「もしや、ついにサボテンが出てきます?」
「出てきます!」
「おお、待ってました!!!」
見渡す限りの荒野でサボテンを切る日々
「アメリカにいた頃の写真がこれです」
「なんか思ってたのと違った。どこですかこれ?」
「アリゾナ州の『グランドキャニオン国立公園』です。国立公園には『トレイル』って馬や観光客が歩く道があるんですが、土の道だから定期的にメンテナンスが必要で。僕は環境保全に取り組むNGOに入って、トレイルを整備するために邪魔なサボテンや岩を切ったりどかしたりしてました」
「サボテンは6〜7mくらいあるんですけど、棘がえげつなくて。矢印みたいな感じで、刺さると絶対抜けない。それに皮膚がただれちゃうんですよ」
「怖っ。サボテン木こり、ハードですね」
「水道も電気もない荒野でテント生活ですしね。車も入れないので、荷物をかついで徒歩移動。生活道具から斧やハンマーもあって、荷物は30〜40kgあったんじゃないかな」
「ひええ、その国立公園の整備は何人くらいでしてたんですか?」
「NGOのメンバーは100人くらいです。10人ずつくらいのチームに分かれて『南のAエリアのトレイルを直す』みたいなプロジェクトを担当してました」
「国立公園ってめちゃくちゃ広いわけですよね」
「グランドキャニオン国立公園は4900平方kmなので、福岡県と同じくらいの大きさですね」
「広い!!!!! それを100人で、しかも徒歩で整備って、一生終わらないのでは?」
「そうですね。プロジェクトも100年単位とかで考えられてました。環境保全のそもそもの思想が『人間も自然に関わりながら共生する』。例えば、道がないとみんな好き勝手なところを通っちゃうでしょう? でも最低限の道を作れば、最低限の自然破壊で環境が守られるって考えなんです」
「なるほど。コンクリートで舗装して何十年残る道を作るんじゃなく、風化したらまた直してを繰り返していく……気が遠くなるなあ」
「アメリカのスケールの大きさを痛感しましたね。あ、キャンプでのトイレはスコップで穴を掘って用を足すんですけど」
「え………?」
「見渡す限りの大空の下でする野糞は最高ですよ」
「壮大な野糞!!!」
東京の「一度着たシャツを捨てる」生活に違和感
「アメリカは1年で帰ってきたんですが、日本でも木こりっぽいことをやりたいなと思って、熊本のNPOに入りました。今でいう地域おこし協力隊みたいな感じで、基本は森林整備ですね。竹林で竹を切ったり、村のおじいさんがゴボウを植えるのを手伝ったり」
「なんか白石さん、木こりとはいえちゃんとした木を切ってないですよね」
「言われてみると、ちゃんとした木は切ったことないですね(笑)。それで熊本にいたころ、同年代に比べて、圧倒的に社会人としてのスキルが自分に欠けてることに気づいたんです。そろそろ会社で働かないとと思って、東京でビルの壁面緑化を手がける会社に就職しました」
「そこも環境つながりなんですね」
「『エコ 仕事』でググったら最初に出てきた会社なんですけど」
「めちゃくちゃ適当な選び方だった」
「生活はガラッと『東京的』な働き方になりました。終電まで働いて、そこから飲んで、会社のソファやカプセルホテルで寝てまた働く。クリーニングに行く暇もなくて、シャツやパンツは一度着たら捨てて新しいのを買う日々です」
「アリゾナでのサバイバル生活から、すごいギャップですね」
「木こり時代はいいとこ月収2〜3万だったのが、一気に月30万円になって金銭感覚もおかしくなりました。でも、ある時『いつまでシャツ買うんだろう?』って気づいたんです。アリゾナでは10日間同じTシャツを着てたのに、と。そこで『これじゃダメだ』と思って会社を辞めました」
白石さんの住む飛騨の冬の風景。昔ながらの日本の姿が残っている
「その後、アリゾナの荒野で太陽とともに寝起きしてた体験が蘇って『次は日本の田舎で働こう!』と思いました。そうしたら、アリゾナ時代の知り合いから『知り合いが飛騨で会社を立ち上げるから白石くんを推薦しといたよ!よろしく!』ってメールが来たんです」
「それで飛騨に行ったんですか?」
「飛騨が何県かも、何の会社かもわかってなかったけど履歴書を送りました」
「白石さん、どこでも行ったら何とかなっちゃう人なんでしょうね」
「入ってみたら、外国人向けのガイドツアーの会社だったんです。飛騨高山の古い町並みから農村へ自転車で移動して、地元のおじいちゃんやおばあちゃんと交流する内容が外国人に人気で。インバウンドなんて言葉が流行る前でしたけど、かなり人は呼べましたね。会社に7年いた後、独立しました」
「今は肩書きは編集者ですか?」
「それが悩みで…仕事を人にうまく説明できないんです! 取材して記事も書くし、地元の事業者さんから相談を受けて、Webやパンフレット、イベントとか状況に応じたアウトプットも作る。自分の手を動かすので、コンサルとも違うんですよね」
「ディレクターというか、広い意味での『編集者』ですね。ローカルには、白石さんと同じような人が多い気がします。東京的なメディアの編集者ではないけれど、やってることは『編集』という」
「だから、僕らを指す適切な言葉を見つけてくれた人がいたら表彰したいです!」
白石さんの自宅は、古民家を破格で譲り受け、自分たちでDIYしたもの
「カンボジアやアリゾナの海外時代と今の飛騨では、かなり振れ幅が大きいですよね。昔の経験が、今の白石さんの編集的な仕事に繋がってる感覚ってありますか?」
「ちゃんと繋がってますね。アリゾナ時代に生きていくために最小限のものが何かと、何もないところに面白いものを見つけるスキルを学びましたから」
「と、いうと?」
「アリゾナの荒野で流れ星が1時間に50個以上見えたり、パッと空を見たら広い空に飛行機が10何機も飛んでるのが見つかったり……テレビもネットもお店もなくても、身の回りにいくらでも面白いものって転がってるんですよね」
「日常を楽しむってことですね。それは飛騨の暮らしにも通じますか?」
「はい。『うちの田舎には何もない』って飛騨の人は言いますけど、この地域を訪れる海外の人にとって、飛騨の暮らしは宝の山。こんな風に日本の昔ながらの暮らしが残ってる土地は少ないですからね」
「近所のじいちゃんが一升瓶ぶら下げて昼間から遊びに来たり、朝に玄関を開けたらおすそわけの野菜が置いてあったり。そんな暮らしを僕自身、飛騨に移住してからすごく楽しんでます」
「まさに村的なコミュニティというか」
「はい。そんな日常に埋もれてるものを拾い上げて言葉にしていくことを、これからもやっていきたいと思ってます」
「また飛騨に遊びにきます! 今日はありがとうございました」
おわりに
白石さんと会うのは数度目でしたが、「いつもニコニコ楽しそうな人だなあ」とつねづね感じていました。その理由が、今回の取材でわかったように思います。
目まぐるしく移り変わる都会で忘れてしまいがちな「なんでもない日常を面白がる方法」を、白石さんはアリゾナの荒野で身につけていました。
そして、その「埋もれていた面白さ」に気づき、届けることこそ、「編集」のひとつの本質に違いありません。そんな編集者にとって大切なことに、白石さんは気づかせてくれました。
タフさでも編集者としても大先輩の白石さんに会いに、僕はまた飛騨へ遊びに行こうと思っています。
そして、そんな白石さんが企画・主催する「飛騨高山ジャズフェスティバル」が、もうすぐ開催されます!
合掌造りの民家が並ぶ美しい風景のなか、日本だけでなく世界から一流アーティストが集まり競演します。
白石さんが「このフェスのために会社を作った」というほど気合の入ったイベントです。ぜひ、飛騨の風景と音楽を体感しに遊びに行ってみてください!
■飛騨高山ジャズフェスティバル2018
日時:2018年5月26日(土)
会場:岐阜 高山 飛騨の里
出演アーティスト:TOKU / 小沼ようすけ / paris match / 川辺ヒロシ from TOKYO No.1 SOUL SET / Tamaya Honda ICTUS trio / JiLL Decoy association / 鈴木宏紀 Decaytime / VIDEOTAPEMUSIC / こだま和文 from DUB STATION with DJ YABBY / 中村祐介 from Blu-Swing ほか
https://hidatakayama-jazz.com/