こんにちは、ライターの友光だんごです。
僕は今日、長野県の辰野町(たつのまち)に来ております。
ここ辰野町には東日本一といわれるホタルの名所「松尾峡」があります。しかし目的はホタルではなく、
「ハチ追い」名人に会うため
なんです。
いや、ハチって見た瞬間に脳が「ヤバイ」って叫ぶ見た目じゃないですか。カラーリングといい顔つきといい凶々しすぎる。その上刺すし。
そんなハチを…追う………? なんでわざわざ……?
って思いますよね。つい数ヶ月前にもハチに人が襲われる事故がニュースになってました。
不安になって調べてみると、2010〜2015年に日本でハチが原因となった死亡事故は119件。
1年に約20名以上が亡くなっていて、日本での有毒生物による死亡件数の第1位だそう。
※参考文献『子どもにも教えたい ハチ・ヘビ危険回避マニュアル~刺される咬まれるには理由がある』(西海太介著・ごきげんビジネス出版刊)
そんなハチを追う名人とは、一体何者なんでしょう???
ハチを追い続けて半世紀以上!
待ち合わせ場所の林に着くと、車が何台も止まり、なにやら準備をしている様子です。
「あの、すみません、皆さんは『ハチ追い』の方たちですか」
「そうだよ」
「やっぱり!ハチ追い名人がいるって聞いたんですが…」
「ああ、大久保さんだな。あの人はすごいよ。あ、ちょうど大久保さんが来たよ」
あっ!
あれが……
ハチ追い名人だーー!!!
名人は大久保巻彦(おおくぼ・まきひこ)さん、御年70歳。
確かにツワモノの風情が感じられます。
「あんたかい、ハチ追いに興味があるってのは」
「はい!ちなみに名人はいつからハチ追いを?」
「ガキの頃からだから、もう60年近くやってるんじゃねえかな」
「大ベテランですね。最初にそもそもの質問なんですが、『ハチ追い』って何なんでしょう?」
「知らずに来たのか? しょうがねえなあ。ハチを追いかけて巣のハチの子を採る信州地方の伝統猟が「ハチ追い」だよ」
「猟なんですね。ハチの子を採ってどうするんですか?」
「食べるんだよ。ここいらじゃイナゴもハチの子も昔からずっと食ってるからな」
「そうか、長野は昆虫食の文化があるんだった。でも、ハチって刺しますよね? 危なくないですか?」
「そうだな……」
「俺のダチは二人、ハチに刺されて死んだ」
「!!!!????」
「刺される場所によるんだけどな、動脈を刺されちまうと一発であの世行きよ」
「そんな…」
「俺も一度刺されたことあるけどな、数分で目が見えなくなるんだ」
「もう帰ろうかな」
「まあ大丈夫よ、運が悪くなきゃ。それじゃ始めっからよ」
「この流れでやるの怖すぎませんか…?」
ハチをおびき寄せ、走る走る!
名人がいかつい風貌の仲間と準備を始めました。
「名人、それは何ですか?」
「ああ、イカの切り身を吊るしてるんだ。ハチを呼び寄せる餌だな。奴らは鶏肉でも馬刺しでもカエルでもなんでも食うぞ。ほれ、もう何匹か来た」
「え、どれですか……?」
「これだこれ」
「あれっ、スズメバチみたいなのを想像してたんですが意外と小さい!これひょっとして余裕じゃないですか?」
「ここいらじゃ『スガレ』と呼んでるが、クロスズメバチってスズメバチの一種よ。刺されたらかなり痛いぞ」
「スズメバチの一種!ということは毒も…?」
「もちろんある」
「あるのか…で、ハチをおびき寄せたらどうするんですか?」
「これを食わせるのよ。餌に目印をつけてな」
「小さく丸めたイカの肉団子に、白い目印をつけてるんですね」
「昔は目印に『こより』を使ってたが、今はビニール製だな」
イカに寄ってきたハチに目印付きのエサをうまく抱えさせます
「こうやって餌を抱えたハチは、巣まで飛んでいくんだ。そこを追いかけて、地面の下にある巣の場所を突き止めるのよ。奴らは巣を地中に作るんだ」
「ハチを追いかけるのは大変じゃないですか?」
「だから、奴らの習性を利用する。餌を見つけると、ハチは仲間を呼ぶんだ。そして仲間たちと一緒に、餌を少しずつ肉団子にして巣まで運ぶ。その間、奴らが飛ぶルートは同じなんだ」
「つまりハチを見失っても、ルートに張り込んでればまたハチが飛んでくると」
「そうだ。今日は俺の仲間もいるから、手分けしてルートを見極めていく。そして巣を見つけるって寸法よ」
「なるほど!」
「ただし追ってる間はハチから目を離せないから、下を見れない。穴に落ちたり転んだりしてケガする奴も多いから気をつけろな。よし、じゃあやってみるか!」
「なんか不穏なことを聞いた気がする!!」
しかしもう戻れません! 餌を吊るした木の近くで待機します。
大久保さんの「ハチ行ったぞー!!!」の声でスタートしたものの…
……ハチはどこだ?
矢印のところにいるんですが無理無理!こんなのわからないって!!
ハチの飛ぶスピードって早いんですね。正直なめてました。そのうえ体のサイズも小さいので、すぐ見失ってしまいます。
速攻で諦めそうになったのですが、名人の仲間からの圧がものすごくて逃げることはできません。追うしかない。
しばらくやっていると目が慣れてきたものの、すぐに次なるハードルが。ハチを追いかけて走るのは薮の中。しかも全速力で走らなければいけません。
道もなんにもないところを下を見ずに走るってメチャクチャ怖いんです。普通やらないと思うんですが。
走ってる時の視界はこんな感じ。下に転がってる枝とか穴とかを上空のハチから目を逸らさずに避けるという草食獣並みの視界が要求されます。
「ハア…ハア……アアッッ!!」
当然つまづいたり転んだりしまくりです。これ無理ゲーじゃない?と思ってたら、遠くから声が。
「巣を見つけたー!」
「1ミリも役に立てなかった」
ハチ追い猟の成果は…
名人たちの元へ駆けつけると、なにやら用意しています。次の瞬間…
シュボッ!!
モクモクモクッ!!!!
「な、何してるんですか?? まさか爆破??」
「んなことするか。煙幕でハチを気絶させてるんだ。その隙に巣を掘り出す。殺虫剤を使うとハチの子が食えなくなるから、使うのは煙幕なんだな」
「なるほど。そういえばどうやって巣の位置がわかったんでしょう」
「ハチを追っかけていくと、地中に出入りしてる場所がある。そこが巣の入り口だ。どれ、これから掘ってくから見てな」
地面をしばらく掘ると…
出てきた!これがスガレの巣!!!
どんどん出てくる。どうやら巣は地中で何層にもなっているようです。
「まだあるぜおい!」とテンションの高い名人の声が聞こえたので、かなり大物のよう!
掘り出した跡。転々と気絶したハチたちが見えますね。パシャパシャ写真を撮ってたら、いつの間にか遠くにいる名人たちから声が。
「おおーい、そろそろ復活するから気をつけろよ」
「え?」
「復活したハチたちは気が立ってるから群れで襲ってくるぞ」
「怖い怖い怖い怖い!!!!」
慌てて走って逃げました。
実食!ハチの子
「いやあ、大漁だ」
「巣は1〜2kgくらいが普通だけど、これはもうちょいあるな。だいたい1kgが5000円くらいで売れるんだ」
「大儲けですね。しかしこれ、アップで見ると…」
「めっちゃウネウネしてる!!!ぎゃあああ」
「うまそうだろ」
「いや、ちょっと修行が足りなくてすみません…」
「どれ、生でいってみるか」
「本当に言ってるの???」
しかし、ここまで来たら退けません。覚悟を決めて、いざ実食……
えいっ!
プチッ…と口の中で何かがはじける感触に戦慄しつつ…………あれ、意外と食べたことのある味がする…?
「なんか、味付けしてないイクラみたいな感じですね。和風ダシの味と」
「そうか。まあ、地元のもんはあんまり生じゃ食べないけどな。おいしくねえから」
「なんで食わせたんですか」
ということで、オススメのおいしい食べ方を教えてもらいました。まずは佃煮。
地元ではもっともポピュラーな食べ方。保存食として常備してあるそうです。甘辛い味で普通にイケます(見た目に慣れさえすれば)。
もう一つの食べ方はバター炒め。
ピンセットでつまんでフライパンに放り込んだら…
ジュワッとバターで炒めます。
こちらも見た目はアレですが、あたりに香ばしい匂いが漂います。味もいい! バターと醤油で炒めたら大体なんでも美味しくなることがわかりました。
生の蜂の子を使うので、巣を採った直後にしかできない食べ方です。
さて、腹ごしらえも済んだところで、名人に話を伺ってみました。
名人にインタビューしてみた
「なかなかハードですね、ハチ追い」
「そうだな、けど追っかけるときが一番面白えよ。若い頃は3mくらいの崖も飛び降りて追いかけてたな。穴に落ちたり川に落ちたり、大変だよ」
「ケガしますよね、それ」
「骨折ったりな!まあ、それくらい面白えわけよ。だいたい3〜4人でチームを組んで、毎月日にちを決めてやることが多い。巣がまだ小さい時に掘り出して、家の庭で育てる人もいるよ」
「巣を大きくするんですか?」
「そう、伊那で毎年、育てた巣の大きさを競う大会があるんだ。俺はそういうのはやらねえ、採って食うのが専門だ。地元のスーパーや道の駅に行きゃあ売ってるけど、高いからな。自分で採った方が面白いし安い」
「自然の恵みなんですね」
「信州は海がねえから、昔はなんでも食ったのよ。スズメバチの成虫は焼酎漬けにする」
「めちゃくちゃ精がつきそう」
「おお、紹興酒みたいな味になるよ。俺はウイスキーしか飲まねえけどな。ハチの子は栄養があるから滋養強壮にいい」
「いやあ、食べてみたら思ったより美味しかったです」
「だろ? 他の土地の人は知らない味だけどな」
「そういえば名人、さっきハチに刺されてましたよね」
「ああ、ジバチはちょっと痛いな。まあ俺は慣れてるから重曹ぶっかけときゃ大丈夫よ」
「たくましすぎる。あの、ハチに刺されないコツってあるんでしょうか?」
「そうだな、ハチを見かけても手を出したらダメだ。手で払ったりすると興奮して襲ってくる。手を出さずにじっとしてるのがいいな」
「ネットと一緒ですね…攻撃に反応したら負け…」
「あと、香水とかの匂いにも反応することがあるから、山に入るときは注意したほうがいい」
「やたらめったら刺してくるわけじゃなくて、ハチが襲ってくるときは何かしら刺激してしまってると」
「そう、ミツバチなんかは仲間の危機にしか反応しない。出会っていきなり刺してくるハチはそういないよ」
「しかし、こうやって仲間と集まってやるのは楽しそうですね」
「ああ、家でゴロゴロしててもつまらんからね。この時期は山へ来ちゃあ歩いてるよ。栗を拾ったり、キノコを探したり」
「名人、70歳には見えないですよ。ハチの子パワーですね」
「山のもんを食ってればまだまだ現役よ」
「ハチに刺されるのだけは気をつけてくださいね。くれぐれも動脈だけは…!!」
おわりに
その後、軽トラで颯爽と去って行った名人。小さい頃から山で遊び、自然の恵みを食べて育った名人と僕とでは、なにか根本的な生命力の違いを感じます。
そして、今まで闇雲に怖がっていたハチですが、習性をきちんと知れば共存できる…のかもしれない。そんなことを学んだ取材でした。
☆ジモコロ編集長の柿次郎とライターのヨッピーさんが出演する辰野町のPRムービーが公開中。ハチ追いの様子が映像で見られます!こちらもぜひご覧ください!
書いた人:友光だんご
編集者/ライター。1989年岡山生まれ。Huuuu所属。インタビューと犬とビールが好きです。Facebook:友光だんご / Twitter:@inutekina / 個人ブログ:友光だんご日記 / Mail: dango(a)huuuu.jp