こんにちは。ライターの斎藤充博です。
先日、生まれて初めての同人誌を作って、小さな即売会に参加しました。
66ページの同人誌を400部刷ってみたところ、86,000円くらいかかりました(オフセット印刷・一部カラーあり・早期入稿割引付き)。
本がこのくらいの値段で作れるなんて、ぜんぜん知らなくて。超楽しい経験でした。
今回印刷をお願いしたのは、東京都の文京区にある「スターブックス」という印刷所です。
同人誌製作についてよく知っている友達によると、スターブックスは丁寧で評判が良い会社だとか。僕が作った入稿データはメチャクチャだったのですが、確かに親切に事細かく教えてくれました。
なかでも驚いたのは「目次に書いてあるページ数がバラバラですよ!」と指摘してくれたこと。そんなに中身を細かく見てくれているんだ! もっと一発勝負かと思っていました。
僕の同人誌を印刷してくれたのは一体どんな人たちなんだろう……?
というわけで、僕の同人誌を作ってくれたスターブックスに来ています! 今日は12月8日。冬コミの準備で忙しくなるギリギリのタイミングです。
*冬コミ……日本で行われる世界最大規模の同人誌即売会をコミックマーケットという。年に2回開かれており、冬にやるのが通称「冬コミ」
お話をうかがうのはスターブックス部長の山内文吾さん(左)と、オペレーターの佐藤莉飛斗さん(右)。
・そもそも印刷業界って今どんな感じなの?
・印刷所的に作りやすい同人誌ってある?
・今からでも冬コミに間に合う原稿作成時の注意点ってある?
・どんな同人作家が「売れる」かってわかります?
・印刷所が作家に一番「伝えたいこと」とは……?
ものすごく「実家っぽい」スペースでいろいろ聞いてみました!
印刷業界は沈んでいるけれども同人は元気
「出版不況っていうじゃないですか。すると印刷業界も大変なんじゃないのかなって想像しているんですが、どうでしょうか」
「今、電子媒体が増えていますよね。すると当然、その分の印刷の仕事は少なくなってきます。印刷業界全体としては仕事が少なくなってはいるんです」
「なるほど……。やっぱり厳しいんですね」
「ただ、同人誌の市場は広がっている印象です。同人イベントも毎週何かしら必ずありますし」
「今の時代に、一般書籍で1万部売るのって相当大変じゃないですか。でも同人誌だと1万部の単位はよく出ますね。重版を何度もする方も多いですよ」
「商業出版が沈んでいて、逆に同人が元気というのは面白いです」
「やっぱり商業出版と同人は異文化なのかなって思います。世界が違うというか」
「単純に部数だけの話だけでもないんです。同人誌には作家さんの『紙の形に残したい』って思いがありますよね。だから、同人誌印刷は『紙の価値』が最後まで残る分野なのかな、と思っています。出版社だったら、利益が出れば紙である必要はない。電子でもなんでもいいんです。そうすると我々の出番はなくなってしまう」
同人誌の作り方
「そもそも一般の書籍と同人誌って作り方は違うんですか?」
「一般の書籍は総ページ数が『8の倍数』になっていることが多いんですよ。同人誌はそんなことはないと思いますが」
「確かに! 普通の本には128ページとか256ページの本が多い気がします」
「印刷所は、1枚の紙に8ページとか16ページとか『8の倍数』のページを一気に刷るんですよ」
「そこから紙をどんどん折って、束ねて本にするんです。これを私たちは『折り丁合(おりちょうあい)』と呼んでいます」
「一般の書籍は紙を無駄なく計画的に使うので、ちょうど8の倍数になるんですね」
「僕は同人誌を作るときにページ数を『8の倍数にしよう』なんて思わなかった……」
「そうですよね。同人誌は作家さんが書きたい分だけページを作るので、紙を折らないで、1枚づつ紙を入れて作るんです。私たちは『ペラ丁合』と呼んでいます」
「同人誌でも8の倍数のページ数で作成した方が、印刷所の人はラクなんでしょうか?」
「うちは『折り丁合』はやらずに全部『ペラ丁合』なんです。ただ、32ページ単位で発注いただけると多少ラクですね。一度に印刷できるので」
「なるほど……。基本的には他の人の本も一緒に印刷するんですね。32ページ単位だと、全部自分の印刷になる、と」
「でもホント、好きなページ数で作っていただけるのが一番ですよ! 同人誌ですからね」
印刷所は原稿はどの程度チェックしているのか
「今回スターブックスさんに印刷をお願いしたら『目次に書いてあるページ数が間違っていますよ』って連絡をいただいて、ビックリしました。印刷所がそんなに細かいところを見てくれるのか、と」
「原稿をどこまでチェックするかは、印刷所によってかなり違いますね。確認用のPDFファイルを渡して、それで終わりの印刷所もあります。うちもあくまでも完全データでのご入稿が前提ではありますが、スタッフが気づける範囲で不備のご連絡をさせて頂いています」
「僕は初めてだからわからなかったのですが、スターブックスさんってやっぱり丁寧ですよね……?」
「丁寧だという評価を頂いていると思います。ただ、内容のチェックに責任を持つのは難しいですね。あくまでもプラスアルファのサービスと考えていただければ。年間1万以上は案件を受けているので……。」
「すご! そんなにあるんですね」
「さらに、本の中身をしっかり見られるのが作家さんにとって良いのか悪いのか、という問題もあります。 きっとあまり見られたくない方もいるはずなんですよ」
「ああ~~~。それは確かに。同人誌って、自分の欲望をストーリーにしたり、しますもんね……」
「誤字を見つけた場合、指摘するのがいいのか。それともあえて言わない方が良いのか……。とても悩むところです」
印刷所がこんなにデリカシーあるなんて、思ってもいませんでした。
それにしても「見られた方がいいのか」「見られない方が良いのか」は難しい問題……。僕は見てもらった方がありがたいですが。
全面ベタはつらい……
「この記事が公開される頃は、同人作家は冬コミの締め切りに追われているころだと思います。今からでも間に合う原稿作りのチェック事項とかってありますかね?」
「なんとなく雰囲気で原稿を1ページ丸々『ベタ』(真っ黒)にされると大変です。意図があるなら良いのですが……」
「ああ~~。それな。それはあるね」
「(二人の間ですごい共感が生まれた……)どういうことですか?」
「例えば、マンガを30ページ描こうとしたけれど間に合わなくて、余ったページを全部ベタにしてしまう方が時々いらっしゃるんです」
「ところが、印刷所からすると全面ベタは本当にむずかしくて。印刷機も汚れるし、時間もかかるし、その部分だけ手作業にしなくてはいけないこともあるんです。何よりお客様の本に汚れが出てしまう可能性があります」
「そんなリスクがあるんですか。きっと深く考えずに、イラストソフトを使ってワンクリックで塗っているだけだと思いますが……」
「何も描いていない、一面の真っ黒は本当にむずかしいです。なにも描かないなら真っ白にしていただくか、そうでなかったら黒い紙を入れていただくのが良いですね」
ちなみにこの話は「オフセット印刷」を使った場合で、「オンデマンド印刷」だとそのようなことはないそうです。
オフセット印刷の時は真っ黒に注意だ。
締め切りは守って欲しい
「その他にも、原稿の作り方でいえば細かいことがいろいろあるんですが……。一番言いたいのは締め切りを守っていただきたい……ということです」
「締め切りさえ守ってくだされば、原稿に不備があっても対応できますから」
「ちょっと待ってください。締め切りってみんな守らないものなのですか?」
「基本的には皆さんに守っていただいてはいるんですが、そうも行かない場合もありますよね。その時に印刷所としては『受けるか』『断るか』を決断することになるんです」
「ああ…なるほど」
「例えば、部分的には入稿は済んでいて、印刷もしている。そんな状態で断ると、うちが部分的に印刷した物を他社さんに送って、残りを製本してもらう、なんてことにもなってしまうんです。それが忍びなくてお受けすることもありますね。しかし、それが積み重なって、貯まっていくと……」
「修羅場だ」
「……徹夜にはなりますね(ボソッ)」
「正直、コミケ前はスタッフをなかなか家に帰してあげられない……」
「みんな締め切り守りましょう。締め切り大事だ!」
「ほんと、よろしくお願いします」
仕事場はまるっきり民家
ここで、スターブックスの仕事場を実際に見せてもらうことになりました。
さっき話を聞いていた応接スペースのみならず、スターブックスの外観はまるっきり「家」なんですが……。
中はもっと家でした!
3階にあるのは事務所。奥の方に床の間が見えますね。
「社員の方は同人活動をしている人が多いんでしょうか?」
「なかには同人活動している者もいるらしいんですが、意識して採用はしていませんね」
「同人作家さんが多いのかと勝手に思っていました……」
「むしろうちで働いていたらコミケに出られません。だから面接時に『コミケは参加できないけど大丈夫ですか?』って聞いています」
「確かに! 一番忙しいときですもんね……」
2階は印刷機がたくさん置いてあります。
こんな感じで次々と本文が印刷されていきます。
僕の背よりも高い印刷機もある。お値段を聞いたら7,000万円だとか。
紙の在庫。スターブックスは使える紙の種類が豊富なことで有名なんだそう(同人誌仲間からの情報)。
1階は製本のスペース。
これがオフセット印刷の製本機。2階で印刷した本文と表紙を入れると……この中で糊付けされて本の形にになって出てきます。
こちらは切断機。本の余分な箇所を切り取ります。
しかし本当に同人誌って手作りですね。自分の作成した同人誌もこんな風に作られていたかと思うと、頭が上がらないです。
こういう注意書きをみると「断裁を間違えて作り直すこともあるんだろうな」と思ってしまう……。
イベント直前って大変ですか?
「大型イベントの前ってどのくらいギリギリまで作業しているものなのでしょうか?」
「まずですね。同人対応している印刷所は、発送も自社でやるのが大前提です。イベント会場のサークルさんの足元までキチンと届けるまでが仕事。そこでコミケを例に出すと、搬入に使えるのは、前日の17時から19時の2時間だけなんです」
「短い!」
「毎回サークルが3万以上あって、うちが届けるのが1000弱くらい。これをこなすにはかなりのノウハウがいります。この点は印刷所が同人誌に対応するときの参入障壁の一つになっていると思います」
「2時間で1000サークルに配るのは、確かに普通じゃできない……」
「話を戻して、質問に答えますね。19時がビッグサイトへの搬入のリミットで、17時まで印刷していることもあります。(※文京区のスターブックスからビックサイトは車で40分くらい)うちでは10台トラックを準備します。9台は先に行ってもらって、1台がギリギリまで待機して受け取るいう……」
「想像をはるかに超えたギリギリ……。トイレ行ってる暇もないなこりゃ」
「胃が痛くなりますね」
「でもそれさえ乗り切れば! パーッと打ち上げに行けますよね?」
「まだ終わっていないです。イベントの期間中にサークルさんにあいさつまわりにいきます。これをやる印刷所も珍しいかもしれませんが、印刷の状態などに関して生の声が聞けるので」
「そんなことするんですね……」
「もっとも『あいさつに来られるのが困る』って方もいらっしゃいます。女性向けの本を描いているのに、私みたいなおじさんが現れちゃうと、ねえ……。でも、大体の方には喜んでもらえているように思います」
「そりゃ喜ばれるとは思いますが……。あいさつ回りが終わったら、仕事の山は終了ですか?」
「実はコミケの1週間後くらいの時期に、『コミックシティ』というコミケと同程度の規模のイベントが2日間あるんです。だから、コミケが終わってもまだ落ち着かないですね」
「修羅場が全然終わらない! どうなっているんだ!」
売れっ子同人作家の特徴は
「たくさんの同人誌を見ていて『こういう作家が売れるな』っていうのはありますか?」
「ちょっと偉そうな言い方になっちゃいますが……。出るイベントに本を毎回用意する方は人気が伸びるように思います。続けている方は結果が出やすいんじゃないでしょうか」
「最後のページに『今日はこのへんで……』みたいな感じに完結しないで終わってしまったり……。新刊が間に合わずに落としてしまう方もいますからね」
「読者さんからしたらガッカリしてしまうとは思います」
「ある意味『ちゃんとやる』ってことですね。でも継続するのはむずかしそう……。同人誌だしなあ」
「さっき『締め切りは守って欲しい』と言ったこととは矛盾するんですが……。一生懸命作っている作品が『間に合わないかもしれない』と思っても、諦めないで相談して欲しいですね」
「おお! いいんですか。そんなこと言って」
「同人誌って、人から頼まれて出す物じゃない。自分のモチベーションで出す物ですよね。そういう熱意って私の人生にないんですよ。そこは作家さんたちをリスペクトしています」
「すごい。僕は印刷所さんをリスペクトです!!!!」
まとめ
というわけで、同人誌対応している印刷所はものすごく気合いが入っていました。自分たちが遊びで作った同人誌が、こんな覚悟の上で印刷されていたとは……。
こんな風にスターブックスが睡眠時間を削って一生懸命印刷してくれた僕の同人誌ですが、現在そこそこ売れ残っています。これどうすりゃいいんだよ。
お願いだから、誰か買ってくれ!!!!!
おまけ
今日聞いたメッセージをA4の紙に印刷できるように、PDFファイルにまとめてみました。部屋に貼って自分をはげましてみよう。
それでは同人作家の皆さん、冬コミがんばって下さい~~~!!!
取材協力:株式会社明光社スターブックス
ツイッター:@e_STARBOOKS
ホームページ:http://www.starbooks.jp/
書いた人:斎藤充博
1982年栃木県生まれ。指圧師をやっています。インターネットで記事を書くことをどうしてもやめられない。
ツイッター:@3216
ホームページ:下北沢ふしぎ指圧