ライターの根岸達朗です。
みなさん、ここにいる生き物がなんだかわかりますか?
ミドリガメです。
正式名は「ミシシッピアカミミガメ」。
元々はアメリカ南部からメキシコ北東部の国境地帯に住んでいたカメなのですが、ペットだった個体が都市部の河川や沼で繁殖して、今ではイシガメなどの日本原産のカメの生息を脅かす要注意外来種と見なされています。
実はこのカメ・・・
食べられます。
しかも、めちゃくちゃ旨いらしい。その味は、超高級地鶏に勝るとも劣らないという話。スッポンならわかるけど、都会の川に生息するミドリガメが食べられちゃうなんて、ちょっとびっくりじゃないですか・・・???
実はここにご紹介したい本があるんです。
『アーバンサバイバル入門』
これは登山家で作家の服部文祥さんが、都会(アーバン)暮らしで実践しているサバイバルノウハウを紹介した一冊。
ミドリガメやザリガニ、ヘビやウシガエルなどの都会の生き物の食べ方から、ニワトリやミツバチの飼い方、生活に必要なものをDIYする方法まで、さまざまなノウハウがぎっしりと詰め込まれています。
同書は「アーバンサバイバル」という言葉を次のように定義します。
▼アーバンサバイバルとは?(抜粋)
都市で猟師のように「獲って殺して食べる」を実践することである。衣食住をできるだけ自分の力で作り出すという試みである。
たとえば、身近なミドリガメやザリガニ、シマヘビを食べる。ニワトリやミツバチを飼って卵や肉、蜜を食べる。庭で排便して菜園の肥料にする。廃材でウッドデッキや家具を自作する。刃物を自分で研ぐ。なるべく自転車で移動するーー。
現代の都市生活では、お金を払えば他人がなんでもやってくれる。けれども、なんでも人まかせにしていては「生きる」感覚は味わえない。「生きる」ために、自分の体を動かしてみよう。そのさきに驚くべき絶景が隠れている。
なんでも人まかせにしていては「生きる」感覚は味わえない。
うーん、なんだか胸に突き刺さる言葉です。
都会の猟師生活「アーバンサバイバル」とは一体どんな暮らしなのでしょうか。真夏の太陽が照り付けるある日、横浜北部の閑静な住宅街の一角にある服部さんの自宅を訪ねました。
話を聞いた人:服部文祥(はっとり・ぶんしょう)
登山家。作家。山岳雑誌『岳人』編集者。1969年横浜生まれ。94年、東京都立大学フランス文学科卒(ワンダーフォーゲル部)。オールラウンドに高いレベルで登山を実践し、96年、世界第2位の高峰K2(8611m)登頂。99年から長期山行に装備と食料を極力持ち込まず、食料を現地調達する「サバイバル登山」をはじめる。妻、二男一女と横浜に在住。著書→■
あらゆる「いのち」を食べること
「服部さん、今日はよろしくお願いします。早速ですけど、ミドリガメが食べられるって話、びっくりでした……」
「ああ、ミドリガメね。うまいんだよなあ。汚染はちょっと気になるけど、都会で獲れる食べ物のなかでは圧倒的にうまい。雑炊にするといいダシがでるんだ。家族もミドリガメの雑炊は大好きだね」
「家族も食べるんだ! すごいなあ……」
「うん。ほかにもザリガニ、シマヘビ、ウシガエルなんかも食べられるよ。あと、ハクビシンね。うちの菜園を荒らしたり、飼ってるニワトリを連れ去ったりするのでワナをしかけて殺して食べたこともあるんだ」
「は、ハクビシン……!? 捕まえられても、解体できる気がしない」
「誰でもできるよ。哺乳類の解体はそんなにむずかしくないから、都会暮らしでも身につけておくといいと思うな」
「そ、そうですか……」
「うん。それができたら、カエルやカメなどの脊椎動物もすべて同じように処理できるよ。あとこの技術を持っていれば、ロードキルの動物を見かけたときにも、理想的な対処が可能になる」
「ロードキルっていうと、車にはねられて死んでる動物とかですよね。理想的な対処って……食べちゃうってこと!?」
「そう。状態にもよるけど、テンとか食べられるからね。背ロースと脚肉を炒めてチャーハンにするとうまいんだ」
「ほええ……テンのチャーハンかあ」
「俺は、地球でともに生息する生き物はすべて食べることができるはず、という視点で世の中を見ることにしているんだよ。命というのはお互いに食べたり食べられたりしながら、対等にこの世のなかに存在しているもので、自分の体に害を及ぼすものを除けば、食べちゃいけないものなんてないと思う」
「ほんとはそうなんでしょうけど……人間社会の道徳とか倫理とかでややこしいことになっている現実はありますよね」
「そうだね。でも人間社会のルールなんて、動物にとっては関係ない話だからね。俺は生き物を食べるし、ほかの生き物も俺を食べてくれないとほんとはおかしいんだよ。人間は一方的に獲物を食べるばかりになってるから、そのへんがちょっとよくわからなくなってるんじゃないかな」
「あ〜。しかも、自分が食べる獲物を自分で殺すことも最近はほとんどの人がやらないからなおさらなのかも……」
「俺は狩猟をしているというのもあるんだけど、日々狩猟を繰り返していると、人とケモノに違いはないという考え方を持つようになっていくんだよね。都会にいるあらゆる生き物と人間の関係も一緒だよ。いのちはただいのちを食べて続いていく、それだけのこと」
「……ある意味、シンプル!? 考えさせられるなあ」
横浜の住宅街で「アーバンサバイバル」
コッ……コッコッコ……
「あれ? 唐突にニワトリが来ました。そういえば、飼ってるんですよね」
「うん、採卵目的でね。ニワトリは人間には不要になった生ゴミを食べて、それをおいしい卵に変えてくれるんだよ。採卵が最大の目的だから調子を落としているメス鶏やオスの若鶏はつぶして食べなくちゃいけないんだけど」
「ああ、ニワトリも・・・」
「そう。まあ、情も湧くからあんまり積極的にやりたいことではないんだけどね。ちょっと小屋の方にいってみる?」
「へえ、こんなところで。土の地面に放し飼いにしているんですね」
「そう。うちはものすごい斜面の敷地の上に立ってる問題物件でさ。その斜面を利用してニワトリを飼ったり、養蜂をやったり、果樹や野菜を育てているんだよ」
「いい環境だなあ。横浜北部の住宅地でこの敷地面積はすごくないですか?」
「問題物件だったから安かったんだよ。古家付きの敷地20坪+草ぼうぼうの斜面の敷地75坪で1980万円だったからね」
「えええ!? このあたりで同じ広さの土地がほしいと思ったら、億いっちゃうんじゃないですか」
「だから問題物件なんだって。普通の人はこんな何も建てられない斜面の土地なんて、買おうとしないよ。不動産屋もここには何も建てられないって諦めてたからね。でも俺にとってはパラダイスでさ。後でわかったんだけど、カキ、ビワ、夏みかん、ミョウガ、孟宗竹が自生してたんだよ。果樹野草付きの物件なんて最高じゃない」
「そうですねえ。東京でも探せばあるのかなあ、こういうところ」
「郊外で根気よく探せば見つかると思うよ。その際に大事なのは、土の地面があること。身近に土の地面があると、できることの幅がグンと増えるからね」
「土は確かに大事ですね! 野菜も育てられるし、それなりの広さがあればニワトリだって育てられる」
「それだけじゃないよ。たとえば、生ゴミを積み上げて堆肥にできれば、ゴミ焼却場で燃やしてもらう必要もなくなる。庭に穴を掘ってそこに排便すれば、自分のウンコを土のなかの微生物や虫が食べて浄化してくれる。それを肥料として使うことだってできるよ」
「確かに。土があれば、一気に自然に近い暮らしができますね」
「生活に使える土の地面があるということは、あらゆるマイナスを凌駕して、生活を豊かにしてくれるよ。俺は都心に勤めるサラリーマンだけど、サラリーマンだって環境さえあればできることはたくさんあるんだよね」
「え、サラリーマンって普通に会社勤めてるってことですか?」
「そうだよ。満員電車のるよ。でも有給はすぐに全部使うし、こういう活動もあるから休ませてもらうことも多いんだけどね」
「へええ。都心に仕事を持ちながらこの生活かあ……」
人はサバイバル登山で「自由」になる
「と、まあ、そんな感じかな」
「いやあ、すでにかなりガツンときてます」
「そう? この時期はちょっと山行が忙しくて、あんまり家に手をかけられていないのが正直なところでさ。ほんとはもっとやりたいこといろいろあるんだけど」
「山行。ああ、そういえば、服部さんはできるだけ荷物を持たず、食料や燃料を現地調達しながら山の中で何日も生活する『サバイバル登山』をしているんですよね!」
「そう。文明から離れて、太陽の角度でときの流れを読む。風を感じて天気を予想する。食べるものを自分で殺し、食べられるものと食べられないものは自分の舌で味わいわける」
「自分の舌で……」
「大地の上に眠り、暗闇の怖さについて考える。ほかの生き物より人間が秀でた能力は何か。ほかの生き物が秀でている能力は何か。知識とは何か。存在とは何か。自分の体と自分の野生、そして自分のいのちを、そのまんま意識する。そこに本当の意味での『自由』があると思っているんだ」
「都会にいるときと顔つきが全然ちがう……。そもそもなんでこれをやろうと思ったんですか? かなりの危険を伴う登山だと思うのですが」
「ひとつのきっかけは、K2に登ったときのポーターたちとの出会いだなあ。俺はそのとき、現地のポーターを300人雇ったんだよね。登山に必要な物資をベースキャンプまで運んでもらうために。どうしてそれができたと思う?」
「え、どうしてって……お金を払ったからじゃなくて?」
「経済格差のおかげだよ、日本とパキスタンの。それがなかったら、300人のポーターを雇うなんてできなかった。日本という国で物資に囲まれた生活をしている俺が、経済格差を利用してポーターたちに物資を持ち上げてもらったんだよ」
「んー。でも多くの登山家がそうやって現地のポーターを雇い、海外の高峰を登っているんじゃないですか?」
「そう。でも、俺はそれに違和感を覚えた。小綺麗な格好をした異国の若者が、300人の村人を雇って山に登るって、現地の人からどう見えるのかなと。そうまでしてわざわざ海外の高峰に登ることに何の意味があるのかなあと思ってね」
「それともうひとつはフリークライミングの思想によるところがある。フリークライミングというのは自然の、あるがままの岩を、自分の力で登ること。それにのめり込んだことで、あるがままの山をあるがままにフェアに登りたいという思いを持っていったんだね」
「極限に削った装備でのサバイバル登山というのは、そうしたフェアネスへの挑戦ということでもあるんでしょうか?」
「そう。サバイバル登山は、極限の装備で自分で考えた計画を自分の肉体で試すところにおもしろみがある。食料をうまく調達できずひもじい思いをしても、焚き火がうまく起こせずに寒い夜を過ごすことがあっても、俺は自分で考え、行動し、その結果も自分で引き受けたいんだよ」
「自力への強い意志……。そこまでの登山ができる人は限られているのでは?」
「自分の力で登ったと心地よく感じられる方法を、自分で選び出すことは誰にでもできるよ。登山そのもののレベルではなくて、自分で登り切るというこころざしを持って登る。そこにサバイバル登山は生み出されるんだ」
「自分なりのやり方を見つければいいんですね」
「そうだね。自然環境で体を使って、自分に何ができるのかを試してみたらいい。それがギリギリであればあるほど、リスクを抱えた登山になればなるほど、生きている実感も得ることができるはずだよ。もちろん自分の登山レベルに見合ったことをやる必要はあるけれどね」
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自力で生きれば「絶景」は庭にある
「そうこうしているうちに、俺はいつしか狩猟者の立場から世界全体を見るようになっていったんだよね」
「日常生活が狩猟というような?」
「そう。近所の食べられる草木の生育状況が気になり、昆虫の発生を確認し、天気の巡りからその場の野生動物の動向を予想する。首都圏に隣接した住宅街の片隅に暮らしていても、猟師としての小さな覚悟を持つことで、世界はまったく違って見えてくることに気付いたんだ」
「おお、まさにアーバンサバイバルが……」
「ありふれた日常の延長にこそ、これまでには見たこともなかったような絶景が隠されていると俺は思う。その絶景を見るには、ひとつの動物として生きようという気概を持ち、その上で自分の手を動かし、自分でできることは自分でやろうとすることが大切なんだよね」
「胸にぐっさりと刺さることばです」
「野生動物を獲って食べるのがむずかしければ、まずは自分で育てた野菜を使って料理をしてみるとか、その料理のための刃物を研いでみるとか、車を使わずに自力で移動してみるとか、身近な道具を使って何かをつくってみるとか……小さなことから始めたらいいんじゃないかな」
「確かにそのくらいからだったらやれそうな気がしてきます」
「まずはやってみて考えるくらいでいいと思う。人生はそうやって考えて、行動し、また考えることの繰り返しだからね。アーバンサバイバルも手探りではじめて、手応えを確認し、考えてその先に進むということがほとんどなんだ。それを繰り返して、ようやく、何かを掴んで納得する、もしくは重大な改良の余地を発見して、なんで気付かなかったんだろうと落ち込んだりする」
「試行錯誤の連続ですね」
「そう。結局、何かが『わかる』というのは、実は無為に見えるような時間の積み重ねなんだよね。だとしたら、短い人生でわかることなんてたかが知れていて、ほとんどが『考え中』のまま消えていくのかもしれない。『わかった』という気持ちよさに少しでも多く出会うために、俺はこれからも手応えのある生活を積み上げていきたいな」
まとめ
都会の猟師生活「アーバンサバイバル」。これだけ文明が発展しているのに、自力にこだわる必要なんてあるのか? なんて、考える人ももしかしたらいるかもしれません。
でも、自分で獲物を獲ったり、自分で生活に必要なものをつくりだすことは何よりおもしろいことだと思うし、それができてはじめて見えてくる世界もきっとあるのではないでしょうか。
現代社会に居心地の悪さを感じている人も少なくない時代。自分にとって確かなものは自分が手を動かし、考え抜き、また手を動かし続けることからしか得られないのかもしれません。僕自身も狩猟、そして自力生活への好奇心がムクムクと湧き上がってきた今回のインタビューでした。
服部文祥さんの現代を生きる知恵がぎっしりと詰まった『アーバンサバイバル入門』。とても読み応えがあり、考えさせられる本なので、ぜひみなさんも読んでみてはいかがでしょうか。おもしろいよー!
ではまた!
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書いた人:根岸達朗
ライター。発酵おじさん。縄文好き。合気道白帯。ニュータウンで子育てしながら、毎日ぬか床ひっくり返してます。メール:negishi.tatsuro@gmail.com、Twitter ID:@onceagain74/Facebook:根岸達朗