きれいな景色を見ながら、こんにちは。ライターの斎藤充博です。
僕は栃木県の塩谷町というところで生まれて育ちました。北関東って首都圏からは「田舎」というイメージでくくられることが多いと思いますが、ここはその中でも本物の田舎。家の裏の畑にシカとサルとクマが出ますからね。
僕はここで18歳まで過ごしていました。若者にとってつらいのが「娯楽が少ない」こと。小さな本屋行くのに自転車で1時間。隣の町のTSUTAYAには車でないと行けません。
田んぼのど真ん中に劇場ができた!
そんな町ですが、僕が11歳の時に、突然娯楽施設ができました。それが……「船生(ふにゅう)かぶき村」です。
写真中央の建物が「船生かぶき村」。
「かぶき村」という名称ですが、本物の歌舞伎ではありません。ここは大衆演劇の劇場です。
大衆演劇(たいしゅうえんげき)とは、日本の演劇におけるジャンルの一つ。一般大衆を観客とする庶民的な演劇のこと。一般的には「旅役者」と呼ばれる劇団に当たる。 確立された定義はないとされるが、専門誌『演劇グラフ』にはおおよそ下記のような要件が定義されている。
- 劇場またはセンター(後述)で、観客にわかりやすく楽しめる内容の芝居を演じること。
- 観客と演者の距離が近く、一体感があること。
- (歌舞伎や通常の商業演劇と比べ)安い料金で観劇できること。
地方の温泉場で、おじいちゃんおばあちゃんが見ている時代劇、といったらイメージがつきますでしょうか。
しかし、ここは田んぼのど真ん中で、温泉はありません。交通の便も悪く、公共交通機関を使っては来ることができません。
僕もここに入ったことはありません。実家から徒歩5分なのに。
初めてかぶき村に入るぞ
というわけで、今まで一度も行ったことのない、かぶき村に行ってみたいと思います。上の画像はかぶき村の入口。緑が豊かすぎますね。
料金は2700円。観劇とお弁当と、酒かジュース1本が込みの金額です。さらに、8人以上の予約でマイクロバスでの送迎も付いてきます。演劇の相場なんてわからないけど、激安なのではないでしょうか?
朝10時に会場は開いて、ステージでのカラオケが可能だそう。僕は11時に来たのですが、今日はカラオケをやっている人はいませんでした。
座敷のスタイルなのですが、ソファやイスもたくさん置いてあります。足の悪い高齢者への配慮なのでしょう。それにしても、なんともかもし出される実家感。
開演の12時近くになると、たくさんの人が押し寄せて、あっという間に埋まってきました。今日は7割ほどの入りだそう。
平日だし、お客さんは少ないかな……なんて思っていたのに。正直、ちょっと信じられません。
婦人会が2年連続で来ている
お客さんの1人に話を聞いてみました。70代くらいのおばあちゃんです。
「こんにちは。僕、初めてなんですが、大衆演劇はお好きですか?」
「そうねえ。去年も来たわねえ。婦人会で年に1回旅行をするんだけど、今年もここだわ」
「(2年連続で!)かぶき村は来やすいですか?」
「値段が安いし、一日中いられるしね。だいたい婦人会の旅行っていうことになると、温泉か、かぶき村か、ってことになっちゃうのよね」
「(すごい2択だな……)ちなみに、どこからいらしているんですか?」
「大田原市(2つ隣の市)から来ているんですよ」
へ~~~~。大田原市だったら、超有名な観光地である那須の方が行きやすいはず。ちょっと足を伸ばせば、日光や鬼怒川にも日帰りで行けちゃいます。あえてここに来るんだ……。
ビジュアル系から大衆演劇の追っかけへ
さらに客席を見渡すと、20代前半くらいの女性もいました。
「取材で来ていまして。ちょっとお話うかがってもいいですか? 若い方がこういうところに来るのって珍しいと思うんですが、どうして?」
「えっ! 取材ですか! えーと……。私は大樹君(劇団員の1人)の追っかけです」
「追っかけ! それって、どんなことをするんですか?」
「いや。私は全然たいしたことなくて。ひそかにニヤニヤと応援するタイプです。追っかけの中には差し入れをして、熱心に応援している人もいますね」
「どんなきっかけでファンになったんですか?」
「私は福島県から来ているんですが、地元の温泉センターにたまたま来ていたのを見たんです。そこでお芝居を観て、私本当に泣いちゃって」
「福島県から……。すごい。ちなみに、大衆演劇以外の趣味ってありますか?」
「前はビジュアル系バンドの追っかけをしていたんです。ムックとか、シドとか」
「ビジュアル系って大衆演劇と真逆なような……」
「大衆演劇って男性が真っ白にお化粧するんですよね。そこに違和感を持っちゃう人は多いと思うんです。でも、ビジュアル系が好きな人は『男性のお化粧』をクリアしているから、むしろ入りやすいですよ」
「そんな共通点が!」
「舞台って、写真だと迫力がなかなか伝わらなくて。見ればわかるんで! みんな見るようにって、ぜひ書いてください~~~」
演劇が始まる
話を聞いていると開演時刻の12時。演劇が始まりました。
今日の演目は「奥様仁義」という演目。
腕っぷしの強い女形の女剣士が、通りすがりのならずものをこらしめる。その様子を見ていた大店の息子が一目惚れして結婚を申し込む。
女剣士は大店に嫁入りすることになるが、粗暴な性格のせいで、嫁いだ先でトラブルばかり起こしてしまう。
そんなストーリーです。
見どころは女形の剣士の二面性。女形というのは男性が女性を演じることですが、これがそのまま女剣士の二面性に生きています。
剣士の時はドスの効いた男性の恐い声。旦那さんの前ではきれいな女性の声色。この落差がテンポ良く出てきて、全然飽きません。
間抜けな丁稚さんが頭をパカーンと叩かれたり、誰かがボケたら盛大にずっこけたり。このノリは、大阪で見たことのある吉本新喜劇にそっくり。
しかし、シリアスなシーンも魅せるのです。前半で懲らしめられたならずものが、劇の終盤で剣士に復讐を計る。
正直見る前には「全然楽しめなかったらどうしよう……」と心配していたんだけれども、きっちり楽しめました!
休憩を挟んで後半は歌と踊りのショー。さっきの女性が言っていた「ビジュアル系」との共通点がなんとなく見えてきたような気がします。
全ての演目が終わったのは午後の3時。役者全員でお客さんをお見送りします。みんな大喜びで握手して帰っていきました。
18年ぶりの同級生にインタビュー
公演終了後に役者の三崎春樹さんにお話を聞いてみました。
「みっつじゃん? えっ何? ライターしてんの? なんでも話すよ?」
実は春樹さんと僕は小・中学校で同級生なのです。「みっつ」というは僕のあだ名。でも話をするのは中学卒業以来の18年ぶり。
「初めて観たけどおもしろかったよ。『奥様仁義』。なんかもう、普通に笑っちゃった」
「あれはコメディだからなあ。取材なら、もっとシリアスな演目の時に見てもらいたかった(笑)」
「大衆演劇って全部があんな感じじゃないんだ」
「色々なんだよね。コメディもあるし、シリアスなのもある。お客さん巻き込んでアドリブでワーワー言うときもある。歌舞伎の演目をやることもある」
小学生で役者デビュー、梅沢富美男に会って成長した
「もう小学生の頃から役者として出ていたんだよね。観たことはなかったけど……」
「たしかにやっていたけどね。あの時はまさか自分がこれで飯食うとは思ってなかったから。その場しのぎの仕事しかしてなかったよ」
「そうなんだ」
「ちゃんと始めたのって、17歳の頃かな。梅沢富美男さんの劇団に行って、そこですげえなって」
「あのテレビで怒っている人! やっぱすごいんだ」
「本当にすごい。それで自分はこのままじゃダメだって。むりやりに自分を成長させた。そこからかな~。ちゃんとやりだしたのは」
大衆演劇の劇団はほぼ全国に120くらいある
「仕事で大変なことってないの?」
「昔は大衆演劇ってものすごく人気があったらしいんだよね。それこそ梅沢富美男さんがやっていたころとか。今は、まず娯楽の数がすごく増えているし、劇団も増えている。なのに、公演先は減っている」
「公演先って、温泉とか、健康ランドとか?」
「そうそう。その他に大衆演劇専門の劇場もある。大衆演劇の劇団って、ほとんど全国にあってさ。無いのは沖縄くらい。それで、劇団の数としては全部で120くらいはあるらしいのね。
「120!」
「その中で、うちみたいに劇団が劇場を持っているのは、かなり珍しい。全国にうちを含めて2つしか無いって聞いたことがあるな。その他の劇団は、必ずどこかの公演先でやらなくちゃいけないから」
「全体として取り合いになっちゃうんだ。じゃあ、かぶき村みたいに劇場持っているのは、有利なんじゃないの?」
「うーん。良いところもあるけど。長く一カ所にいるつらさもあるね。演目は200本くらいあるんだけどさ。年間通して公演していて、23年やっていればどうしてもかぶっちゃう」
「それは確かに、どこかでかぶる」
1日に3時間半の公演を2回、それを1か月
「あとは単純に体力的に大変ってのはあるかな。おれは年に9か月くらいは地方公演に行っているんだけど、そういうときって、完全な休みが月に1日くらいしかない」
「なるほど」
「そうそう、この間、浅草の木馬館(大衆演劇の劇場)では、3時間半の公演を1日2本、それを1か月間やった。あれは大変だったな~~~」
「え~~~。それツラそう。っていうか、おれらももう35歳だもんな。だんだん体力は衰える」
「えっ……? みっつが35歳? 信じられんな(笑)。ただ、おれたちは夢を売る商売だから。お客さんに楽しんでもらって、笑顔で帰ってもらうのが、うれしいよね」
「今後の展望とか、ある?」
「ここが好きだからなー。ここでずっと続けていくってのが夢。田舎の風情があっていいじゃない。ただ、お客さんには『田舎の芝居を見に行ってみよう』じゃなくて、『田舎でもおもしろいことやっているんだ』って見方をしてほしいんだよね。そんな風に、書いといてよ!」
まとめ
僕が栃木県で「娯楽がない」なんて思っていた頃に、同級生はすで娯楽を作る側で、今でもその仕事をしていました。
こんな田舎だけど、県内からも、県外からも人は来る。高齢者も若い人も楽しんでいる。これからもずっとここでやる。なんだ、熱いじゃないかよー!
ちなみに都内で大衆演劇を見ようと思ったら浅草の木馬座、立川のけやき座、十条の篠原演芸場あたりが行きやすいそうですよ。
取材協力:船生かぶき村
ツイッター:@geki_akatsuki
ホームページ:船生かぶき村
*2017年10月29日に矢板文化会館にて、かぶき村23周年記念公演を行います
書いた人:斎藤充博
1982年栃木県生まれ。東京で指圧師をやっています。インターネットで記事を書くことをどうしてもやめられない。
ツイッター:@3216
ホームページ:下北沢ふしぎ指圧
書いたものまとめ:自分のせつめい