こんにちは、ライターの友光だんごです。本日は編集長の柿次郎とともに、山形県鶴岡市のとある農園にお邪魔しています。
というのも、現地の人から「植物の研究をしている面白いおじさんがいる」と教えてもらったのです。
「どんな人なんだろう」
「『会えばわかります』と言われましたね。ごめんくださ〜い」
「あれ、どうしたの!」
「僕たちは東京から来…」
「おお、俺はここで600種類の野菜を育ててんだよ。あなた顔に覇気がないね? うちの野菜を食えば、すぐに元気100倍だよ」
「は、はあ、お父さんは農家を…?」
「うんにゃ、いろんなところに講演も呼ばれるよ、講演料は50万円だけどな。あとは企業に呼ばれて研究もしたし、このハウスの隣に銀行から金もらってレストランを建てとるんだ。あのな、女性に野菜をな…」
「ちょ、ちょっと情報量が多いですね。一回整理しましょう。あと僕たちが何者か名乗っていいですか」
「ん、なに、あんたたち取材の人?」
「何だと思ってたんですか。あと変わった帽子ですね」
入った瞬間からトップギアだったこちらの方の名は、山澤清(やまざわ・きよし)さん。落ち着いて話を聞いてみると、すごい経歴の方だったんです。なんでも、
- 20万平米の農場で野菜やハーブを栽培
- 大企業のハーブ工場やウイスキーの研究所に招かれて働いたことも
- 日本で唯一、食用ハトの養殖をしている
- 日本で初めて、化粧品製造業の資格を個人で取得
- 製造するオーガニック石けんは、皇后さまも使った
などなど…
もらった名刺も「ハーブ研究所SPUR代表」「大日本伝承野菜研究所専務理事」「地域特産物マイスター ハーブ」「株式会社庄内パラディーソ代表取締役」と4枚。いったい何者?
脳の処理が追いつかないのでひとまず心の中で「マッドサイエンティスト農家」と名付けさせていただいて、一つ一つ話を伺うことにしました。
「乳首」から「人類の未来」にまで広がるマッドサイエンティスト農家のめくるめく世界へ、いざご招待します。
始まりはハーブから
「お父さんの農園は、そもそもどういう風に始まったんですか?」
「ああ、ハーブが最初だな。まだ日本でハーブを育ててる人がいない頃だよ。まず原書で勉強して、種はヨーロッパから取り寄せたんだ」
「相当大変だったのでは…」
「暇なんだもん。俺ヒモだったからね。暇つぶしだよ」
「暇つぶし!」
「100年続く旅館に婿入りしたんだ。若い頃はヒモに限るよ!」
「そんな『ビールは生に限る』みたいに言い切られても。ハーブの話に戻っていいですか」
「そうだな、ハーブはずっと研究していて、オーガニックの化粧品も作ってる。俺は個人で化粧品の製造業を持ってるんだけど、そんな奴なかなかいないよ。30年前に大臣の許可をもらったんだから」
「30年前!」
「化粧品の製造販売をすれば、製造業はついてくるからね。瓶詰や缶詰の加工業、漬物、惣菜、動物の餌を作る許可も持ってる。あとはうちのハーブを餌にして食用鳩を養殖してるんだ!」
「鳩って美味しいんですか?」
「はー美味いんだから。日本で30年、俺だけだよ食用鳩の養殖は。1羽2500円で高級レストランに卸してるんだ。鳩の糞は土の肥料にして、無農薬の循環型農業ってやつだよ」
「無農薬にこだわりがあるんですか?」
「あのね、土の中の微生物の影響で野菜はできてるの。でも、農薬はその微生物のバランスを崩すの。農業は微生物のおかげでできてんだよ」
俺は微生物フェチ
「あ、ちょいと待ってな、マイク着けっから」
「ヘッドセットのマイクが出てきた!講演慣れしてる…!」
「ああ、スピーカーも7つあっからよ」
「よっしゃ、それでなんだっけな」
「(この距離だとマイク意味ないな)農業と微生物の話でしたね」
「ああ、俺は微生物フェチなんだ。35年間実践して、微生物の果てを常にみてる。農業ってのは命をつなぐ『なりわい』なんだけど、それが今壊れてるんだ」
「それはどんな風に…」
「『市場原理』よ。農業そのものは効率がものすごく悪いわけ。それを効率よくたくさん作ろうって、農薬や化学肥料を使うだろ。それが土の中の微生物のバランスを崩して、よくない土になる」
「大量生産しようとした結果、痩せた土になってしまうと」
「そうだな。もう一つは、『こりゃ金になるべ』って同じ作物ばっかり植えるだろ。そうすっと微生物の数種類だけが異常に繁殖して、やっぱりよくない土になんの」
「なるほど」
「だから人間が効率を求めると土が死んで、生産性は下がるの。だから俺は、微生物の多様性を大事にしながら、『未来へ繋がる土』で野菜を育ててるの」
「土が痩せると、将来の子供が困るから…」
「やりすぎると、一瞬でペナルティがくるよ。生産性がなくなっと、少ない食べ物を巡って人は争うだろ。そしていい女を側さ置いて、ブスを追いやって、みんな心さ歪むのよ」
「急に女の話になる!(笑)。お父さんの研究って、大学で勉強されてたとか?」
「全部独学だよ。1日4時間くらいは本読んでるから俺。事業始めたのも30代からだよ」
「独学でここまで…」
「天文学者が星を見ても金になんないだろ、でも地球の生い立ちはわかる。無駄なもんはないのよ。だから学者でもなんでもやりたいことをやればいいよ。そしたら金を出さねえ周りが悪いのよ」
成功してないけど、失敗もしてない
「さっきから気になってたんですが、お父さん、足に何か付けてます?」
「これね、自分の足が軽すぎるから足に重りつけてんの。2kgずつね。ダークマターが引っ張ってるんだよ俺を」
「どういうこと?????」
「70のクソジジイだけどよ、1日10時間、重りつけて生活してっから筋肉ボッコボコだよ。まあ、自分ルールを作るってことよ。誰にも相手されないから暇なんだ。愛人でもいればいいけどよ」
「わ、ほんとに筋肉すごい。ちょっとまた逸れそうなんで戻しますけど、お父さんの人生についてもっと知りたくて。企業に呼ばれて研究してたっておっしゃってたのはどういうことですか?」
「ああ、20数年前にセ◯ムに呼ばれて1年間、植物の研究してたの。セ◯ムに野菜を育てる工場があんのよ。そのあとハーブもやってくれってなって、また1年ね。そのあとニ◯カとも組んだよ」
「ウイスキーの??」
「そう、水と香りの研究で、5年間ね。俺は使われるのが嫌いだから気が進まなかったんだけどね、山澤さんしかいないって」
「すごいじゃないですか…!」
「ものを知ってれば役に立つんだな。俺はいらないって言ってんのに金くれてよ」
「え、お金ほしくないんですか?」
「金は無えけど、暮らすのには困んないからね。俺は成功してないけど、失敗もしてないの。そのほうが研究ができるから」
「十分、成功してるように見えますけどね。常に新しいことをしてるんですね」
「そうだな、今は隣のレストランだよ。銀行の出資金や県の補助金ももらってな、温室で作った野菜を食わせるために建てたのよ。すごい金額使ってるよ、女の子に使えばモテモテなのにな」
「70になってもモテたいですか?」
「精神的欲望とよ、肉体的欲望しかないな人間は。みんなプライドが高すぎるのよ。自分はないもんと思って生きればええの」
種をとって未来へ繋げる
「この温室の野菜についても聞きたいんですが、見慣れない名前が多くて」
「こいつらみんな『在来種』って言ってね、日本に古くからある品種なの。その種を全国から預かって、ここで育ててんのよ」
「これは昔の白菜だよ」
「え、スーパーで売ってる白菜って、もっとギュッと詰まった形をしてますよね」
「それはね、人間が改良した品種なの。たくさん作ってたくさん売れば儲かるから、品種改良して育てやすい一つの品種ばっかり農家が育てるだろ。そうすっと自然界ではペナルティが発生するんだ」
「ペナルティ?」
「1種類しかないと、同じ病気で全部やられちゃうのよ。絶滅しちゃう。じゃがいもでも、バナナでも、何百年も前から起きてることだよ。だからね、多様性っていうのはとても大事なんだよ」
「じゃあ、お父さんはここでいろんな種類の野菜を育ててるってことですか?」
「そうだな、個人でシードバンク(種の保存)をやってるのは日本で俺だけだよ。在来種はどんどん作る人が減ってて、放っておいたら絶滅しちゃう。でもね、例えばこのカブは400年前からある品種なのよ。その種をとって未来へ残すの。それで人の心も残ればいいなあと思ってな」
「人の心?」
「やっぱり浅ましいのはよくねえよ。目先のことばっかりで、邪魔なもん滅ぼしてばっかじゃ。無駄なものなんてねえんだから。俺はここにいる生き物は基本的に殺さないんだよ、ナメクジでも」
「正義のサイエンティストじゃないですか!」
「遊びだよ遊び。遊びに命をかけてんの」
突然の「乳首上げ計画」
「あ、これ見なさい、ポールダンスだよ」
「温室のなかに!!!??? ポールダンス鑑賞が趣味なんですか???」
「ぜんぜん趣味じゃない。これは乳首を上げるやつだから」
「ポールダンスやったことある? ピッて乳首が上がるのよ」
「『乳首が上がる』って初めて聞きましたよ(笑)。どんだけ弾持ってるんだこの人…」
「ついていくのに必死です。えっと、ここの農園に来た人がポールダンスを?」
「いや、隣に作ってるレストランの客がやるんだよ。レストランの料理はな、この農園の野菜を使うの。味付けはシンプルにしてな、350gの野菜を食べさせるのよ。仕事は忙しいし上司はハゲだし部下はバカだし、そういう女の子に来てもらいてえんだ」
「ハンモックヨガもある…」
「そうよ、ポールダンスもヨガもエクササイズ。おいしい野菜をヤギみてえに食って、腸を埋めるだろ。それで運動すっと、体が変わるの」
「お父さんの乳首上げ計画すごいですね」
「こんなポールダンスとかヨガとか農業に関係ないと思うだろ、それが素晴らしい関係があんだな。まっとうな心でない限り、まっとうなものは作れないのよ」
「体にいいものを食べて、運動して、健康になろうってことですか?」
「そうだな、『なにを食べるか』っていうことはとても大事なのよ。化粧品だってそうだよ? 肌につけるもんなんだから。女の人が子供産んだり、未来につなげることを考えてうちの化粧品は作ってっから」
「体にやさしいものにこだわってるんですね」
「そうだよ、皇后さまが前に山形さいらっしゃった時、滞在先で俺の作ってる石鹸を使われたんだから」
「さっきまで乳首の話してたのに、落差が激しい…」
マッドサイエンティスト農家の野望とは
「この地図に載ってるのが、日本の在来種ですか」
「そうだよ、みなさんが普段食ってる野菜ってのはよ、F1種っていう1代限りの種。つまり、子供を産まない野菜ってことだな。地球の歴史の中で、子供を産まないものを食った生きものはいないよ」
「在来種は生殖能力があるってことですか?」
「そうだよ、子供ができないって人には、俺はF1種じゃなくて在来種の野菜を食べさせてえんだ。若い人にもな。そしたらみんな元気になるよ」
「お父さんがこれだけ元気ですもんね」
「俺はもうダメだけどな! 食べ物なのよ結局は。そのことを伝えたいわけ」
「じゃあ若い人で農家やりたいって人がいたら…」
「おう、ここ来ればいいよ。継承するよ。これから農業に取り組んで、10年もあれば億万長者になれるよ」
「すごい!稼ぎたいな〜」
「なにあなた、金ないの? なんであるようにしないの? 稼げるシステムを作ればいいのよ。自分のことだけ考えちゃダメだよ、作る人も、エンドユーザーも両方幸せになるシステムだよ。そのために実験してるのよ!」
「レストラン以外にも稼ぐ計画があるんですか」
「そりゃもう、2020年のオリンピックに合わせて野菜を作ってるのよ。今の日本ではね、農家が搾取され続けてっから、世界基準の野菜が作れてないの」
「じゃあ世界と勝負できる野菜を作ったら、億万長者に」
「そう! 微生物だからよ、究極は。微生物が人間の未来を作るんだよ。化学物質はたかだか何百年の歴史だけど、微生物は何万年だよ。今は農家が微生物を搾取してるの。土から奪うばかりじゃなく、土が豊かになるように手をかけて返さねえと」
「いやあ、お父さんの話は50万円の価値がありますね」
「だろ? 女の子連れて来たら5万円引いてやるよ」
おわりに
いかがでしたか? マッドサイエンティスト農家の小宇宙。
僕は帰ってからお父さんの名前で検索して、出てきたHPを見てもう一度驚きました。いえ、すごい方なのは十分わかってたんですが、お会いした時とのギャップが激しすぎて。
女とか乳首とかの話の奥に、とてもとても深い人間の未来についての思想があり、山澤さんはあの山形の温室から世界を変えようとしてるんだと思いました。
目に見えない微生物のこと、ふだん口にする食べ物のこと、農業の未来のこと……興味が湧いた方は、山澤さんのレストランと農園へぜひ遊びに行ってみてはいかがでしょうか。
僕も今度は350gの野菜を食べて、ポールダンスして、乳首を上げてこようと思います。
▼伝統野菜とハーブのレストラン「土 遊 農」
住所:山形県鶴岡市羽黒町市野山字山王林121-1
営業時間:11:30〜16:00ラストオーダー
定休日:毎週木曜日(諸事情により変更あり)
メニュー:毎日変わる野菜のワンメニューが男性2200円、女性はいつでもレディースデイで2000円。
ドリンクのみ(桑の葉茶もしくはブレンドハーブティー)は一人300円
※現在はプレオープン中。グランドオープンは7月3日を予定。
最新情報は「ハーブ研究所」のHPもしくは公式Twitterをご確認ください。
書いた人:友光だんご
編集者/ライター。1989年岡山生まれ。Huuuu所属。犬とビールを見ると駆けだす。Facebook:友光 哲 / Twitter:@inutekina / 個人ブログ:友光だんご日記 / Mail: dango(a)huuuu.jp
写真:小林 直博
長野県奥信濃発のフリーペーパー『鶴と亀』で編集者兼フォトグラファーをやっている。1991年生まれ。ばあちゃん子。生まれ育った長野県飯山市を拠点に、奥信濃らしい生き方を目指し活動中。