こんにちは、ライターの根岸達朗です。大酒飲みのきこりみたいな顔ですみません。
酒もってこーい!
突然ですが、皆さんはお酒が好きですか?
近年は地酒ブームで、特に日本酒は男女や年代を問わず幅広い人気。利き酒にハマってみたり、蔵元見学ツアーに参加してみたり、趣味の世界を満喫している人もいるんじゃないでしょうか?
僕もお酒は好きな方なので、日本酒を語れるようになるのは夢といえば夢なのですが、残念ながらその知識はほとんどゼロに近くて……
「ちょっと、大酒飲みの顔してるくせに勉強足りないんじゃないですか。日本酒っていうのは、まさにジモコロが取り上げるべきディープな地元の仕事なんですよ。そこんとこわかってますか!」
「のっけから気迫がすごい…。でも、たしかに最近は地酒ブームだし、日本人なら日本のお酒のことをちゃんと知っておかないとというのはあるよね」
「地酒で有名な山形県に、『出羽桜』と『東の麓』っていう僕が東京でそのお酒を飲んで完全に惚れた酒蔵があるんです。この機会に山形の酒文化はどうなっているのか、どんなこだわりを持ってお酒をつくっているのか、ぜひ取材させてもらいましょう。単なる飲兵衛から脱却するにはこれしかない」
「人を呑んだくれみたいに……でもお酒飲めそうだから行きます」
というわけで今回は、日本酒のあれこれを学ぶべく、柿次郎編集長とともに地酒ブーム発祥の地のひとつでもある山形県へ。長野・奥信濃のフリーペーパー「鶴と亀」を手がける小林くんをカメラマンに迎えて、がっつり日本酒を勉強してきました。
日本酒の「違い」を知る
お話を聞かせてくれたのは、山形の地酒をいち早く全国に広めた創業123年の老舗酒蔵「出羽桜酒造」の鴨田直希さん(写真中央)。
実は山形って「出羽桜」をはじめ、「十四代」「くどき上手」「初孫」など、プレミア銘柄を数々輩出している全国屈指の酒どころなんですよね。
そんな山形の地酒シーンをリードする存在でもある老舗の酒蔵は、どんな思いで日々酒づくりと向き合っているのでしょうか。日本酒に対する素朴な疑問も投げかけつつ、いろいろと話を聞いてみました。
「ようこそいらっしゃいました。まあ、まずは一杯。こちらは『純米大吟醸 一路』というお酒です」
「いいんですか、すいません。仕事だから仕方ないですよね。仕事だからなあ。昼間から飲むのはあれだけど、こればっかりはなあ……」
「ふぉぉぉぉぉぉ……」
「おいしいなぁ。華やかな香りがふわっと鼻に広がりますね。この純米大吟醸っていうのは、どういうお酒なんですか?」
「原料となる酒米の50%以上を削って、お米の中心部だけでつくられた贅沢なお酒です。『純米』と名のつくお酒の材料は米と麹だけで、あとは米の磨き方の違いで『純米大吟醸』『純米吟醸』『純米』と分かれています」
「純米ってそういう意味だったんですね。よくラベルに書いてあったりしますけど、いまいち意味がわからなかったので」
「このほかにも日本酒には、米と麹に加えて醸造アルコールを添加する『大吟醸』『吟醸』『本醸造』があり、先にご説明した純米系のお酒と一緒にこれらは特定名称酒と呼ばれます。そこに属さないお酒を『普通酒』と呼んで区別しているんです」
「なるほどー。でもお酒って本来、米と麹だけでつくることができるものですよね。なんで醸造アルコールを足すんですか?」
「お酒の香りを引き立てて、キレを出すため。つまり、日本酒の香りや味わいを良くするためのテクニックとしてアルコールを添加しているんですよ。アルコールを添加することは俗にアル添などと言われます」
「実は地酒ブームのきっかけをつくったうちの『桜花吟醸』も『吟醸』なのでアルコールを添加しているお酒になるんですよ」
「へー! アルコール添加はテクニックだったんだ。なんとなく米と麹だけでつくってるものの方が純粋でいいもののような気がしてたので」
「日本人の気質として純粋さを求める人が増えているのは事実です。ただ、私たちはアルコールを添加したお酒、添加してないお酒、どちらにも良さがあると考えていましてね。実際に鑑評会に出品して、金賞をもらっているのはアルコールを添加している『大吟醸』なんですよ」
「なるほど。アルコール添加も使いどころによってはいいところがあるんですね」
「そういうことです。ほんとうはつくっているところもお見せしたいのですが、今はあいにく酒蔵が工事中で入れないんですよ。仮事務所で恐縮なんですが、場所を移動して続きのお話をしましょう」
最強の酒米「山田錦」と日本酒業界
「今回はお忙しい中ご対応いただいてありがとうございます。今は梅雨入り前ですけど、酒蔵的にはどういう時期なんですか?」
「お酒はすべてしぼり終わってて、瓶詰め作業を日々やっている、そんな状況ですね。お酒は寒い季節につくるものですから、この時期は比較的落ちついてるんですよ。我々は10月くらいからお酒を仕込んで、3月4月にはすべて終える。いわゆる『寒仕込み』。地方の小さな地酒屋はこのスタイルが多いんですよ」
「寒仕込みかあ。一年中つくり続けてるわけじゃないんですね〜」
「そうですよ。そもそも山形はお酒の生産量では全国10位くらいの中堅。地酒では有名ですが、つくってる量が特別に多いわけではないんです」
「生産量が多い地域っていうのはどこなんですか?」
「灘・伏見ですね。灘は兵庫県神戸市東灘区、伏見は京都府京都市伏見区のことです。灘には『白鶴』さんがありますし、伏見には『月桂冠』さんがあります。どちらもとても有名なメーカーさんで、日本全国で目にするようなお酒をつくっています」
「へーずっと大阪に住んでいたけど、灘・伏見が日本酒の大生産地だったことぜんぜん知らなかったです。寒いところの方が酒づくりが盛んだと勝手に思い込んでた。それにしても、なんでそのエリアはお酒づくりが盛んなんですか?」
「『山田錦』というお米はご存知ですか?」
「よく日本酒のボトルのラベルに書いてあったりしますよね。特別なお米なんですか?」
「最強の酒米ですね」
「最強の酒米!!!」
「酒づくりのために開発されたので、非常に使い勝手がいいんです。『山田錦』は今全国に産地を広げつつあるのですが、もっとも生産量が多いのは兵庫県。産地との距離が近いこともあって、灘・伏見は今も昔も酒づくりが盛んなんですね」
「地酒で有名な『獺祭』さんも山田錦にこだわっていると聞いたことがあります」
「へえ、山田錦ってすごいんだ。でもそれじゃないとお酒はつくれないということではないんですよね?」
「もちろんそうです。酒米というのは『酒造好適米』といって、実は『山田錦』のほかにも全国で100種類を超える品種が開発されています。山形産の『つや姫』などは、食用にもお酒の仕込み用にも使えるお米なんです」
「100種類! 日本酒の多様性を物語っている気がします」
「有名な銘柄だと新潟の『五百万石』、長野の『美山錦』、山形の『出羽燦々』、岡山の『雄町』など。山形はオリジナルの酒米をつくろうという動きが早かったので、県内産の品種だけでも4種類くらいあります。山田錦をはじめ、それらの酒米を使い分けて、私たちはお酒づくりをしているんですよ」
『桜花吟醸』で切り開いた出羽桜の歴史
「出羽桜さんって東京でもその名前をお聞きするすごく有名な酒蔵さんですけど、今に至るまでのストーリーってどのようなものだったんですか?」
「私たちの名前が全国に広まるようになったのは、1980年に出した『桜花吟醸』がきっかけです。『桜花吟醸』は簡単に言うと、鑑評会に出すようなスペシャルなお酒だったんです」
「へえ、鑑評会用のお酒。それって普通には買えないものなんですか?」
「昔はそうでしたね。あくまでも鑑評会用で、それを売るという感覚がなかった。でも、出羽桜はそれを売るということをいち早くやったんです。それが品質の良さもあって、結果的に東京で受け入れられたんです」
「東京で受け入れられるかどうかっていうのは、大きいことだったんですか?」
「昔は関西でつくった酒を船で江戸に運んでいたのですが、そのことを江戸に『くだる(下る)』と言っていました。これはいわゆる現代語の『くだらない』の語源になっていましてね」
「くだらないの語源……?」
「はい。つまり、世の中的には、江戸にくだる酒が一番いい酒で、くだらない酒は認められなかった。実はそんな時代が70年代まで続いていて、私たちの酒蔵のお酒も例外ではなかったんです」
「へええ……今だったら考えられないですね。じゃあ『桜花吟醸』はある意味カウンターのような?」
「結果的にはそうなりましたよね。今でこそ地酒に悪いイメージはないと思いますが、当時は地酒を都会に売りにいこうものなら『お前なんて帰れ』と、門前払をくらっていたそうなので」
「そういう時代だったんだなあ……」
「日本酒の出荷量も今の3倍。一升瓶で年間9億本も売られるほど競争が激しかった。でも、我々は都会へのパイプがない。じゃあどうするということで、地方の小さな酒蔵としては、これまでにないことをやるしかなかったんです」
「でもそのときに一歩踏み出したからこそ、今があるわけですよね。ドラマだなあ」
「ありがたい話ですね。ただ、それが今の地酒どころの山形をつくったかというと、それだけでもないと僕は思っています。実は山形って昔から、酒蔵同士の連携を強めてみんなで県全体のブランドイメージを上げていこうと努めてきたところなんです」
「おお、横のつながりが深いんですね」
「そうですね。お互いライバルの関係性ではあるけれど、情報共有もするし、蔵の垣根を越えて一緒にお酒を飲むことも多い。よりよいお酒をつくるにはどうしたらいいかということを、みんなで考えながらやってきたんです。今地酒どころとしての山形があるのは、そういう関係性のなかでそれぞれの酒蔵さんが地道な努力を積み重ねてきた結果だと思います」
「なるほど。いやー日本酒の知識から山形の地酒文化まで、今日はとても勉強になりました」
「それはよかったです。あ、そういえば、おみやげがあるのでよかったらお持ち帰りください。今日召し上がっていただいた『純米大吟醸 一路』です」
「えーいいんですか!」
「もちろんです。ぜひこれからも山形のお酒を飲んでくださいね!」
「ありがとうございました!」
<初心者のためのうんちくまとめ>
・日本酒の原料は「米・米麹」または「米・米麹・醸造アルコール」
・「アル添」は味をよくするためのテクニックのひとつ
・日本酒の大生産地は「灘(兵庫)・伏見(京都)」
・山田錦は酒づくりのために生まれた「最強の酒米」
・江戸に流通しないお酒が、現代語「くだらない」の語源(江戸に下らない酒)
・70年代は日本酒の出荷量が今の3倍(今のようにたくさんの種類のお酒がなかった)
・生き残りをかけて高級地酒を売ったことがカウンターになって今のブームをつくった
取材を終えて
まったく知らなかった日本酒のつくり方の違いから、業界の全体像、そして出羽桜の挑戦の歴史まで……
まだまだ日本酒の酒飲みとしてはよちよち歩きではあるけれど、地酒どころの山形を代表する酒蔵を取材できたことで、点の知識で漠然と捉えていたその世界がおぼろげながら、ひとつの線につながってきたような気がしました。
一言に日本酒といっても、その製造方法や成り立ちは千差万別。だったら実際につくっている現場も見てみたい! というわけで、次回は柿次郎編集長がその日本酒の味に感銘を受けたという山形・南陽市の酒蔵「東の麓」からのレポートをお届けします。ぜひこの記事と合わせて楽しんでもらえたらうれしいです!
※後編は7月22日(金)10時公開予定
●取材先:出羽桜酒造
住所:山形県天童市一日町1-4-6
電話:023-653-5121
書いた人:根岸達朗
東京生まれ東京育ちのローカルライター。ニュータウンの端っこで子育てしながら、毎日ぬかみそをひっくり返してます。メール:negishi.tatsuro@gmail.com、Twitter ID:@onceagain74/Facebook:根岸達朗