こんにちは、ジモコロライターのギャラクシーです。
実は僕、去年のクリスマスに精巣ガンが発覚し、左精巣を手術で摘出しました。
左だけニワトリの卵くらいの大きさになってるのを発見した時は、「なんかおかしいなぁ?」とは思ってたんですが、まさかガンとはね……。
その体験を「オモコロ」というメディアで記事にしたところ、2万リツイート・100万ページビューと、そこそこ話題になりました。
何より嬉しかったのは、医療関係者の方から
「精巣ガンの早期発見に繋がる意義深い記事」
「医者が真面目に言っても聞いてもらえない啓蒙を、あえてギャグマンガのように描くことで多くの人に伝えている」
と多数のお褒めの言葉をもらえたことです。
この記事は精巣ガンが発覚してから手術、そして退院までの5日間を綴ったものだったんですが、実は退院してからも色々と困ったことがあったんですよ。
例えば
・仕事上の付き合い程度の人や、友達の友達などに『先日、タマがガンになりました』と報告する恥ずかしさ
・片方摘出してセックスはできるの? 子供は? と山ほど聞かれる
・今は一個しかないの!? 見せて見せて! 見せてよ~!見せて見せて見せ………ってアホの同僚に言われる
ちなみに僕が働いてる会社には、『誕生日の人はプレゼントとして僕の一個しかないタマを見ることができる』という制度があります。
こういう話を誰かと語り合いたいんですけど、精巣ガンは10万人に一人しか発症しない珍しいガンらしく、周囲に同じ体験をした人は皆無。誰とも話題を共有できないわけです。
そこで、同じ病気を経験した人はいないかなぁ? と探していると色んな人からこちらのマンガをおすすめされました。
イブニングに連載された『さよならタマちゃん』というマンガ。
読んだことがない人のためにざっとあらすじを書くと、
主人公・武田一義はマンガ家になる夢を持ちながら、現在はアシスタントとして生活している35歳。ある夜、妻に「あなたの睾丸がおかしいような気がする……」と言われ、病院で診察したところ、精巣ガンだと告げられたのだった。
ガンは肺に転移していたため、精巣摘出手術だけでは治らず、数ヶ月かかって抗癌剤治療を行うことになるが……
長期の入院で仕事はどうするのか? 治療の苦しさは?
マンガ家という夢や、妻との絆に支えられて、主人公は精巣ガンに立ち向かう……
ガンとの闘病だけじゃなくて、家族や仕事への影響も描かれていて、めちゃめちゃ共感できるっ! そして泣ける!
会いたい。これ描いた人に会って、10万人に一人だけがわかる「精巣ガンあるある」などを思う存分語り合いたい。
というわけで!
実際に作者の方にお会い……あの、すいません。取材に伺ったんですが。
「ちょっと待ってくださいね(シャ~、シャッシャッ)。キリのいいところまでやっちゃいますから(シャッシャッ)」
「はい、お待たせしました。『さよならタマちゃん』の作者、 武田一義です」
武田一義(たけだかずよし)
奥浩哉のアシスタントを経て、自身が体験した精巣ガンについてのエッセイコミック『さよならタマちゃん』でデビュー。現在はヤングアニマルにて『ペリリュー〜楽園のゲルニカ〜』が好評連載中。Twitter=@144takeda
精巣ガンあるある「で、セックスはできるの?」
「すいませんね~。締め切りが近いものですから」
「いえいえ、お忙しいところをご自宅にお邪魔しちゃって。『さよならタマちゃん』を読ませて頂きました! 実は、僕も去年の年末に精巣ガンになったんですよ」
「オモコロの体験記、読みましたよ~! おもしろかったです」
「ありがとうございます! 周囲に精巣ガンになったことがある人なんて、なかなかいなくてですね、同じ病気の人とお話ししたいなと」
「10万人に一人のガンですから。なかなか同じ病気の人には会わないですよね」
「ちなみに僕は左精巣を摘出したんですが、武田さんは……?」
「僕も左なんです」
「あ~、右じゃないんですか……惜しい! 二人がかりでやっと一組揃うと思ったのに!」
「そんな生命体になりたくない」
「今回お聞きしたかったのは精巣ガンあるあると言いますか、例えば、事情をまったく知らない人に精巣ガンになりましたと伝えなきゃいけない時ってどうしてます?」
「伝えにくいですよね! 言葉の選び方が難しい……」
「そうなんですよ! 胃ガンとか食道ガンと何ら変わりない深刻な事態なのに、精巣ガンの場合は『いやぁ~、タマがガンになっちゃいましてね(笑)ウェヘヘ』みたいな雰囲気でお伝えしなきゃいけない」
「そんな決まりはないけど、言いたいことはわかります。僕は女性に伝える時に気を使いましたね。セクハラになりそうで」
「わかる! 部位の名称を言うとメチャ気まずくなりますよね。女性としては『あ~、ハイハイあの部分ね!』って思い浮かべてる時の顔は、見られたくないでしょうし」
「変なとこがガンになっちゃってすいません……という感じになっちゃいますよね。別に下ネタを言ってるわけではないんですけど」
「僕が書いた精巣ガンの記事は、医療関係者からも褒めてもらったんですけど、ガンになった部位が精巣だと、記事のカテゴリーとしては下ネタに分類されてしまうんですよね」
「イラストとかで説明すると、どうしても性器を描かなきゃいけないですからねぇ。難しいところはあると思います」
「“その部位”をどう絵で描くのかってかなり悩みませんでした? 武田先生はユルめの絵柄で『タマちゃん』を描いてたから大丈夫でしたけど、あれが北斗の拳みたいな絵柄だったら出版できないですよね」
「あの絵柄はエッセイマンガだから、わざとユルい絵にしたんですよ。闘病ものなんで、リアルな絵柄にしちゃうと重すぎるから」
こちらがタマちゃんの絵柄。ほんわかした優しいタッチが特徴的。
武田先生の元々の絵柄がこちら。めちゃめちゃうまい! でも確かにこの絵で闘病を描かれると深刻すぎて読むのが大変そう。
「『精巣ガンになりました』って伝えると、言われた人は当然『で、セックスはできるの?』っていう質問をしたいわけじゃないですか」
「まあ、言葉には出さなくても、そうでしょうね」
精巣ガン患者はセックスできるのか
精巣ガンで片方の精巣を摘出しても、残るもうひとつは普通に機能しているため、性生活に支障はない。子供を作ることも可能。
「でも“病気になった人にそんなこと聞いたらマナー違反かな?”というのがあるのか、なんか、目の前で言い澱むじゃないですか。だから先回りしてこっちから『片方残ってるんで子供作ったりは普通にできるんですけどね~』って」
「言いますね(笑)。『それで、お子さんは……その……?』みたいな感じにモゴモゴされるとこちらも気を使いますし。結局なんか半笑いで前置きしなきゃいけないですね」
精巣ガンあるある「まずは一人で試してみる」
続いては手術の話題に。精巣ガンの摘出手術は、タマだけを取り出すのではなく、精巣に関わる器官をゴッソリ摘出します。
「手術の前の全身麻酔、眠らないように抵抗してやろう!と思ってたのに、次の瞬間には手術が終わってた。体感時間としては『長めのまばたき』くらい」
「あ、ハイわかりました」と返事をした直後……
いつのまにか手術が終わっていた。寝てるあいだに鼻にイワシを詰められてもわからないな……と思ってちょっと怖かった
「僕は下半身だけの部分麻酔でした。だから手術中も意識があるんですよ。お腹あたりにカーテンがかけられて、向こうでゴソゴソされてるわけです」
「こわ~っ! 全身麻酔だと呼吸ができないから(そのため人工呼吸器をつける)、部分麻酔の方が安全なんでしょうけど……」
「自分の場合は麻酔師さんが下手くそだったらしくて、たまに呼吸ができなくなりました」
「じゃあ怖いだけじゃん!」
「腰から下は感覚がないんですけど、意識はあるからカーテンの向こうの光景とか想像しちゃうんですよ。やっぱり怖かったですね」
マンガにも登場する、武田さんの愛犬「ビッグ」くん。取材中、なぜかずっと吠えられてました。
「僕は退院したその日に一人でしてみたんですが、武田さんはどうでした? 医者に『夜の営みは普通にできますよ』って言われても、やっぱり不安だから、まずは一人で試してみませんでした?」
「それはありました。いきなり奥さんとしようとして、『やっぱ無理だったわ……』ってなるとお互い気まずいから。一回自分で試そうっていうのは、確かにあった。その時はイマジネーションでしたけど」
「え! オカズなしで、イマジネーションでいけるんですか?」
「できます」
「へぇ~、マンガ家ってすごいですね」
「職業は関係ないです。できます」
こちらは『さよならタマちゃん』の第3話
抗癌剤治療の影響で無精子症になる可能性が高いということで……
このページだけ見るとおもしろおかしい話のように見えるかもしれませんが、「治っても、もう元の体じゃないんだ……」と悩む主人公の姿に何かを感じずにはいられません。
病気と生活への不安について奥様にも話を聞いた
「武田さんは奥浩哉先生のアシスタントだったんですよね?」
奥浩哉(おくひろや)
代表作は『GANTZ』『変[HEN]』など。現在イブニング(講談社)にて『いぬやしき』を連載中
「そうですね。『さよならタマちゃん』でデビューするまで、奥先生のアシスタントとして働いてました」
「ガンになった時『これは良いマンガのネタになるぞ』と思いました?」
「う~ん、ガンになった時点ですでにマンガ家だったとしたら、ネタにできるって思ったかもしれないですけど。当時はまだアシスタントだったから、何ヶ月も休まなきゃいけないな~という気持ちの方が強かったですね」
「確かに何ヶ月も休むとなると、普通ならクビになってもおかしくない。確か当時すでにご結婚なさってたんですよね? 奥様はどんな気持ちだったんだろう……」
▼というわけで、ここからは武田さんの奥様である森和美さんも交えて、どのようなことを考え、どのように夫婦で支えあったのか、を聞いてみます。
「はじめまして、妻の森和美です」
ちなみに夫婦で名前が違うのは、奥様も森和美名義で活動するマンガ家だからです。とはいえ「武田さん」「森さん」だと夫婦というのがイメージしにくいので、この記事では「和美さん」と表記します。
森和美(もりかずみ)
2013年6月、イブニング『おうちにかえろう』でデビュー。2014年より『エシカルンテ』連載。全2巻が発売中。Twitter=@morimorikazun
「マンガを読んでると、最初に睾丸の異常に気づいたのは本人ではなく、和美さんだったそうですね」
「夜の営みの最中に気づいたんです。硬さが全然違ったんですよね。あれ? ここどうしたのって」
※精巣ガンになると、睾丸が硬くなり、鶏卵くらいに大きくなる。
「夜の営み中に、タマってそんなに触ります??」
「え? まあ……それはいいじゃないですか」
「いや実はマンガを読んでて、そこがずっと引っかかってたというか。男って自分のを触ることがあまりないから、たまに触っても違和感とかわからないじゃないですか」
「確かに。僕も異常には気づかなくて、『こんなもんだったんじゃない?』って言ったんですけど、『いやおかしい』と。何回か言われてやっと『そこまで言うなら違うのかな……?』って思い始めたんですよね」
「男が自分で触ってもわからないのに、パートナーの女性が気づくってすごいなぁと。よっぽどタマに触ってたんですね」
「普通です!」
「医者も言ってましたが、パートナーが気付くことが多いらしいですよ」
「触った感じがスーパーボールみたいだったんですよね。変な固さがあって。最初は精巣腫瘍というガンがあることすら知らなかったんですけど、知ったうえで触れば明確に違和感がありましたね」
「色んな可能性を考慮してネットで調べたんですけど、精巣腫瘍っていうワードしか出てこないんですよ」
「こんなに検索して、結果がこのワードなら、たぶんそうなんだろうと。その日は不安で眠れなかったですね。翌朝 病院に行ってみたら『まさしく精巣ガンです』って言われて」
「『ガンです』と言われた瞬間、めちゃめちゃ怖くなかったですか?」
「なんで俺が!とはすごく思いましたけどねぇ。怖いっていうのとはちょっと違うかな」
「病気を告げられた瞬間って、みんなアドレナリンが出て普通じゃない力が出る。死ぬかもみたいな心配って、シャットアウトしちゃうんですよね、精神が」
「手術や抗癌剤治療などで数ヶ月は仕事ができない、という説明もあったと思います。生活はどうしよう……とは思いませんでしたか?」
「生活への不安はものすごく大きかったですね。生存率は高いってことだったから、ガンに関しては治る治る、治るんだって思えたんですけど」
「実際の話、“死ぬ不安”ってよく理解できないじゃないですか。でも仕事がなくなるっていう不安はものすごく現実的なことで、明日困るようなことだから。何カ月もかかりますって言われた時は二人ともショックが大きくて」
武田さんは抗癌剤治療の副作用で、今もペンを強く握れない。 握り方を変えて対応しているそう。
「ですよねぇ。和美さんはそういった心配を武田さんに訴えたり……?」
「彼女は芯の強い女性なので、あまりなかったですね。泣いたりもしませんでした」
「へー! そういう時って女性はわんわん泣いてしまうようなイメージですけども」
「ただ、クビを覚悟で職場に『治療に数ヶ月かかります』と伝えた結果、先生の奥様から連絡を頂いたんですよ。『仕事のことは心配しなくていいから』って。その時は……ね?」
「その時はもう、さすがにホッとして。泣いちゃいましたね~。カラダから力が抜けた感じで」
「うんうん、芯が強いって言っても、そりゃあ不安だったんでしょうねぇ……(グスッ)」
「え? あれ? ひょっとして泣いてます?」
まったく無関係なのになぜか泣くライター(私)
「奥浩哉先生とその奥様が待っていてくれたっていうのは、ほんとに安心感がありました。今後の不安が全くない状態で治療できたのは、かなり恵まれていたと思います」
仕事机から見える、奥浩哉先生の色紙と、スタッフからのメッセージ。
夫婦で支えあってガンに立ち向かう
「マンガを読んでいると、入院中には和美さんにかなり支えられたといった描写があります。具体的にどんなことが嬉しかったとかありますか?」
「とにかく頻繁に見舞いに来てくれたことですね。入院って見知らぬ他人との集団生活ですから。お互い励まし合ったりできるんですが、さすがにず~っと一緒だと、やっぱり疲れるんですよ」
「同室の人同士でコミュニケーションをとるのは大事だと思うんですが、そういうのをシャットダウンする時間も大切だなって。私が行けばカーテンを閉めて二人の空間にできるし」
「武田さんが“治療うつ”になった時も、夫婦の絆にかなり助けられたみたいですね。あのシーン何回読んでも泣けます」
治療うつ
治療が長く続くと、慣れない入院生活や・治療の苦しさ・生活への不安といったストレスから「うつ病」を発症することがある
「こういう病気になると、周りに心配かけちゃいけないと思って、無理に明るく振る舞おうとするんですよね。結果、心の中でものすごい摩擦が起きる。文句を言ったり弱音を吐ける相手がいるのというのは、心強かったですね」
「そうやって和美さんに支えてもらいながら、数ヶ月もかかってやっと退院することになったわけですけども、ふたりの関係に変化はありましたか?」
「ぼくは変わりましたね。今までは家庭よりマンガのことが最優先みたいな感じで、一緒にいる彼女としては大変だったと思いますけど。そこらへんが軽くなりました」
「この人は、あんまり人生を楽しんでなかったんですよね。マンガ以外のことは全部無駄だって感じだったんですけど、色んなとこ行って色んなことしようって感じになってきたかな」
「生活の質というか人生への取り組み方が変わった。そういう意味では彼女も前よりはラクになったのかなって」
「『さよならタマちゃん』の単行本を発売した結果、話題になって印税が入ってきたわけじゃないですか。お世話になった奥さんに何か買ってあげたりしたんですか? ペンダント的な」
「………………」
「………………」
「もらってないですね」
「生活費に回しました。いや、入院費だって高いんですよ!? もっと余裕ができたら、ね」
「武田さんはそういうの一切やらないタイプなんですか?」
「はい。ただ、1回だけお花をもらいました。売れ残りで300円くらいの、クタッとしたやつ。でも……」
「でも?」
「うれしかったですね~」
「うんうん、良かったですねぇ……。なんか、また泣けてきたんで、今回はここまでにします。今日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
自分がガンになった時、誰かがそばにいて支えてくれるって、すごい大事だなと実感しました。普段はそんなこと全然思ったこともないんですけどね。
武田さんも、和美さんや職場の人など色んな人たちに支えられたからこそ、つらい経験をマンガにできたのでしょう。
精巣ガンは進行が非常に早く、発見の遅れから転移する人が多いガンです。
チェックする方法は簡単! 大きさと硬さを左右で比べるだけです。不自然に硬く、大きくなっていませんか?
男性は自分のを、女性は恋人or旦那さんのを、今すぐチェックしましょう!
今回お話を伺った武田先生の新刊、『ペリリュー~楽園のゲルニカ~』第1巻が、7/29に発売されますよ~! 書店に急げ~!!
ペリリュー ─楽園のゲルニカ─ 1 (ヤングアニマルコミックス)
- 作者:武田一義,平塚柾緒(太平洋戦争研究会)
- 出版社/メーカー:白泉社
- 発売日: 2016/07/29
- メディア:コミック
- この商品を含むブログを見る
ライター:ギャラクシー
株式会社バーグハンバーグバーグ所属。よく歩く。走るし、電車に乗ることもある。Twitter:@niconicogalaxy