ごぉ〜〜〜ん………………
パンパン。
今日もおいしいお酒が飲めますように。
お酒好きのみなさん、こんにちは!
ライターの根岸達朗です。大酒飲みのきこり顔ってよく言われます。
僕は今、日本酒の知識を深めるべく、柿次郎編集長&『鶴と亀』小林くんのトリオで、地酒で有名な山形県に来ています。
本日はこれより、明治29年創業の老舗酒蔵「東の麓(あずまのふもと)」を訪ねます。
「東の麓」があるのは、山形市内からクルマで約50分の南陽市。
今回の目的はずばり……
酒がどうやってつくられているのかを学ぶ。
ただそれだけです。いたってシンプル。
「何を隠そう、僕は『東の麓』のお酒が大好きなんですよ! 派手さはないけど丁寧で繊細。値段もそこまで高くないのに、誰が飲んでもおいしいと素直に思えるようなお酒をつくる酒蔵なんです」
「へええ。日常的に飲むお酒としてもよさそうな」
「最近はお酒を飲まない若者も増えていると聞くけど、それはもしかしたらちゃんとしたお酒を知らないだけなのではと。日本酒デビューが『東の麓』だったら、日本酒好きの若者がもっと増えると思ってるんです!」
「そんなに!? 酒飲みおじさんとしてもめちゃくちゃ気になってきた」
というわけで今回話を聞かせてくれたのは、「東の麓」製造部部長・新藤栄一さん。
日本酒をつくっている現場に入るのは初めてなので、今日はいろいろと勉強させてもらおうと思ってます。よろしくお願いします!
日本酒の「発酵」とはなにか
「大きな釜ですねえ。これは?」
「お米を蒸すための釜です。ここに水を張って沸かし、蒸気をあげるんです。蒸す前と蒸した後のお米の目方を図り、吸水率なども見ながら蒸米をつくっていきます」
「蒸米づくりかあ。これがベースになっていくわけですか?」
「そうですね。ここで吸水ムラがでると後の仕込みに影響するので、この作業はとても重要なんです」
「なるほど。ここでちゃんと狙い通りに蒸しあがっていないといけないんだ。あの……初歩的な質問で恐縮ですが、ここで蒸すお米っていうのは、家で米炊くときみたいに洗うんですか?」
「はい。機械で洗っているものと、手洗いしているものがあります。大吟醸などに使われる『高精白』と呼ばれる磨きの高い酒米は扱いがデリケートなので、すべてあそこにあるザルで手洗いしてますね」
「へえ、手間がかかっていますね。じゃあ、そうしてできた蒸米のその後の流れは?」
「蒸米の用途は2つあります。ひとつは、そのまま仕込むために使う。もうひとつは、麹をつくるために使う。次にご案内するのは『製麹室』といって、麹をつくるための部屋になります。どうぞこちらへ」
「おおお。扉の分厚さがすごい……失礼します!」
「酒づくりに必要な麹はすべてこの部屋のなかでつくっています。そこに木の障子枠みたいなのが立てかけてありますが、あれを寝かせて、その上に布を敷き、蒸米を一粒一粒ばらばらにほぐして広げるんですね」
「へえ、一粒一粒ですか」
「はい。そこに麹菌を振りかけて、布で包んで24時間。次に大きな箱状のものに盛って、だんだん広げていき、さらに24時間経つと麹はできあがります。そこから更に別の部屋で薄く広げて24時間乾燥させるとタンクに仕込むための麹ができます」
「計3日間かあ……あの、また初歩的な質問で恐縮なのですが、麹っていうのはどういう役割を担っているものなんですか?」
「お酒は酵母が糖分を分解することによって生じる『アルコール発酵』でつくられます。酵母は糖分を食べて発酵するので、その糖分をつくるのが麹の役割なんです。麹はお米に含まれるデンプンを糖に分解する酵素を発生させます」
「????」
「なるほど。つまり麹が糖分をつくり、それを食べた酵母がアルコールをつくる。それが同じタンクのなかで同時進行しているわけですね。もやしもんの世界ですね! おもしろいなあ」
「『もやしもん』の世界で少しだけピンときた……」
「たとえばビールは麦芽に入っている酵素で麦芽糖を発生させて、麦汁を甘くするんです。その甘くなった液に酵母を添加することでビールができる。ここまではよろしいですか?」
「は、はい……なんとか」
「これを日本酒でも同じようにやるとどうなるか。麹で甘酒をつくったものに、酵母を入れて発酵させるということになります。極端に言えばですが」
「ふんふん……甘酒に酵母を入れて……」
「つまり、発酵の過程が日本酒はワンステップなのに対し、ビールは2ステップということですね。お酒によって作り方ってぜんぜん違うんだなあ」
「はい。ただ、酵母と麹を同時に発酵させていくというのは非常に繊細でむずかしい作業でして……」
「(ついていくのが必死だ……)」
「麹づくりだけでも、酵素を出し続けられる麹をつくるためには米の表面積はどのくらいがいいのか、水分をどの程度含ませるのか、どんな箱を使ってどこまで乾燥させるといいのか、温度・湿度は……などなど考えることがたくさんある。日々試行錯誤の連続なんですよ」
「学問の域ですねこれは。でも、昔の人はたぶんこうだろうって、経験と勘でやってたわけで……。日本人の知恵すごい」
「あの……海外でもいろんなお酒づくりってありますよね。こんなに複雑なお酒ってあるんですか?」
「日本酒は特にむずかしいお酒だと思います。たとえばワインは、ぶどうの皮をつぶして絞ると勝手に発酵していくので、ある意味とても荒々しく、アバウトなお酒です」
「荒々しいお酒! そういうイメージなかったから新鮮……」
「日本酒はできあがるまでに最低1か月はかかりますが、ワインだと最短で1週間から10日です。もちろんその荒々しさがワインの良さでもあるんですけどね」
「なるほど……やっと頭が追いついてきたような気がします。そう考えると、日本酒って日本人の繊細さが表れているようなお酒かもしれない?」
「そうかもしれませんねえ。昔の人はよく考えたものです。それでは続いて、仕込み蔵をご案内しましょう」
「うわあ……タンクでかっ!」
「ここが仕込み蔵です。普通酒から純米まで、大きめの仕込みをするところで、このタンクひとつで 7千リッターのお酒が入ります。この部屋、ちょっと寒くないですか?」
「そういえばそうですね」
「実はここの壁って土壁なんです。この仕込み蔵は大正時代に建てられたものなんですが、土壁には断熱効果があって、夏の日中で外が30度以上あるときでもここのなかは24度くらいにしかならないんですよ」
「おお。天然のクーラーだ」
「そうですね。朝晩はさらに冷え込むので、そういうときは窓を開け放って外の空気を入れたり、扉を開けたり、人為的な方法で適温になるように調節しています」
「そっか、日本酒は温度管理が大事なんだもんなあ。じゃあ、お酒はこのタンクのなかで発酵を繰り返してつくられていくわけですか?」
「はい。このタンクにさきほどの製麹室でつくった麹と蒸米、そして酵母を入れてじっくりと発酵させていきます。酵母はここに入れる前に、酒母室というところにある小さめのタンクで培養します」
「酵母を増やすってどうやるんですか?」
「うちは効率を重視しているので、『速醸』と呼ばれる方法で醸造された乳酸を投入し、酵母を増やします」
「酵母は乳酸に反応するわけですね……ふむふむ」
「このほかにも、乳酸菌の自然発生を待つ『生酛(きもと)』や『山廃(やまはい)』といった昔ながらの方法もあります。ただ、後者は非常に手間がかかるので、どの方法でやるかはその蔵の考え方によりますね」
「うーむ……一つひとつの工程の奥深さがハンパじゃないですね。それを一元的に管理するってめちゃくちゃ大変なのでは?」
「もう何年もやっていますが、至難の技です(笑)。酵母も麹も生き物なので、毎年同じようにやっても同じ酒ってできないんですよ。そこが難しさでもあり、おもしろさでもあります」
「マニュアルがない世界なんだ……奥深いなあ」
「蔵のなかはざっとこんな感じですね。ここでできあがったお酒は最後に瓶詰め、検品をして、みなさんのお手元に届けます」
昭和のラベル貼り付けマシーン、動きがかっこいい…!!
「いやー勉強になります。山形に来て一気に日本酒の知識がなだれ込んでる」
「それはよかったです。事務所の方にお酒をご用意してますから、ぜひ召し上がってみてください」
「うひょー! いいんですか! やったー!!!!」
「待ち望んでた感がすごい」
酒造り職人としての「杜氏」の今昔
「おつかれさまでした。どうぞ好きなだけ召し上がってください。うちは手酌スタイルなので、お酌はしませんけど(笑)」
「ありがとうございます。いただきます!」
(ごく……)
「ふう……うまさしかない。そして今はただ、静かに味わい続けたい……」
「取材できてること忘れてるでしょ」
「……忘れてないから。今回、蔵のなかでお話を聞かせてもらって感動したのは、これを人間がやってきたことのすごさですね。環境や気温などで菌の性質が変わる。それを昔の人たちは経験と勘だけでコントロールしてきたわけで」
「そうですね。私たちが今やっているのは、昔の杜氏(とうじ)、つまり酒づくりを先導するリーダーたちがずっと実践でやってきたこと。それが技術としてひとつの形になった。今はそれに加えて、これがこうだからこうなるといった理屈が、数値的にも証明できるようになってきました」
「後から説明が付いたことがたくさんあったと。じゃあ現在の杜氏さんっていうのは、そういった理系の知識をお持ちの方だったりするんですか?」
「昨年うちに40代の新しい杜氏が入りました。でも、彼は大学で経済学を専攻していた完全な文系人間。お酒づくりに興味を持ってマニアックに追求した結果、杜氏になっていたタイプで……」
「へえ、そうやってこの世界に入ってくる人もいるんだ」
「そうですね。数字で証明できることも増えてきたとはいっても、理系だからいい酒がつくれるかというと、そういう世界でもないんです。なんていうか、この仕事って……」
「数字で計れない未知の部分がたくさんあるんですよ」
「ふ、深い言葉……。杜氏さんは今、その方1人だけなんですか?」
「はい、船頭は2人いらないので1人だけです。私が酒づくりの方向性を決めて、杜氏は現場の最高責任者として、スタッフである蔵人に指示を与えながら目標とする酒をつくっていきます」
「なるほど、あらかじめ方向性を決めてお酒をつくっていくんだ。やっぱり杜氏さんというのは、独自の勘が冴えわたるような人じゃないとだめですか?」
「そのあたりは経験がものを言いますよね。その蔵で何年も仕事をしてきた蔵人がたたき上げで杜氏になることもあります」
「地元でずっとやってきたような人が多いですか?」
「山形は地元の杜氏が多いですね。でも、うちの場合は酒づくりの季節になると、蔵と契約を結んだ杜氏集団が、岩手や秋田、新潟といった米どころからやってきていましてね」
「杜氏集団? フリーの酒づくりチームみたいな感じでしょうか」
「そうですね。彼らは普段地元で農業などをやっているのですが、農閑期に入る10月くらいから自分たちの一派を従えてやってきて、蔵に泊まり込みで4月くらいまで酒をつくります。そして、酒をつくり終えたらまた地元に帰っていく」
「季節労働的な感じですね」
「はい。でも、私は彼らの働きだけに頼っていてはこれからの酒づくりには限界があるとずっと感じていました。だって、彼らはつくれば地元に帰ってしまうでしょう。我々のような蔵の人間はつくったものをその先も売っていかないといけない」
「ああ。確かにいくらおいしいお酒をつくっても、売らなければ事業としては継続できないから」
「そうですね。だから私は、自分がつくった酒に責任を持ち、年間を通じて管理できる杜氏が絶対に必要だと思っていました。そこに今、先ほどお話した杜氏が社員として入ってくれた。これは杜氏集団に頼ってきた小さな酒蔵にとって、大きなチャレンジなんです」
「なるほど。社員の杜氏ならコミュニケーションもとりやすいし、蔵の未来も一緒に考えていけると」
「うちの社長ももう88歳ですから、次の世代へのバトンタッチも真剣に考えています。私たちがつくったお酒を愛してくださる地域のためにも、そして山形の日本酒文化を残していくためにも、若い世代の力でさまざまに挑戦していきたいですね」
「いやー今日は貴重なお話をありがとうございました!」
「すごく勉強になりましたね。僕ますます『東の麓』のファンになったので、お酒買って帰りたいんですけどいいですか?」
「ありがとうございます。手間暇かけてつくっているお酒なので、ぜひ召し上がってみてください」
買ったどーーーーー!(その場で10本買いました)
まとめ
酒好きなら日本の酒のことを知らずしてどうするという、素朴な好奇心からはじまった今回の山形取材旅。地酒ブームを常にリードしてきた日本酒は、どんなところでどうやって、どんな人たちの手によってつくられているのか。その文化、その仕事にほんの少しでも触れることができたのは、自分の雑すぎた酒飲み人生の大きな糧になったと感じました。
発酵という名の人知を超えた世界、そこに経験と勘だけで飛び込み、酒づくりをしてきた人間たちの挑戦……。掘り下げれば、さらにずぶずぶの世界に突入していくことは間違いなさそうなので、今日はこのあたりで失礼いたします。
山形の地酒、すごくおいしいのでぜひみんなも飲んでみてね!
今夜も乾杯!
●取材先:東の麓
住所:山形県南陽市宮内2557
電話:0238-47-5111
http://www3.omn.ne.jp/~yamaei/
書いた人:根岸達朗
東京生まれ東京育ちのローカルライター。ニュータウンの端っこで子育てしながら、毎日ぬかみそひっくり返してます。Mail:negishi.tatsuro@gmail.com/Twitter ID:@onceagain74/Facebook:根岸達朗