前回までのあらすじ
愛知県熱田区、神宮前商店街。ここは日本有数の熱田神宮のお膝元でありながら信じられない程のシャッター商店街である。
約1年前その商店街に「ご連絡をお願い致します」と書かれた明らかに不審な張り紙を発見し、連絡をしてみたところから僕はこの商店街に接近する事となった。
怪しい貼り紙の主は、一人で商店街復活の為に試行錯誤する女性、aigasaさん。それは「何とかしたい」の一心で商店街の空き店舗を借りたものの何をすべきか迷い、広く意見を求める捨て身の貼り紙だった。
そんなaigasaさんを通じて知ったのは商店街の悲しい現状。
だけどもはや死に体かと思われた神宮前には魅力的な一面があり、僕は徐々に惹かれ始め何か手伝いたいと思うようになった。
aigasaさんが作ったオリジナルキャラクター「あつたSUN」はちゃんとしたヤツにしてプレゼント。あつたSUNのツイッターアカウントを通じて、記事を読んだ方からの意見を広く募集することにした。
こうして僕は、この見ず知らずの商店街の小さな町おこしを応援してみようと思うようになったのである。
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神宮前には新しいお店が出来ていた
あれから1年が経ち神宮前商店街にも小さな変化があった。新しいお店が出来ていたのだ。まずはそんなお店を紹介してみよう。
●喫茶ユキ
喫茶ユキは、70年前からこの地にある神宮前の老舗喫茶店。2代目の引退の後2年間お店は閉まっていたが、今年の4月に跡を継いだ3代目によりリニューアルオープンを果たした。
神宮前に老舗が復活したのである。
このお店を継いだのは3代目の藤本さん夫婦。
ヒルトン名古屋の厨房で15年働いた後、同じくヒルトンで働いていた奥さんと共に独立し、喫茶ユキに戻ってきたのだそう。
家族連れも遠慮なく入ってください、という店内には広いテーブルもある
「商店街は昔と変わりましたか? シャッターが多い気がしますが」
「シャッターは仕方ないですね。ここは商店街であり商店街の人々が暮らす街でもある。家として改装してしまった人もいますし」
「昔は市電も走って賑やかだったんですけどね。道沿いには屋台も出てたけど今は規制が掛かってしまったり、駐輪場になってしまったり」
「そもそもこちらには戻っていらっしゃる予定だったのですか?」
「そうです。お店を継ぐ予定でした」
「先代からの『ユキ』を継ぐということですよね」
「お店の名前は変えようかなと思ったこともあるけど、地元の常連さんの間では『ユキにいるよ』で待ち合わせするぐらい定着した名前なのでそのままにしました」
新旧の「ユキ」が並ぶ素敵な光景。オリジナル看板は老舗の証だ。
「ただその、2年間のブランクがあると常連さんも減ってしまったのでは?」
「いなくなってしまった常連の方はいますが、また戻ってくる人もちゃんといます。場所柄、1年に1回参拝のときにだけこの商店街にやってくる人も多いんですが、そういう人が気づいてくれたりね」
「昔の雰囲気を知らない僕ですが、店内はとても綺麗で静かで、居心地が良いです。縦長だから隣にテーブルが無くて個室みたいな感じ」
「あと、鉄板ナポリタンもいただきましたがとても美味しかったです!」
「鉄板ナポリタン、オススメメニューですよ」
「お食事にも力を入れられているのが伝わります。喫茶店激戦区の名古屋だから、長く続いているお店はどこも美味しいですね」
ブレンドコーヒーは松屋ブレンド。パンは本間パン。ズゴックはシャア専用。どれも名古屋の喫茶店御用達のブランドだ。
「店内のリフォーム以外に、何か昔と変わったことはありますか」
「基本的には以前からずっと変わりません。ただ、ブレンドコーヒーは先々代の味とは少し変えていますよ。でもアイスコーヒーは同じ」
「変わるものと変えないものがあるんですね。またここから新しい喫茶ユキの歴史が始まるんだなぁ…」
●神宮串かつ
残念ながら潰れてしまったたこ焼き屋の跡に、新しく飲食店が出来ていた。
串カツ&立ち飲みで商店街を彩るのは「神宮串カツ」。先代から引き継いだ喫茶ユキとは事情が異なり、新たにこの場所にやってきた人である。
オーナーさん(顔出しNG)、店長さんにこの場所でお店を開いた背景を聞いてみた。
「ここにお店を出した背景は何ですか。正直かなり寂れてますよね。儲かりますか」
「地元だからですよ。でも全然儲からないんで地元じゃなかったらこんなところでやってないですね。友達と飲んでて地元に一つ店舗が空いていることを知ったんで、その場の勢いでやる!って感じで。ほんとに勢いで」
開店準備の大半は自前で。掃除に一番手間が掛かったそうだ。
「先立つものが無いとなかなかお店やるって事には踏み切れませんよね」
「ガス工事、看板以外は自分たちでやりましたよ。1ヶ月以上掛かったけど準備も楽しかったかな」
「かなり苦労されたんですね。それでも地元がいいってことですね」
オーナーさんと店長は地元の知り合い。オーナーの「店長はめっちゃいい人」という言葉通り、店長は人の良さの権化の様な方だ。
「店長は商店街が寂しいことについてはどう思いますか」
「元気になって欲しいですよ。人通りは意外と多いんですけど、商店街がこの感じなんで本当にここは通過するだけ。だからウチはお店やってるんだっていうのをアピールしていきたいですねえ」
「JRと私鉄に挟まれて場所柄恵まれているって言うけど、JRを使う人は遠くから来る人。私鉄は割と近隣の人。それぞれが全く別の人を乗せて来て、目的も違うからね」
「JRの人は熱田神宮へ直行するから商店街を通らない。私鉄の人は商店街通過するだけって感じですか」
「私鉄の人も減ったかなあ。最近商店街の私鉄側の入り口にあったエッチなお店が閉店したのがかなり痛い(笑)あれでまた大分人減ったんじゃないかな」
「この商店街はエッチなお店に依存していたんだ・・・!」
aigasaさん再び登場
同じ日にもう一人会っておきたい人がいた。あの貼り紙によりその存在を知られることとなったaigasaさんである。
僕の元にも前回の記事リリース後に結構な数の連絡が来た。どれも具体的な案はまだないが「応援したい」というものばかり。
ではそんなaigasaさんは今、何をやっているのだろうか。
aigasaさん、お元気そうでなにより
「ご無沙汰しております。約1年ぶりですが、運営されていた『こころcafe』どうなりました?」
「手放しました」
「手放したんスかー!」
あの「こころcafe」は、もう手放したそうだ
「はい…。別の方がオーナーの新しいお店がオープンします。この前の記事のことは知らない方ですよ」
「ビックリ」
「こころcafe」においてあった謎のテントももう無い
「私一人、お店で無理して粘らず、もっと広い目線で商店街の活性化を考えたいなぁと」
「そうですかー。何か寂しいような」
「今回分かりましたがお店の場所としてはこの辺はとても良いみたいです。物件が出るとすぐに3、4人から問い合わせあったそうです。ちょっと安心しました」
「この辺に新しいお店が出来ないのは、やはり不動産に物件が出てこないことがひとつの背景なんですね」
この二年間で店舗運営にウン十万使ったaigasaさん。いざとなったら首もとの宝石を売ればいいですよ、とアドバイスした。
「記事の後の反響はどうでしたか?」
「私への問い合わせは7、8件ですかね。メールだけの人、電話してきた人、会ったのは3人です。本屋さん、雑貨屋さん、私が思いつかない色んなアイディアを寄せてくれましたよ。楽しかった」
「知人の方の反応は何かありました?」
「『なにやってるの』と冷ややかでしたね(笑)」
「(俺はこれからも絶対に顔を出さないでおこう)」
「こころcafe」は別の方の手に渡り、5月17日に新しいカフェとしてオープンした。オープン初日にお邪魔したが、初日とあってかお店は大盛況。小奇麗な店内にはあの時の面影はない。
aigasaさんが情熱だけで始めた不気味な秘密基地はいつしか本物のカフェへと生まれ変わった。
不気味なステンドグラスは取り払われ、今はLEDが店内を明るく照らす。
「これで良かったんですかねぇ」
「良かったんだと思いますよ」
あつたSUNのその後
そしてもう一つ気になるのが、世間からはほとんど相手にされずに静かに消えて行くであろうと思われたあつたSUNだ。意外にも無骨なツイートの連発にも関わらずその後以外にもフォロワーは伸び、それなりに人気を博している。 なぜなんだ。
「唐突にプリクラかってくらいものすごくサイズの小さい画像を送って頂いたんですがコレは...」
「これはあの記事の後に、商店街の若手の方が関係しているイベントに声を掛けてもらってなぜか『人生相談』をやったときの写真です」
「(なぜ人生相談なんだ)」
「で、このイベントのフライヤーにあつたSUNが使われたんですよ」
こちらがイベントのフライヤーだが…
あつたSUNが確かにいる。真面目に商売されてるいろり屋さんマジですいません。
「思った以上に人気じゃないですか!このキャラを使った町おこし何か進みました?」
まだ生きてるサン
— あつたSUN (@atsutasun) April 7, 2016
やる気の無いツイートにもマッハでいいねが付くイージーモードのあつたSUN。やる気が無い割にはフォロワーは700人を超える。真面目にツイッターをやってる皆さんマジですいません。
「好きに使ってくださいということで、パン屋さんに『あつたパン』を持ちかけようと思ったんですが、商店街で全く認知度がないのでどうしたものかと」
「そりゃ、Twitterの中で『サン、サン』言ってるだけだから...」
「商店街に新しいお店が出来始めたので、この機会に何とかあつたSUNを定着させたいですけどね」
「よおし、もうひと働きしてみますか」
あつたSUN、神宮前商店街公認キャラへの道
という訳で、店長がとにかく良い人であることにつけこんでさっき取材したばかりの「神宮串カツ」に再訪、店長に頼んでみることに。
「店長、ちょっとお願いが…」
「あれ、また来たの??」
店長はお客さんに飲まされ若干出来上がっていたのか、言語はウェーイになり、ムーブがいささか激しい。
「手前どもで勝手に作ったこの商店街の非公認キャラの『あつたSUN』というヤツがいまして、これを店内に飾るなどしてPRに使ってもらいたいのです。」
「なんすかこのパチンコのキャラみたいな奴は」
「完全にパチスロに居そうなキャラだね」
「色々ご意見はおありかと思うのですがこれを何とかお店で使ってもらえないかなぁと…。本当に何でも良いんですけど」
「めちゃくちゃ地味なツラだよねえ。でもいいこと考えたからちょっと待っててよ」
―5分後―
パチスロ、パチスロと言われながらもオーナーがその場でメニュー表を作成してくれた。
「あ、すごい」
「こんな感じかな。まあ、いいんじゃないの。使ってあげるよ」
「おお、早速!神宮前商店街公認キャラの第一歩だ!ありがとうございます!」
「神宮前だから、神宮ってつけといたわ」
「(一気に地方のお土産センター感が増したッ!)」
商店街にあつたSUNがついに登場した!
だがまだ満足してはいけない。
これだけではまだまだパンチ力がない。キャラクターとコラボしたメニューが必要だ。そう、名物料理、名物メニューが!
店長の酒が更に進み正しい判断が出来ないチャンスに一気に畳み掛ける!
「店長、これはものすごい儲け話なんですが、あつたSUN串揚げみたいなの作るってのはどうですかね。キャラビジネスです。ほんとに簡単なやつで儲けます。アレの形どおりに揚げるだけで、ワーッてお客さんきますよ!」
「うーん、え?あつたSUNを?いやそりゃ、アイディアと材料ポーンと持ってきてくれたらうちでザーッと揚げるのはそりゃやってあげるけど、アレの形そう簡単に出来んでしょう?」
「出来ますよ!!ちょっとだけお時間ください、これからバーッと考えて、必ず案と材料をダーッと持って来ますので!ガーッとアレを作りましょうよ!」
「いやいやいやァ、やるんだったらガンガンやりましょうよぉ!ジャンジャン揚げますよォ!ヨシキタア!ヨシキタア!」
擬音だらけの勢いだけの会話ながらもトントン拍子で話は進み、また、終盤の店長の異様なやる気に若干の怖さを感じつつ、僕は妻に相談した。
「あつたSUNっていうキャラを串揚げで作りたいのだけど」
「冷蔵庫に魚肉ソーセージとたまねぎがあるね」
「それでチャチャッとなんか考えてよ」
という様な淡白なやり取りをした数分後。
こうしてものの5分であつたSUN串揚げのアイディアは完成したのであった。
―1週間後―
「店長、設計図を持ってきました。CADにしたかったんですが時間無くてラフ図ですいませんなんですが、構想1週間、色々考えた挙句、コスト、材料の入手性、その他諸々を色んな人に聞きました。これで何とかひとつあつたSUN串揚げをば!ひとつ!」
「おやあ!いっやあ、これは天才あらわる!ヤバいっすね!よっしゃー、やってみましょう!」
「(怒られるかと思った)」
「あのう、魚肉ソーセージとタマネギには何か意味が?」
「魚肉の様にお手軽に買える庶民的な商店街を目指し、えっと、タマネギのようにすげえ、アノ、、栄養のある商店街にしたいという意味も込めてます」
「・・・・へえ~?」
あつたSUNを用いたオリジナルメニューが今誕生しようとしている。
商店街を活気付ける人気キャラ。そのオリジナルメニューがあればもっと認知されていくだろう。そしてその人気キャラと一緒にこの商店街がもっと知られていけば僕はとても嬉しい。
それが今、目の前で揚げられようとしている。
「出来ましたーーーーー!!!!」
「ヨシャ!」
「店長。設計図のほう見ていただけましたかね。ちょっとフォルム面に異常アリなんですが。なんつーか、プレデターSUNになってるような気が…」
「あーーー!ああ!いかーん!ごめんなさいごめんなさい!ちょっとよく見てなかった」
「目がついてなかったわけですね!!」
「店長ォーーーー…!」
死ぬほどベタな展開が目の前で起こったがシコミでないことはどうか信じてもらいたい。
酒が入った人間同士で作業すると意外と難しいあつたSUNのフォルム。だが試行錯誤の末にそれらしいものがようやく誕生した。
「これっすかね?」
「うーん(もういいッ、これが今日の限界だッ・・・・)」
いざ、揚げるサンッ!!
揚がったサン!!!!
出来たサン・・・。
「(ベジータSUNじゃん)」
しかし眺めていると段々愛着が沸いてくるから不思議である。店長の嬉しそうな笑顔を見ていると、もうこれで良いんじゃないのか。これがあつたSUN串揚げなんだ。そんな気持ちになってくるのである。
「いやあこれかわいいなぁ、売れますかね?」
「売れますよ!」
「売れますかねえ!!!??」
「絶ッ対、売れますよッ!!!!」
「夢があるなぁ〜!!」
男たちの果てなき夢は続く…。
書いた人:zukkini
四流情報サイト「ハイエナズクラブ」で会長を名乗っています。長所、特技、趣味等は一切無く、ただ性格はとても明るいです。ブログ「ぼくののうみそ・x・」、twitterアカウント→@bokunonoumiso