みなさんこんにちは! ライターの瀬谷(せや)です。
私はふだん鎌倉で「doyoubi」というマフィン屋を営んでいます。マフィンの主役は、野菜。旬の野菜で、その時期にしか味わえないマフィンを作っています。
そうして日々野菜に触れながらも、ただ触れているだけの日々に違和感を感じてきたこの頃。
市場に並び、当たり前のように食べている野菜たちには、きっと ”当たり前じゃない” 背景があるはず。実際に産地を訪れ、体験した物語と野菜のおいしさを、記事とマフィンで伝えていきたい。そんな思いでこの連載が始まりました。
☆マフィンのプレゼント企画もあります! ぜひ最後までご覧くださいね
連載の第1回は、誰にとっても身近な野菜「トマト」。私の店でも夏はいろんなトマトのマフィンを焼いています。
そんなトマトを育てる農家さんが、今回の主役。訪ねたのは、三重県多気町(たきちょう)でトマトを育てている農家「ポモナファーム」さんです。
ポモナファームは個性的です。その個性とは大きく3つ。
ふつう、トマトの収穫時期は夏。でもポモナファームでは、トマトの生育にちょうどいい温度や湿度を管理することで1年中トマトを収穫しています。
さらに、作るトマトの内容もユニーク。生食向きや加熱向きなど、用途によって違う糖度のトマトを作ったり、最近は「GABA」(アミノ酸の一種)を含んだ機能性表示食品のトマトを作ったりと自由自在です。
そして驚くべきなのが、その育て方。水も土も通常の10分の1ほどしか使わず、その代わりに「湿度」で育てる「モイスカルチャー(moisture+culture の造語)」という独自の農法を実践しているんです。
そんなユニークな農法が生まれた経緯をたずねて、今回は「ポモナファーム」代表の豊永翔平さんにお話を聞きました!
左:豊永さん / 右:瀬谷
話を聞いた人:豊永翔平さん
1989年愛知県生まれ。早稲田大学考古学研究室で、カンボジアの遺跡発掘や景観・文化保存の活動に携わる。その際、アジア各国で目にした文化遺産の周りで起こる環境破壊、産業の欠如から起こる若者の都市部一極集中に疑問を覚え、地域の基盤産業を作るべく、環境保全と両立する農業を志す。
2016年にCultivera LLCを設立。独自特許技術の「モイスカルチャー」を軸に様々な農業技術の研究開発を行いながら、三重県多気町にて農業法人ポモナファームの運営を行っている。https://pomonafarm.jp/
トマトが「夏に採れない」って、知ってましたか?
ジモコロ編集長の友光だんごさん(写真右)も一緒にお話を聞きました
「今日はよろしくお願いします。元々ポモナファームさんを知ったのは、友人から『ユニークなトマト農家さんがいるよ』って教えてもらったのがきっかけで。調べてみたらあまりにユニークだったので驚きました。どうしてこんな育て方をしてるんですか?」
「突然ですが、トマトが夏に採れなくなってきていることを知ってましたか」
「え……? 知らなかったです。トマトといえば夏野菜の代表だと思っていました」
「ご存知のように、今って夏が暑すぎますよね。ひと昔前は30度以上なら猛暑だと言われていたのに、今は35度以上が当たり前。そしてトマトを始め多くの植物が35度以上を超えると花粉が損傷したりして、うまく着果しなくなります。つまり生殖機能が鈍化したり、最悪のケースでは停止してしまうことも」
「今の日本の夏は、もはやトマトが育たない……」
「確かに私が店をやっている鎌倉でも、6月頃までは市場にトマトがたくさん並んでいたけれど、夏に入ってからはだいぶ減ったような。代わりに東北のトマトをよく見かける気がします」
「そうなんです。今、真夏に出回っているトマトのほとんどは、東北や北海道のものだと思います。本州以南のトマトは全部、6月くらいまでには収穫が終わっています」
「だから実はトマトって、もはや『夏野菜』じゃないんですよ」
「!!!!」
「トマトだけじゃなく、インゲンもナスもピーマンもそう。夏野菜だと思われているものは、今や夏にとれない。春のうちに収穫が終わってしまうものがほとんどなんです」
「……な、なるほど。いきなり衝撃的なお話で動揺してます(笑)。とするとこれからの日本の農業ってどうなってしまうんでしょうか」
「暗いお話ばかりになってしまって申し訳ないですが(笑)。リアルな話、気温の変化だけじゃなく、水不足や土不足も日本を含め世界的に深刻な状況です。このままいくと2060年には、農業に適した土地は10%以下になるとも言われています」
「水不足は気候変動によるものなのかなと想像がつくのですが……土不足はなにが原因なんですか?」
「実は、土を傷める原因は『農業』そのものだと言われているんです。農業用地にするために、肥料や農薬を散布した土地は本来の生態系のバランスが狂ってしまう。農作物を育てることで、耕地を傷めてしまうという悪循環があるんですね」
「化学肥料を使い続けることで土の力が弱まってしまうという話は、以前、岐阜の牛農家さんからも聞いたことがあります」
「気候変動に水不足、土不足。このままいくと農業の未来は絶望的です。今まで通りのやり方ではとても続けられない。だから僕たちは農業危機に立ち向かう新しい農法を始めたんです」
世界を平和にしたい。だから農業を始めた
「ポモナファームがある三重県多気町は、北緯34度32分線。これは、かつて世界四大文明が存在した、『レイライン(太陽の道)』と呼ばれる緯度のエリア。つまり、いわば『食の一大生産地』なんですね」
「世界四大文明ってメソポタミア、エジプト、インダス、中国ですよね。4つが同じ緯度上に存在したって話、聞いたことがあります! 」
「かつて北緯34度32分線は、農業にとても適した気候だった。だからこそ、そのエリアで人口が増え、文明が栄えたわけですね。けれど逆に今は、世界の中で最も気候変動の影響を受けやすい場所だと言われているんです」
「つまり、年々農業がしづらくなっているということですか?」
「そうです。しかもこの辺りは盆地なので、夏は40度以上になり、冬は瞬間マイナス15度くらいになることも。農業にはかなり厳しいエリアです。逆に言うと、ここでトマトが育てられれば、数十年後の地球環境や、気候の厳しい土地にも対応できるようになるんじゃないかと」
「なるほど。それであえて、この三重の多気町を」
「はい。自分たちの農業に可能性があることを証明するために、あえて日本で一番難しいとも言えるこの場所で、トマトを作ることにしました」
「そもそも豊永さんは、なぜトマト作りを?」
「平たく言えば、世界を平和にしたかったからです」
「(壮大な答えに一瞬固まる)……というと?」
「元々、僕は大学で考古学を研究していました。きっかけは同時多発テロです。当時、僕は小学6年生だったんですが、ニュースを見て『なぜ人って争い合うんだろう』と不思議に思ったんです」
「僕は豊永さんと同学年ですが、9.11は生まれて初めてリアルタイムで体験した『戦争』でしたね……」
「分断が起きてしまう世界で、人がお互いを理解しあえる方法ってなんだろうと。そう考えたときに、共通の『美しいと思うもの』を世界に残して置くことが大事なんじゃないかと思って。世界各国にある遺産を残していくために、考古学の研究に入りました」
「そこから、農業に?」
「はい。世界遺産保護のために必要なのは『土壌』なんですね。今、各地で地盤沈下が起きて、遺産が崩壊しはじめている深刻な問題があるんですが、元凶のひとつが農業だと言われています。農業用水や生活用水として、とてつもない水源が使われていることが、地盤沈下の一因なんです」
「我々の暮らしのための農業が、世界遺産を失うことにも繋がっている……!」
「だから文明を守るためには、まずは食の生産システムを変えていかないとならない。そのためには考古学だけじゃ太刀打ちできないと思って、農業を始めたわけです」
水はいずれ足りなくなる。それなら「湿度」で育てよう
「世界平和のために遺産を守ることが念頭にあったんですね。そして農業を始めた……。動機が壮大すぎて、なんだか恐れ入ります。そこから『モイスカルチャー』に行き着いたのはどんな経緯ですか?」
「そもそも農業というのは、土壌と水源がなければ作物は育たないという観念のもとで成立してきたんですね。でも、世界のどこにでも平等に水と土壌があるわけではないから、それゆえ土地ごとに生産の格差が生まれている。そうやって所有の概念に支配されていることは全然前向きじゃないなと思ったんです」
「たしかに」
「水には限りがあるから、少ない水でも成立する農業の形はないか?と。そこで考えたのが、湿度で育てる『モイスカルチャー』という農法です」
「モイスカルチャーについて、詳しく聞きたいと思っていました。湿度で育てるというのがうまくイメージできなくて」
「モイスカルチャーとは、すごく簡単に言うと、トマトの根っこに水ではなく湿気を吸い込ませる仕組みです。まずは実際に見てもらうのがいいですかね。こちらです」
トマトの根っこをぺりっとめくると、土の層は薄くて根がびっしり
「あれ、土が意外と少ないですね!」
「そうなんです。この、厚さ5mmほどの薄いシートのようなものが根っこの全体像。従来のトマトでいう『土の部分』です。ここに細かい根っこがたくさん張り巡らされているのがわかりますか?」
「はい。普通の根よりも細かいし、密度も高いような」
「この綿毛状の根を『湿気中根(しっきちゅうこん)』といって、私たちはこれを育てる技術で特許をとっています。見ての通り綿毛のように細かいので、普通の根よりも表面積が大きくなる。すると効率よく湿気から水分を吸収できるので、通常の10分の1程度の水分量でもトマトが育つんです」
土の層は、特殊な繊維でできた層に挟まれている
「この層に水分を染み込ませて、そこから気化した湿気が根に届くことでトマトを育てるのが、モイスカルチャーの仕組み。ここまでを図にしたのがこちらです」
「この『土の層』に浸透させた湿気を、プログラミングによってコントロールすることで、少ない水分でも、根っこ全体に行き渡らせることができるんですね。実際はこんなに薄い層なのに、トマトにとっては ”深さ15cmの土の中に根っこがある” ような状態が技術で再現できています」
「すごい……」
「そして、この湿気中根が作れたことで、最低限の水と土で、季節を問わず1年中、質のいいトマトを作る農法が確立されました」
「すごすぎてよくわからなくなってきましたが、すごいことはわかりました」
「まあ、なんとなく理解いただければ大丈夫です(笑)。でも、このモイスカルチャーのすごいところは、実は他にもあるんです」
農家が一生のうちに経験できるトマト栽培は、たった80回だけど……
「ここにある4つのビニールハウスで、いまは同じ品種のトマトを、生育サイクルをずらして栽培しています」
「生育サイクルをずらす?」
「日本における一般的な農業のサイクルは、10月に苗を植える一毛作か、3月末と8月末に苗を植える二毛作なんですね。でも、そうすると例えば40年農業をやっていても収穫を経験できるのが80回。経験を積むのはなかなか難しいじゃないですか」
「たしかに。でも、それが自然のサイクルですもんね」
「ただし、モイスカルチャーでは細かく栽培環境をコントロールできます。なので、生育サイクルを人工的にずらすなんてことも可能なんですよ」
「ということは、ポモナファームさんでの収穫サイクルはどんな感じなんでしょうか?」
「全部で年間に15回くらい、収穫サイクルを回している計算ですね」
「年間に15回!!!」
「なので僕は研究の時期も含めると、たぶん今までに200回はトマトの収穫を経験してきました」
「すごい。もう、トマトの仙人みたいですね。年間で15回の経験が詰めれば、その分知見も溜まるから、技術のブラッシュアップにも繋がっているということでしょうか」
「はい。それに若手の育成にも繋がります」
「そうか、早く経験を積める……!」
「農家の課題のひとつが、定植から栽培までの流れを年に1〜2回しか経験できないので、若手の技術の育成に時間がかかることなんですね。おいしいトマトを作れるようになるまでに、一般的には10〜12年の経験が必要だと言われています。
でも、経験値で言えばそれを半年から1年くらいにギュッと縮められる。それは人材育成の面でもすごく大きなことです」
どんなに技術が進んでも、一番大事なのは「人の手」
「すみません、失礼を承知の上で質問なんですが……それでもやっぱり人の育成が大事なんですか? 湿度をプログラミングでコントロールするお話を聞いていると、ある程度、機械の力で育てられる部分が増えてきているのかなと感じてしまって」
「誤解されがちなんですが、そこはやっぱり違うんですよ。たとえばこのハウス内には、トマトにとって適切な水分量を維持するために湿度を管理するセンサーが搭載されているんですけど、この広さでもセンサーは1箇所しか入れられていないんです」
「じゃあ、あとは人の目で管理を?」
「はい。センサーをもっと増やせばくまなく目が配れますが、それだと費用的に見合わなくなってくる。それに、センサーの技術もまだそこまで発達していません。
だから最終的には、日々トマトを見守る人の目が必要。ひとつひとつの葉の裏まで確認して、水分が行き渡っているかトマトを見てあげることで、この空間の湿度を一定に調整していく。それは人間にしかできない部分です」
「なるほど。こんなに機械化されているように見えても、自動的に育ってくれる、というわけにはいかないんですね」
「トマトだって生き物ですから。たとえば1000人の赤ちゃんをAIが育てたとしても、20歳になるまでに皆が身長180cm、東大に合格できるようにすることなんて無理ですよね?」
「たしかに(笑)。人間と同じで、トマトにも個性がありますもんね」
「そんな意味で、農業は確実に人の手が残る産業なんです。だからこそ、ファームマネージャークラスの農業人材を育てていくことも、技術の進歩と同じくらい大事なことなんですよ」
「こうやってお話を聞いていたら、ポモナファームさんにすごく親近感が湧きました。
ごめんなさい、失礼なお話だとは思うんですが……最初にモイスカルチャーのお話を聞いたとき、今までイメージしていた『農業』とは形が違ったので、正直なところ少し遠くに感じていたんです」
「僕らも始めて6年目になりますが、いまだに偏見の目で見られることはあります。『土と水で作られていないトマトなんて』とか『機械が作ったトマトだ』と言われることも。でも、もちろんそんなことはなくて、こうして日々人の手がかけられています」
「いわゆる『アグリテック』な話ってSF的な全自動の世界をイメージしちゃうんですけど、それこそ先入観だったんだなと気づきました」
「僕は、シンプルに土と水で作る農家さんも、僕らのような農家も、どちらもいることがいいと思っているんです。どちらが正しいとかではなくて、どちらもある多様性が農業には必要だと」
「昔ながらの農業も、新しい技術を活かした農業も、どちらも必要」
「むしろ争ったり非難したりするよりは、目の前にある気候変動と農業危機の問題に向き合うべきだと思う。だから課題解決のために自分たちができることをやっていきたい。そんなスタンスです」
「本当に、その通りですね。いろんな形があるけれど、大事なのは手段の奥にある気持ちの部分だなと」
「僕たちは自分たちのできることとして、どんどん新しいことにチャレンジしていく。その一つが、今は『海水農業』ですね」