ジモコロライターのくいしんです!
ちょいちょいちょい……。
いきなりビールをいただきます。
知ってますか、名古屋の味仙(みせん)。
台湾ラーメンの発祥としても知られ、「大ファンなんです!」という声は数しれず。
ツアーで名古屋に来ると必ず立ち寄ると公言しているバンドマンも多く、多くの名古屋民・愛知民に愛されています。
そんな味仙に対して、たまに耳にするのがこんな声。
「味仙って、店舗によって、味もメニューも全然違うんですよ!!!!」
これです。
「なんで味仙ってお店ごとに味もメニューも違うの?」
調べてみると、
・創業者は5兄弟の長男
・経営は、5兄弟やその家族がそれぞれ行っている
・ゆえに、それぞれの個性はそのままに、“5系統”の味仙がある
ということらしい。
何それ。
ゴレンジャーみたいな!?
スーパー戦隊ものってこと!?
というわけで、味仙の創業者・郭明優(かく めいゆう)さんの妻、美英(みえい)さんに、今池本店でお話を聞いてきました。
創業者・郭明優さんの妻、美英さん。創業間もない頃から、明優さんの隣で味仙を支えてきた
するとわかったのは、
「最初は両親から明優さんが引き継いだ小さなお店だった」
「深夜営業で他と差別化し、人気店になった」
「当時は珍しかった台湾料理店として差別化し、さらに人気に」
「台湾ラーメンは、台湾にはない」
「外部の経営者を入れない徹底された家族経営」
といった、これまであまり表で語られてこなかった味仙の歴史と、「小さなことをコツコツと積み上げていく」という経営に対するこだわりでした。
(※取材は2023年2月に行いました その後3月28日に郭明優さんが亡くなりました 82歳でした 心よりお悔やみ申し上げます)
創業当初は夕方4時から午前4時まで営業
くいしん「美英さん、今日はよろしくお願いします!」
郭美英さん「よろしくお願いしますね」
くいしん「今日は味仙の歴史だったり、経営のこだわりだったり。いろいろお聞きしたいと思っています。味仙という名前をつくったのは、創業者である明優さんですよね?」
郭美英さん「はい、そうです」
くいしん「矢場味仙の公式サイトを見たんですけど、味仙は5兄弟でやっているとか?」
郭美英さん「そうなんです」
くいしん「明優さんと美英さんのお子さんも味仙に関わってるんですか?」
郭美英さん「今は、子どもたちもやってますよ。経理だったり、いろいろ手伝ってくれてます。兄弟の子どもたちは、よく交流しているみたいです。それぞれのお店に行ったりね」
くいしん「そうなんですね! 創業から順番に話を聞かせてください。明優さんが味仙を創業したとのことですが、そもそもはご両親がお店を?」
郭美英さん「そう。最初は、万福という名前で、その後、大和食堂になりました。小さな中華料理の食堂みたいなお店をやっていたんです」
くいしん「その後、この今池本店があるエリアで、最初の味仙ができるわけですね。美英さんと明優さんが出会ったのは、お店ができたあとですか?」
郭美英さん「この今池のお店ができたのが昭和37年かな。私が手伝うようになったのは、昭和41年。最初からずっと家族経営なんです。木造の2階建てで、小さなお店でした。1階がお店、2階が自宅」
くいしん「当時から人気のお店だったんですか?」
郭美英さん「当時はもう、本当に大変でしたよ。夕方4時から午前の4時まで営業してました」
くいしん「朝4時まで!?!?」
郭美英さん「そう」
くいしん「それは大変だ…」
郭美英さん「子どもが生まれてからは、4時にお店が終わって片付けて、幼稚園行かせて。だから、寝る時間がほとんどなかったです。16時オープンだけど、だいたい14時から仕込みがありますから」
くいしん「今池は今では栄えた街ですが、当時は、近所の人たちが来てくれるお店だったわけですか?」
郭美英さん「その頃は高度経済成長期でした。当時は、栄のほうが早くお店が終わってしまって、そのあと、今池にお客さんが流れてくるんです」
くいしん「仕事終わりに、おいしいご飯を食べられるお店だったんですね」
郭美英さん「タクシーの運転手の方とかね」
くいしん「当時、朝4時までやっているお店というのはかなり珍しかったんですか?」
郭美英さん「そうですね。なかったんじゃないかなあ。そもそも、今池も、今よりもお店が少なかったんです。まだ市電が走ってましたもんね」
台湾ラーメンは、台湾にはない!?
くいしん「やっぱり初期の味仙は、台湾ラーメンが人気に火をつけたわけですか?」
郭美英さん「台湾ラーメンが人気になったのもあるでしょうけど。料理はだいたい100種類近くあって、他の料理もお客さんたちに好かれてますね」
くいしん「なるほど」
郭美英さん「台湾ラーメンだけだったら、ラーメン屋さんになっちゃいますから。珍しい料理もいっぱいある、ということで人気になったんじゃないかと」
くいしん「そうなんですね。これだけの品揃えのある台湾料理店は、当時はかなり珍しかった?」
郭美英さん「昔はなかったし、ほとんど台湾料理のお店がなかったんじゃないですかね。今は、ベトナム料理、多国籍料理、っていろいろとあるじゃないですか」
くいしん「はいはい、いろんな国の料理店が」
郭美英さん「その時は中華料理というのが、一般的で。台湾の料理は一般的にあまり知られてなかった。とは言っても、地道にコツコツやっていたら、知らん間に広がったという感じです(笑)」
くいしん「味仙のような台湾ラーメンは、台湾にもあるんですか?」
郭美英さん「ないんですよ」
くいしん「味仙オリジナル?」
郭美英さん「そうですね。当時、台湾の台南で、ご当地ラーメンとして担仔麺(タンツーメン)が人気だったんです。それを参考にして、日本に帰ってきてからいろいろ研究して、唐辛子やニンニクを入れてできあがったのが、今の台湾ラーメン」
くいしん「なるほどなあ〜! 研究開発の結晶だ」
郭美英さん「最初からあったわけじゃなくて、あとから開発したんです」
味仙グループとしてのルールはない!?
くいしん「そこから徐々に拡大されたかと思うのですが、明優さんの次に始められたのは…」
郭美英さん「郭茂蔵(かくしげぞう)さん」
くいしん「次男の茂蔵さんが味仙を出すときには、明優さんと茂蔵さんの間で、どんな話があったんですか?」
郭美英さん「自然な流れなんです。のれん分けやチェーン店じゃなくて、各兄弟がそれぞれ独立して、店舗を出してるんです。最初はみんな、ここで修行して、独立して、各店舗を出していきました」
くいしん「そういうことなんですね。ご兄弟以外に経営を任せるのはNGってとある記事に書いてあったのですが、そうなんですか?」
郭美英さん「今のところは、そうですね」
くいしん「味仙グループ全体としての経営方針だったり、ルールってあるんですか?」
郭美英さん「ある程度はあるけども、あんまりないですね」
くいしん「『台湾ラーメンは絶対に出さなきゃダメ!』とか」
郭美英さん「それはないですね」
くいしん「厳格なルールや取り決めがあるわけじゃないんですねえ」
郭美英さん「もう、それぞれでいいの。独立してるから、自由でいいんです。これはダメ、あれがダメ、というのはないんです」
くいしん「うんうん。とにかく『独立している』ってことなんですね。5兄弟がやっているお店それぞれに特徴があって、人気もありますよね。どこの店舗に行っても、すごく繁盛しているイメージがあります」
郭美英さん「みんな、お店は忙しいですね。みんなそれぞれがんばってますよ」
一生懸命やっていたら、自然と全国区に
くいしん「60年近く味仙をやってこられたわけですけど。5兄弟が独立してお店をつくって、店舗数がどんどん増えていって、全国的にも名前が売れて」
郭美英さん「うれしいことですよね。自然にそうなったんでしょう。一生懸命やっていたら、自然にそうなりました」
くいしん「もちろん中華のチェーンというのは世の中にありますけど、こういう形で地域に密着してやってるお店は、なかなかないですよね」
郭美英さん「ホントに、名古屋の人たちにはすごく愛されていて。ありがたいですね」
くいしん「5兄弟のお店がそれぞれに、独自の味で勝負し続けているという」
郭美英さん「そうそう。みんな、各店舗で仕込みをしてつくってるから。いろんな新メニューも自由に出せるわけですし、各店舗の特徴があったほうがおもしろいでしょう」
くいしん「料理人さんそれぞれの腕だったり、こだわりだったりを、発揮できるってことですね」
郭美英さん「そうなんです。それが大切。お店ごとに、ちょっとずつ味が違いますから。自分たちそれぞれに工夫すればいいんです。いろんな店舗に行って、食べ比べしてくれるお客さんも結構たくさんいます」
「おいしかった」「ありがとう」が一番うれしい
くいしん「いやあ、本当にすごいですよね。家族経営で、こんなに拡大されていて」
郭美英さん「全然すごいと思わないですよ(笑)。ただただ小さなことを積み上げてきただけ」
くいしん「ただただ50年、60年と積み上げてきたわけですね」
郭美英さん「そうですね。はい」
くいしん「一番大変だったことってなんですか? あの頃がすごく大変だった、とか」
郭美英さん「ずっと大変でした」
くいしん「楽だったときなんかないんですね」
郭美英さん「店を維持していくのがもう、大変。評判を落とさないようにやっていくのは、最初も、今でも、ずっと大変です」
くいしん「ずっと大変…」
郭美英さん「気を抜くことはないですね。はい」
くいしん「味仙を何十年もやってきて、楽しかったこと・うれしかったことってなんですか?」
郭美英さん「帰りに『おいしかった』『ありがとう』って言ってもらえるのが、一番うれしいわね」
くいしん「シンプルだけど、60年近く積み重なった『おいしかった』と『ありがとう』はすさまじい重みがありますね…。今日はありがとうございました!」
おわりに
「一番大変だった時期とかありますか?」
「ずっと大変でした」
美英さんは、笑顔でそう語ってくれました。
評判を落とさないために、小さなことでも一生懸命に行い、コツコツとおいしい台湾料理をつくり続けてきたその姿勢と言葉が、今も開店したらすぐにほとんど満席になってしまうような大人気店であり続ける味仙の秘密なんだと思います。
僕も、名古屋に行くたびに味仙を食べ続けようと思います。
お話を聞いたあとにいただいた今池本店の台湾料理、おいしかったです!
ごちそうさまでした!
撮影:fujico