おはようございます。ライターの鬼頭佳代です。
突然ですが、私は朝ごはんが大好きです。
旅先の朝、少し余裕のある週末の朝、午前にいつもと違う場所へでかける予定がある朝、昼前に開演する舞台を観る日の朝、そして仕事前に一息つきたい平日の朝……。
チャンスがあれば、朝ごはんが食べられるお店をついつい探してしまいます。
カメラロールには、朝ごはんの記録がたくさん(筆者撮影)
私が育った愛知県は、朝、喫茶店でドリンクを頼むと、無料でトーストや卵がついてくる「モーニングサービス」が浸透した地域。さらに、追加料金でさらに豪華な食事をつけられる「モーニングセット」と合わせて、広く「モーニング」と呼ばれています。
朝から幸せな時間を過ごせる、モーニング文化には大感謝。しかし、そんな大好きなモーニングがどんな歴史をたどってきたのかは案外知りません。
メニューそのものではなく、コーヒーを頼むと食べものがついてくる、というシステムそのものがご当地グルメになっているのもなんとも摩訶不思議……。
そこで今回は、名古屋の食・文化の魅力を発信するライターの大竹敏之さんに、数々の疑問を投げかけてみました。
話を聞いた人:大竹敏之(おおたけ・としゆき)さん
名古屋在住のフリーライター。なごやめし普及促進協議会アドバイザー。『名古屋の酒場』『名古屋の喫茶店』『東海の和菓子名店』などYahoo!ニュースに「大竹敏之のでら名古屋通信」を配信中。最新刊として、『間違いだらけの名古屋めし』を上梓。名古屋の食・文化の魅力を発信しつづけている。
朝の喫茶店取材。まずはモーニングを頼みましょう
「おはようございます! モーニングの取材ということで、朝から素敵な喫茶店につれてきていただき、ありがとうございます」
この朝の取材場所は名古屋・久屋大通にある「コーヒー エーデルワイス」。写真右側に写る「名古屋テレビ塔(現在の名称は中部電力 MIRAI TOWER)」開業と同じ1954年6月20日にオープンしたお店だ
「こちらこそ、よろしくお願いします。まずは、注文しましょうか。今日は小倉トーストにしようかな」
「私はベーシックに……。トーストでお願いします。大竹さんは、すでに30年以上、名古屋を拠点に取材をしていらっしゃいますよね。喫茶店のご著書も多いですよね」
「そうですね。26歳でフリーライターになったので。名古屋は、グルメ取材の機会が多いんです。特にネットでは、喫茶店の記事がよく読まれていたようで」
これまでに、名古屋の喫茶店を200軒以上取材してきたという大竹さん。エーデルワイスでも採用されている一段高いスペースを設ける「中ニ階」構造は、ある一時期にこぞって建てられたデザインだそう
「2010年に、『名古屋の喫茶店』という本を書くことになりました。本にまとめるなら、お店紹介を超えた深い分析をしてみたい。それで、地域の歴史や産業、精神性など含めた『名古屋の食文化』まで深く踏み込むようになっていきました」
愛知県内にある2つのモーニング発祥地説とは?
お話をしている間に、コーヒーとトーストが到着
「ああ、この雰囲気がもういいですね……。名古屋の喫茶店といえば、やはりモーニングを思い浮かべる人も多いと思います。でも、実は名古屋って『モーニング発祥地』とは名乗っていないですよね?」
「そうですね。モーニングの発祥地には諸説ありますが、愛知県には、北部の尾張地方・一宮市と、南東部の三河地方・豊橋市が発祥地という2つの説があります」
「それぞれ、どういう説なんですか? 一宮は私の出身地で、モーニング文化の普及にかなり力を入れているのは知っているのですが……」
「では、まず一宮の話からしましょうか。昭和30年代前半は、喫茶店がどんどん増えていった時代です。同じ頃、一宮市の繊維産業も最盛期で、『ガチャマン景気』なんていう言葉もありました」
「機織り機を一度ガチャンと鳴らすと、万(マン)のお金が儲かる……。一宮の毛織物産業の景気が非常によかった時代を指す言葉だと、子どもの頃に習った気がします」
愛知県一宮市にある豊島記念資料館内に展示されている豊田式織機(筆者撮影)
繊維産業の機械を適切に動かすために、光をバランスよく取り入れられる「のこぎり屋根」の建物が採用された。最盛期、一宮市内には8000棟を超える「のこぎり屋根工場」があり、現在も2000棟が残るとも言われている(筆者撮影)
「工場内は機械音が鳴り響いていて、会話はしづらい。そこで、喫茶店を商談の場として使うようになっていきました。そういう馴染みの常連さん向けに、喫茶店がピーナッツとゆで卵をサービスしたのが、モーニングのスタートだと言われているんです」
「たしかに、すごい音がしそうですね……。そのサービスを始めたのはどんなお店だったんですか?」
「一宮モーニング協議会の調査によると、本町にあった『三楽』という喫茶室が昭和31年に始めたのではないか、と言われています。残念ながら、今はすでに残っていないお店なのですが」
「本町は一宮駅前の中心エリアなので、名古屋の会社の方も来やすかったのかもしれませんね。一方、豊橋市は正反対の愛知県南東部に位置します。こちらでは、どんな流れでモーニングが生まれたんでしょうか?」
「豊橋は駅のすぐそばに飲み屋街が広がっています。そのスナックやキャバレーなどで働く従業員さんたちのために、夜勤明けの朝ごはんとしてコーヒーとトーストを出していたんです。これも昭和30年代の話ですね」
「全く違う背景……! こちらも発祥のお店は……?」
「僕が調べた限り、豊橋では『仔馬』というお店が最初にモーニングを始めたようです。残念ながら、こちらもすでに残っていません。多店舗展開されていたことを考えると、経営がかなりお上手なマスターだったのかもしれませんね」
「どちらのお店も残っていないのは残念ですね……。いずれも駅前エリアに発祥とされるお店があったのですね」
「もともと喫茶店は都市型の商売ですから。その後は、どんどん郊外に広まって、形も変わっていきます。農業が盛んな豊橋では、農家さんが朝の作業を一段落つけた後にボリュームのある朝ごはんを食べたいというニーズが出てきたり」
「それぞれの土地の事情や産業に合わせて、自然に発展をしていったんですね……! 実は中心部よりも、郊外店では『もはやモーニングなの?』と聞きたくなるような豪華なセットが出てきて、びっくりすることがありますが、あれは……?」
「郊外にあるお店は、広い地域からお客さんを集めないといけないですからね。すでに喫茶店がたくさんある地域の中で、わざわざ来てもらえる店にする……という意味でも、サービス合戦でどんどん豪華になっていきました」
モーニングを広めたのは全国展開するあの喫茶店?
「一宮、豊橋の2つとも面白い説ですね。その後、名古屋、そして全国へはどうやって広まっていったのでしょうか?」
「名古屋市の丸の内エリアには、日本三大繊維問屋街の一つ『長者町繊維街』があります。一宮の繊維会社の人は名古屋へ商品を卸すために、このエリアに来る。それで、休憩や商談で喫茶店に入るわけです」
現在の長者町繊維街。大きな看板が印象的
「そうなると、一宮のモーニングを知っている人がお客さんになる。その喫茶店でも、やはり『一宮の喫茶店だったら、コーヒー以外にもついてくるのに』という話をする。それで、長者町でもモーニング文化が広がっていったのではないか……と私は考えています」
「なるほど」
「実際に、名古屋の喫茶店の中でも長者町エリアは比較的早い時期にモーニングが始まったという話が残っていて」
「そんなモーニングサービスを全国に広めたのはやはり……?」
「コメダ珈琲店です。モーニングサービスという強みに目をつけて、うまく標準化をしたのが経営手腕ですよね。コメダがモーニングの存在を広めてくれたのもあって、どんどん全国的にも市民権を得ていきました」
1990年代からフランチャイズ展開をはじめ、今では北海道から沖縄まで展開している「珈琲所コメダ珈琲店」。写真は、2007年に東京23区で最初にオープンした大田区の下丸子店。名古屋の人にとって、コメダ珈琲店は幅広いTPOに応えてくれる、気取らない喫茶店の一つだそう。名古屋駅地下街・エスカ店には観光客の行列ができていることも
「また、2005年に行われた愛・地球博以降に起きた『名古屋めしブーム』で、名古屋の食文化自体が観光資源として捉えられるようになったのも、大きいと思います」
「今やすっかり『名古屋めし』として、観光客の訪問先にもなりましたね。モーニングは、他の『名古屋めし』と食べる時間帯がかぶらないのもよかったのかなと思っています」
「隙間にハマったというか。モーニングなら、夜行バスでついた早朝でも食べられますしね。せっかく来たんだから、少しでも地元のものを食べたいというのは自然な気持ちですから。どんどんポジションが高まっている感じにありますね」
サービス内容は、なぜトースト・卵・ピーナッツ?
「先ほど、一宮ではピーナッツとゆで卵がおまけしたのが由来だと聞きました。コメダもコーヒーにピーナッツをつけます。なぜ、ピーナッツと卵だったのでしょうか?」
ドリンクを頼むと小袋の豆菓子がついてくる文化は、一宮市内の喫茶店でも健在。ちなみに、一宮のモーニングは開店が早い傾向があり、なかには朝5時から営業しているお店も(筆者撮影)
「ピーナッツは、豆屋さんの『ヨコイピーナツ』が昭和30年代に次々にオープンした喫茶店に売り込んだのがきっかけで広まりました。卵は土地柄ですかね。一宮市を含め、愛知県は全体的に養鶏が盛んな地域。地元の食材として手に入れやすかったんでしょう」
「なるほど……。では、トーストは?」
「名古屋にはいい業務用パンメーカーもたくさんあります。例えば、東海3県の喫茶店の約半分にパンを卸している『本間製パン』の創業者はホテル出身。保存料を減らし、当然味にもこだわったプロ仕様のパンです」
「喫茶店のトーストがおいしいのは、朝に気持ちの余裕があるからだけじゃなくて、本当においしいパンだから、なんですね……!」
「消費期限が短いパンで添加物を減らせるのは、新鮮なパンを即座に直接届けられる配送システムをメーカー自身がもっているからです。現場の消費量が把握できるからこその技ですね」
名古屋の喫茶店の中には、看板に「本間パン」の販売を掲げるお店も(筆者撮影)
「これが成立するのも、名古屋が絶妙な経済規模の都市だからです。広すぎると独自配送はできないし、狭すぎると商売そのものが成立しませんから」
「これは、コーヒー豆の焙煎所も同様です。関東や関西は大手企業の寡占状態です。でも、名古屋の規模なら地域の焙煎業者さんの商売が成立する。明治期に創業した松屋コーヒーさんといった老舗をはじめ、戦前創業くらいのお店もたくさん残っています。戦後の喫茶店の増加に伴って、さらに増えていきました」
「いろいろな業界と喫茶店の二人三脚で、名古屋のモーニングは成り立っているんですね」
世代交代の進む喫茶店、モーニングはどうなる?
「今、大竹さんが注目しているモーニングの動きはありますか?」
「新しい挑戦をするお店がたくさん出てきたことですね。10〜15年くらいの間に、いろいろな変化が起きています」
「急に変化が起きたのには何か理由はあるのでしょうか?」
「喫茶店のマスターたちが、観光客がモーニングに期待してくると気づいたこともありますが、やはり大きいのは2代目、3代目への代替わりです。小倉を店内で炊いたり、鉄板焼きのトーストを出したり」
SNSでも人気の「コーヒーハウス かこ 花車本店」。小倉やジャムを組み合わせた華やかなメニューを取り入れ、来店者が増加した。筆者も訪問時は映えを意識した写真を撮ってしまった(筆者撮影)
「新しい活気が生まれているんですね」
「差別化は大事ですから。豪華にするだけではなく、あえてモーニングを日替わりにするなど、コストがかかりすぎないアイデアを取り入れているお店もありますね」
「喫茶ツヅキ」では、日替わりモーニングといった手堅い差別化に取り組む一方、脚立からカフェオレを注ぐ独自のサービスも。右の写真は現在店長を務める3代目(筆者撮影)
「お店を継いだら、カンタンに儲かる……という時代ではありません。だから、頭を使って細やかな工夫をする必要がある。後継者たちが生み出す新しい魅力にはとても期待しています」
「今の時代に合わせた形で、お店もモーニングも続いていってほしいですもんね」
「事業承継といえば、名古屋の長者町にある『珈琲専門店 蘭』は、親族ではなく、隣の花屋さんのご姉妹が引き継いだ面白い事例です。ほかにも、常連さんが継ぐとかいろんな後継ぎパターンが出てくると良いですよね」
「確かに、面白いですね」
「ほかにも、独自進化する流れもあります。名古屋駅の『リヨン』さんは『一日中モーニング』を出している店ですね。そもそも、言葉として矛盾しているんですけども……(笑)」
「モーニングってなんなのか?が問われそうですよね。GWに行ったら行列ができていて、びっくりしました」
「観光客があそこまで集まるのは、面白い現象ですよね。そういえば、リヨンのマスターは『小倉トーストは俺が流行らせた』って言っていましたよ」
「1日中モーニング」の看板を掲げる「リヨン」。提供するのはプレスサンド。名古屋駅の地下街からのアクセスの良さも魅力(筆者撮影)
なぜ、こんなにモーニングが愛されるのか?
「最後に、どうしてこの地域でモーニングはこんなに愛されると思いますか?」
「私の仮説では、織田信長の時代から盛んになった『茶の湯文化』への親しみが根底にあると思っていて。この地域は江戸時代から気候にも恵まれていたので飢饉もなく、生活にゆとりがありました。武士だけではなく商人や農民もお茶で『いっぷく』を楽しんでいたと言われています」
「名古屋の人は倹約家だから、合理主義だからとかだけじゃなくてよかったです……(笑)」
「そういう部分も多少はあると思いますが、それだけじゃサービスとして続けられないですよ(笑)。お店側もこの精神性があり、おもてなしやおせっかいとして、モーニングを大切にしているんじゃないでしょうか」
「あと、名古屋の居酒屋は夜が早いとよく言われます。東海三県はどこも飲酒量が少なくて、アルコールの分解酵素を持っていない人も多いそうです。二日酔いになるほど、飲めない」
「その分、朝ごはんを楽しみたい気持ちになるのかもしれませんね」
「あと、メーカーが多い地域なので、出勤時間は正確に決められています。朝が早いから、とりあえず起きて喫茶店に来れば朝ごはんが食べられるモーニング文化と、地場産業の相性も良かったんだと思います。ちなみに、家庭でのコーヒー消費量は意外と少ないんですよ」
「え!」
「ついでに、パンも少ないです。特に、食パンが売れないと言われていて。とはいえ、これは家庭内消費の話です。だからこそ、パンメーカーは喫茶店に売り込んだんでしょう」
「『喫茶店で出てくるから、家では買わなくてもいいか』と思うのかもしれませんね」
「この地域の人はコーヒーそのものというよりも、喫茶店という空間でゆっくりと時間を過ごすこと自体が好きなんです。1回400円ほどとはいえ、毎日のようにモーニングに来るとなると、お金はかかる。なかなか贅沢なことですよ」
「年配の方が、朝からゆっくり過ごしているのを見ると、まさに朝の喫茶店が居場所になっているのかなと思います。『朝から特別に外食する』のではなく、日常の延長線上にあるほっとする時間なんでしょうね」
「朝からそういう時間をつくるためにお金をはらって、時間をつかう。一見無駄に見えても、実はすごく豊かなことなのではないでしょうか。やはり、モーニングという『文化』を楽しんでいるんですよね」
取材・執筆:鬼頭佳代
撮影:山口タクト
編集:くいしん