日本推理作家協会……
ミステリ好きの人はもちろん、本の帯や書店のPOPなどで一度は見聞きしたことがある名称ですよね。
協会の名前を冠した賞があったり、いろいろな活動をしているようですが、『実際のところどういう組織なのか』を知らない人も多いのではないでしょうか。
一体……
・どんな活動をしてるの?
・メンバーにはどんな人がいるの?
・どうやって運営してるの?
というわけで今回は、日本推理作家協会の広報担当である作家・貫井徳郎さんにインタビューをしてきました。
▼貫井徳郎
1968年、東京都生まれ。93年『慟哭』でデビューした後、2010年『乱反射』で日本推理作家協会賞、『後悔と真実の色』で山本周五郎賞を受賞。
慟哭 (創元推理文庫) 乱反射 (朝日文庫)
日本推理作家協会って何してる組織なの?
「ミステリが好きなので日本推理作家協会という名称はよく聞きます。でも『どんな組織なのか』についてはよく知りません。一体どういった活動をなさっているのでしょう?」
「日本推理作家協会は大きく3つの活動をしています。まずひとつめは賞の運営です」
「日本推理作家協会賞と江戸川乱歩賞! どちらもミステリ好きにとっては憧れの賞ですね!」
▼日本推理作家協会賞
受賞者は横溝正史や坂口安吾、山田風太郎、松本清張など※ちなみに貫井さんも第63回を受賞されてます
▼江戸川乱歩賞
受賞者は西村京太郎や森村誠一、夏樹静子、東野圭吾など
「どちらもすごい賞だというのはわかるんですが、そのふたつって何がどう違うんですか?」
「日本推理作家協会賞は、すでにデビューしているプロ作家が発表した作品の中から選出しています。賞の名前から、ミステリ作品のみというイメージを持たれがちですが、実はSFも冒険小説もアリの、総合的なエンターテイメントの賞なんですよ」
「えー! 推理ものだけだと思ってた!」
「小松左京先生の『日本沈没』なんかも受賞されていますよ」
「確かに、ミステリ作品ではないですね」
「最近だと役所広司さん主演で映画にもなった、柚月裕子先生の『狐狼の血』が受賞しました」
孤狼の血 「孤狼の血」シリーズ (角川文庫)
「一方、江戸川乱歩賞は、一般の方から原稿を募集して、優秀な新人を世に送り出すという趣旨の賞です。江戸川乱歩賞の賞金は500万円と大金なので、賞金を目的に頑張っていただければと」
「なるほど。原稿を応募してその中から選ぶ新人賞ってことは、江戸川乱歩賞はマンガ家でいうところの手塚賞みたいなものなんですね」
「手塚賞には応募したことがないので、それはわかりませんが……」
▼日本推理作家協会賞
すでに発表されたプロ作品から選ばれる
▼江戸川乱歩賞
原稿を応募してその中から選ぶ新人賞
「日本推理作家協会の活動、ふたつめはアンソロジーの出版です」
「前年1年間に発表された作品から特に優れていた6~7本を選んで、出版社から書籍にしています」
「へぇ~! それってどこで買えるんでしょうか?」
「全国の書店で購入できます。街の書店を元気づける意味でも、書店で買っていただけるとうれしいですが、もちろんネット書店でも注文できます」
「協会の太鼓判が押された作品がまとめられてるなら、おもしろさは保証されてますね! 買ってみよっと」
ザ・ベストミステリーズ2022「日本推理作家協会の活動、3つめは会員同士の親睦です」
「し、親睦??? 賞の運営とアンソロジーの出版というのは、いかにも『日本推理作家協会の活動』って感じでしたが……親睦って何するんですか? パーティとかするの?」
「します」
「えー! ほんとにそういう意味???」
「日本推理作家協会賞・江戸川乱歩賞それぞれの贈呈式として、またコロナ以前は新年会、懇親会など年4回のパーティを開いていました。私もこのパーティで様々な作家や編集者、クリエイターの方と知り合うことができました」
「あ~、なるほど! 横の繋がりや縦の繋がりを築けるってことですか」
「その通りです。作家って孤独な自営業なので、同業や他業種の方と繋がりが持てる場って、仕事としてとっても貴重なんです」
「確かに! 僕もライターなのでよくわかります。懇親会で知り合った編集者が仕事をくれたり、同業のライターに職業上の悩みを相談したり……」
「パーティの他にも趣味の同好会がありまして、麻雀、囲碁、ソフトボール、ゴルフなどの大会を行っていました(注:コロナ前)。編集者たちが参加することもありましたね」
「編集者からすると、相手は普段『先生』と呼んでいる作家たちですから、あまり本気では戦えないんじゃないですか……?」
「いえ、ソフトボールなんかでは、協会側はどんどん高齢化していますし、逆に編集者チームは若い人が多いので、よくコテンパンにやっつけられてますよ」
「社会人なのに接待プレーしないんだ」
日本推理作家協会の歴史
「そもそも日本推理作家協会って誰が作ったんですか? 歴史について教えてください」
「日本推理作家協会の前身である、『土曜会』が発足したのは1946年です。作家・江戸川乱歩が、推理作家や愛好家たちの親睦の場として月に一回、土曜日に会合を開くようになったのが始まりです」
屋根裏の散歩者
「江戸川乱歩先生が作ったんだ! もともと作家たちの親睦の場として作られたんですね」
「そのうちに、きちんとした会をつくろうという機運が高まり、1947年に『日本探偵作家クラブ』を設立。1963年には社団法人となり、名称を『日本推理作家協会』に変更しました」
「会のトップというと誰になるんですか?」
「理事長ですね。初代理事長は江戸川乱歩、現在は作家・京極夏彦さんが代表理事を務めています」
魍魎の匣(1)【電子百鬼夜行】 (講談社文庫)
「江戸川乱歩が設立して、京極夏彦が現代表理事ってすごい組織ですね。一人で運営するのは無理なので、おそらく幹部(?)的な役割の方も何人かいらっしゃるんですよね?」
「理事ですね。基本的には会員のなかから、選挙で15人が選ばれます。それ以外に推薦で、4〜5人に加わってもらっています」
「現在、会員はどれくらいいるのでしょう?」
「600人以上いますね。実はミステリ作家に限らず、評論家や漫画家やイラストレーターなど、ジャンルを問わず幅広い人が所属しています」
「へぇ~! ミステリ作家じゃなくても入れるんですね」
「広い意味でのエンターテインメントであれば、ミステリーに限らずOKというスタンスです。江戸川乱歩さんはものすごく度量の広い方で、協会を設立した当初から、どんな人でも受け入れるという方針だったのですよね」
「僕はライターとして生計を立ててるんですが、僕でも入れます?」
「入会の条件があるんですよ。まずプロの書き手であり、紙で出版された著作があること」
「!!! 僕、紙で出版された著作も出してます! ということはつまり……」
「入会資格があるということですね。ただし入会するにはさらに、会員1名、理事1名の推薦人が必要です。推薦してもらうのは、ハードルが高いと思われるかもしれませんが、知り合いがいなくてもまずは問い合わせをしていただければ」
「問い合わせしてみようかな……」
「協会として運営していくためには運営費が必要ですよね。収入は、どのようなものがあるのですか?」
「会員に収めていただく年3万円の会費と、パーティーの参加費、アンソロジーの印税です」
「ミステリ関連のグッズ販売などはしないんですか? 儲かりそうな気がしますが」
「グッズ販売はできないんです。一般社団法人なので、営利目的の活動をしてはいけないんですよね。江戸川乱歩の顔をプリントしたTシャツを協会で作らないか、と提案してくれた会員もいたのですが、お断りせざるを得ませんでした」
「それは残念……。年会費が3万円と、決して安くはないと思うのですが、協会に加入するメリットはどんなものがありますか?」
「文芸美術国民健康保険という、文学や美術に従事している人向けの保険に加入できます」
「文芸美術国民健康保険……???」
「普通の国民健康保険は、収入に応じて支払う税額が変わるので、稼いでいる人はかなりの金額を払わないといけなくなるんです……が、文芸美術国民健康保険は一律なので、人によってはお得なのですね」
「知らなかった! 確かに作家は、例え今年は収入がよくても翌年には仕事がゼロになる可能性もあるわけで、作家向けの健康保険があってもいいですよね」
「そういうのも普通の会社員なら『子供ができたらこういう手続きをしたほうが得だよ』とか『家を買ったらこの税金は安くできるよ』とか情報交換できるんでしょうけど、作家は繋がりがないですからねぇ」
「そこで“親睦”というのが大事になってくるわけですか」
「そうですね。協会に入れば、会員同士で知り合えますし、イベントには編集者も参加するので、売り込みもできます。そのほか、会員であること自体をステータスと感じてくださる方も多いですし、もし出版社とトラブルがあれば、間に入って解決するのも協会の仕事です」
「理事の方たちは、定期的に打ち合わせや会合をしているのですか」
「年に8〜9回くらい、オンラインで理事会をしていますね。内容としては、会計士の先生にも参加いただいて、活動報告や収入支出の共有、他に話し合いなんかもします」
「例えばどんなことを話し合うんでしょうか」
「『協会への入会資格として、電子書籍だけ出版している方は認めるか?』『コロナ禍での賞の贈呈方法はどうするか?』など、何かしら議題がありますね」
「話を聞いているとかなり大変そうですけど……理事はお給料がもらえるんですか?」
「いえ、基本的にボランティアです。これは、江戸川乱歩が理事長だったころからの伝統だと思います。だから、みんな忙しい時間を割いて参加しているので、話し合うことは少ないほうがいいですね(苦笑)」
今後の日本推理作家協会
「コロナ禍は思うような活動ができなかったかと思いますが、今後は協会としてどんなことをしていく予定ですか?」
「緊急事態宣言やまん防も解除されましたので、今年の秋にはイベントを開催予定です。会員だけではなくどなたも参加可能で、ゲストによるトークショーなど、楽しんでいただけるようなことを企画しています」
「日本推理作家協会賞と江戸川乱歩賞はどんな感じですか?」
「日本推理作家協会賞と江戸川乱歩賞の合同贈呈式に関しては、これまで会員と編集者だけで行っていたのですが、昨年は一般の方にも来ていただけるようにしました。今年もそのような贈呈式を予定しています」
「一般の方との垣根をなくして、開かれた協会を目指しているのですね。協会のTwitterやYou Tubeチャンネルもありますが、どういった背景で始めたのですか?」
「歴史のある協会なので、長らく同じやり方で続けてきましたが……代表理事の京極夏彦さんが、時代に合わせて変えるべきことは変える、という考えを持っていまして。広報の手段のひとつとして、TwitterやYou Tubeを始めたのです」
「なるほど」
「日本推理作家協会の名前は聞いたことがあっても、その実態は知らないという人が多いんですよね。なので、協会のことをどんどん発信して、親しみを持っていただければ、という思いがありますね」
「実際僕が『名前は聞いたことがあっても、その実態は知らない』という一人でした」
「あとは単純に知名度を上げたいというのがありますね。芥川賞、直木賞、本屋大賞と比べると、日本推理作家協会賞は知らない人も多いのかなと。理想として、日本推理作家協会賞を受賞すると作品が売れる、という状況にしたいですね」
「なるほど。今後の目標のようなものはありますか?」
「協会の目的は、ミステリの振興と発展で、設立時から変わっていません。イベント、YouTube、Twitterなど、すべての活動がそれを目的にしています。そのために会員もどんどん増やしていきたいです」
「会費の収入が増えるから?」
「(笑)それもありますが、何より仲間は多いほうがいいよね、というシンプルな思いがあります。積極的に受け入れていこうと考えているので、興味がある方は気軽にお問い合わせください!」
「僕も検討します!」
まとめ
日本推理作家協会が『実際のところどういう組織なのか』を聞いた結果―
▼活動その1
日本推理作家協会賞と江戸川乱歩賞の運営
▼活動その2
アンソロジーの出版
▼活動その3
会員同士の親睦
そしてその目的は設立時から変わらず―
ミステリの振興と発展
とのことでした!
江戸川乱歩が創設し、現理事に大物作家たちが名を連ねる日本推理作家協会……堅苦しい会だと思いきや、読者も新規会員も積極的に受け入れる、柔軟でオープンな雰囲気でしたよ!