フェリーの上から失礼します、ライターの根岸達朗です。
突然ですが、皆さんは島根県にある「海士町（あまちょう）」という場所をご存知ですか？ 地図をみてもらうと一目瞭然なのですが…
「島」です。
大小約180の島からなる隠岐諸島では「中ノ島」と名の付いた島で、約2400人が暮らしています。
この海士町、実は「まちづくり」の先進地域として超有名なんです。
過疎化に苦しみながらも独自のやり方を突き詰めて…
夕張市に続いて財政破綻する可能性もあったのですが、町長の手腕で…
さらに町長だけではなく海士町の強みは…
少子化が進んで廃校寸前だった高校をIターン移住者も巻き込んだ取り組みで、
島前高校は、全国から入学希望者が集まるようになったそうです。
とにかく「ギリギリからの這い上がり方」がすごい。
いったいこの離島に何があるのか？
人を惹きつける特別な磁場のようなものがあるのか？
本土から約60キロ離れているため、フェリーでは片道4時間の船旅。日本も広いなって思いながら、滞在約20時間の強行取材をしてきたら、この島の「強さ」の秘密が、少しだけわかったような気がしました。
課長が考案した「マルチワーカー」の働き方
「海士町、初上陸！ 今日はよろしくお願いします」
「遠路はるばるお疲れさまです。僕の天才的なガイドでいろいろと島をご案内しますよ」
「天才的なガイド…いきなり変なキャラの人が出てきた」
「自称です、自称天才……。お手柔らかにお願いします！」
出迎えてくれたのは、海士町観光協会の太田章彦さん。太田さんは大阪の専門学校を卒業後、島根県に移住。限界集落の写真を撮りながら作家として活動し、約4年前に海士町へ。現在は観光協会に務めながら、季節ごとに働き方を変える「マルチワーカー」として活動しています。
「いきなりで恐縮なんですが、マルチワーカーとは？」
「観光協会にいる一部のスタッフが実践している島の新しい働き方です。働く現場を春夏秋冬で変えていくっていう」
「兼業とはまた違う感じ？」
「そうですね。島の産業には季節ごとに繁忙期があるので、それに合わせて働くというスタイルですね。たとえば春は岩ガキ、夏は観光業、秋はイカ、冬はナマコって感じで。一年中繁忙期の現場で働くことになるんでそれなりに大変ですけど、いろいろ学びも多い働き方ですよ」
海士町の産業を支える岩ガキの養殖場。島産の岩ガキは「春香」というブランドで全国に販売している。
収穫直後の岩ガキ。市場に並ぶ前はこんな感じですが、丁寧に綺麗にしていきます。
「確かにいろんなことを経験できそうですね」
「海士町の産業って通年雇用できない現場も多いんですよね。その時期だけ人が欲しいっていう。だったらそういう現場をつなぎ合わせたらいいんじゃない？ そしたらこの島で働きたい人にも仕事が生まれるし、現場も助かるよね？ というわけで、生まれたのがこの働き方で」
「なるほど、理にかなってる」
「ただ、この働き方を広めていくには、まだまだ現場の選択肢が少ないっていうのは課題なんです。僕は仕事をしながら写真を撮らせてもらうことで、自分のやりたいこともさせてもらっているのですが」
太田さんの作品「Stranger Of Island」／引用：akihikoota.com
「漁をしながら撮ったんですか？ めちゃくちゃすてきな写真」
「あ、すいません」
「謙虚な自称天才だなー」
「実はこの働き方を考えたのは役場の課長なんです。海士町って課長の力がすごく大きくて」
「え、課長ですか？ 町長じゃなくて？」
「町長はもちろんめちゃくちゃすごい人なんですが、その下にいる課長たちがみんなやり手で。企業出身の町長をはじめ、僕が特に尊敬する4人の課長たちがみんな経営者みたいな思考でプロジェクトを動かしているっていうのは、この島の強みなのかなと」
「へーおもしろいですね。課長というと上からも下からも突き上げられて大変！っていうイメージが」
「中間管理職的なイメージはまったくないですね。町民からの信頼も厚いです」
「課長4天王、覚えておきたいキーワードですね」
「ないものはない」で「外貨」を獲得する
「そういえば太田さん。さっき港で食べたイカ丼がめちゃくちゃうまかったんですけど、あれも島の海で獲れたやつなんですか？」
寒シマメの漬け丼。シマメはスルメイカのことで、冬の一番美味しい時期のものを島では「寒シマメ」と呼んでいる。港隣接の地元産品の販売拠点「承久海道キンニャモニャセンター」のレストランで食べられる。
「そうですね、旬は冬なんですが、今の時期でも食べられるのには理由がありまして。CAS（キャス）ってご存知ですか？」
「いえ」
「セルズアライブシステム（CELLS ALIVE SYSTEM）の頭文字をとった略称です。海産物の細胞を壊さずに冷凍できるので、解凍しても旨み成分がでません。つまりこのシステムがあれば、輸送に時間のかかる離島でも海産物の鮮度を保ったまま本土に出荷することができます」
「へえ。そんなすごいシステムがこの島に」
「今から10年以上前になるんですが、町の財政が底を尽きかけていたときに町長が導入しまして。生き残るためには島のなかでお金を循環させるだけじゃなく、島の資源を活用して『外貨』を獲得しなくちゃいけないっていう方針を打ち出したんですね」
「外貨か。国からの補助金をいかに引っ張ってくるかっていう考え方でやっているところも多いと聞くので、それだけに頼らないぞっていうのは勇ましさがありますね」
「当時の財政規模的にはかなりの大型投資で島民の反対もあったらしいのですが…。町長をはじめとする経営幹部が『絶対に必要だ！』と決断をされて」
「じゃあ、主幹産業は漁業？」
「漁業はもちろん大きいのですが、海士町って実はほかの産業もちゃんとあるんですよ。まずは農業。海士町には天川の水っていう日本名水百選に選ばれている水源があって、とにかく水が豊かできれいなんです」
「水の良さは大きいですね。おいしい米づくりにも欠かせないですし」
「半農半漁で、漁師をしながら米づくりをしている人も多いですね。昔から住んでる人って兼業が普通なんで」
「あとはやっぱり畜産業でしょうか。隠岐牛って言うんですけど」
「ブランド牛がある？」
「はい。隠岐潮風ファームという民間の建設会社が隠岐牛を松坂牛に負けないくらいの全国的な知名度にしようとがんばっています。産業のブランド化は町のミッションでもあるので、ずっと前から行政も応援しています」
「松坂牛と張り合うとかてっぺん取ろうとしてますね」
「島では当たり前に獲れる『さざえ』を具材に入れた『島じゃ常識 さざえカレー』とか、地元のものを使ったご当地品の開発にも力を入れています。そういえば、海士町には『ないものはない』っていうキャッチコピーがあるんですが……」
「あ、港でポスターを見かけて気になってました。どんな意味なんですか？」
「『なくてもいい』という意味と、『大事なことはすべてここにある』っていう意味ですね」
「なるほど、たしかにその精神で産業を盛り上げようとしている雰囲気は感じますね
「そういえば、観光協会の上司で青山敦士さんっていうIターンの先輩がいるんですが、もしよかったら彼にも話を聞いてみてもらえませんか？ 海士町が注目を集めるようになった背景なんかをもっとわかりやすく説明してくれると思います」
島流しの歴史と「よそ者」の関係
というわけで、観光協会の職員として「海士の島旅」のブランディングや、島の未来を経営視点で考えていく「島会議」の企画などを手がけている青山さんに会って、話を聞いてみました。
「青山さん、よろしくお願いします！ 今日は太田さんに島のあちこちに連れてってもらいながら話を聞かせてもらったのですが、まだまだこの島の成り立ちとか勉強不足なので少し教えてもらえたらと」
「歴史をたどれば、ここは後鳥羽上皇や小野篁（おののたかむら）が送り込まれた流人の島。ただ、流人の島とはいっても貴族が流されるような島ですから、今日見てもらったと思うんですが、いい水があります」
「確かに自然環境の良さを感じました。そういう意味でいうと、ただの流人の島ではなかったわけですね。選ばれた島というか」
「そうですね。実際、島流しの歴史っていうのは、島の人の誇りにもなっています」
「じゃあこの環境を求めて、島に移り住んでくる人も昔から多かったんですか？」
「先祖をたどれば、外の血が入ってる人も多いですよ。だからなのかはわかりませんが、外から新しいものが入ってくることを受け入れる懐の深さみたいなものもあって。象徴的だったのは、山内道雄町長が当選した選挙でしょうね」
「あ、町長も外の人だったんですか？」
「町長の生まれは海士町ですが、ご両親はIターン移住者。親戚の少なさは選挙では圧倒的に不利だと言われるのですが、蓋を開けてみたら、血縁の濃かった対立候補を抑えて大圧勝。つまり血縁よりも政策を持った『よそ者』の勝利と言われた選挙になりました」
「当時はどのくらいヤバい状況だったんですか？」
「町長が当選した2002年には、町の借金が100億円を越えていました。町の貯金も7億円ぐらいしかなく、それもどんどん目減りしていくなかで、夕張と同じように破綻するのは海士町かもしれないなんて言われていて」
「まさに崖っぷちだ」
「はい。当時は『平成の大合併』のタイミングで、海士町も合併の問題とぶつかっていました。全国的にも合併して当たり前という流れ。でも海士町は合併をせず、自立の道を選んだ」
「自立の道」
「自分たちの島は自分たちでやるって覚悟を決めたんですね。そこから給与カットとか、無駄の見直しを徹底的にやっていくなかで、CASを導入してそこに島の命運をかけると」
海士町の取り組みについては、町長が書いたこちらの本に詳しいので、気になってきたら読んでみてください↓↓↓
「僕がこの島に来たのは2005年で、当時はそういう動きが本格的に始まってまだ2年くらい。そのせいで島の雰囲気もかなりピリピリしてましたね。島に来たきっかけは海士町で高校魅力化プロジェクトに関わっていたIターン移住者の岩本悠さんっていう人で。東京の大学の先輩なんですけど」
「あ、隠岐島前高校の島留学をやってる方ですね。廃校寸前だった高校を復活させたという」
「島留学には県外からの入学希望者が殺到しているそうです。今や倍率2倍以上の狭き門。まさに選ばれし者たちですね」
取材中にたまたま出会った隠岐島前高校の地域学研究チーム。隠岐諸島のイベント情報を発信するツイッターアカウント（@dozenevent）を立ち上げるなど、精力的に活動中。全員島外出身で寮生活中。この日は隠岐経済新聞の取材を受けてきたのだとか。
「僕はその岩本さんに誘われて大学4年のときに、何の気もなしに遊びにきたんですが、初日の夜の出来事があまりにも衝撃で……」
「何があったんですか？」
「役場の課長さんと町の人が集まるバーベキューに参加させてもらったら、そこでいきなりケンカが始まっちゃって。CASなんていうわけのわからない冷凍庫に4億円とかどういうことだ！って。でも、町の人も役場の人もみんな我慢してて苦しいときだったんでしょうね。お互いに涙流しながら言い争ってる。なんじゃここはと……」
「おおお。熱い」
「東京で内定も決まってたんですけどそれも断ってこっちに来たのは、単純にここならおもしろい仕事ができそうだなって思ったからなんですよ。僕は別に東京が嫌だったわけでもないし、田舎に憧れがあったわけでもないから。ただ一生懸命働ける場所を求めていただけなんです」
「海士町の熱が青山さんを引き寄せたんですね」
こちらも取材中にばったり出会ったIターン移住者の角真理子さんと川島稔さん。2人は海士町の地域づくりプログラムや情報発信などを行っている「巡の環」スタッフ。島内で精力的に活動している移住者が、新たな移住者を招き入れるケースも少なくない。
「スーパー」よりも「ポンコツ」が活躍できる島に
「青山さんから見て、今の海士町ってどうですか？ 世間の注目を集めているなかで、現場の人はどう感じているのかなと」
「海士町って今の町長になって改革が加速したイメージを持たれる人も多いと思うんですが、実際は20年以上前から地道にまちづくりを進めてきたんですよね。だから、今は課長さんをはじめ、青年団として活動してきた方々が若手のときから布石として打ってきたことが少しずつ実り始めた状況かなと」
「そうなんだ、そんなに前から」
「島の経済が厳しいことには変わりないですし、今の状況が成果や実績と呼べるかといったら……」
「まだまだなんですね」
「はい、現実は。メディアにうつる印象って大きいですよね。それでいうと、僕はちょっと思うところがあって」
「はい」
「海士町って、スーパー町長、スーパー四天王課長、スーパーIターンがいてっていう……そういう紹介をされるんですよ。何か野心を持って活動したい人にはいい環境みたいな。でも、現場感覚だとそれは少し誤解を与えるかなと。僕らは別にスーパーを求めているわけじゃない。ポンコツでいいんですよ」
「ポンコツ？」
「そう、僕たちはみんなポンコツじゃないですか。だから、僕はどんなポンコツでもその人らしく生きて、その人らしく活躍できるステージをつくっていくことが大事だと考えています。これ全部僕の上司の受け売りなんですけど」
「なるほど」
「じゃあ、それをどう実現するか。僕は仕組みづくりだと思います」
観光協会が出資し、青山さんが社長を務めている「島ファクトリー」のリネンサプライ事業。海士町の民宿や旅館はこれまで、シーツや布団カバー、浴衣などのリネン品のクリーニングを本土の業者に依存してきたが、その流れを改めることで、島にお金が落ちる仕組みをつくろうとしている。
「自分たちのことは自分たちでやっていく島の自立精神にも通じますね」
「この仕組みが、島に働く場所をつくることにつながったらいいと考えています」
「いいですね」
「幸いなことに今、海士町には追い風が吹いています。メディアがそれを後押ししてくれた部分も大きいです。でも、僕らとしてはそれに甘んじたり、勘違いしちゃいけない。追い風に乗せてもらいながらも、現場ではこれからも地道にやっていきたいです」
「同じような課題を抱える地域も多いなかで、海士町が注目を集めるようになったのは、周りに流されることなく自分たちの仕事を積み上げてきた結果なんでしょうね。現場視点の貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました！」
取材を終えて
「恵まれた自然環境に伴う食料自給率の高さは、ある意味『最強の離島』。災害も少ないし、生きる知恵と力もあるし。本土にあまり影響されない独立感が、島の個性に繋がっている」
「今まちづくりで注目されているような地域は、どこも20〜30年の地道な努力の積み重ねがあるなと。たとえば、IT起業のサテライトオフィスがわさわさ進出して有名になった徳島県神山町も、1990年代初頭から地元のNPOが民間主導でまちづくりをがんばってきたわけで」
「ゆずでゴールドラッシュした高知の馬路村も、ゆず製品の開発を始めたのは1980年代。主産業だった林業が衰退して立ちいかなくなっていたところからの起死回生でした」
「逆境から這い上がるためには、自分たちの現状をちゃんと捉えて、そこにある資源を活かしつつ、ひたすらやるべきことをやっていくだけなのかもしれません。それがゆくゆくはどこも真似できない個性になっていく」
「個性という意味では、記事のなかには登場してないけど、取材中に出会った島の人たちもユニークで楽しかったですね」
島の理容室「ヘアーサロン的地」にて。店主の的地茂樹さんは、自宅で島留学の学生を受け入れている。この島でうまくやる秘訣は「おすそわけを断らないこと」。もらったものが食べきれないときは、さらに他の人に回す。小さな島ならではの循環の仕組みがあるのだとか。
シャモジを両手に持ちながら歌う伝統の「キンニャモニャ踊り」で迎えてくれた旅館・但馬屋の女将さん。「キクラゲチャカポン持って来いよ〜♪」という囃子言葉が独特のグルーヴで印象的でした。島ならではのおもてなし、あったかかったです！
「太田さんに連れてってもらった島のスナックも味わい深かった。まさか海士町であいりん地区・西成の歌『釜ヶ崎人情』を聴けるとは。もしかして、大阪とのつながり強い……？」
「航路に秘密があるのだとしたら興味深いですね」
「地図を見ただけじゃわからない土地のつながり……ジモコロでもいつか掘り下げてみたい」
ちなみに後日、CASで冷凍された岩ガキ「春香」を「海士Webデパート」（運営：巡の環）から取り寄せてみました。言うまでもありませんが震えるほどおいしかったので、この牡蠣をまたいつか食べられるように人生がんばろうって思いました。
それではまたお会いしましょう。
ライター：根岸達朗
1981年、東京生まれのローカルライター。1児の父。家では「うんちばかもの」と呼ばれています。Mail：negishi.tatsuro@gmail.com／Twitter ID：@onceagain74／Facebook：根岸達朗