2020年1月、NHKの地方局「NHK北海道」で、一風変わったローカル旅番組がはじまりました。
キャスターさんは行き先を知らないまま、ロケに連れ出され……
案内役も、案内された先で登場するのも、芸能人ではなく一般の人。しかも最初の会話が、「この1週間で5回ぐらい会ってる」!?
そして番組に登場した人は、肩書きが「# かずきゅん」「#カリスマ」……???
まるで、民放の深夜番組のようなテンション。NHKにおいて異例の番組であることだけは、確実に伝わってきます。
この番組の名前は「ローカルフレンズ出会い旅」。「ローカルフレンズ」とは、北海道の各地にいる、地域にディープな人脈を持つ人のことだそう。NHKのキャスターさんが「友だち」に地元を案内してもらう旅番組としてスタートしました。
さらに、番組の舞台裏も異例づくし。
企画書はなんと、NHKの外から提出されたもの。番組の制作手法も、NHKがこれまで積み重ねてきた方法とはぜんぜん違うらしい。その証拠に、番組のベテランディレクターさんがこんなに苦悩していました。
SNSを中心に若い世代からの反響があったものの、あまりに新しすぎるチャレンジに対して、局内での評判はなかなか上がらない。わかりやすい成果が出てこないため、番組に関わる誰もが「もう終わるかも」と思っていた時期もあったとか。
そんなローカルフレンズシリーズが、2021年度には年間100本もの番組を制作するそうなんです。その名も「ローカルフレンズ滞在記」と「ローカルフレンズニュース」。なかなか評価されなかったシリーズが、いつの間にかNHK北海道いち押しのコンテンツに……!
そこまでローカルに社運を賭けるなんて……
どうしちゃったの、NHK北海道!!!
そんな話を聞きつけ、「ローカルフレンズ出会い旅」のすべてに出演してきた『ほっとニュース北海道』のキャスター・瀬田宙大さんと、企画立ち上げから2021年度の新企画実現まで奔走しているディレクター・大隅亮さんにインタビューしました。
誰もやったことがないチャレンジには、NHK北海道が抱えてきた「地域のメディアになれていない」という課題意識、そして「本当のローカルメディア」を目指す強い信念がありました。
そしてその挑戦が、これからのメディアの可能性を教えてくれたのです。
これまで「ローカルフレンズ出会い旅」の番組をよく観てきた、ライターの菊池がお届けします。
地域とつながりたい、でもつながる方法がわからない
左がキャスターの瀬田宙大さん、右がディレクターの大隅亮さん。収録の合間をぬって、夜のNHK札幌放送局内でお話をうかがいました
「2020年に放送されていた『ローカルフレンズ出会い旅』(以下、『出会い旅』)は、NHKとして異例ずくめの番組だったんですよね」
「はい。でも異例の挑戦には理由がありまして。というのも私たち……めちゃくちゃ悩んでたんですよ」
「悩んでましたね……」
「え、そんなに……? なにが悩みだったんでしょう」
「北海道内には、NHK北海道以外に5つの民放ローカル局があります。その5局は、地域に密着したブランドとして、根強い人気番組があるんですよ。いっぽうの僕らは転勤族なので、NHK北海道だけ『よそもの』のような雰囲気があって」
「よそもの! NHK北海道も、立派なローカル局だと思ってたのですが」
「NHK内での転勤は多くて、実際に、瀬田さんは4局目、僕は3局目です。なので『おたくは東京の放送局だし、あなたは転勤族でしょ?』と」
「『地域のためにがんばります』と言っても『いつまでいるんですか?』と言われることが多かったんです。明確に『いつまでいます』と言えない自分に、悔しさを感じていました」
「こういう危機感が蓄積されていたNHK北海道が、NHK内の地域改革のモデルをやることになりました。
その頃に出会ったのが、道内の多くの『ローカルプレイヤー』と言われる人とすでにつながりを持っていた、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社の服部亮太さんです。そこで、ローカルプレイヤーの存在を知りました。まだ詳しく彼らのことを知らない段階でしたが、なぜか惹かれる自分がいたんです」
「どんな部分に惹かれたんでしょう?」
「ローカルプレイヤーは、地域に根ざしていますよね。だから、根無し草のような僕らの地域に根ざしきれていない弱点を、相互補完できるはず。一緒に何かをやれば、何かが変わるのでは……そんなフワッとした気持ちで、僕も赴任してから、まずローカルプレイヤーがたくさん登壇しているイベントに参加してみました」
2019年に札幌で開催された、クリエイティブな発想や技術を通じて北海道に新しい価値を生み出す取り組み「NoMaps2019」のカンファレンスにて。右で書籍を持っているのが大隅D。右上にいるのが、『出会い旅』の企画を持ち込んだ佐野和哉さん
「この『NoMaps2019』で、北海道各地で活動している方々と知り合うことができたんです。上の写真は、そのときのものですね。そこで知り合った人たちの多くは、北海道の各地で何かしらのローカルメディアを立ち上げ、運営していました」
「僕はこの写真に、希望を感じたんです。大げさに聞こえちゃうかもしれないですけど」
「え、そうだったんですか?」
「地域の人とNHKの人が、いい顔で写っていたから。夕方のニュース番組『ほっとニュース北海道』のキャスターとして、ずっと『地域とつながりたい』と思っていました。そこで、ひとりで年間30本近く企画を立てて取材に行って、人間関係を積み重ねていたんです。さらにそれを、公式のブログに書いて発信して。
民放のアナウンサーは個人のTwitterアカウントを運用できますけど、NHKではそれができません。僕にとって、地域の方々とつながる唯一の手段がブログなんです。だからどんなに忙しくても、ブログはちゃんと続けようと思って」
瀬田アナウンサーのブログより。現在までの記事本数は170本超
「そうやって奮闘してきたけれど、自分ひとりでやってもあまり意味がない。限界があると思っていたんです。
でも、地域の仲間になりたいというマインドを持ち、地域の人とつながろうとしているメディアの中の人が、北海道にもこんなにいたんだと改めて気がつきました。そして何より、地域の人が私たちの可能性にも注目をして、一緒に写真を撮ってくれたのが嬉しかった」
「『NoMaps2019』の写真には、公共メディアとしてのNHK北海道が目指す姿を感じたことを覚えています」
「それは僕も知らなかったです!」
共通言語のないプレイヤーとメディアの間に橋を架けた企画書
「そのままスムーズに、『出会い旅』の企画が実現していったんでしょうか」
「それが……正直、僕は『NoMaps2019』でローカルプレイヤーの方たちが講演した内容をほぼ理解できなかったんです。何を目指していて、何をしているのか、説明を聞いてもわからなくて」
「僕も後から動画を見たんですが、同じ感想でした」
「それでもなにか一緒にできる道はないかな、と思って、あるとき私から『ローカルプレイヤーを紹介するWebサイトをつくるとか、どうですかね?』とご提案をしたんです。そしたら『そういうのいらないです』って即却下されて」
「それは悲しい……」
「『あれ、イベントで会ったときは楽しかったけれど、どうやら温度が違うな?』と。共通言語もなかったから、何をやったらいいのか全然わからなかったんです」
「それでも『札幌discover』(※)の仕掛け人である古賀詠風さんや、絹張蝦夷丸さんと何度かイベントを一緒に開催して、少しずつ彼らの思いに触れる機会を増やしていきました」
※2019年末、東京五輪のマラソンと競歩の会場変更にあたり、一部のSNS上で「#札幌dis」 のハッシュタグと共に、札幌を悪く言う動きがあった。それに対して生まれた、北海道の魅力を 「#札幌discover」をつけてポジティブに発信する動き
「そんなときに、『NoMaps2019』で知り合った佐野和哉さんから渡されたのが、『出会い旅』の企画書です。各地にいるローカルに詳しい人を『ローカルフレンズ』と呼んで、瀬田さんがそのフレンズに地域を案内してもらう旅番組の企画でした」
『出会い旅』の企画書によって、NHKと地域をつないだ佐野和哉さん。北海道オホーツクエリアで活動するプレイヤーのひとり
「僕は企画書を見たとき『あ、これだ!』って直感的に思ったんです。というのも、今まで僕が1年半くらいやってきたことに近かったから」
「やってきた、というと?」
「僕が地域の方に会いに行く企画を立てて取材に伺うと、『せっかく瀬田さんが来たんだから』と地域を案内してもらえて、毎回10人くらい友だちができるんですよ。そこで出会った友だちのその後を見ていると、先進的な取り組みや大胆な挑戦、地域全体で共有したい仕組みの発明など、活躍が目覚ましかったんです。
何かをはじめる以前に出会わせてもらっていたからこそ、変化にいち早く気づくことができた。その結果、後日取材をさせてもらい、ニュースで取り上げさせてもらうこともありました」
「たしかに、瀬田さんは『ローカルフレンズ』づくりを、すでに経験していましたもんね」
「そうそう。こういう連鎖が続くと何かが変わるかも、という思いがあったけど、どうすればいいのかがわからなかった。そしたら佐野くんの企画書に答えが書いてあったんです。だから僕は『絶対にやろう』と思いました」
「でも実は、制作サイドは乗り気ではなくて……(笑)。正直、ローカルフレンズの企画を『おもしろい』と思える人がそんなにいなかったんです」
「あれ、そうだったんですか!?」
「なんせ、ディレクターとして受け入れ難い点がありましたから。僕らがすごく誇りに思っているのは『取材力』です。ある事象があったら、そのことを誰よりも深く知って、ときにはハードな取材もしています。
でも佐野さんの企画書には、NHKとローカルプレイヤーの強みがそれぞれ書かれているんですけど、『リアルな情報』という言葉が『ローカルプレイヤー』の項目だけに入っていた。僕らの取材が『リアル』じゃないと思われているんだな、と当時は感じて、すごく悔しさがありました」
「いちばん誇りを持っている部分だったんですね」
「しかも、僕らが持っていないリアルな情報を、ローカルプレイヤーが知っているんだろうか、と。葛藤しましたけど、『うーん、そういうこともあるかもしれないな』とも思ったんです。
なにより『ローカルフレンズ』という言葉にすごく可能性を感じましたし。そこで局内で頑張って企画を通し、最初はトライアルとして実現することになりました」
疲弊するなかで勝ち目を見つけたのは「関係性」だった
「出会い旅」のつくり方。企画から編集までディレクターが一貫して担っていたこれまでのNHK(上半分)では考えられなかった制作手法で、「出会い旅」が制作されている
「企画が通ったのはいいんですが、いざ番組をつくり始めると、その後が大変だったみたいで(※)。なんせ『出会い旅』のすべてが、NHKにはない理論なんです」
※トライアル放送は別のディレクターの方が担当。その後、大隅さんは再び企画を担当することに
「テレビの『型』を無視して進めていますからね」
「たとえばNHKでは、旅番組でもある程度狙いを決めてからロケに出ます。でも最初の『出会い旅』では、ほとんど構成を組まずにロケに出たんです」
最初の「出会い旅」は、どこに行って誰に会うのか、企画も案内もローカルフレンズにお任せ。あれはディレクターさんの心の叫びだったのか…!
「でも実際にロケに出ると、僕は楽しかったんですよ。ずっと『テレビ的』な型にとらわれていた自分が、それを無視して楽しんでいられたのは、あのロケだけですから。
なぜなら、彼らの友だちとして現場にいたから。その感覚ってすごく新鮮で、あのときのロケにすべてが詰まっている気がしたんです」
瀬田さんの笑顔が、ロケの楽しさを物語っている
「実際、放送にすごくいい反応が返ってきましたからね。『ほっとニュース北海道』内の1コーナーとして放送したところ、調査結果では1週間の番組のうち、いちばん好評だったのが『出会い旅』なんです」
「あれはうれしかったなあ」
「まあ、苦労もあったそうですけどね(笑)。構成がないと、いつ何を撮りたいかがわからないから、カメラや音声担当の技術チームは、ずっと重たい機材を持ってなきゃいけない。ディレクターは、本当は盛り上げたいシーンでも演出を入れられない。しかも、ゴールがわからない」
「僕は僕で、番組をつくるためにローカルフレンズに指示を出すNHKの制作チームと、その指示に必死に対応してくれるフレンズの間で、板挟みでした。ずっとフレンズの車に乗せてもらっていたので、当時はまだ彼らとNHKの間にある溝も感じましたね」
「誰もやったことないことをやってみたら、想像以上にハードなロケになったんですね……」
「でも大変さもありつつ、企画が進むごとに、だんだん僕も瀬田さんの言う楽しさを理解していきました」