ほとんど家から出ずに黙々と一人で生活していると、さまざまな雑念が頭に浮かんでは消えてゆくもの。
この日記では、家から出ないことに定評のあるライター・上田啓太が、日々の雑念や妄想を文章の形にして、みなさんにお届けします。
今回は、
・デマの運び屋
・コーラはおちょこでいい
・かわいい動物は木の実だけを食え
の三本です。
上田啓太
文筆業。ブログ「真顔日記」を中心に、ネットのあちこちで活動中。
ブログ:真顔日記 Twitter:@ueda_keita
デマの運び屋
興奮した時、人はわれを忘れて、デマの運び屋になる。残念なことだが、これは事実である。私もまた過去にデマに踊らされて、その運び屋となったことがある。いまだに思い出すと恥ずかしくなる記憶。
あれは高校生の頃だった。ちょうど椎名林檎がデビューして二枚のアルバムを出した後、活動休止していた時期だった。私は、椎名林檎が椎名蜜柑に改名して活動再開するという情報を入手した。リンゴからミカンへ、ということだった。情報源はネットの記事だったのか、コンビニで見かけたスポーツ新聞だったのか、今では覚えていない。
とにかく私は衝撃を受けて、学校の友だちに喋りまくった。椎名林檎、椎名蜜柑に改名するらしいぞ!
ほんとかよ、ほんとかよ、と疑惑の目を向けられた。ほんとだって、書いてあったもん! 絶対、ほんとだって!
実際のところ、それはデマだった。穴埋めのための完全なるヨタ記事であった。当時の自分はそうしたものがこの世に存在していることを知らなかった。活字になっている以上、それなりの信憑性は保証されていると思い込んでいた。
これがデマに踊らされた自分の最初の記憶である。強い恥とともに学習した。その後は情報の扱いに慎重になった。ネット等で衝撃の情報を見た時は、いったん疑うくせが付いた。ひとまず感情反応は置いといて、まずは情報元を確認する。
長い目で見れば、こうした他愛のないデマでメディアリテラシーを身に付けられたのは良かったと思うが、しかし、椎名林檎が普通に椎名林檎として活動を再開した時の、友だちのあの目は忘れられない。椎名林檎、改名しなかったじゃん。椎名蜜柑って何だったんだよ。おい、おまえが言ってたアレ、どこ情報だよ! おい!
ほんとうに、どこ情報だったんだろう。ごめん、俺にも分からないよ。
こうした出来事は、誰もが経験しているんだろうか。それぞれの大人に、それぞれの苦い記憶があるのだろうか。そうして人は、情報の裏を取るくせを身に付けていくのだろうか。とにかくあの時、私の職業はデマの運び屋だった。興奮にわれを忘れて、デマを背負って、東へ西へ。
コーラはおちょこでいい
日常的にドリンクバーを使うようになって気付いたのだが、コーラやファンタを自分の飲みたい量だけ飲めるのは良いと思った。具体的には少量である。グラスに氷を入れて、半分ほどコーラを入れて席に戻る。冷たい炭酸を少しだけ楽しめる。久しぶりに炭酸飲料のおいしさを実感している。
私はこれまで日常的に炭酸を飲まなかったのだが、これは嫌いというよりも、ちょうどよいサイズの物が売っていないからだったようだ。基本の分量が500mlというのは多すぎるよ。私みたいなもんは、炭酸を飲みたい気持ちが最初のひとくちで満たされてしまう。シュワッとしていれば、それでいいんだ。
よく冷えた最初のシュワッだけが欲しくて、その持続は求めていない。だからペットボトルでコーラを買うと、最初の快感のあと、胃袋の膨張感と戦う時間帯がおとずれる。サッカー解説者が「苦しい時間帯ですね」と言うような感じだ。すでに身体が求めていないものを無理やりゴクゴク飲んでいく。
最後まで律儀にちゃんと飲もうとするのがいけないんだろうか。しかし、最初のひとくちだけを楽しんで、残りはペットボトルごとすぐさま棄てるとか、そんな暴挙には出られない。発狂した貴族だよ、そんなものは。麻呂はひとくちで満足なのじゃ、とか、そういうことか。
私が自宅に冷蔵庫を持っていないのが問題なんだろうか。そんな気もしてきた。世の中にいるだろう炭酸を少量だけ飲みたい人々は、冷蔵庫に保管して、ちびちびとグラスに入れて飲んだりしているんだろうか。それとも世間のだれもが、500mlのペットボトルで炭酸を一気にゴクゴク飲んで、気分爽快になっているのか。分からん。とりあえず私にとって、コーラはおちょこでちょうどいい。
かわいい動物は木の実だけを食え
かわうそは肉食の獣だ。図鑑を見ていて気が付いた。顔がかわいいから騙されていた。どんぐりしか食べないと思い込んでいた。そんなはずがない。そもそも、かわうそは水辺の生き物である。どんぐりは身近にない。魚を食べるに決まっている。
どうも私は、外見のかわいい動物は木の実だけを食べていてほしいと考えているふしがある。ひどい決めつけだ。キュートである以上、草食であるべし。そんな傲慢な命令は、神にだって許されない。かわうそだって、身体に合ったものを食べたいだろう。それが肉ならば、仕方ない。
リスはどんぐりを食べるという。あれが似合いすぎている。似合いすぎているのがよくない。その姿があまりに自然だから、リス系統のかわいさを安易にどんぐりに結びつけてしまう。かわうそとリスは自分の中で似た顔立ちをしている。あの系統の生き物は木の実だけを食うというのが、私の歪んだ世界観だ。
そもそも、リスは本当にどんぐりを食べているのか。その姿を実際に見たことがあるかは微妙だ。動物園で一度くらいは見ているか? 記憶にはない。本当にリスは、小さな両手でどんぐりをつかんで、少しずつ齧っているんだろうか。偶然の産物で、そこまでかわいくなることあるか?
本当は、カタヒジをついてポテチを食べる中年泥酔男のように、むしゃむしゃとやっているんじゃないか。どんぐりが硬すぎて、すごい顔になることもあるんじゃないか。それとも、リスとどんぐりの組み合わせは、どんな姿勢だろうがかわいくなるのか。中年泥酔男が何をしようがかわいくないように、リスは何をしようがかわいくなるのか。
以前、ひとりで酒を飲んでいた時、ふと思いついて、ポテチを両手でかわいく持ちながら、上目づかいでかじっていく姿を鏡に映してみたことがあるのだが、一升瓶で頭を殴られても文句の言えない姿であった。自分で自分に、イライラした。リスがやれば何だろうが、かわいくなるのか。中年泥酔男がやれば何だろうが、かわいくなくなるのか。
リスのことがよく分からなくなってきたので、グーグルで画像検索した。リスの画像をたくさん見た。か、かわいい……。負けた。
ということで、今回は三本の日記でした。
それでは、また次回。