皆口裕子さんという声優をご存じでしょうか。
あまりにも有名な声優ですが、念の為お仕事のほんの一部をご紹介すると―
1980年代
・『ねるとん紅鯨団』のナレーション
・アニメ『YAWARA!』主人公・猪熊柔役
1990年代
・アニメ『ドラゴンボールZ』のビーデル役
・アニメ『美少女戦士セーラームーン』のセーラーサターン役
2000年以降
・ゲーム『ラブプラス』の姉ケ崎寧々役
・ゲーム『グランブルーファンタジー』のソーン役
僕は年代的に『YAWARA!』の声をドキドキしながら聞いていました。
いかにもアニメ~!っていう作った声じゃなくて、同じクラスの好きな子が喋っているかのような自然な……あ、僕の話はどうでもいいですね。
とにかく、時に可愛く、時に妖艶な「奇跡の声」それが皆口裕子さんなのです。
どうも、ライターの倉沢学です。
今回は、声優・皆口裕子さんに、声優の世界について色々とインタビューしてきました!
『ドラゴンボール』などの収録現場のお話、声優あるある、今と昔の違いなど、アニメ好きや声優志望の方必見のインタビューとなっております!
収録場所は天下の「青二プロダクション」!
※撮影は3月上旬に行いました
皆口裕子(青二プロダクション所属)
声優、ナレーター、女優、ラジオパーソナリティ。東京都出身。代表作に「ねるとん紅鯨団」(ナレーション)、「YAWARA!」(猪熊柔役)、「ドラゴンボール」(ビーデル役)、「ラブプラス」(姉ケ崎寧々役)ほか多数。
声優だけが知っている収録現場
「よろしくお願いします! 今日は声優というお仕事の今と昔、収録現場のお話なんかを聞かせて頂きたいと思ってます」
「は~い、よろしくお願いします」
「僕たち一般人は声優さんのお仕事がどんな風に進んでいくのか、想像も付きません。例えばアニメだとどんな感じなんでしょうか」
「まず声の入ってないアニメのDVDと台本が送られてきます。それをみて予習したり、台本に『ここで息継ぎする』っていうマークを入れたり……中には台本が真っ赤になるほど書き込んでる人もいますね」
「その台本を手に、現場に向かうと。収録場所ではまず何をするんでしょう?」
「全員一緒にテスト(リハーサルみたいなもの)が始まります。自分一人で練習していた時は完璧に思えても、他の人と合わせるとちょっとイメージが変わったりするので、調整が必要ですね」
「へぇ~!」
「ちなみにテストの時は演技するだけじゃなくて、使用マイクのプランも立てたりします。『4本のマイクのうち、前の人がこのマイクを使うなら私はこっちのマイクにしよう』みたいな」
「マイクの奪い合いになるってこと……?」
「いえ、ミキサーさんが『あのマイクはあの人が使うから音量はこれくらいで~~』みたいな感じで音を調節するので、自分がどのマイクを使うのか決める必要があるんです」
「へえ~! 想像もしてなかった! マイクの場所に関しては、大御所の方だったらここ!って決まってて、新人は使っちゃいけないみたいな暗黙のルールはないんですか?」
「ルールではないけど、マイクの高さって違いがあるんですよ。例えば『ドラゴンボール』だったら、野沢雅子さんの身長に合わせたマイクがあるんですね。そこを使ってもらいたいと思いながらやってますね」
「なるほど」
「主役だと出ずっぱりになったりしますから、ほかの人たちは邪魔しないようにそれ以外のマイクでやろうぜ!って頑張る感じ。あ、もちろんマコさんが使ってない時はそのマイクは誰が使っても大丈夫ですよ」
「収録ブースの中の光景って、見る機会がないので知らないことだらけだな~」
「これもルールってわけじゃないんですが、新人は収録ブースの入り口に近い場所に座る……っていうのは、なんとなくみんなやってるかなぁ。誰かが出入りする時に、ドアを開けたりするんです」
「へ~! サラリーマンでいうと、新入社員が飲み会で通路側に座るみたいな感じですか。料理やお酒を受け取ってみんなに回す役」
「あはは、そうかもしれませんね」
「映画の撮影だと、『シーン3番・カット24』みたいに細かく分けて撮影されますよね。アニメもそんな感じで細切れに分けて収録されるんですか?」
「ん? 分けませんよ? 前半後半はそれぞれ一気に通します」
「えー! そうなんだ! 全然知らなかった」
「それは今も昔も変わらずですね。失敗したりイメージと違ったりしたら、あとでその部分を録り直したりします」
「そうか、いちいちストップしないで、一旦全部通しちゃったほうが効率的なのか。めちゃくちゃ緊張感あるな」
「私も未だに緊張しますね。しかも演技って感性の部分が大きいから、時には『どういうこと?』っていう指示もあったりして(笑)」
「憶えてる指示はあります?」
「昔、子供向けの童話作品でイモムシからお姫様になるという役があって。一生懸命イモムシの演技をしたんですけど、『もっとイモムシっぽく!』と言われたことがありますね」
「イモムシっぽい声の演技って、どうすればいいの!?」
「わからなかったので、なんか……モゴモゴしゃべった(笑)」
アニメ以外の収録現場
「声優さんはアニメの声だけが仕事ではないですよね? 他の仕事ってどういうものがあるんでしょうか」
「洋画の吹き替え……通称『外画』(ガイガ)と言われる仕事や、ゲームのボイス、ナレーション、とかですね」
「あぁ~、ゲームは今どきの仕事って感じですね。昔はボイスがついてるゲームって少なかったし」
「そうですね。昔はセリフも少ししか入らなかったから全員が集まってパッと撮ってましたけど……今は容量が多いので一人ずつ録ることが多いです」
「ゲームによってはリアクションの声ひとつとっても、何パターンも録ったりするんですよね?」
「台本に、キャッ、ウッ、ハッとか書いてあって、それぞれに大中小とか秒数でパターンがあったりします。ブースに入って、それらを……『キャッ!』……『ウッ!』……『ハッ!』って。自分のタイミングで粛々とやっていきますね」
「その収録風景、見てみたいな。他には、一般人が思いつかないような仕事ってあります?」
「なんだろう……あ! 神奈川のあるデパートの店内放送、実は私なんです。何階は何のフロアとか、年末年始のお知らせとか、駐車場の案内とか」
「デパートの店内放送! そんな仕事もあるんだ!」
「気に入って頂けたのか、もう10年以上使ってくださってます。声優ってこういうお仕事もあるので、実は意外なところで意外な声優さんが声をやってること、ありますよ!」
「そんなこと言われたら、次から街を歩く時に気になって仕方ない」
声優業界の今昔
「声優業界も、時代によって変わってきたことってたくさんあるでしょうね」
「今は声優志望の子が増えて、養成所も沢山あるから大変だと思います。私が今 若手だったとして、養成所に入るためのオーディションに受かる自信、まったくないですね」
「そんな馬鹿な。他には今と昔でどんな違いが?」
「映写さんが手でフィルムを回していた時から知っていますが……昔は必ずみんなで一緒にやるから、相手役の方に勉強させてもらえたっていうのはあります」
「なるほど。今ってどうしてもスケジュールが合わない時は、一人ずつ別々に録って、あとでミックスすることだって可能ですもんね」
「今の子たちは器用だし、家でちゃんと勉強するから、自分のセリフは完璧って人が多いです。でも『会話』にするのが昔よりも難しいかなって」
「どういうことですか?」
「一人でやるのと、他の人のセリフとの掛け合いって、ちょっと違うんです。家で自分のプランを立てすぎちゃうと、現場での掛け合いに応用が効かなかったりするんですね」
「なるほど。昔のほうが先輩から学べる機会が多かったんじゃないかと。皆口さんにはお世話になった先輩っていらっしゃいますか?」
「やっぱり『YAWARA!』の猪熊滋悟郎役、永井一郎さんですね」
「『サザエさん』の波平役などで有名な名声優さんですね」
「私がうまくできなくて、収録が終わった後によく居残りしてたんですが、永井さんはずっと待ってくれていた。『もっとこうしたら』とか言うわけではなく、ただそばにいてくれる。絡みがある部分は一緒にやってくれたり」
「優しいなあ」
「私が『帰らないくていいの?』って言うと、『次の予定まで時間があるから、いるよ』みたいな感じで。その頃の私は親戚のように懐いていました。多くを語らなくても、沢山のことを教えてくれた気がしますね」
「年をとってからも活躍できるのって、結局そういう優しい人だったりしますよね」
「ですね。大物の声優さんって基本的に腰が低いし、スタッフさんにも気を使える人が多い。いつまでも謙虚で、若いディレクターの言葉にも『はい』って言える人じゃないと続けられないと思う」
「へぇ~、そういうものですか」
「野沢雅子さんも古川登志夫さんもそうだし、長くご活躍されている方はみなさんそうですね」
声優になったわけ
「皆口さんも今や大御所と言ってもいいベテランですよね。最初から声優を目指してたんですか?」
「私は中学二年生から児童劇団に入ってまして。高校生になると、ラジオCMで声をやらせてもらうことが結構あったんですね。ただ声の仕事はいくつかある仕事の中の一つという感じで。特に『声優になろう』とかは考えてなかったですね」
「当時は皆口さん自身も周囲も、その才能に気づいてなかったのか……」
「19歳になったある日、電車でたまたま知り合いの青二プロのマネージャーさんに会って、『もう児童劇団じゃなくてウチにくれば?』と言われて。80年代後半くらいかな? 流されるまま『あ、はい』と」
「おお! その瞬間、声優・皆口裕子がこの世に生まれたんですね! 最初はどんな感じだったんですか?」
「青二に入った当時、私は20歳で一番年下。人見知りだし愛想もない人間で……『どうせやっていけないだろうから、合わなかったら辞めて違う道、例えば小学校の先生になろう』と思ってたんです」
「へぇ~」
「ところが青二プロに入って最初に受けたオーディションで、いきなりヒロインになっちゃった」
「すごっ! ダルビッシュばりの即戦力じゃないですか!」
「新人がいきなりヒロインになるなんて珍しいことですから、事務所の人も『これはすごい新人が入ったぞ!』と。でも……蓋を開けたら私、本当に全っ然できなくて!」
「それは謙遜ではなく?」
「本当の本当に単にヘタだったんです。だってアニメの声優なんて、数えるほどしかやったことなかったんだもん。そのアニメは1年間のレギュラーで、新人は二人だけでした。私と山寺宏一さん」
「えええ! 皆口裕子と山寺宏一のダブルデビュー作……伝説のアニメですね」
「でもね、山寺さんは最初からすごくうまかったんです! 人当たりもよくて、飲みに行っても物真似なんかで場を盛り上げてね……」
「あぁ、そういうのがうまそうなイメージありますね」
「一方私は何をやってもヘタだし愛想も無いしで……なんで自分はこうなんだろうって、本当につらい1年でした(笑)。今だから笑い話ですけど、当時は事務所でも私の扱いに困ってたと思いますよ」
「じゃあ山寺さんに対して『あの野郎……うまくやりやがって』と憎悪の感情を……」
「ないないない(笑)。そのアニメが終わった時、スタッフの皆さんと打ち上げ旅行があったんですが、私と山寺さんで旅のしおりも作りました(笑)。新人同士仲良くやってたと思います」
「声優に関しては『合わなかったら辞めて別の仕事を』とお考えだったんですよね? 最初の頃ヘタだったと仰るなら、辞めようとは思わなかったんですか?」
「何度も辞めようかなとは思いましたが、ある時『ねるとん紅鯨団』という番組を作るからナレーションを探している、というお話が事務所にきたんですね」
「『ねるとん紅鯨団』! とんねるずさんが司会の、伝説のお見合いバラエティ番組ですね。めちゃめちゃ人気番組!」
「番組側から『素人っぽい下手な人がいい』というリクエストがあったらしくて、マネージャーが私を連れて行ったんです」
「『素人っぽい』『下手な人』って要望で、『じゃあ皆口を連れていきます』ってなったの!?」
「だから言ったでしょ! 事務所だって私の扱いに困ってたんだから(笑)」
「でもその『ねるとん』で一気に人気が爆発しましたよね。プロアナウンサーの事務的な声じゃなくて、確かに『素人っぽいナレーション』がすごく時代と番組に合ってて、良かった……」
「ありがとうございます」
「噂では、『YAWARA!』の作者・浦沢直樹先生が、『ねるとん』を見てヒロイン柔(やわら)の声はこの人が良いって言ったとか」
「そこは詳しく言うと、浦沢先生は『まだ“あのキャラクターの声優さん”』っていうイメージがついてない人にやって欲しい、という考えだったみたいです」
「あぁ、野沢雅子さんなら悟空、田中真弓さんならルフィ、みたいなイメージがついてない人ってことですか」
「そうそう、主人公の柔は普通の女の子だから、何の色もついてない声優が良いと。それで、例えて言うなら『ねるとん』のナレーションの人みたいな、と仰ったんです」
「では先方から指名で?」
「いえいえ、普通にオーディションでしたよ。役が決定してから、先生に初めてお会いした時に、『先生、ねるとんの声やってたの、私です』って言って(笑)。だから偶然、先生の要望通りになっちゃった感じです」
「奇跡だ。もし今、仮に『YAWARA!2』をやるとしてオーディションがあったら行きますか?」
「以前そんな話を冗談で浦沢先生としたことがあって」
「おお! 原作者ご本人と!」
「その時は、私は柔のお母さん役をやりたいなって言ったんです」
「それめちゃくちゃいいですね!」
「でも自分の中で、あの時にできなかったことが今ならできるかもしれないって思いもあって……やっぱりヒロインのオーディション、行くと思います!」
「うわー実現してほしい! では、今日は楽しいお話をありがとうございました!」
「ありがとうございます」
まとめ
声優として長くご活躍される皆口裕子さん、イメージ通りとっても謙虚で可愛らしいお方でした!
さて、そんな皆口さんが所属する青二プロダクションの50周年記念公演朗読劇「火の鳥」の無観客公演がBlu-rayとして発売されます! 皆口さんもメインキャラクターのヒナク役で出演されていますよ!
おうち時間の多いこのご時世、ぜひご覧ください!※詳しくはこちら