こんにちは、ライターの大島一貴です。僕にはいま、悩みがあります。
というのも僕は現在、大学3年生。いわゆる就活生として生きています。
どんな仕事をしたいのか?
どんな仕事が向いているのか?
仕事選びにおいて何が重要なのか?
なんてゴチャゴチャ考える日々ですが……ひとつ身も蓋もない本音を言ってもいいでしょうか。
「どんな仕事をしたいのか以前に、そもそも仕事をしたくない!!!」
……もちろん、生きていくために仕事をする気はあります。
でも大人の「会社行きたくない!」というツイートとか、「残業がキツい」「上司と飲むのが憂鬱」といったブラックな話を聞いてると、どうしても「社会に出て働きたくね~~~」という暗い気持ちになります。
働くってなんなんだ?
人は何のために働き、何のために生きるんだ??
……悩みすぎて、哲学の先生に話を聞きに行っちゃいました。
玉川大学名誉教授・岡本裕一朗先生です。
岡本先生は哲学に関する著書を数多く出されている方。新著『哲学の世界へようこそ。』では、若者向けに「考え抜く力」を鍛えるための思考法を伝授されています。
『哲学の世界へようこそ。』(ポプラ社刊)
というわけで、「そもそも働く目的とは?」「自己分析って何なの?」といった、就活生ならではのいろんな悩みをぶつけてみました。
そもそも人は何のために働くのか?
「本日はよろしくお願いします。働きたくないなりに、就活をする中で疑問が出てきまして……」
「私も働きたくなかったのでわかりますよ。というか、働きたいと思ったことは一度もないです」
「大人に言い切っていただけると安心します。そんな先生にまずお聞きしたいんですが、そもそも人は何のために働くんでしょうか?」
「私の考えでは、働く理由なんてないですね」
「り、理由がない?? でも、基本的には食っていくため……ですよね」
「なぜ食っていく必要があるんでしょう?」
「それはもちろん人生を続けるため……」
「なぜ人生を続けたいんでしょう?」
「まあ一番は、生きてると楽しいことがあるから、ですよね」
「そう、つまり人生が楽しければいいんです! もちろん人によって何が楽しいのかは違って、おいしいごはんを食べるのが幸せな人もいれば、とにかくビジネスで活躍したい人もいる。だから誰しもに共通する理由、もっと言えば『人生の目的』なんてものはないんですよ」
「そうだったのか……」
「しいて言えば、『楽しく生きる』以外はないと思いますよ。なので就活中の学生さんには、会社での自分のありかた、つまり『楽しく心地よくいられそうかどうか』を一番大事にしてほしいです」
「でも、どうしても『自分がこの仕事をやって何になるんだろうな??』とか考えちゃいそうで」
「う〜ん、結局、突き詰めていくと『死』しかないですからねえ」
「え、急に何ですか? そんな甘い考えでは死しかない…?」
「いえいえ、人間は生き物ですから、最終目標は『死』しかないということです。だから仮に、仕事の目的を『会社で成功すること』に置きますよね。成功する目的は『お金をたくさん稼いで、老後に幸せになるため』、じゃあなぜ老後に幸せに?『一番いい棺桶に入るため』……となってしまう」
「良き死を迎えるために働く……一見深い感じですが、なんだか本末転倒ですね」
「そうそう。だから目的どうこうよりも、自分が楽しくやれそうな仕事をやるほうが絶対いいです」
【「なぜ働くの?」の答え】
働くことにも、生きることにも目的はない。本当に目的を突き詰めていくと「死」しかない
就活生は「やりたい仕事」を見つけないといけないの?
「仕事を楽しみつつ生きていくためには、自分のやりたいことをやるのが一番ですよね。でも、そもそも『やりたいこと』を見つけるのが難しいと思うんです。就活では、会社とか仕事の具体的な中身がなかなか分からないことが多いですし」
「ええ、ええ」
「でも就活セミナーなどで喋る人は口を揃えて、『自分のやりたい仕事を見つけなさい』『君は何が本当にやりたいんだ?』と言います。まだ企業に入って仕事をしたことがない身としてはそう言われても困りますし、『何がしたい以前に、何もしたくないんだ』って思っちゃうんですね」
「なるほど。それに関しては私自身も、自分で『こんなことがしたい!あんなことがしたい!』と思ってやったことって多分ないんですよ。『やりたいことを見つけなさい』って言われると、私も困ります」
「えっ? 先生、ぶっちゃけますね」
「就活せずに大学教授の道へ進んだんですが、かといって大学の研究者になろうと強く思ったことも実はないんですね。正直な話、あんまり働きたくなかった(笑)」
「働きたくないから学問の道に……?でも研究者も決して楽じゃないですよね」
「もちろん大変なことはありますけどね。ただ、特別な使命感があったわけではなく、好きな哲学をやって飯が食っていけたらいいな、くらいでした。もちろん『やりたいこと』が完全にゼロなわけではないけども、たとえば本を書く仕事にしても『入ってきた仕事を受ける』という感じです」
「でも先生は、何冊も本を出版されてるじゃないですか。それも全部、自分からどんどん動いて仕事を掴んでいったわけではない?」
「ええ。仕事だけでなく、なにかの『面白さ』って自分で見つけようと思って見つけられるものじゃない気がするんですよね。とりあえず何かやってみて、するとそれが意外と面白かったりする、と」
「じゃあ『自分のやりたいことは何だ?』って気にしすぎても仕方ない?」
「まあ、企業に入るのか、大学で研究するのか、自分で起業するのか……くらいの方向性は決めたほうがいいですし、業界のことを知っておくに越したことはないですけど、でも細かいことはいいんじゃないですかね」
「いいんですかね?」
「わからないなりにやってみて、その結果、面白いことに出会うかもしれない。で、『面白いことに出会ったらラッキー』くらいの感じでやったらいいんじゃないかと思いますけどね」
「ああ、なんかほっとします。『ちゃんと未来の自分のキャリアを見据えて、計画的にやらないと』ってどうしても思ってしまって……」
「大人の側も、自分が就活生だったときはそんなに『やりたいこと』を突き詰めて考えていないと思いますよ。そんなのは全部、後付けなんじゃないでしょうか」
「後付け?」
「自分がたまたまうまくいったことを、後から『こんな風にやったからうまくいったんだ!』と語るケースって多いと思うんですよ」
「大人ってずるい……」
「仕事に限らず、全部そうじゃないのかな。恋愛だってね、『こういう人と出会いたい』と思っていたって、そんな人と出会うかすら分かりませんから。たまたまアルバイトが一緒だったとか、そういう偶然から始まることが多いはずです」
「考えすぎないことが大事なんですね」
【「やりたい仕事を見つけないといけないの?」の答え】
「やりたいこと」が見つかるに越したことはないけど、焦らなくていい。大人の語る「後付けの論理」を気にしない
自己分析をしていても、「自分」が何なのか分からない
「では、いわゆる自己分析も同じなんでしょうか。僕はいつも考えすぎて、みうらじゅんさんがよく言っている仏教思想の『空(くう)』、つまり『自分なんてないんだ』というところに行き着くのですが」
「確かに、そもそも自分のことなんて、自分が一番よくわからないですよね。自分の視点から自分を見ても、それが正しいかどうかなんて言えやしない。近代的な発想だと、『自分のことを自分はよく知っている』と思いこみがちですけどね」
「いっそエントリーシートに『自己というものはない』って書いてみるのもありですか?」
「いやいや」
「『自分なんて分からない』という前提は理解した上で、それでも分析らしきものをやるのが大事だと思いますよ」
「ほほう。それっぽくやればいい?」
「ええ。そもそも完璧な自己分析なんて存在しないので、あまり考えすぎないほうがいいんです。だから、少なくとも『相手が何を求めているか』ってことを考えて、それに応えられるように頑張ればいいんです」
「就活ではむしろ『本当の自分とは何か』とか考えない方がいいんですね」
「哲学の世界においては何千年も前から議論があるテーマですし、それをエントリーシートで考えるのはやめたほうがいいです。就活に哲学を持ち込んではいけません」
「哲学の先生がそれ言うんですね」
「そんなものですよ」
【「自己分析で考えすぎちゃうときはどうすればいいの?」の答え】
自己分析をするときに哲学的になってはいけない
社会人の言う「成功」って何?
「だいぶ不安は解消されてきましたか?」
「はい。このままだと就活に失敗して、人生も失敗してしまうのかな…なんて悲観してたので。『成功するためには〇〇しろ』『成功するには若いうちにガムシャラにやれ』的な話がどうにも苦手なんですよね」
「ふむふむ、『成功』というテーマも面白いですね。もともと成功とは、『誰にとっての成功なのか?』が大事なわけですよ」
「というと?」
「たとえば、スポーツマンだったらそのスポーツがうまくなって相手に勝つことが『成功』ですよね。それぞれの人にとって『成功』の内容は違う。そこの定義抜きに『成功』という言葉をそのまま受け取ってしまうと、しんどくなると思います」
「なるほど〜。成功って何なんでしょうね。どうしても『社会に出て何かしら成功しなきゃいけないんだ』『その成功の先に幸せがあるんだ』みたいな強迫観念を感じてしまう時があって」
「大島さん、その考えのままだと幸せになれませんよ」
「え! それはいやです……」
「『将来的に成功しなきゃ!』みたいな発想って、未来志向型の時間に囚われたものなんですよね。実存主義的な思想とも深く関わるんですが、未来のために何か目標を設定して、それに向かっていく……そうすると、重要なこととか意味は未来にしかなくなるわけですよ」
「わかるようなわからないような」
「つまり、未来のことばかり考えすぎると『現在』が単なる通過点に過ぎなくなる。すると現在が充実しませんし、未来に到達したところで、また次の未来に向かうだけですから」
>「確かに、それは薄々感じていました……結局『今』を幸せだと思えない人はこの先ずっと幸せになれないなって」
「哲学の言葉で言うと、アリストテレスが『幸福論』の中で、『現実態』と訳される『エネルゲイア』という概念を説いています。ちょっと難しいので、旅行に例えて説明しましょう」
「お願いします」
「たとえば東京から京都に行くときに、『京都に行く』ことだけが目的なら移動の時間は無意味なので、できるだけ短くしたい。ところが『旅を楽しむ』ことが目的なら、移動の時間も面白いと考えればいいんです」
「『京都に行く』のは未来が目的で、『旅を楽しむ』は現在が目的になってるってことですか?」
「そうそう。だから未来の成功に囚われ過ぎて、現在を楽しめないのはもったいないということです」
「やっぱり楽しむことが大事なんですよ。就活生の方に言いたいのはですね、やってて『面白い』と思わない仕事は何十年も続けられない、ということです。無理に仕事を面白がらなきゃ!モチベーションを上げなきゃ!とも思わなくていいんじゃないかな」
「いいんですか?」
「仕事だけでなく恋愛や人間関係でも同じです。いきなり写真を見せられて、『この女の子を好きになりなさい』って言われても無理ですよね。がんばって好きになる、というのも難しいですし」
「じゃあ就活のエントリーをするときとかも、企業のホームページを見て無理やり面白いところを見つける必要はなくて、なんとなく自分がわくわくしてきたらそれでいい?」
「ええ。もちろん何らかの事情で進路を一つに決めざるを得ないこともあるけど、そうじゃない選び方ができるときにはね。やってみて気がついたら面白かった、気がついたら面白くなかった、ということでいいような気がします」
「なんか気が楽になってきました。就活や働くことにおいて『本質を見なきゃいけないんだ』みたいにちょっと思っていたところがあるので……」
「『これはこうでなくちゃいけない』って気持ちでいると大変だと思いますね。いろいろな部分で無理が出てくると思うから。今は昔より、違うと気づいても方向転換しやすい時代になりましたし」
「なるほど…! 今日はいろんなアドバイスをありがとうございました」
「こういう話を経たあとで、大島さんがどんな仕事に就くのか楽しみですねえ」
【「大人の言う『成功』って何?」の答え】
「成功」という言葉の意味は、人によって違う。将来の成功ばかり考えると「今」を楽しめない。仕事を無理やり「面白い」と思わなくてもいい
取材を終えて
「取材」ということをほとんど忘れて、僕の悩みや疑問をぶつけまくる時間となりました。
取材の頃にちょうど発売になった『哲学の世界へようこそ。』のサブタイトル通り、まさに「答えのない時代を生きる」ための武器を岡本先生からもらえたような気がします。
実際、最近の岡本先生は大企業に呼ばれて、社員向けに哲学の講演をすることも増えているそう。テクノロジーの急速な発達で大きく変化する時代において、哲学に立ち返る流れが起きているんですね。
好きなことだけをやって生きていけるわけじゃない。
けれど、人生に究極的な目的がないとしたら、まず「今を楽しく生きる」ことだけを目指せばいい。
そしてどんな仕事でも、とりあえずやってみないとわからない。
まだまだ長い人生なんだから、自分が楽しくいられるような選択をしたいです。
また、「就活」に押しつぶされてしまう学生がたくさんいるのも事実。
哲学の力を借りることで、ネガティブな響きの「就活」も少しずつ変わっていけばいいなと思います。