みなさん、はじめまして。『schoo WEB-campus』というオンライン動画学習サービスを運営する会社で働いている小禄(ころく)と申します。ジモコロは一読者としていつも楽しく読ませていただいています。今回、そんなスクー×ジモコロの記事を書かせていただくことになりました!
突然ですが、みなさんは熱海へ行ったことありますか?
最近は某有名人の「新婚旅行はATM」発言があったり、芥川賞を受賞した『火花』の舞台にもなったりしましたが、昭和の高度経済成長期には新婚旅行ブームや会社の慰安旅行先としての人気が爆発し、その名を轟かせていた熱海…。
全盛期には、1日5000組の新婚旅行客が熱海を訪れた、なんていう話もあるくらいです。しかしながら、1990年に入りレジャーの多様化や海外旅行の大衆化などにより観光客が激減。2006年には熱海市長自ら「財政危機宣言」を出し、衰退の一途をたどっていました。
そんな熱海が今、ふたたび注目を集めています。
なぜ今、熱海なのか? そのカギを握るのが、注目の熱海PR事業であるロケ地支援プロジェクト「ADさん、いらっしゃい!」をたった一人で切り盛りされている熱海市役所の観光経済課に勤める山田久貴さん。なんと熱海のハリウッド化を企んでいるそうです。
ロケ誘致実績は、事業を始める前の2011年度(33件)と2014年度(111件)と比較して約3倍も増加!それにともなって観光客数も同年比で約20%(約50万人)増!!
つい最近、映画「火花」の撮影を真冬の海岸でやっていたとタクシーの運転手が言ってました。ほかにも代表作として…
●映画「パトレイバー 首都決戦」
●映画「ゴッドタン THE MOVIE2」
●映画「イニシエーション・ラブ」
●ドラマ「HERO」
●ドラマ「最高の離婚」
こんなにも有名作品が並んでいます(詳しくはこちら)。実績がすごい!
話を聞いた人:山田久貴(やまだひさたか)さん
熱海市生まれの熱海市育ちの生粋の熱海っ子。35歳で熱海市役所に転職。平成24年度に、「1年365日、24時間対応」のロケ支援事業「ADさんいらっしゃい」を一人で立ち上げる。その後、熱海でのロケを2年で3倍に増やすという劇的な成果を上げる。このインタビューを受ける人であり、最強の公務員。
つまり、たった一人で地域活性を成功させた鉄人なんです!
すごいぜ、山田さん!!
というわけで、各テレビの制作担当者から「神対応」と讃えられる山田さんに去る2月10日(水)、schoo WEB-campusにて公開生放送インタビューを実施。「熱海のブランド戦略」というテーマでプロジェクトを推進する際に大切にしてきたポイントや、仕事に懸ける想いなどを伺いました!
「お金のためとか、自分が注目されたいからとか、そんなんじゃなくて、熱海市民のため」
そんな言葉を恥ずかしげもなく真っ直ぐな瞳で言い放つ山田さんのお話が素晴らしすぎたのと、「地方×働く」というテーマにピッタリだったので、僭越ながらジモコロ編集長の柿次郎さんにお願いして公開インタビューの一部を寄稿させていただく運びとなりました。
※記事は動画の一部書き起こしとなりますので、フルで視聴したい方は以下より閲覧ください(2016年2月29日17:00まで無料視聴可)
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インタビュアー:小禄卓也(ころくたくや)
生放送動画学習サービス『schoo WEB-campus』を運営する株式会社スクーのコンテンツディレクター。インタビューする人。マンガが好き。
司会進行:大木しのぶ(おおきしのぶ)
『schoo WEB-campus』の学生代表アナウンサーとして、司会進行サポートを行う。インタビューする人。静岡県出身(※ただし浜松)で、名探偵コナンとマグロが好き。
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「24時間戦えますか?」を地で行く治外法権サラリーマン
「さっそくなんですけども、ロケ支援事業の名前が『ADさん、いらっしゃい!』なんですけども、これはやっぱりあの国民的番組から?」
「はい。これは私の感覚で、制作会社で働く方々って関西出身の方が多い印象があったんですよね。そこで、関西の制作会社さんに認知されやすいタイトルにしたいという思いと、彼らへの尊敬と親愛の情を込めてこのタイトルにしました」
「たしかに安心感ありますね」
「この資料を見る限り、『本当に一人でやってるのか?』って疑いたくなりますけど、本当にお一人なんですよね?
「もちろんです」
「もう少し具体的なお仕事内容を聞かせてもらってもいいですか?」
「はい。主に都内にいらっしゃる制作会社の担当者さんから、『◯◯という番組のロケがしたいんですけど、△△とか□□のような場所ありますか?』という依頼が来たとします。まずはそれに対して『こことかどうですか?』と提案します。そして、候補地のロケハンに同行し、案内。ロケ地が決まったら当日も同行して、お弁当の手配やロケ地の人との折衝などの段取りを一通り担当してますね」
「おぉ、山田さんがまさにADみたいなことをされるんですね」
「はい。いわば熱海の万年ADです」
「ほう」
「ADさんって普通は出世するとディレクターになりますけど、私はディレクターになれないADなんですよ」
「さすが生粋の熱海っ子ですね……。ちなみに、実際にどんなロケ地があるかご紹介いただけますか?」
「熱海市の有形文化財である起雲閣は有名ですね」
「ここは一般の方も観覧できる施設なんですが、昭和7年に東武グループの根津嘉一郎さんが建てた熱海三大別荘の一つです。調度品をそのまま残しているので、当時の時代にタイムスリップしたような感覚を味わえます。有名どころではNHKの朝ドラ『花子とアン』や、SMAPの木村拓哉さん主演の『HERO』などのロケ地で使っていただきました」
「こちらの廃校は、閉校してから約10年になる元中学校なんですけども。今までは何も使ってなかったけど、ロケ支援事業を始めた時に『もしや……』と思って制作会社さんに紹介したらかなり反響をいただきまして。この施設は24時間使えるんですけども、『パトレイバー』や『コープスパーティー』を始め、ホラー映画なんかが多く、年間10〜20作品くらいで使われています」
「ちょっとここで『ADさん、いらっしゃい!』の実績も見てみましょうか」
「平成24年度から26年度にかけて、60本から110本に増えてます。2年でざっくり2倍のロケが行われていて、入湯税ベースも大体105%くらい順調に成長している。事業を始める前から計算すると単純にロケ地が3倍以上になっているそうで。これ僕の勘なんですけど、もしかして山田さん2人いませんか?」
「いや、いませんから」
「あ、そうですか」
「もちろんロケの大小はありますが、1つの作品や番組で大体平均5日掛かるんですよね。それが110本ということは、ざっくり550日くらい。なので、1日にロケハン2件、合間抜けてロケハン2本やったりとかしてます」
「ロケ事例を見てもかなりバラエティに富んだ番組ラインアップなんですけど、『食いしん坊バンザイ』なんかは6週連続で取り上げてもらったとか」
「最初は熱海ともう1箇所の2箇所で6週放送の予定だったんですよ。それが、私がいろんなお店を紹介していくうちに、向こうのディレクターさんが『熱海で6週分いっちゃいます!』と言ってくださって。その後さらに、『食いしん坊バンザイ』の40周年記念の特番にも出していただきました」
「ちなみに、一度に回してる案件ってどれくらいですか?」
「365日、常に5〜10本くらい抱えてます。1本終わると2〜3本違う企画の話をもらったりして。平成26年度に映画のロケ数が伸びたのは、確実にリピートですね。『ロケ地で困ったら熱海』みたいなことになっているらしくて」
「それ、『困ったら熱海』というより『困ったら山田さん』ですよね」
「例えば、『学校のプールを明後日の深夜に使いたい』みたいな無茶振りとか」
「それも実現させるんでしょ?」
「何とかします」
「山田さん、寝てますか?」
「寝てます」
「公務員の信用」と「民間企業の柔軟さ」があれば最強
「そもそもロケ支援を始めようと思ったきっかけの一つが『双方の性質』ということなんですけど、これはどういうことなのでしょうか?」
「そもそものきっかけは、事業を始める前に一度ロケ地の紹介をしたことがあって、その時に制作会社さんがすごく気に入ってくださったんです。そこで、ひょっとしたらニーズがあるのでは……と思って始めました」
「そのニーズを見逃さなかったわけだ」
「はい。双方の性質という言葉には、『売る側とつくる側』『精通するものと無知なもの』『時間に対する双方の認識』の3つの意味があって」
「なるほど」
「1つ目は、熱海市役所という公的な立場で市をPRする立場と、制作会社という番組作りのロケ地を探す立場の2つの出合いがうまく噛み合うなと。そして、私自身が生まれ育った熱海のことを熟知している一方で、制作会社さんは当然熱海の知識はあまりありません。そのマッチングが2つ目のポイントです」
「熱海市としては観光に来てほしい。つくる側としては効率よくロケ地を探して撮影がしたい。そのニーズを満たすポテンシャルを持ったのがロケ支援事業だと」
「そうですね。そして3つ目の『時間』について。これが、私が24時間365日働く理由に繋がるのですけど、制作会社さんは夜中でも関係なく働いていたりしますよね? この働く時間を顧客である制作会社に合わせることで、ロケ支援事業の価値を2倍も3倍も高められるんじゃないかと思ったのです」
「すごい発想…。ちなみに、一人でやってて嫌になったりしませんか?」
「大変だから嫌になる…とかはないですね。見え方的には制作会社さんのために動いてるんですけど、その先には『熱海市民のためになる』という気持ちがありますから」
「実際動いてるのは一人だけど、市を背負ってるというか」
「そこまでは言わないけど、常に市民の方の幸せを思っています」
「もう…公務員の鏡じゃないですか! でも確かに、生まれ育った街が衰退していくのは悲しいですもんね。というか、制作会社の人たちは山田さんのことを公務員と思ってないんじゃないですか?」
「もしくは特命係長的な何か?」
「それは分かりませんけど、個人的には公務員のような信用と民間企業のようなバイタリティと柔軟さ。この両方を備えていれば最強だと思ってます」
「続いて、『一人で事業をやる理由』なんですけども」
「今まで働いてきた会社も、市役所で今の事業をやる前までも、基本的に常に組織で動くじゃないですか。◯◯会議とか◯◯チームとかが発生するんだけど、そこで侃々諤々やっても責任の所在が分からなくてね。チームリーダーがいても、彼らは複数プロジェクトを抱えていることが多いし、そんな時にプロジェクトがダメになっても、責任を取る人がいないことにいろいろ思うところがあったんですよ」
「組織でやることに対する疑念から、一人でやることを決めたと。その背景にあるのが、『顧客重視』という視点だと」
「はい。制作会社の方って『パッと何か思いついたら午前3時だった』とか全然あるじゃないですか。普通はそんな時間じゃ電話できないし、対応もできませんよね。それを私が向こうのリズムに合わせることで電話対応もできるようになる。しかも一人でやってるから抜け漏れが一切ない。僕が寝なければいいし、休みの日も出ればいいし、乾杯していても出ればいいし」
「念のため確認しておきますけど、強制労働じゃないですよね?」
「もちろんです。好きでやってます」
「なるほど、末恐ろしいですね。でも、そうすることで、組織の落とし穴や責任の所在が解消されると。一人でやればいいじゃないと」
「組織でやるのも大事なんですけど、僕がやってる事業に関しては、組織でやる必要がない。制作会社さんが決めたことに応えるだけなんで、こっちは決めなくてもいいですし」
「打ち返すだけなら一人でいい、と。一人でやる理由の2つ目として『コスト意識』とありますが、こちらはどうでしょう?」
「この事業に掛かってるのは、基本的に僕の人件費と固定費だけなんですね。要は、年間通して数百万円くらいがコスト。自分一人の経費でどれだけスピード感を持ってやれるかは、すごく意識しています」
「市役所は公的機関ですし、お店側に金銭的な何かを提供することもないですもんね」
「そう。私が市役所の職員だからというのもあって、飲食店なり旅館なり、熱海の人たちも積極的に協力してくれるようになるんですよ。自然と案件ごとにチームができちゃったりして。きっと私が個人事業として同じようなPR事業をやっていたら、ここまで協力してくれないと思います」
「そっか。お店側としてはロケ地として誘致することが広告代わりになって、結果的に集客に繋がりますもんね」
「ちなみに、熱海以外でロケ地誘致をやってるところはあるんですか?」
「フィルムコミッションという団体が各地にあります。規模の違いはあれど、大体みなさん複数人でやったりとかしていますね。私はこの事業を始める時に他の事業を研究したわけじゃないんですけど、『一人でここまでやれる人はいない』とはよく言われます」
「いや、まぁそうですよね……。そもそも名前からして『フィルムコミッション』と『ADさんいらっしゃい!』だもんな。独自路線感がすごい」
「あと、私が意識してるのは絶対に諦めないこと。例えば1つの候補地がダメでも、別の場所を必ず提案します」
「できません、とは言わないんですね」
「それが一つの信用に繋がるかな、と。公務員としての立場上の信用に加えて、職業人としての信用ですね」
「これがさっきおっしゃってた『個人的には公務員のような信用と民間企業のようなバイタリティと柔軟さ』の融合ですね! もう、熱海のプロですね。山田プロ。ちなみに、山田プロがライバルと思ってる都市はありますか?」
「負けたくないというのはないんですけど、追いつけ追い越せで、京都や鎌倉といったイメージがしっかりできあがっている都市になりたいですね。同じ土俵どうこうではなく熱海にしかないもので、しかもそれが行ってみたいと思ってもらえるようなイメージを確立させたいです」
B級グルメやゆるキャラに頼らない地方PRの考え方
「数字を見ても分かるように、現在順調にロケ地誘致の成果が出てきていると思うのですが、プロジェクト成功の鍵は何だと思いますか」
「この質問はいろんな方々から問い合わせをいただくんですけど、まず答えるのは、熱海のもつ特性です。『首都に近い』『海がある』『山がある』『島がある』『温泉がある』『グルメを唸らす食がある』『温泉街としての文化がある』『別荘地が並ぶ歴史がある』という8つの魅力を兼ね備えているところは熱海以外にないんですよ」
「言われてみればたしかに……!」
「なかでも首都圏との近さは大きな要因で、制作会社さんは東京に集中しているから、関東圏のマーケットは莫大なもの。近いから時間と経費がそこまで掛からないし、ロケやった次の仕事にも新幹線でさっと1時間で帰れたりする立地の良さは大きいですね」
「おー、それはありがたい」
「しかも、熱海は昔から観光地だったから、市民の方々も自然に観光客を迎える意識がある。市民の約8割がサービス産業に従事していて、街全体がウェルカムなんですよね。これがベッドタウンだったら、いくら有名な俳優がいたって、知らない人がウロウロしてるのは気持ち悪いじゃないですか」
「なるほど。例えばこれを他の都市が熱海に倣って『ロケ支援やろうぜ』ってなっても、そううまくいくものではないんでしょうか」
「ダメかどうかはさておいても、仮に僕が熱海じゃないところにいるとしたら、その街のポテンシャルを知るところから始めますね。林業がダメだから温泉掘ってやるとか、B級グルメとかゆるキャラとか、全部がそうなったらダメで、その街のオリジナリティを探し出してそれだけを磨いていくべき」
「その地域のことを深く掘り下げていくと」
「もともと持ってるものを活かす、ということですよね」
「はい。こういうことって簡単に言われるんだけど、簡単じゃないからこそ一人の人が考えてやり切ると、日本一になったりするかもしれないなと」
「ありがとうございます。最後に、熱海市の未来に懸ける想いを聞かせてください」
「この授業のタイトルにも『日本のハリウッドを目指す』と書いてあるんですけど、常に街のどこかで映画やバラエティなどのロケがやっていて、それに観光客が出くわして、『熱海ってロケ多いね』と思ってもらえるような、そういう街にしたいです」
「たしかに、『熱海に行けばロケに出くわす』みたいな体験が熱海旅行の定番になったら楽しそうですね。山田さん、貴重なお話ありがとうございました!」
インタビューを終えて
収録当日も、スタジオに到着するやいなや制作会社さんと電話で話し始めるなど、24時間365日フル稼働の片鱗を垣間見せてくれた山田さん。後日熱海に遊びに行った時も、起雲閣の方や網代漁港のお姉さんが「あぁ、山田さんね。いつもADさんみたいに動きまわってますよ」と言うくらい、熱海市民にもよく知られる方でした。
いわく、「長生きしたいとか出世したいとかお金が欲しいとか定年退職後にこんな商売したいとか、そういう考えがまったくない」そうで、「とにかくいい番組、いい作品に関わりたい」「地元熱海にたくさんの人を呼びたい」というピュアな気持ちで目の前の仕事に打ち込む姿は、まさに最強の公務員と呼べるのではないでしょうか。
ちなみに、schoo WEB-campusでは、2月〜4月ごろにかけて「持続可能性の高い文化を生み出す地域プロジェクト」をテーマにした授業を不定期開講する予定です。
2月25日20時〜21時、21時15分〜22時15分には、内閣官房の地域活性化伝道師などを担当され、数多の地域プロジェクトに経営視点を注入して回っている木下斉さんを先生にお迎えし、「経営視点で考える、成功する地域プロジェクトのつくり方」という授業を行います。
ご興味のある方は、生放送授業は無料なのでぜひチェックしてみてください!
※静岡には最強のオジさんがもう一人います
書いた人:小禄卓也
生放送動画学習サービス『schoo WEB-campus』を運営する株式会社スクーのコンテンツディレクター。インタビューする人。マンガが好き。 Twitter:@coroMonta / Facebook:takuya.koroku