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ローカル発酵食品は、先人たちのドジと知恵の産物だった?

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ローカル発酵食品は、先人たちのドジと知恵の産物だった?

くっさ!!!

 

いきなりすみません。ジモコロ編集長の徳谷柿次郎です。フグの卵巣糠漬けを嗅いだらこんな顔に……。

 

これ、猛毒のあるフグの卵巣を発酵の力で食べられるようにした珍味なんです。臭いは強烈だけど、味は美味しい。

猛毒を「美味しい」に変える発酵の力……ヤバくないですか???

 

 

ところで私たちの身の回りには、数え切れないくらいの発酵食品があります。

イラスト:小倉ヒラク

 

具体的にはパン、チーズ、ヨーグルト、日本酒、ワイン、漬物、さらに醤油や味噌といった調味料などなど。

めちゃめちゃ多い!!

 

これだけ多くの発酵食品が身の回りにある以上、むしろ発酵食品を口にせずに生活するほうが不可能というもの。「発酵」なしに人生を語れない気さえしてきます。

 

日本の歴史においてもそれぞれの土地・文化と密接に関係して、多様な発酵文化が生まれているはず!

 

そこで今回は、日本全国をめぐり、ローカルの発酵を知り尽くした小倉ヒラクさんに、ジモコロ的視点から話を聞いてみました。

 

話を聞いた人:小倉ヒラク

発酵デザイナー。東京農業大学で研究生として発酵学を学んだ後、山梨県甲州市に発酵ラボをつくる。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。著書に『発酵文化人類学』『日本発酵紀行』など。http://hirakuogura.com/

 

明太子もくずもちも、発酵食品だった!?

「発酵を専門にしてるヒラクくんだけど、昨年から全国をフィールドワークしてたんですよね」

「はい、ひとりで8ヶ月かけて日本をまわり、47都道府県それぞれに根付いた発酵食品を探しました」

「探すのって具体的にどうやって?」

「面白い発酵食品の情報ってネットで検索しても出てこないから、基本は現地で聞き込みです。地元の店に入って、おじいちゃんおばあちゃんに声をかけて。後半になるについて、アポなしでとにかく飛び込むことが増えていきましたね」

 

全国で見つけた発酵食品を集めた展覧会「Fermentation Tourism Nippon」を、渋谷ヒカリエ8階「d47 MUSEUM」にて開催中。今回は展覧会場でインタビューしました

 

「ジモコロの取材みたい。でも、それをひとりで8ヶ月って大変そう…」

「そうですね……旅が辛すぎて歯を食いしばりすぎたら奥歯がガタガタになって、親知らずを抜きました。

「身を削りすぎでは……?」

「そこで集めた発酵食品をマップにしたものが、こちらです」

 

各都道府県につき発酵食品1種類をセレクトしたマップ

 

「おおお、改めて発酵食品ってこんなにあるんだ……知ってるやつもちょこちょこありますね。しば漬け、甲州ワイン、くさや、水戸納豆……」

「実はこれも発酵食品だった!ってものが多いんです。九州の明太子とか」

「え、明太子も!?」

「はい。もともと魚の卵を唐辛子と合わせて乳酸発酵させる韓国のレシピを、日本でアレンジしたものなんです」

 

実際に会場で展示されている、発酵食品の解説

 

「へえー。確かにマップをよく見ると、意外なやつも……くずもちとか焼き饅頭も発酵してるんですか?」

くずもちは神奈川の川崎大師の周辺で売ってるものだけ発酵してるんです。焼き饅頭のほうは元々の材料が甘酒ですから」

「は~~なるほど」

 

「僕もジモコロの取材でけっこう全国回ってますけど、やっぱり分かんない食べ物も多いですね。山口の『あまぎゃあ』とか知らない。『北斗の拳』で雑魚キャラがやられたときの声?」

「れっきとした地元の伝統食ですよ。全国的な知名度が低くて、放っておくと失われてしまう発酵食品を発掘するのも今回の旅の目的で。愛媛の『いずみや』、青森の『ごど』、富山の『くろづくり』、宮城の『あざら』……」

「知らない固有名詞多くてパンクしそう」

「発酵食品って本当に種類が多いんですよ。基本的に、どんな食べ物でも何かしらの菌をつければ発酵する可能性があるので」

「おおお、つまり生けとし生けるものには発酵の可能性がある……!」

 

発酵の知恵は「偶然」から生まれる

「この新潟の『かんずり』っていうのは調味料?」

「はい。唐辛子を塩漬けにしたあとに雪の中に埋めて……それをまた引っ張り出して麹や調味料に漬けて、味噌みたいに発酵させた食べ物ですね」

「塩漬けにしてから雪の中に埋める! そういう作り方ってどうやって気付くんだろう……未来人か宇宙人が来て教えないと無理じゃない?」

「僕も気になったので現地で聞いてみたら、元々はただの唐辛子の塩漬けだったみたいで。それを軒先で干しておいたら落ちちゃったんだけど、落ちたことに気付かず、雪に埋もれたままほっといた。で、やがて雪が溶けて出てきたのを食べてみたら『うまい!』と(笑)」

 

「かんずり」用の唐辛子を雪原にまいている様子

 

「『これもこれでしんなりしててうまいじゃん』みたいな(笑)。発酵食品って、そんな風に偶然生まれてるものも多いんですか?」

半分くらいは偶然から生まれてると思います」

「すごい。昔のことだからマニュアルや本があるわけじゃないし、知恵として受け継がれてるわけですよね」

「昔なので、何か予期せぬ出来事が起こったときに『やり直そう!』って言えるほどのストックがない。うっかり偶然出来たものをどうするか?と考えざるを得ないことが多いんで」

「食べ物も今より少ないし。『これどうしよう……見た目はやばいけど、意外とイケるんじゃね……?』みたいな?」

「そう、そこから発酵の知恵が生まれている」

「なるほど、もったいない精神だ! 日本人のチャレンジの結果が文化として残っているんですね。そして、やっぱりおいしくないものは淘汰されていく……?」

「それが、47都道府県を巡ってきて『必ずしもおいしくなくていいんだな』とわかりました(笑)

「いいんだ(笑)。ごはんがすすんだり、お酒のアテになればOKみたいな」

「そう。なので、おいしいかおいしくないかで言うとけっこう微妙な、理解に苦しむ食べ物も……たまにあります」

「発酵デザイナーが理解に苦しむ発酵食品、逆に気になる」

 

1200年前から伝わる漬物? 発酵文化は時間軸がめちゃ長い

「僕は東京と長野で二拠点生活してるんですけど、長野の『すんき漬け』っていうのは初めて聞きました」

「赤カブの葉っぱを湯通しして、塩を使わず乳酸菌だけで発酵させたお漬物ですね」

「塩を使わない…乳酸菌で発酵っていうのは、ヨーグルト的な?」

「そうです。土から出てるカブの頭の部分に不思議な乳酸菌がいっぱいいて、そいつらを利用してて。この『すんき漬け』みたいに、塩を一切使わないお漬物は世界的に見てもウルトラレアです

「へええ! じゃあ塩分過多にもならない。そもそも発酵食品って体にいいんですよね」

「そうそう。健康もですけど、それ以前にお漬物の基本は『長持ちする』ってことですね。だから山の中にあって閉じられた町では、自分たちが食べるためにお漬物を作る

「今みたいに流通網が発達してないから、冬の間は漬物でビタミンを補給すると」

「また一方では兵庫県のお酒みたいに、東京へ持って行って売るために、お米を発酵させて付加価値をつける。発酵には静と動の両面があるんです」

「なるほど、留めるためと、移動させるための両方に発酵が利用されていたと。発酵文化のダイナミズム……!」

 

京都のしば漬け

「あと関西出身としては、京都のしば漬けが気になる。昔から日常的に食べてるんですけど、京都のは一般的なやつと違うんですか?」

「全然違いますね。伝統的な製法のしば漬けは京都の大原地区でしか作られてなくて、調味料や着色料は使ってないんです。材料は大原でとれる赤紫蘇とナスと、ちょっとの塩だけ」

「リアルしば漬けは超シンプルなんだ」

「シンプルだし、時間をかけて作られています。スーパーとかで売ってるものもそれはそれでおいしいんですけど、香りが全然違う。京都には800年くらい前から続くクラシックなレシピのものもあるので」

「800年!?」

 

「和歌山の金山寺味噌も800年くらいで、奈良の奈良漬は1200年くらい残ってます。愛知の八丁味噌も、記録されてるところで600年とかですね。たぶんもっと古いけど」

「時間軸が壮大すぎる……。このジモコロの記事が何年残るか分からないのに」

ひとつひとつに蓄積してる時間軸が長いのも、発酵文化の魅力です」

 

製法の掛け算、土地の掛け算

高知の「碁石茶」。茶葉はブロック状に固められた独特のかたち

「ちなみにこれ、高知の『碁石茶』。乳酸発酵してるので酸っぱいです」

「お茶も発酵??? この空間にあるもの、なんでも発酵してる……」

「発酵茶って日本にはほぼないんです。この『碁石茶』は、カビで発酵させたあとに、今度は乳酸菌で発酵させてるっていう超レアもの」

「発酵が二回!? 発酵って掛け算もできるんですね。じゃあカビと乳酸菌と、さらに別のものを掛け合わせたりも……」

「できます!それが青森県の『ごど』

 

「えぇ、あるんだ!? ていうか『ごど』って何語……?」

「もともと青森のお母さんたちが、手作りで失敗した納豆を何とか生き返らせようとして作った食べ物です。失敗した納豆に麹を混ぜて発酵させたあと、さらに乳酸菌を混ぜて酸っぱくさせる。納豆菌×麹×乳酸菌の掛け算ですね」

「へええ~~。失敗した豆を捨てるのがもったいないから、もう一回乳酸発酵させようと。暮らしの知恵だ」

「他にも、北海道の『山漬け』はアイヌの文化と会津藩の文化が合わさって生まれたハイブリッド発酵食品です」

 

サケを塩蔵した、北海道の道東エリアで作られる「山漬け」。めちゃくちゃしょっぱい

 

「もうわけがわからなくなってきた……。製法の掛け算もあれば、土地の掛け算もある」

「複雑ゆえに、発酵文化には現代の科学でも簡単に解明できないものがいっぱいあるんです」

 

「広島の米酢なんかも成り立ちが面白いですよ。広島の海沿いにある尾道は、かつて瀬戸内海で『北前船(きたまえぶね)』の運行ルートを牛耳っていて

「北前船って、江戸時代に北海道・東北と関西を結んで物資を運んだっていう?」

 

「そう。そのときに船が通る要衝の一つが広島でした。尾道の商人は、秋田から北前船で運ばれてくる安い米を原料にして、高価なお酢を作って儲けることを考えたんです。お酢の原料は米と水だけなので」

「安い材料にひと手間かけて、高く売る。商人魂を感じる…!!!」

「昔は下手なお酒よりお酢の方が高かったので、尾道は大もうけしました。お酢を売ってた豪商の家から、広島銀行や尾道の鉄道の創設に関わった有力者も輩出してるんですよ」

「お酢で作った財産が、尾道全体のイノベーションにもつながってるんですね」

ひとつの発酵食品には、風土・歴史・民族・微生物なんかの関係がすべて詰まってるんです」

「発酵食品から土地を見るの、今までなかった視点だなあ」

 

「未来の可能性」として発酵を提案したい

渋谷という立地だけあって、海外の方や幅広い年代のお客さんが来場している

 

「今日は濃い話がいっぱい聞けた……」

「単純に『日本の発酵食品おいしいよ、健康にいいよ』だけではなくて、発酵という視点で見ると、日本のローカルがいかにすさまじいかを感じてほしいんですよね。今回の展覧会は、そんな狙いもあって」

「すさまじい?」

「その多様性とガラパゴスっぷりと、ローカルで生きている人たちの世界観がいかに面白いか。そのストーリーを話すだけじゃなくて、発酵食品の実物を持ってくることで直感的に体験してほしくて」

 

展示会場では、実際に発酵食品の臭いを嗅げる。慣れてないとびっくりするものもあるので心して挑戦すべし

 

「そのためにひとりで47都道府県をまわっちゃうのが、わりと狂気じみてるな……」

「体が強いほうではないので、何回も倒れました(笑)。酒蔵とか醤油蔵とか、発酵に関わる場所ひとつひとつが情報の濃い異世界なので、頭がついていかなくて熱が出たり……」

「でも、それをやる必然性があったと」

「そうですね。実際の発酵食品を手にとったり嗅いだりしてもらいながらローカルに思いを馳せて、『日本とはなにか?』『日本人とは何か?』を感じてほしいです」

「ジモコロも昔の日本人を知りたくてやってる部分はあって。それを通じて、現代の文化の良さを知ることができるんですよね」

「そう。昔から続く文化はけっして博物館的なものじゃなくて、生きたカルチャーだと思います。超ローカルな日本人の生き様を海外の人にも知ってもらいたいので、展示の文章はバイリンガル仕様にしてあります」

「なるほどなるほど」

「海外の人にも見てもらうことで、単なる日本文化のアーカイブやノスタルジーではなくて『未来の可能性』になると思うんですよね。『この発酵食品を最新技術と組み合わせたら、もっと別の可能性があるんじゃないか?』みたいになるといいなと」

 

「ところでヒラクくんみたいな旅、若者が夏休みにやるのにいいんじゃないですか?」

「8ヶ月はやめたほうがいいと思うけど(笑)。みんなで車借りて1ヶ月巡るとか、3泊4日の発酵ツーリズムとか。やっぱり3泊以上すると、その土地に体がチューニングされて、新たな感覚が生まれるので。五感で土地を感じて、ローカルに溶けていってほしいですね」

「そして親知らずを失う…」

「そこまでしなくて大丈夫」

 

まとめ

発酵のプロ・小倉ヒラクさんへのインタビュー、いかがだったでしょうか。ヒラクさんの口から語られる「発酵」のすごさに改めて感嘆しきりでした。

 

このデジタルの時代に、あえて全国を行脚して東京に集められた発酵食品たち。

そして、展覧会というアナログな場でそれらの情報を浴びる感覚。

発酵文化の複雑さに脳が追いつかないこともありますが、それもまた一種の快感!

 

そんな展覧会「Fermentation Tourism Nippon」は7月8日(月)まで開催中です。
みんな、渋谷ヒカリエ8階へ急げ~~!

 

☆展覧会HP『Fermentation Tourism Nippon 〜発酵から再発見する日本の旅〜 supported by カルピス』

 

構成:大島一貴


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