こんにちは、景色に夢中なライターの友光だんごです。
だって見てください、この景色。どこまでも続く青空!!! 草原!!! と、ん……?
なんかいる。あれは……
牛だ!! 牛の群れでした。
野良なわけはないから、散歩中の牛…? にしてもめちゃめちゃいますね。
「あれは放牧で育ててる牛なんです」
「急にかっこいいポーズのおじさんが。どなたですか?」
「私はあの牛のミルクでチーズを作っている本間といいます」
「ヘー、チーズを。さっき放牧って言いましたか?」
「そう放牧、つまり放し飼いですね。放牧酪農はコストが減って酪農家の休みは増え、何より牛乳が美味しくなる方法なんですよ」
「ほほう…!!!」
ということで、北海道は十勝の足寄町(あしょろちょう)にやって来ました。
十勝といえば、現在放映中のNHK朝ドラ「なつぞら」の舞台。広瀬すずさん演じる「なつ」が牧場を手伝っていたように、広大な十勝平野では酪農がさかん。
十勝平野のなかでも、足寄は北部の山よりに位置します。
ここ足寄で「しあわせチーズ工房」を営むのが本間幸雄(ほんま・さちお)さん。6年前に長野から移住し、足寄でチーズ作りを始めました。
こちらが本間さんが作っているチーズ。なんとも美味しそう……!
しかし「放牧」の牛乳とはどんな味なんでしょう? スーパーやコンビニで売ってる牛乳となにが違うの?
「コストが減って酪農家の休みは増え、何より牛乳が美味しくなる」
という放牧酪農の秘密について、本間さんに詳しく聞いてみましょう!
牛が何を食べたかで、牛乳の味も変わる
「まず味わってもらうのが一番だと思うので、放牧した牛のミルクを飲んでみてください」
「ありがとうございます。おお?」
「なんかこの牛乳……黄色っぽい? いつもスーパーやコンビニで買うのと違う」
「まま、飲んでみてください」
「はあ…いただきます」
「んんん、濃い!!!!!! なんだこの味」
「なんかめちゃくちゃ濃厚です。初めての味。おいしい……」
「そうでしょう。牛が食べてる草の種類で、牛乳の味が変わるんですよ」
「んん、どういうことですか?」
「牛舎で飼う『舎飼い』の場合、餌は飼料や乾燥させた牧草。一方で放牧の場合、牛は地面に生えてる草を食べます。数十種類以上の草を食べるので、牛乳の味がぐっと濃厚になるわけですよ」
「へええ〜〜、では牛乳の色が違うのも?」
「はい、さっきの牛乳は黄色っぽかったですよね。あれは生の草に含まれるカロテン(ビタミンA)の色なんです。一方、乾燥させた草や人工飼料にはカロテンがあまり含まれていないので、市販の牛乳は白くなるわけですね」
「食べるものが違うから牛乳の味も変わる。言われてみれば当然ですが、意識したことなかったなあ。この牛乳で作ったチーズの味も気になります」
「では工房へ行きましょうか」
「放牧」のチーズの濃さに驚く!
「ここで6年前からチーズを作っています」
「あの濃い牛乳を使うと、さぞかし濃厚なチーズになるんでしょうね……」
「準備できました。いろんな種類を作ってるので、食べ比べしてみてください」
「いただきます」
「おおお〜〜〜。 さっきの牛乳を使ってるだけあって、味の奥行きがすごい。濃いなあ〜。それに、種類によって全然味が違うんですね」
「僕が作っている以外にも、いろんなチーズがありますからね。牛乳とヤギの乳でも味が全然変わりますし、面白いんですよ」
ちなみに、チーズをざっくり分類するとこんな感じ。製法や熟成させる期間で味や香りが変わる
「でも本間さんのチーズ、キャラメルっぽい風味がするのはなぜでしょう?」
「うちは銅の釜を使って、直火で作ってるんです。なので、ちょっと焦げたような風味が特徴なんですよ」
本間さんの工房で使っている銅製の釜
「へええ〜。例えが庶民的で恐縮なんですが、デパートや高級スーパーで売ってる外国のチーズっぽいと思いました」
「ああ、僕がチーズ作りを始めた時、まさにヨーロッパのチーズが理想だったんです」
工房の熟成庫に並んだ、たくさんのチーズ
「向こうのチーズって、口に入れた瞬間の香りや味の厚みが違うんですよ。日本のチーズの味が薄っぺらく感じるくらい」
「それって何が違うんでしょう」
「僕もそれが知りたくて勉強したり、海外へ何度も通ったりしました。そこで、あるフランスの方に教えてもらったのが素材となる『牛乳の違い』。放牧の牛乳がカギだったんですね。それから、北海道の放牧農場を回ったんですよ」
「そこで、先ほどの牛乳と出合ったと」
「はい。酪農家さんも紹介したいので、牧場の方へ行きましょう」
コストは減って休みが増える? 放牧酪農のメリット
足寄町で「ありがとう牧場」を経営する吉川さん
「こちらが吉川友二(よしかわゆうじ)さんです。17年前に足寄に移住して、酪農をされてます」
「どうもどうも。吉川です」
「こんにちは。牛乳、めちゃくちゃ美味しかったです!」
「そうでしょう。うちの放牧はニュージーランド式なんだけど、日本では数が少なくて。全体の2〜3%くらいじゃないかなあ。主流はアメリカ式の『舎飼い』なんです。でもメリットが多いから、もっと普及すればいいのにと思っていて」
「メリット。例えばどんな…」
「そうだねえ、あ、ちょっとごめんなさい」
「お〜どうした、来たんか。よしよし」
「(猫かわいい…)」
「そうそう、放牧のメリットでしたね。まずは効率がいいことかなあ」
「外で飼うと牛が逃げたり、管理が大変なのかと思ってました」
「舎飼いの場合、餌をやったり、糞や尿を人間が片付けなきゃいけない。でも放牧だと餌はそこら中に生えてるから勝手に食べるし、糞や尿も土に還るでしょう」
「あ、なるほど。放っておけばいい……だから『放』牧なんですね」
「ええ、舎飼いに比べて、放牧は日々の作業が少なくてすむんです。酪農家って大変そうなイメージありませんか?」
「ええ、一年中仕事があって大変そうだなと」
「吉川さんは1年間で2ヶ月休みがあります」
「2ヶ月も!?」
「牛って乳を絞れるのが年間300日くらいで、60日は出産前のお休み期間があるんです。一般的には出産時期をずらして年中乳が絞れるようにするんですけど、搾乳の作業が大変なんです」
「私は年末で搾乳をやめちゃうんです。なので、1〜2月は休みにしてます。もちろん最低限の牛の世話はやりますけどね」
「それでも、長期休みがあるとだいぶ違うでしょうね」
「放牧は、牛を自然のリズムに合わせて飼うやり方なんです。例えば出産時期を調整して、草が一番伸びる6月ごろに、牛が一番餌を食べる生後2〜3ヶ月のタイミングを合わせる。夏にしっかり草を食べて、冬はお休み。わかりやすいでしょう?」
「わかりやすいですね」
「だから放牧は『牛を牛らしく飼う』とも言えるのかな」
「牛を牛らしく飼う…!」
日本が「舎飼い」に変わった理由はアメリカだった?
「お話を聞いてるとメリットが色々あるのに、なんで放牧酪農をやってるところは少ないんでしょう。土地がないとか?」
「そうですね、特に土地の狭い本州ではハードルが高いかもしれません。あとは舎飼いのほうが牛を管理しながら効率よく育てられる、と考える人も多いです」
「機械を導入して牛の健康や搾乳量をコントロールしてる…みたいな農家さんを最近テレビで見ました。放牧だとそういうことは難しそうですよね」
「まあ結局、舎飼いと放牧のどちらが儲かるかって話じゃないかな。それは時代とともに変わっていくから」
「というと…?」
「元々は日本でも、放牧がスタンダードだったんです。でも、戦後にアメリカから安い輸入穀物のトウモロコシが入ってきたのを機に、みんな舎飼いに変わったんですね」
「当時は放牧よりも、牛舎で輸入穀物をどんどん食べさせて、どんどん乳を絞った方が稼げたからね。日本の畜産が、一気にアメリカ式になったわけです」
「戦後のアメリカとの関係が、畜産にも影響してたんですね。そしてその状況が今も続いている?」
「そうですね。いわば舎飼いが畜産業界の『常識』になったわけですけど、それから数十年経って、今度は輸入穀物が値上がりしてるんです」
「そういえば最近、牛乳やチーズが値上がりするニュースをよく見ます。少し前はバターが品薄になってましたし。それって穀物が値上がりしてるからなんですか?」
「いろんな要因がありますけど、餌代のコスト増は大きいでしょうね。今はむしろ、草のほうが安いくらいだから」
「つまり今は、放牧のほうが儲かる…?」
「私はそう思います。上の図を見てもらうと、舎飼のほうが必要な作業も設備も多いですよね。かかるコストは放牧の方が圧倒的に少ない」
「確かに……」
「でも、業界的には舎飼いのほうがいいって考えもまだ根強いんです。放牧をやる人が減ったから、技術を知ってる人も少ない。だからやる人も少ないんじゃないかな」
日本の農村から「文化」が消えた?
「牛って、そもそもは人間が食べられない草を、人間が食べられる肉やミルクに変えてくれる動物でしょう。なのに、なんで人間が食べられる穀物を牛に食べさせるのかずっと疑問なんです。餌の『転換効率』ってわかりますか?」
「てんかんこうりつ…?」
「食べた餌の何割が肉に変わるかってことですね。スーパーで鶏肉が一番安いのは、鶏の転換効率が高いから。鶏が5割くらいで、豚は3割、牛が一番効率が悪くて2割くらいかなあ」
「なるほど、餌のコスパが良い順で値段が決まってるんですね」
「でも、転換効率が悪いのには理由があります。牛が残りの8割を糞や尿として地面に戻すおかげで、土地が肥えて、草が生えてくるんですよ」
「よくできたシステム…」
「そのよくできたシステムを上手に使うのが、放牧酪農なんですよ」
「放牧酪農を続けてると、牛が草を食べて放牧地を広げてくれるし、土も年々よくなっていく。その過程を感じられるのが醍醐味ですね」
「一次産業って土に近い仕事ですけど、放牧酪農は特にそれを感じますね」
「誰かがそういう仕事をやらなきゃいけないからねえ。農家が生産しか求められなくなった結果、日本の農村は魅力がなくなってると思うんだ。これからは農家も文化づくりをしなきゃいけないと思うな」
「『文化づくり』?」
「酪農家が美味しい牛乳を作って、同じ村のチーズ職人が美味しいチーズを作る。外の人が農村に遊びにきて、牛乳やチーズを味わって、自然に触れる。他のいろんな一次産業でも同じだけれど、本来の農村にはそういう風景があると思うんです」
「ああ、なるほど、暮らしの文化というか。都会にはない『農村文化』ってことですね」
「ええ。効率化を求めて大規模化する農家も多いけど、大規模化=農家の戸数が減ること。農村に人が多い方が豊かな文化は生まれますから、規模が小さい農家でもやっていける仕組みが必要。だから酪農では、放牧に可能性があると思うんです」
「ヨーロッパの山の方に行くと、農村が元気なんですよね。週末になると人がたくさん来て、そこには大きなチーズ工房もある。僕も、あんな光景が理想です」
「まだ夢の段階ですけど、工房のまわりにキャンプ場を作りたいんですよね。この辺りは丘が多くて、ロードバイクで走るのに最高のロケーションなんです」
「そして都会から人が遊びに来て、放牧の牛乳やチーズを楽しむ。人の循環も起きるわけですね…!」
「ええ、やっぱり食は重要ですから。美味しい食べ物があれば人がやってくる。チーズを切り口に農村が魅力的になったら面白いと思うんです」
おわりに
自然の力を利用することで、効率よくコンパクトな酪農が可能になるという放牧。とはいえ舎飼いが圧倒的に多い日本では、導入するハードルも様々あると思います。
なのでまずは、「放牧」について、スーパーやコンビニに並ぶ商品とは別の牛乳があることについて、消費者である皆さんに知ってもらえると幸いです。
そして、もし興味が湧いた方は、放牧の牛乳を飲んでみてください。本能的な「美味い!」の説得力は、何よりも大きいと思います。
本間さんのチーズはウェブ上からも購入できます。詳細は以下のURLをご覧ください。
https://www.shiawasecheese.com/
僕はもう少し犬と戯れてから帰ろうと思います……それではまたー!
写真:原田啓介(Twitter)