こんにちは。ライターの坂口です。
さて、今年 学校を卒業するみなさん……
おっと、あまりにめでたいので一筆書いてしまいました。
いかがでしたか? 感動していただけたでしょうか? ぜひ、この私の想いが込もった書を胸に抱いて、輝かしい未来へと羽ばたいてくださいね!
冗談はここまでにして、本題に入ります。
卒業のときにもらうものといえば、そう。
しかしこの卒業アルバム、私が最後にもらったのは15年前。
当時発売されたニンテンドーDSが今や3DSに進化したように、15年という歳月は物事を大いに進化させるものです。
だから15年もあれば卒業アルバムだって進化しているんじゃないか? と思うんですよ。
▼卒業アルバムの私
卒業写真なのに、端っこで寂しそうにポツンと立っているこんな写真も、今の技術を駆使すればなんとかできるのでは!?
さっそくその事実を確認すべく、今回、とある場所へと潜入してきました。
ガシャコン・・ガシャコン・・・
ウィーンガシャン・・ウィーンガシャン・・・
はい! というわけでやってきたのは……
卒業アルバムを作っている工場です。
今回お伺いしたのは、繁忙期真っ最中の卒業アルバムメーカー『イシクラ』さん。
イシクラとは
http://www.ishikura.co.jp/
埼玉県にある、創業80年の卒業アルバムメーカー。本社には工場機能も備えており、デザインから印刷、製本まで、卒業アルバム制作に関わる工程を一手に請け負う。卒業アルバム以外にも、学校案内や部活動の映像、ウェディングアルバム、自分史、埼玉の高校サッカー雑誌『オーレ!埼玉』など、幅広い出版物の制作に携わっている。
工場がフル稼働しているこの時期に見学できるなんて、めちゃくちゃ貴重な機会ですよ!
まずはアルバムの進化についてお話を聞いていきますが、のちほど製作工程も詳しく見せてもらいたいと思います!
変わる卒業アルバム、変わらない卒業アルバム
今回、卒業アルバムの進化について教えてくれるのは、イシクラの広報部長・岡部さん。
「さっそくですが、私が高校を卒業した15年前から、卒業アルバムがどのような進化を遂げているんでしょうか?」
「技術的には、Photoshopが入ってきてからはだいぶできることが多くなりましたよ。たとえばこれとか」
「ん?普通の写真じゃないですか?」
「そう見えますよね。でも実は」
「ここにいるふたりは、あとから合成しています」
「えっ」
「BEFORE写真と見比べてみましょうか」
ほ・・ほんとだ・・・
「昔は、撮影日にお休みした人は丸抜きで表示されていましたが、今は、ほとんどがこのように自然に合成されているんです」
「もう欠席者が丸抜きの写真は過去のものなのか〜」
「あとは、こんな加工もありますよ」
「これは一体何が・・・?」
「つぶってしまった目を開いています」
「前列中央の男性の目に注目してください」
「Afterは目が開いている……!」
「クラスや学年全員など、大人数を同時に撮影する写真では、だれかが目をつぶってしまう確率が高くなりますよね。そんなときは、別の写真から開いている目を『合成』するんです」
「便利な時代になりましたね」
「ほかにも、眼鏡の反射や、風で乱れてしまった服装、晴れた空なども合成で直すことができるんですよ」
「すごい。じゃあ周囲に馴染めてない私のような子の写真も、楽しそうに見せる技術も」
「残念ながら、それは出来ないですね」
私の希望は叶いませんでしたが、思った通り、卒業アルバムはこの15年間で進化を遂げていました。
しかし、ここまでは技術面のお話。デザインや全体の構成、扱う内容などにも、何かしら変化があるのではないでしょうか。
「ほかには何かないですか?」
「あとは、個人情報保護の観点から住所録がなくなったり、デジタル入稿になり写真の点数を増やしやすくなったことで、1ページのカット数が増えたりしたことなどですかね」
「……地味な変化ばかりですね。もうちょっとパッとしたものはないですか? たとえば、紙面デザインの変化とか。雑誌の紙面とかだと、デザインの流行みたいなのってあるじゃないですか」
「あ〜、それは残念ながら」
ないですね。
「企画の根幹となる問いをそんなにもバッサリと?」
「たとえばこれ、うちの社員が入手した100年ほど前の卒業アルバムなんですけど」
「横型である点が特徴的なものの、先生や生徒ひとりひとりの胸上写真があって、集合写真があって、行事や部活動の写真がある、という内容の部分は、今とほとんど変わりません」
「オーソドックスな卒業アルバムの構成ですよね」
「それを、平成も終わろうという今日までずっと踏襲しているんです」
「やはり『いいものは変わらない』ってことなんですかね」
「もちろん現状のものが最適の構成ということもありますが、これだけ様式が統一されているのは、僕としては卒業アルバム業界に内在する不条理の表れだと考えています」
「予想のななめ上の回答がきた」
卒業アルバムって、私たちがお金を払っているはずなのに、知らないうちに発注されて、いつの間にか手渡されるものですよね。
岡部さん曰く、ここに、卒業アルバムが変わらない一番の要因があるのだそう。
卒業アルバムの制作は、図のように、まず学校が写真館に撮影を依頼し、それを受けた写真館が卒業アルバムの制作をメーカーに依頼する、というフローになっています。
しかし、ユーザーの要望が分からない状態でアルバム制作を発注する学校サイドは、確実性のあるものを選ぶのが当然です。
そうして結局、毎年「去年と同じ」という発注内容がくり返される、という流れができてしまっているのだとか。
「僕はこの流れを変えたくて、広報の仕事を始めたんです」
「いち卒業アルバムメーカーの広報をすることで、この業界の流れが変わるんですか?」
「僕はそう考えています。なぜなら、この流れを変えるただひとつの方法は『ユーザーが卒業アルバムの選択権を持つこと』だから」
「『去年と同じ』という依頼内容になる背景には、ユーザーでない学校や写真館が発注元になっていることがあるんですもんね」
「そう。でもユーザーのみなさんに『卒業アルバムを選びたい』と思ってもらうには、まず、世の中にはいろんな卒業アルバムメーカーがある、と認識してもらう必要があるんです」
「なるほど、イシクラさんがSNSで積極的に発信しているのは、そもそも世の中に『卒業アルバムメーカー』という存在自体を認識してもらうためだったんですね」
イシクラのFacebookページには卒業アルバムにまつわる情報がまとめられている
「そうなってくれればいいなと思っています。その先に『イシクラのアルバムがほしい』と言っていただければ本望ですけどね」
「岡部さんさては敏腕ですね?」
「というわけで今日は、エンドユーザーのみなさんに卒業アルバムメーカーのことを知ってもらえる、とてもありがたい機会なんです。生産工程ぜんぶお見せしますので、ぜひ世の中に僕たちの存在を伝えてください!!」
「急に私の責任が重くなったように感じるのは気のせいでしょうか?」
毎年3,000校以上のアルバムを制作する「卒業アルバムメーカー」がやっているのはこんなこと
一冊のアルバムが完成するまでには、大きく分けて4つの工程があります。
①ページのレイアウト作成など、原稿(データ)を作る「制作」
②版への現像やオンデマンド印刷をする「出力」
③版から紙に印刷する「印刷」
④印刷された紙を本に仕上げる「製本」
イシクラさんでは、このそれぞれの工程を担当する部署がすべて、自社ビルの1〜4階に揃っているそう。要は出版社と印刷会社がくっついたような規模感ってことですよね。すごい。
「これらのチームが一丸となり、原稿作成から製本まで、年間3,000校以上の卒業アルバムを作っています」
「1校100部だとしても全部で30万部は作るってことですね。相当な量だな……」
「完成したアルバムはすぐに発送するわけではなく、卒業式直前までイシクラで保管するので、3月上旬のオフィスは大変なことになってますよ」
「大変なこと?」
「ビル内に、卒業アルバムが入った箱が溢れかえるんです」
「廊下とかにも?」
「そうそう。箱で道が狭くなって大変です(笑)。発送前のアルバムを保管する倉庫もあるんですが、3月に差し掛かるころにはいっぱいになっちゃうんですよ」
「3000校ぶんも作ったらそうなりますよね……! でも完成したら、すぐに送ってしまえばいいのでは?」
「あんまり早くに送ると、学校のなかで情報が漏れてしまう危険性があるので、式の直前にしか送らないようにしているんです」
「リスク管理を徹底してるんですね……!」
総額ウン億円!! 生産を支える高性能な機械たち
「それじゃあここで、生産の要となる、イシクラの高性能な機械たちを紹介しましょう」
「おお! 高まります」
「まずは、少部数の印刷に使われる『インクジェット印刷機』……」
1台 5,000万円!
「ご、5,000万!」
「卒業アルバム印刷の主力『オフセット印刷機』……」
2億円 × 3台!!
「に、2億円!」
「そして、世界に3台しかないイシクラオリジナル設計の製本機械『全糊製本丁合機(ぜんのりせいほんちょうあいき)』……
7億5千万相当!!!!(購入当時の価格で1億円)
「ぜんぶ額の桁がおかしい」
「これらの機材投資を惜しまずにしてきたからこそ、激しい市場競争にも負けず、昭和19年の創業時から今まで生き残れてきたんですよ」
いいモノを作るために、熟練の知識と経験は欠かせない。イシクラが誇る職人たち
「ただ、クオリティの高い卒業アルバムは、機械の力だけでは完成しません。というわけでここからは、イシクラが誇る卒業アルバム職人たちを紹介します」
「この部屋では、アルバムに使う写真を色補正しています。11月〜3月の繁忙期には、ひとり1日で1,000〜2,000枚程度の画像を補正するんですよ」
「さっきから作業見せてもらってますけど、速すぎて何やってるのかよく分かりませんね」
「1枚だいたい10秒以内で補正してますからね」
「すごい世界だな」
印刷オペレーターが印刷物をチェックする様子
「印刷の部屋では、印刷オペレーターが印刷物の色味を定期的にチェックしています」
「刷り終わるまでボーッと待っていればいいわけじゃないんですね」
「印刷の途中で、見本の色とずれてしまうことがままありますからね。チェックには機械も使用しますが、ここでの判断が印刷の仕上がりを左右するため、経験、知識を持った職人の目による確認は欠かせないんです」
文集や少部数印刷を担当する「オンデマンドチーム」にて
「また、文集印刷にも地道な手作業が欠かせません」
「スキャンして、印刷するだけじゃないんですか?」
「文集の元になるのは、生徒の手書き原稿です。大切な原稿を綺麗に印刷するために、職人たちが、鉛筆の下書きが残っていたり、糊付けが不十分で剥がれそうなものは、消しゴムで消したり、テープで貼ったりしてくれているんですよ」
「製本チームには、どんな無理難題もこなしてくれる職人がいます」
「卒業アルバム制作でいう『無理難題』ってどんなものなんですか?」
「『50年以上前に制作した卒業アルバムを、原料含めて新品当時とと全く同じ状態に修繕してほしい』などの、通常とは違うイレギュラーな依頼です。今までに作ったことがないようなものでも、彼は手先がとても器用なので再現してくれるんですよ」
これが今までで一番苦労したアルバム。現在の製本技術では使われていない素材を使う必要があり、悪戦苦闘したそう
「ふと疑問に思ったんですけど、みなさん閑散期は何をしているんですか?」
「繁忙期に備えてトレーニングをしていたり、サッカー雑誌や『自分史』という書籍を制作したりしていますね。昔は今よりも子供の数が多くて稼げたから閑散期はほんとに何もすることがなくて、縁側で将棋したりしてたって聞きますけど(笑)」
「その時代のイシクラに勤めたい」
そして、アルバムは生徒たちのもとへ・・
「いやあ、今日は貴重な様子を見せていただいてありがとうございます! 見学中、すっごく忙しいはずなのにみなさん丁寧に対応してくれるのが印象的でした」
「卒業アルバムという親しみのある商品を扱っている会社なので、『喜んでもらえるものを作りたい』と思って入社してくれる人が多いんです。だから、人に喜んでもらうのが好きな社員ばかりなんですよ」
「素敵」
「だからこそ、変化できない卒業アルバムの現状について、フラストレーションを抱えているメンバーも少なくありません」
新入社員が研修のために作る、会社のメンバー紹介をする文集「イシクラアンソロジー」より。各年の新人のアイデアが光るデザインになっている。
「そうですよね。『ユーザーに喜んでもらえるアルバムを作る』という仕事が、構造上できないわけですもんね」
「営業の子なんかは、頑張って新しい提案をしたりしてるみたいですけどね。なかなか難しいみたいです」
「この記事で、少しでも多くの人に卒業アルバムメーカーのことを知ってもらって、力になれるように頑張りますね……!」
というわけで、卒業アルバムは今と昔でどのように進化してるか? を確認した結果、「ほとんど変わっていない、というか変わりたくても変われない」という業界の現状が見えてきました。
正直、こんな深い話になると思ってなかったです(笑) 。
でも、そんな現状のなかでも、はちゃめちゃに忙しい繁忙期を死にそうになりながら働いている卒業アルバム職人たちの姿を見て、より一層自分のアルバムが愛しく思えました。
だからこそこの記事が、卒業アルバムがより魅力的で、各学校の個性にフィットしたものに変化するきっかけになれば幸いです!
イシクラさん、お忙しい中取材に協力いただき、ありがとうございました〜〜〜!