こんにちは。ライターの井口エリです。
またがっているのは、あの「三億円事件」の犯行に使われたバイクをタクシー会社が再現したもの。
タクシー会社が、なんで?
さらにそのタクシー会社の営業所の前には、なぜかかっこいいロボットが。
……なんだこれ!?
ロボットとは記念写真も撮影できちゃいます。筆者のかっこいいポーズのセンスが無さすぎて泣いた。
タクシー営業所の前は交通量の多い道路で、通りかかる車の運転手さんはロボットのタクシーをガン見していきます。そりゃ気になるよね……!
2017年のエイプリルフール企画です
この「ロボットのタクシー」は、タクシー会社「三和交通」が2017年のエイプリルフールに企画・制作したもの。
トランスフォーマーっぽいな……と思っていたら、実際にタカラトミーの公認を受けているのだとか。
いや、だから、なんで??
しかも地元の人がたまたま目にしてTwitterにアップした投稿は、6万RT越え!
近所のタクシー会社わりと好き pic.twitter.com/e5wVq9cG6G
— よちぢま (@yotizima) 2017年4月20日
三億円事件を再現したバイクも、ロボットのタクシーも、この「三和交通」さんが企画して作ったもの。えっと、タクシー会社なんだよね?
私がイメージする“タクシー会社”はなんかもっとこう、地味な感じで……とにかく、イメージと違う。
なんでこんな企画をやるの……? この企画を考えてるのは一体だれ?
そもそもこのロボは走るのだろうか。ピンチに駆けつけてくれちゃったりする??
疑問がつきないぞ〜〜〜!!!!!
ということで今回は、そんなちょっと変わった企画を次々と実行しているタクシー会社、三和交通さんを直撃します。
お話を聞かせてくれたのは、広報の眞壁さん(写真左)と小澤さん(写真右)。
三和交通の本社があるのは神奈川県。横浜エリアを中心に、東京、埼玉など営業所は全部で8箇所あります。現在「ロボットのタクシー」が鎮座している府中営業所にお邪魔しました。
「ロボット」「忍者」「三億円事件」クオリティにこだわりまくる企画たち
「まず、入り口にあった『ロボットのタクシー』は一体なんですか? Twitterで拡散されているのを見てからずっと気になっていたんです」
「あれは2017年のエイプリルフールに、特設サイト用の企画として作ったものですね。前年の企画がドローンだったので、今年はロボットをやろう!となって。うちの整備部に『ロボット作って』と言ったら『わかりました』と」
「整備部のみなさん、理解がありすぎませんか? それで出来上がったのが、あのロボットタクシーだと」
「そうです。ただ、最初は『ろくでもないものが出来上がるんじゃないか』と想像して、代替案としてCGでロボットの制作も進めていたんです」
「(自分たちでお願いしたくせに勝手だ……)」
「そしたら土壇場であんなカッコイイのがあがってきたので、CG案のほうがボツになりました」
整備部が本気出すと、こうなる
「しかもTwitterで話題になったのを、たまたまタカラトミーさんが見てくださったらしく、いろいろなアドバイスに加えて公認までいただいて。『三和交通プライム』という名前も、タカラトミーさんが付けてくださったんです」
「普通は怒られそうなのに、タカラトミーさんの懐の深さよ……!」
よく見ると料金メーターが回りっぱなし。10万5,220円と結構な金額になっている。メーターが回っているということは、こいつもちゃんとタクシーといえるのだろうか。迎車でこれが来たらめちゃくちゃ驚くけど
「どこからこんな企画のアイデアが生まれるんですか?」
「代表の吉川から出てくるものが多いですね。奇抜な企画はだいたい社長の発案です」
「月に一度、新サービスの開発会議をしていて、毎月1つは企画のプレスリリースを出そうと取り組んでいます。社長はすごくアイデアマンなんですよ。世間に注目されやすい、いわゆるバズりやすい企画の方程式が頭の中にあるみたいです」
「社長は企画をひらめくと、社内チャットに即投げてきます。でも、それを形にするのが難しい……。吉川が投げてくるアイデア自体は炎上ギリギリか、ちょっとはみ出しているぐらいで。それを我々が調整を行って、実現までになんとか形にまとめるという感じですね」
「元はもっとトガってるのか……!」
「『忍者でタクシー』ツアーも最初はただの思いつきなので、内容がまったくないんですよ(笑)。“忍者がタクシーを運転している”という絵は想像できるんですけどね」
乗務員が日本伝統の忍者スタイルでタクシー業務を遂行するツアー「忍者でタクシー」(写真提供:三和交通株式会社)
「あとは我々が中心になって、どんな形で企画に落としこむか、そもそも忍者衣装で運転することは法に触れていないかなども考慮したうえで、ツアーの内容やリリース日、金額などを決めていきます」
「なので、過去には見切り発車した企画も結構あるんですよね。忍者のほかにSP風の運転手のツアーもあったんです。勢いだけでやってみたところ、ふたを開けてみるとお客さまから求められるクオリティーが思いの外高くって」
「『忍者でタクシー』は、最初はただ乗務員がコスプレするだけのものだったんです。しかし、それではお客さまの想像する“忍者像”を超えられないと思い、乗務員は伊賀まで忍者修行に行きました」
※タクシードライバーです
「え!????? 一企画のためにガチで忍者修行したんですか???」
「乗務員2人が伊賀で実際に忍者の修行をしました。滝に打たれたり、手裏剣を投げたり、忍者の心得を学んだり」
※くどいようですがタクシードライバーです
「そしてその2人が先生になり、今度は社内に忍者の心得を説いて忍者ドライバーを養成しました」
社内のYouTubeチャンネルにアップされた特訓の様子
「本当にやってる……! しかも、ちょっと楽しそう」
「あと忍者衣装って意外と高いんですよね。伊賀からホンモノを取り寄せているので、一着2万円くらいして……」
「た、高い」
「忍者の衣装代を申請するため、稟議書には衣装20数万と書くわけです。総務からは『採算取れますか?』と聞かれるけれど、もうやるしかないと。でも企画が決まってしまえば、あとはポンポン進んでいくので、形にしていく面白さはありますね」
「普通に運転手をしているよりも刺激がありそうですね。だって、今日は通常ドライバー、明日は忍者!みたいな日があるんですもんね」
「最初は面白系の企画ツアーをよく思わない社員も多かったんです。でも会社がメディアにたくさん取り上げられたり紹介されたりすると、社員のご家族からの反応がよくて。ご家族から『お父さんの会社がテレビに出てたね』みたいに言われると、やっぱりみんな嬉しいみたいです」
タクシーは「急いでいる人」だけが乗るものじゃない
「奇抜な企画ばかりかと思えば、『タートルタクシー』のように真面目な企画もあって。振れ幅がすごいですよね」
「タートルタクシーは、お客さまの意見から生まれた企画なんです」
『タクシーにゆっくり乗る』という新しい乗り方を提案する「タートルタクシー」。環境にも優しく、快適な乗り心地を目指している(写真提供:三和交通株式会社)
「ある広告祭に向けてなにか取り組みをしようと、タクシー乗車に関するアンケートをお客さんから集めたんです。そうしたら、『タクシーに乗った時、スピードが早いと思ったことがある』『怖い思いをしたことがある』という意見が思った以上に多くて」
「それは意外ですね。みんな急ぎたい時にタクシーを利用するものだと思ってました」
「そうなんですよ。乗務員も同様に『乗客は急いでいるからタクシーを利用している』と思っていました。実際にタクシーで『急いでください』という要望を伝えてくる方は多いんですよ。でも、アンケートを取ってみたら、実は急いでない人が7割ほどいたんです」
「タクシーを利用する人がみんな急いでいるというのは、我々の思い込みだった……?」
「そうなんです。さらに、急いでいない人の中には『急いでないからもう少しゆっくり走ってほしい人』が大半を占めていて。
そこから、急ぐべき場合とゆっくりでいい場合をお客さまに選択してもらおうと、タートルタクシーの取り組みが始まりました。車内に『ゆっくり』ボタンをつけて、急いでいない場合に意思表示できるようにしたんです」
椅子の背にあるボタンを押して……
「ゆっくりでいいよ」と乗務員にボタンで意志を伝えることができる
「タートルタクシーは、2014年に日本でグッドデザイン賞特別賞にも選ばれています。しかし、海外では賛否両論あったんです。というのも『口で言えば良いじゃないか』という意見が多くて。直接だと言いにくい、というのは海外だとあまり理解されなかったようです」
「あー、たしかにそうかも……日本人っぽさがそんなところで」
「でも、そのおかげで海外メディアが取り上げてくれたので、タートルタクシーは海外での知名度が高いんです。国内でも未だに取材を受ける機会はありますし、そういった意味では良い起爆剤になったんじゃないかなと思います」
面白い企画は採用につながる
「ちょっと失礼なご質問をするんですけど、ぶっちゃけこれらの企画で採算は取れているんでしょうか……?」
「いや、取れてないです」
「あ、ぶっちゃけた!」
「一つひとつ特設ページを作って大がかりにやってはいるけれど、正直なところ注文が全然入らないものもあります」
その土地にまつわる怖い話を乗務員に解説されながら、心霊スポットをタクシーで巡るガチ怖いツアー「心霊スポット巡礼ツアー」。巡礼に使われる車両は、全ツアー終了後にお祓いをしているので安心だそう! ※夏期限定開催のツアーです(写真提供:三和交通株式会社)
「ご好評いただいている『心霊スポット巡礼ツアー』も、実はかなりのサービス価格でして……。なので正直、企画自体で利益をあげようとは思っていないんです。さまざまなメディアに取り上げていただくことによる『広告費』として考えれば、全然安上がりなので」
「斬新な企画をやることで若い世代の目に止まって、タクシー会社に興味を持ってもらえればと思ってやっているところが大きいですね」
「現に私はタートルタクシーきっかけで、三和交通のことを知って入社しましたから」
「実際に企画が採用に繋がった例が、目の前に!!!」
「こういった企画をやるようになって、新卒採用は以前に比べて増えましたね。それまでは年に2〜3人の応募だったのが、今では多い時で20人ほど。単純計算で7倍くらいになっています」
「そのおかげか、今では乗務社員からあがってくる企画も増えているんです。たとえば『三億円事件ツアー』は、事件の起こった府中市の営業所から出てきた企画。当時はバイクを持っている20代前後の人はみんな容疑者だったと言われていて、捜査対象は11万人にも及んだと聞いています」
「世紀の大事件と呼ばれるほどですもんね」
1968年12月10日に発生した、日本犯罪史上最大のミステリー事件「三億円事件」。その犯行現場となった東京都府中市周辺を、犯人の足取りに沿って乗務員が解説を交えながら案内するのが「三億円事件ツアー」※期間限定開催のため、現在は募集を終了しています(写真提供:三和交通株式会社)
「乗務員の中には、その捜査対象だった者もいて。当時を知る乗務員やお客さま、近所の方からもお話を聞かせていただいてツアーが完成したんです。新卒を入れて、人材がだいぶ揃ってきた今だからこそ、こういった企画を実現できているんだと思います」
「社内に新しいアイデアや企画を出しやすい空気ができあがっているんですね〜。ちなみに企画がボツになることはないんですか?」
「よほどネガティブな内容じゃなければ通りますね。それよりもスピード感を重視しているので、以前私がポロっと『車内で傘を売ったらいいんじゃないですか?』と発言したら即採用、即実行。500円の折り畳み傘を販売することになったんです」
「へえー、便利だし売れそうじゃないですか」
「そう思って置いたんですが……」
「折りたたみ傘、全然売れないんですよ」
「(またぶっちゃけた)」
「なぜかというと、みんな傘を買いたくないからタクシーに乗っているんですよね。だから全営業所で一カ月に一つ売れるかな、ぐらいで。おかげで在庫がすごく余っちゃってるんですが、それでもお咎めなしなのがウチのすごいところだと思います」
「ひと月に一個なら……いつかは無くなりますよ、きっと……」
「そのうち社内で配り始めるかもしれません。もしくは僕のボーナスが傘の現物支給になるか……ですね(笑)」
「社長は『失敗したらやめればいい』という考え方なので、各営業所も萎縮することなくアイデアを提案してくれるようになりました」
(写真提供:三和交通株式会社)
「先日は営業所の発案で、富士スピードウェイで毎年開催される『エコカーカップ』というカーレースに参戦しました。タクシーで」
「タクシーで。レース場をタクシーが走っている絵面がシュールすぎる」
「ドライバーはもちろん、うちの乗務員たち。せっかくなのでメーターも回していたようで、レース場を一時間走るとだいたい1万7000円かかるということがわかりました」
「あはは(笑)。使いどころのない雑学ありがとうございます」
「社長を筆頭に、『失敗しても次!』みたいな空気が社内にできあがっているから、新しいことに取り組むハードルが低いんでしょうね。新しい企画をやりたくてもなかなかできない会社もあると思うので、三和交通から勇気をもらえるんじゃないでしょうか」
「うちの取り組みが業界のなかで良い指標になれればいいな、とは思いますね。タクシー会社は古くからの体制を継続しているところも多いので、新しい取り組みに対してどうしても腰が重くなってしまいがちなんです」
「一方で、最近では他社さんの企画タクシーを見る機会も増えました。我々の取り組みがすこしでも業界全体にきっかけや刺激を与えられたら嬉しいですし、タクシー会社全体の活性化に繋がるといいなと思いますね」
おわりに
横浜在住の筆者は、横浜の街を走っているタクシーとして三和交通のことを知っていました。ただ、ちゃんと意識を向けたのは「心霊スポット巡礼ツアー」が話題になったのがきっかけだと記憶しています。
今回の取材を通して「新しい企画を次々実現する横浜のタクシー会社」という印象だった三和交通が実際にどんな会社で、どんな風にアイデアが生まれるのかを知ることができました。
人々をワクワクさせる企画たちは、社長を筆頭に「みんながアイデアマン」として能動的に動いているからこそ生まれるのだと思います。三和交通が今後、タクシーでどんな面白いことをしてくれるのか楽しみです。
■取材協力
三和交通株式会社、三和交通多摩株式会社 本社営業所
https://www.sanwakoutsu.co.jp/