♪ボォォ~~~オオオ~~~~~~
♪ドゥンドゥンドゥジュゥゥウウウウウウウウ~~~
どこからともなく聴こえてくる。
大地を揺るがす原初の旋律。
誰かが楽器を吹いている。
心地よい低音の轟きに導かれ、音の鳴るほうへと吸い寄せられた。
カ……
カニ……
カ……カニの………
カニの楽器じゃ~~~~~~~い!
タカアシガニの管楽器じゃ~~~~い!!!
そう。心地よい旋律を響かせてたのは、カニで作られたディジュリドゥだったのだ。
ディジュリドゥとは、オーストラリアの先住民・アボリジニの管楽器のこと。
この「タカアシガニリドゥ」では、タカアシガニの長い足を管にして、甲羅で音を反響させて音を出している。
演奏風景がこちら。ところどころ挟まれる「カニ…」「カニカニ…」のセリフがユーモラスだ。
奏でているのはSMILY(スマイリー)こと北川和樹さん。
日本を代表するディジュリドゥ奏者で、TEDxTokyoや芸術祭、企業のレセプションパーティーからクラブイベントまで引っ張りだこの実力者。自身のfacebookグループ は9200人、Twitterフォロワーは4800人を超えている。
北川さんの製作したオリジナルディジュリドゥ
北川さんは、奏者でありながら製作者でもある。なんと1本5~6万円の自作ディジュリドゥを年間50本ほど販売しているという。
こちらは「TEDx」でのディジュリドゥ演奏。まだこの時はカニじゃない。
当然、カニじゃないディジュリドゥも吹く。ビートボックス(※)を駆使したオリジナル奏法がカッコいい! 心が芯から湧きたってくる感じだ!
※ビートボックス……ドラムの音やターンテーブルのスクラッチ音を、人の口から出る音のみで表現する技術。日本では「ボイスパーカッション」とも呼ばれることも
なぜ、これほどの実力派ミュージシャンが「タカアシガニリドゥ」を作ることにしたのか?
北川さんがお住まいの静岡県沼津市の戸田(へだ)までうかがい疑問をぶつけたところ、返ってきたのは
「……話は21歳の僕が、モテたくてオーストラリアへ行った頃にさかのぼります」
という言葉。
タカアシガニリドゥへと繋がる、壮大な叙事詩が紡がれはじめた。
路上演奏してたら先住民にめちゃくちゃ怒られた
松澤「えっと、最初はモテたくてオーストラリアへ?」
北川「はい、モテたくて、とりあえず1年間オーストラリアへ行くかと。エレキギターをやってたんで、海外でバンド組んだらステータスが上がってモテるんじゃないかと思って」
松澤「素直な行動力ですね」
北川「でも、向こうの空港に着いたらギターがぐんにょり半分に折れてました! 買い替える金なんてないし、勢いで来たから言葉もしゃべれない。モテるためには音楽やるしかないのにどうしようって絶望しました……」
松澤「出鼻くじかれすぎ!」
北川「途方にくれて土産屋を徘徊してたら、ディジュリドゥに出会ったんです。そこで『オーストラリアの原住民の管楽器か、これしかない!』と、一番安い土産用のディジュリドゥを買いました」
北川「で、その後に現地のシェアハウスに住んだんですが、2ヶ月も経つとお金がなくなってきます。仕事の面接に行っても、そもそも質問の内容が分からない。アワアワしてたら全部落ちました。やっと気づきましたよ、英語力必要だわって」
松澤「行く前に気づいて!」
北川「いや、でも待てよと。『英語力ないけどディジュリドゥはあるじゃん。毎日ヒマで吹いてたから音だけは出るし、これで稼げるんじゃね』と、路上演奏をはじめました。……でも、初日から嫌になっちゃって」
松澤「稼げなかったんですか?」
北川「現地のアボリジニの方々にめっちゃ怒られたんです。路上演奏の許可はとってたんですけど、すごい剣幕で来るんですよ」
松澤「え、なぜ怒るんでしょう」
北川「僕の演奏が下手だったんです。ただ音が出るだけでろくに吹けてもないのに、金稼ぎの道具にしやがってと。ディジュリドゥはアボリジニの神聖な楽器なので『バカにしてんのか』と怒ったわけですね」
松澤「初日からそれは心折れますね」
北川「『また怒られるわ、憂鬱だなあ……』って翌日も演奏しに行きました」
松澤「やるんだ」
北川 「路上演奏しては怒られてのくり返しですよ。ほんとに演奏も下手だったし、みすぼらしい格好でやって、『お金なくてヤバいんだろうな』って同情の投げ銭を狙っていました」
松澤 「その時は1日にどれぐらい稼げたんですか?」
北川「朝から晩まで1日やって、多くて50ドル、少なくて10ドルです。オーストラリアは物価が高いので、プレートランチですら20ドルします。シェアハウスに住んで自炊してもギリギリの生活でしたね」
松澤 「うーん、そんなもんですか」
北川「そうして毎日吹いてたら『お前、下手だけどガッツはあるな。うちで働かないか?』って声かけてくれた人がいて。それがシドニーで一番人気のディジュリドゥ専門店のオーナーだったんです」
松澤 「すごい! 見てくれてる人はいるんですね!」
北川「そのころ日本人観光客がかなり増えてて。店先でデモンストレーションして日本人を呼びこんで、さらに楽器の説明をしてもらおうって狙いがあったらしく」
松澤「まさに適役」
北川「そこから8ヶ月間勤めました。8時間働いて、そのあと路上演奏を3時間やるって日々です」
松澤「吹き方も教わったんですか?」
北川 「独学ですね。店にあったディジュリドゥの演奏CDを聴き漁りましたよ。ディジュリドゥって強く吹くと割れちゃうので、はじめは割りまくりで。でも、専門店でじゃんじゃん入荷されるから大丈夫。とにかく楽しすぎて、店のディジュリドゥを片っ端から全部吹きましたよ!」
松澤「ディジュリドゥの楽しさに目覚めたと」
北川「もともとバンドをやってたんで、伝統的なものとは違う特殊な吹き方になっていった結果、気づけばシドニーで一番上手い奏者になったんです。地元新聞の記事にもなりました」
松澤「すごいじゃないですか」
北川「演奏力がつくと、路上でも3時間で120ドル稼げるようになりました。ちなみに『今ならどんだけ稼げるかな?』って2015年にチャレンジしてみたら、1時間半で300ドルいきましたよ」
松澤「はー、如実に反映されるんですね」
「ずっと見てたら閃いたんです。タカアシガニは吹けそうだ」と
オーストラリアでの生活を一年続け、帰国。その後、路上演奏を再開するも投げ銭文化のない日本では稼げず、北川さんはバイトをはじめた。
「表現したいレベルに達しているのに、歓声が起こるだけでお金をもらえるところまでいかない。オファーがあってもギャラがない」
そんな日々を過ごす中で、演奏へのモチベーションはどんどんと下がっていったそうです。
そんなときに、ビートボックスと運命的な出会いをしました。
「可能性を感じました。ビートボックスならディジュリドゥを吹きながら、ドラムパートもやれちゃう。そんな奏者はいないし、時間を投資する価値がある」。そう直感した北川さんは、0からビートボックスの練習も始めたそうです。
松澤 「ビートボックス×ディジュリドゥ。2つのスキルをかけ合わせて、唯一無二の存在になったんですね」
北川「伝統奏法は音楽的じゃないので、他の楽器とセッションする際にこちらに合わせてもらわないといけません。僕のやり方はリズムを作れるので、他の楽器がノってこれる。そうなると仕事の幅が広がりますよね。スポーツメーカーのブランドパーティーやクラブイベントまでサイトを通じて依頼が来るようになりました」
松澤「やっと演奏が仕事になり始めたんですね」
北川「ディジュリドゥ製作をはじめたのも大きいですね。いい演奏がしたくて、いいディジュリドゥが欲しかった。でも、オーストラリアまで行くのは高いから、自分で作っちゃおうと」
松澤「最初は自分のためだったと」
北川「はい。ただ界隈で名が知れてたので『スマイリー(北川さんの奏者名)が作ってるぞ!』って話題になって。作ったやつを吹いて実演するとすぐ売れました。年間50~70本ぐらい売れて、1本5~6万円から。日本でがっつりディジュリドゥをやってるのは100人ぐらいなので、かなりの確率で僕が作った楽器を持ってますね」
松澤「かっこいいですもんね、北川さんが作ったペイントリドゥ!」
北川「演奏に、製作に、忙しい日々を過ごしました。一息ついて今後のなりふり考えようと思ったときに、不動産屋の友だちが『いいとこあるよ』って、ここ静岡県沼津市の戸田(へだ)に誘ってくれたんです。2ヶ月だけ住むつもりが、いつの間にか戸田の地域おこし協力隊(※)をやることになって、結局1年半住んでます」
※地域おこし協力隊……地方が地域の活性化を目的に、ほかの地域の人材を採用する活動のこと
松澤「ミュージシャンから地域おこし協力隊への転身って、ずいぶん急ですね!」
北川「まだ移住もしてない、戸田に来た初日に道の駅でディジュリドゥを吹いたら、『ミュージシャンが引っ越してきたぞー!』って騒ぎになりまして。地元のライブに出してもらってるうちに、1週間でみんなと仲良くなってました。それで、地域おこし協力隊を勧められたってわけです」
松澤「うわー、音楽の力!地域おこし協力隊での仕事はなんですか?」
北川「動画での情報発信が僕のミッション。なかでも戸田名物のタカアシガニや深海魚を発信するのが役目です」
ーーついに出てきた、タカアシガニ!!
そう、戸田はタカアシガニの漁獲量が日本一の港町なのだ。
町中にはタカアシガニ料理の食堂が並び、にぎやかなカニの看板が目を引く。
— 松澤茂信 (@matsuzawa_s) 2018年4月6日
こんなナイスな看板も。
「お食事処かにや」の水槽にはタカアシガニが山ほどいて、記念撮影させてくれた。
めちゃくちゃ脚をバタつかせるので、エイリアンよろしく顔に張りついて寄生されないか不安だ。
カニ料理「の一食堂」が作ったタカアシガニの同人誌。ここいらじゃタカアシガニのデカさをコーラで測るのがイケてるぜ!
タカアシガニの甲羅も売られている。
カニの甲羅を彩色して、魔除けにも。
こんな感じで、家々の玄関にも飾られている。
松澤「ついに出てきましたね、タカアシガニ!」
北川「ある日、カニ料理屋さんに動画を撮りに行ったんです。『おいしいタカアシガニとおいしくないタカアシガニの違いは?』とか店長さんがタカアシガニを両手に持ちながら話してて。撮影しながらずっとカニの脚を見てたら『あれ、リドゥに似てるぞ?楽器にできるんじゃない?』って閃きました」
松澤「そうですか、閃きましたか」
北川「筒状なら水道管でも竹でもディジュリドゥにできるんですよ。楽器にするためには3m超のデカいタカアシガニが欲しいんだけど、僕は市場で買う権利を持ってません」
松澤「ふむふむ」
北川「それで権利を持っているお店の旦那さんに相談したら『え、タカアシガニを楽器にする︎ ま、いいや!北川くん、頑張ってるし買ってあげるよ!』ってプレゼントしてくれて!」
松澤「すごい理解者だ!」
北川「カニの脚を繋げて、吹いてみたらめっちゃいい音だったんです! 脚が振動して、頭で反響して、めちゃくちゃいい音が鳴るんです。ああ、タカアシガニって楽器になるべくして生まれたんだって思いましたよ」
カニはバックグラウンドが分からない。何を表現すればいいんだ
北川「伊豆経済新聞がすぐ取材してくれて、僕の演奏動画が何万再生もされました。それからだんだん全国区になっていって、『ぶらり途中下車の旅』とか『月曜から夜ふかし』とか有名番組でも紹介されて。今では月3〜4回は取材されてます」
松澤「テレビを見て、戸田に来る人も増えました?」
北川「増えたと思います。ラーメン食べてたら『あ、カニの人だ!』って観光客に言われることもあるし、僕のいないところでカニ屋さんが『カニ吹く人っています?』ってちょくちょく聞かれるそうです」
松澤「タカアシガニの町としてのPR効果がデカいですね! たしかにアクセスが良いとは言えない場所なのに、若い観光客がすごく多くて驚きました」
松澤「タカアシガニリドゥを吹いてるときって何を考えてるんですか?」
北川「吹く時は気持ちを大事にしてます。思いをぶつけるのが僕の演奏方法。でも、カニってバックグラウンドが分からないんですよね」
松澤「そりゃ、分からない」
北川「タカアシガニリドゥって何を表現したらいいんだよって悩みました。もう、想像するしかない。深海でおとなしく過ごしてたのに、トロール船で引き上げられて、食べられて。そうしたらカニは怒ってるはずだ。そうだ、怒りを表現しよう。そう思って吹いてます」
松澤 「あの大地を揺るがす響きは怒りのメロディーだったのか……」
レアスキルをかけ算して、唯一無二の存在に
北川 「最初はディジュリドゥで食ってけないと思ってやったことですけど、自由に、斜め上に進んで良かったなと。タカアシガニリドゥを始めた時、ファンの人たちも驚いてましたけど、最近では『前より声をかけやすくなった』って言われます。ディジュリドゥ一筋の頑固な職人だと思ってたけど、そうじゃなかったんだって。」
松澤「今年の3月いっぱいで地域おこし協力隊を卒業されますよね? 今後はどんな活動をしていくんでしょう」
北川「全国をまわって、各地の名産品をリドゥにしていったら面白いんじゃないかって思ってます。もう、うどんリドゥは試作品ができました。さぬきうどんを1本1本束ねて作ってます」
松澤「うどんリドゥ! それは何を表現するんでしょうね?」
北川「僕、うどんが好きなので愛を表現できそうです!」
ディジュリドゥ×ビートボックス×タカアシガニ。
レアなスキルを3つかけ算して、唯一無二の存在となり、町のPRにも成功した北川さん。ブランディングって、こういうことを言うんだろうなあ。
今後もさらにかけ算を増やしていく北川さんから目が離せない!
おまけのタカアシガニ汁
お土産屋さんでタカアシガニの脚を買った。カニしゃぶの余った部分なのだが、これだけぎっしり詰まって1000円ちょっと。お手ごろ価格!
脚を使って塩味のカニ汁を作ったのだが……
脚が長すぎて、器におさまりきれず、どえらいことになってしまった……。
うわ~、キレイ。お花みたい。
見た目はアレだけど、すごく美味かったです。
撮影:別視点・齋藤洋平(Instagram)