こんにちは、ライターの田中です。
みなさんは『BLUE GIANT』というマンガをご存知でしょうか。
現在ビッグコミックにて連載中の漫画で、作者は『岳』などでも有名な石塚真一先生。主人公が世界一のジャズプレイヤーを目指す、アツくてエモい作品です。
『BLUE GIANT』
仙台に住む高校生・宮本大(ミヤモトダイ)が、プロのサックスプレイヤーを目指して成長していくストーリーを描いた漫画作品。2017年には、第20回文化庁メディア芸術祭漫画部門大賞を受賞。
僕は連載開始当初からこの漫画のファンなのですが、各方面におすすめする内、周りでじわじわとハマる人が増えてきました。例えばこの男―
ジモコロ副編集長のギャラクシー
「このマンガ、マジで最高なんだが」
「でしょ? 主人公・大の真っ直ぐさや言葉は勇気を与えてくれるし、めちゃめちゃシビアな場面もあって、つい感情移入しちゃうんですよね。あと演奏シーンが本当にすごい。完全に音楽が聞こえてくる」
「わかるわ~。ジャズって最高だよね」
「……は?」
「ジャズ聴いたこともないくせに、何寝ぼけたこと言ってるんですか!!」
「なになに!? 急にどうしたの!?」
「『BLUE GIANT』は確かに最高ですけどね、僕のようなジャズ好きからしたら、ちゃんとジャズを聴いたこともない人に『ジャズ最高!』なんて言ってほしくないですね。例えばジャズバーへ聴きに行ったこと、あります!?」
「いや、無いけどさ……」
「話にならぬわ」
「だってジャズバーって敷居が高そうなんだもん。そもそも田中くんがジャズ好きっていうのも、どうせモテたくてカッコつけてるだけのニワカなんでしょ?」
「(ギクッ)そこまで言われたら黙っていられない! こうなったら、一緒にジャズバーへ行きましょう!」
ジャズバーはじめの一歩「料金の相場」
というわけで、やってきたのは六本木にあるジャズバー 『Alfie(アルフィー)』。
日本を代表するジャズトランペッター 日野皓正さんや、元ブランキージェットシティーのドラマー 中村達也さん、東京スカパラダイスオーケストラのNARGOさんや北原雅彦さんなど、超一流ミュージシャンの演奏を至近距離で聴ける老舗ジャズバーです。
<JAZZ HOUSE Alfie>
・営業時間|
月~土 open19:30 1st. 20:00 2nd. 21:30
※BAR TIME 23:00~ close 3:00 (No Charge)
日・祝 open 19:00 1st.19:30 2nd. 21:00
※日 ・祝はBAR TIMEなしでライブ終了後close
・住所|東京都港区六本木6-2-35 ハマ六本木ビル5F
・TEL|03-3479-2037
40年近くにわたり六本木という街でジャズを発信し続けてきた『Alfie』のオーナー・日野容子さんにお話を聞きました。
「今日はよろしくお願いします。ジャズバーについて話を聞きたくて」
「よろしくね。私でよければいくらでも」
「さっそくなんですが、ジャズバーって何となく敷居が高いイメージがありますよね」
「僕も含めて、『ちょっと興味があるからジャズバーに行ってみたい』という人は多いと思います。でも、まずは料金が心配。相場がわからないから、法外な値段を請求されるんじゃないかと……」
「一般的には、ライブのない時間帯なら、普通のバーと同じくドリンク代だけでも大丈夫だと思います。ジャズのレコードやCDがかかっていると思うので、耳を傾けながらゆったりと過ごしてください」
※Alfieは月曜から土曜の23時以降は普通のバーとして利用できます
「ライブに使うようなスピーカーでレコードやCDが聴けるっていうのは、それだけでもすでに最高ですよね。ただ、せっかくなのでライブを見たいな~!」
「まあそれがジャズバーの醍醐味ですからね。なら最低限、ミュージックチャージ料金と、ドリンク代が必要かな」
「ミュージックチャージというのは?」
「カンタンに言うと、演奏を聴くための”チケット代”ですね。出演するミュージシャンによってチャージは変動します」
『Alfie』のステージと客席の距離感。めちゃ近い
「チャージ料金はお店や出演者によって様々だけど、仮に4000円として……ウチの店では1ステージごとに1ドリンクは頼んでもらうようにお願いしてるから、その料金が必要ね。つまり5000円ちょっとあれば十分かな」
※ ドリンク代について=『Alfie(アルフィー)』では、演奏は休憩を挟んで2ステージあるので、連続で見たい人はドリンクを2杯注文する必要があります
「普通に居酒屋で飲むとしても、それくらいいっちゃう時ありますよね。至近距離でライブを聴けるっていうメリットを考えると、ジャズバーって結構リーズナブルなのでは……」
一般的なジャズバーの料金例
・ドリンク1杯|800円くらい〜
└ライブのない日時ならこれだけでOK
・ミュージックチャージ|4000円くらい
└ライブを見たいならチャージ料金が必要(出演者によって、また各店によって料金は違います ※僕が今まで行った中では3000円くらいの店もありました)
・食事代|1000円〜
└おなかが空いてるなら食事もね
「ちなみに容子さんから見て、ジャズバーデビューにオススメの店ってありますか? いや、もちろん『Alfie』も最高なんですが、世の中たくさんのジャズバーがあるし、住んでる場所によっては六本木は遠いって読者もいるかもしれないので」
「どの店に行けばいいのか迷う、という問題も、確かにある」
「それなら、吉祥寺のSOMETIMEという店がおすすめね。料金も手頃、料理も美味しい、ステージとの距離もあるから、フラッと立ち寄って遠くで聴きながら一杯飲むみたいなこともできる」
「ほうほう」
「私としては、みなさんの近所にあるお店に、もっと入ってみてほしいですけどね。ジャズバーは特別なものじゃなくて、もっと気軽なものであってほしいから」
今さら聞けない? ジャズバーのドレスコード
「ジャズバーと言えば紳士の社交場。というわけで僕が一番心配してたのは、ドレスコードです。今日も一応ジャケットを羽織ってきたんですが……だらしない服を着ていったら追い出されるのでは……!?」
勝負服のジャケットを羽織って六本木に現れたギャラクシー
「ないない(笑)」
「『BLUE GIANT』の主人公・宮本大も襟付きの服を着てることが多いから、ゴルフ場くらいのドレスコードはあると思ったんだけど」
「短パンで来る人もいるくらいだし、大抵の店はジーパンだろうがスニーカーだろうが、何も言われないんじゃないかしら」
「本当ですか? ジャズマニアって厳しい人が多いような気がするんですが……So Blueの平(たいら)さんとか」
「『BLUE GIANT』で、主人公の仲間に対して、“君は人間としてできてない”とか痛烈なことを言う人ね」
「今時そんな厳しいジャズファンはいないわよ(笑)。ただ、服装はカジュアルでもOKだけど、演奏の邪魔になるほど大きな声で話している……とかは困りますね。そういう時は『すみません。もう少し小さな声でお願いします』って声をかけることはあります」
「音楽を聞くためのバーならではのルールがあるんですね。とはいえ、普通に考えたらわかるようなルールですけどね」
「スケジュールを見ると、すごくたくさんのミュージシャンが出演してるようです。ジャズをよく知らないので、誰の時に行けばいいのか……」
「とっつきやすいのはボーカルがいるミュージシャンね。特にAlfieに出演するボーカルには私が『ボイトレ行け』って言ってるから、みんな腕(喉?)は確かよ。逆に、楽器演奏のみのインストゥルメンタルはちょっとハードルが高いかも」
「確かに、楽器のみだと聴く側にも素養というか、読解力がより必要かもしれないですね」
「ライブの聞き方で注意すべきことはありますか? YouTubeなんかでライブを見てると、演奏の途中で拍手が入ってますよね。どのタイミングで拍手したらいいんでしょう?」
「おそらくソロパートが終わったタイミングね。たとえばサックス、ピアノ、ドラムのバンドだったのに、急にサックスが一人で演奏し始めたらソロパートってことね。ソロ演奏が終わったタイミングで拍手したらいいわ」
ジャズにおけるソロパート
ジャズの特徴のひとつ。一般的に、曲の途中で各楽器のプレイヤーが即興(アドリブ)で演奏し、それぞれの持ち味を出す。
「『BLUE GIANT』にもよく、『よし、ソロいけ!』みたいなシーンがありますよね。漫画なら心の声も描写されますけど、実際にライブで見て『あ、ここがソロだ』ってわかるものですか? 目印に旗が上がったりします?」
「旗が上がればわかりやすいんだけど……そんなもん無くても、よく見てれば目で合図したり、他の楽器が静かになったりするのでわかるわよ」
「それこそ『よし、ソロいけ!』って声が聞こえるかのように、わかりますよ」
「そういうものなの? 本当に??」
と、ここで、取材当日出演されていたアルトサックスプレイヤー 纐纈歩美さんとピアニスト 松本茜さんの演奏が始まりました。
松本さんの奏でる軽やかなピアノ、そして纐纈さんの力強いサックス……! ボーカルはナシだけど、二人とも歌うように演奏しています。
ライブだから演奏だけではなくプレイヤーの表情がうかがえて、知らない曲だけどすんなり聴けるなぁ〜〜!
「あ!」
「今、確かに! サックスがピアノに目で合図した! そして『ソロ……イッちゃいなよ!』っていう心の声が聞こえた(気がした)」
「うんうん、そして実際ピアノソロが始まりましたね。ピアノソロの間は、サックスはそれをじっと聞いてるわけですが……『さすがね』って感じでニヤリと笑ってるのがカッコイイですね」
「なるほど。ソロは即興だから、仲間の想像すら超える演奏になることもあるわけか。ジャズバンドは仲間であると共に、プレイヤー同士の戦いの場でもあるんですね。これはアツいわ……。また見たくなった」
「でしょ~!!!」
「いや君のおかげじゃなくて、あの二人がすごいって話だから」
容子ママと振り返る、ジャズ史
「ここからは、ジャズそのものについてもお話を聞かせてください。ジャズとはどういう音楽なんでしょうか」
「一口にジャズといっても、色んなジャンルがあるからね……。まずは簡単に歴史を教えましょう。ジャズの発祥は20世紀初頭のルイジアナ州ニューオーリンズと言われているけど、ニューオーリンズ出身ミュージシャンの代表格がルイ・アームストロングね」
この素晴らしき世界「聞いたことある名前だ」
「1929年には、世界恐慌によってアメリカは暗く、絶望的なムードになったそう。そんなときに誕生したのが『スウィング・ジャズ』というジャンル。大人数のビッグバンド編成で、つい体が動いてしまうようなサウンドが求められたのね」
「ビッグバンドというと、日本の映画『スウィングガールズ』のような?」
『スウィングガールズ』
東北地方に住む落ちこぼれ女子高生が、夏休みの補修をサボるために食中毒で入院した吹奏楽部に代わってビッグバンドを組み、ジャズを演奏する青春映画。
「そう。あの映画で演奏された『Sing,Sing,Sing』は、スウィングの代表的な曲ね」
シング・シング・シング Sing, Sing, Sing
「1940年になると、コード進行に基づいたアドリブ演奏を楽しむプレイヤーが多くなってきたの。このプレイスタイルが、『モダン・ジャズ』の基礎になったと言われています。代表的なミュージシャンがマイルス・デイビスね」
「マイルス・デイビスといえば名盤『Kind of Blue』ですよね……! 僕が初めて聴いたのが15年くらい前だけど、今も色褪せない」
Kind of Blue
「マイルスのバンドからはピアニストのハービー・ハンコックやサックスプレイヤーのジョン・コルトレーンなどが巣立っていきました」
「プレイヤーとしても指導者としても一流だったんですね……」
「そのあとロックの要素を取り入れたフュージョンが誕生したり、クラシックやラテンとの融合が進み、さまざまな進化を遂げてきて今にいたるって感じね」
「ちなみに、日本だとどういう人が有名なんでしょうか」
「渡辺貞夫さんや、日野皓正、山下洋輔さんといったミュージシャンが有名かな。彼らは自発的にジャズ・アカデミーという勉強会を発足し、ジャムセッションなどを行なって切磋琢磨したそうよ」
「日野皓正さんといえば……さっき容子さんにもらった名刺によると、容子さんの名字も『日野』なんですね。珍しい名前なのに、すごい偶然ですね」
「あ、言ってなかったっけ? 私、主人が日野皓正の弟でね。つまり、私は義理の妹というわけ」
「!!」
「ちなみに元ブランキージェットシティのドラマー・中村達也くんは、主人の弟子よ」
「人脈すごすぎる」
「ジャズの歴史を教えてもらって、興味が出てきたんで、買って聴いてみたくなりました。容子さんオススメのミュージシャンがいたら教えてください」
「そうね……すごく選ぶの難しいけど、強いて挙げるなら、このあたりかしら」
Till Bronner
Chet Baker Sings
Brazilian Romance
Keiko Lee sings THE BEATLES
Closer
「聴いてみて、ジャズに興味を持ったら、うちの店にもきてくださいね」
「一人で来ても大丈夫ですか?」
「もちろん!一人で来てくれるお客さんもたくさんいるわ」
「『ジャズ好き』っていうとカッコつけていると思われそうで、友達をジャズバーに誘うことができなかったんですけど、これからは一人で来てみようと思います。お店でジャズ友達ができるかもしれないし」
「そういうときは店員と仲良くなるといいわよ。たとえば同じミュージシャンが好きなお客さん同士を紹介することができるので」
「おお! それはありがたいです。それにしても、今日お話をうかがっていて、ジャズバーも、ジャズ自体も、ものすごく自由だという印象を受けました」
「先入観なんていらないのよ。音楽なんて普段着で聴くものなんだから。ジャズバーはミュージシャンにギャラを払わなければいけないから、普通の居酒屋よりは割高だけど、お酒を飲んだり食事をしたりする感覚で来てもらいたいわね」
「ぜひまた来ます!今日はありがとうございました」
まとめ
というわけで、いかがだったでしょうか。『BLUE GIANT』好きな方は物語の世界観を五感で感じられるでしょうし、そうでない方も非日常の空間を手軽に味わえるはず。デートはもちろん、フラッと立ち寄るものオススメです。
ぜひ一度ジャズバーに足を運んでみてください。
取材協力:Alfie