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読むと後戻りできない「タネ」の話。手塚治虫『火の鳥』初代編集者が語る

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読むと後戻りできない「タネ」の話。手塚治虫『火の鳥』初代編集者が語る

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こんにちは、ライターの根岸達朗です。

 

僕がいま手にもっているコレ、なんだかわかります? 

はい。タマネギですね。

 

実はこのタマネギ、スーパーなどでは買うことができない固定種のタネから育てたものなんです。え……スーパーでは買えない? どゆこと? という人も多いと思うので、簡単にご説明しますね。

 

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固定種というのは、目的の品種(ここではタマネギ)をつくるために、代々同じような形質を示す植物の集団をタネ屋さんが何世代にもわたって掛け合わせたもの。いわゆる伝統野菜と呼ばれるものは、この固定種であることが多いです。

 

これに似ている言葉として、在来種があります。これはある地域の気候風土や栽培環境に順応した品種のこと。タネ屋さんが固定種をつくる際の掛け合わせのもとになっています。

 

これらのタネを使うと、育つスピードやサイズはバラバラですが、味が濃くてとても個性的な野菜ができます。さらに、タネを採って毎年再生産することもできます。

 

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固定種の新三浦大根

 

一方、スーパーなどに出回っている野菜の多くはF1種(Filial 1 hybrid)といいます。

 

同系品種の掛け合わせである固定種とは異なり、それぞれ違う品種の親同士を掛け合わせてつくる雑種の一代目なので、そのまんま一代雑種とも呼ばれます。

 

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特徴は、かたちや大きさが揃っていること、育ちが早いこと、たくさんの量を収穫できることなどが挙げられます。味は固定種よりも薄く、食べ応えが柔らかです。

 

では、どうして違う品種を掛け合わせて、そういう野菜ができるのか。それは、遺伝子の形質が出やすい方を「顕性」、出にくい方を「潜性」とするメンデルの法則」によって、雑種の一代目だけ両親の顕性形質(昔は優勢形質と呼ばれてた)が引き継がれるから。逆に二代目以降は潜性形質が現れます(見た目も味もめちゃくちゃな野菜ができちゃう)。

つまり、F1はもう一度育てるためによいものを選抜してタネを採っていくという、昔ながらの育種ができないのです。そこが今回の記事の大きなポイントのひとつです。

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どちらも自然界に存在するタネであることには違いないですし、どちらもあっていいものです。

 

でも、今世界の農業のスタンダードはF1であり、このままいくとそれだけが世界を完全に掌握して、昔ながらのタネがなくなってしまうのでは? と危惧している人も近頃は増えているんですよね。

 

たとえば、ジモコロで以前記事になっていた、山形県鶴岡市の「マッドサイエンティスト農家」こと山澤清さん。山澤さんは、日本中から固定種のタネを集めてシードバンク(種の保存)をしていましたし……

 

 

世界に目を向ければ、マイクロソフトの創業者であるビルゲイツも、多額の資金を投入して、北極に「世界の終末」に備えた種子貯蔵庫をつくっています。

 

 

……なんかみんな危機感抱きまくってるように見えるんですけど、タネを守らないと、僕たちの未来はどういうことになっちゃうんだろう……。

 

うーん。気になる……気になりすぎる……。

誰か、タネのことを教えてくれ〜〜〜!!!!

 

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はい。というわけで、やってきたのがこちらのお店。

 

埼玉県飯能市にある種苗(しゅびょう)店「野口のタネ」。家庭菜園向けの在来種・固定種を専門に扱うタネ屋さんです。

 

こちらの店主・野口勲さんは、伝統野菜消滅の危機を感じ、固定種のインターネット通販や店舗での販売を行いながら、全国各地で講演も行っているタネ業界の有名人。

 

そんな野口さん、実は異色の経歴の持ち主。それは、よーくお店を見てもらうとわかるんですが………

 

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ほらこの絵。

 

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どこかで見たことありません!?

 

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そう、あの火の鳥です!

 

野口さんはなんと、日本を代表する漫画家・手塚治虫の名作『火の鳥』の初代編集者だったのです。

 

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野口さんの膨大な手塚治虫コレクション。全著作が揃っているとか

 

『火の鳥』といえば、生命とは何かを問う超本質的漫画。その編集者が今はタネ屋さんをやっている。そして『タネが危ない』(日本経済新聞出版社)という本まで書いて、タネのピンチを世に訴え続けている……。

 

これはもう、相当すごいおじさんに違いありません。

 

タネが危ない

タネが危ない

 

生命の歴史を通じて、動物と植物は手を携えて進化してきた。

動物は植物を食べ、植物は動物の助けを借りてタネを生み、移動を委ねて、生存圏を拡大してきた。そして私たち人類の文明も、植物栽培によって生まれた。人類の歴史は植物栽培の歴史であると言っても過言ではない。しかし今、人間と植物の長い協調の歴史が、崩れさろうとしている。人々が何も知らない間に、タネが地球生命の環の中から抜け落ちようとしている。(『タネが危ない』より)

 

みなさん、準備はいいですか?

タネのヤバすぎる話、始まりますよ。

 

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話を聞いた人:野口勲(のぐち・いさお)

野口のタネ・野口種苗研究所代表。1944年生まれ。全国の在来種・固定種の野菜のタネを取り扱う種苗店を親子3代にわたり、埼玉県飯能市にて経営。伝統野菜消滅の危機を感じ、固定種のインターネット通販を行うとともに、全国各地で講演を行う。著書に『いのちの種を未来に』『タネが危ない』、共著に『固定種野菜の種と育て方』等。家業を継ぐ前には、漫画家・手塚治虫氏の『火の鳥』初代担当編集者をつとめた経歴を持つ。

 

 

自然なものを食えばいい

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根岸「野口さん、今日はよろしくお願いします。最近、タネのことが気になるようになりまして、今日はあれこれと野口さんにお話を聞かせていただきたく……」

野口「立ち向かいようがないよ」

根岸「え……?」

野口「立ち向かいようがないの。あなたひとりがタネのことを気にするようになっても、世界の流れは変えられません。これは工業社会すべてに関わる大きな問題ですからね。それに抗ったところで潰されるだけですよ

根岸「潰されるって……ええと、何の話でしょうか?」

野口「ああ、ごめんなさいね。うちは普通のタネ屋さんじゃないんですよ。いきなりこんなことを言って驚いたでしょう」

根岸「いえ……(驚いたけど)」

野口「これからタネの話をゆっくりと始めていくけれど、まず、前提の話をするとだね、今世界の人口が70億人でしょう。これが100億になるためには、タネを品種改良して、もっともっとたくさん収穫できる野菜や穀物をつくる必要があるわけです」

根岸「ふむふむ」

野口「で、みなさんが普段食べているF1の野菜というのは、そういう流れのど真ん中にあるものなの。それがなければ世界の人口はまかなえないし、経済も成り立たなくなっている、というところまではいいかな?」

根岸「あ、はい。世界の人口をまかなうためにはF1が必要と……」

野口「そう。でも、僕がこの店で売っている固定種のタネというのは、そういう世界のスピード感に合わせたタネではありません。たくさん収穫できるようなものではないし、育ちも遅い。かたちもバラバラ。だけど、味はいいし、なにより多様な個性がある。そういう自然のタネなんです」

根岸「自然のタネ」

野口「うん。そういうタネで家庭菜園をやって、自分で食べるための野菜を育てて、それでタネを採って、そのタネを次の世代に引き継ぐということを僕はやってほしいわけです。それをしていかないと僕たちはどうなるか」

根岸「どうなるんですか……」

 

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「滅亡するでしょうね。あと50年で」

 

根岸「ええええ!? あと50年で……!?」

野口「うん。それがはっきりするのが、そうだな、2世代……ちょうど今生まれたばかりの子どもたちが大人になる頃かもしれないなあ」

根岸「うーん。でも、世界の人口ってまだ増え続けてますよね。滅亡といってもそうすぐには……」

野口「あのね。今人口が増えてるのって、アフリカ大陸だけなんですよ。もちろんひとことにアフリカといっても、地域によって違うんですが、概ねそうだと思ってくださいね。で、その一方、僕らが暮らしている北半球の文明圏というのは、軒並み人口が減っています」

根岸「そうなんだ……」

野口「なんで減っているのか。それは食いもんがよくないからだと僕は思っているんですよ。自然なものを食えば、ちゃんと人口は増えるはずなんです

根岸「自然なものを食べる……」

野口「そう。そうすれば、ちゃんと子どもができますからね。でも、今は子どもが生まれない。それはなぜかといえば、ひとつに男性の精子の数が減っているからというのがある」

根岸「ああ。それはなんか聞いたことがあります……実際どのくらい減ってるんですか?」

野口「1940年代には男性の精液1mlのなかに精子が1億5千万いました。それが平均値ですね。でも、現代人の平均値は4000万以下。40%以下になっています。これはアフリカを除く、世界中がそうなっているといわれています」

根岸「えええ。40%以下……! 人類の歴史を考えても、直近80年だけでそこまで減っちゃってるのは……」

野口「まあ、その原因が食べ物であると証明されているわけではないんです。ただ、僕はタネ屋なので、その食べ物のもとになっているタネが気になる。F1ではなくて、固定種・在来種の昔ながらの自然のタネで育てた食べ物を食べていれば、そんなことにはならないんじゃないか、と思うからです

 

 

F1がなければ成り立たない世界

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根岸「うーん。だからといってF1を食べないというわけにもいかないですよね。農家さんもそれを消費者が求めるからつくるんでしょうし、みんながF1を中心に生活しているという現実があるわけで」

野口「そうですね。いくら味がよくても、かたちが悪かったり、育ちがバラバラの野菜だとお金にならないのが今の時代です。決められた箱のサイズに揃えて入れないと市場だって受け付けてくれませんからね。だからみんなF1で規格どおりの野菜を大量につくり、それを大量に売りさばいて何とか生活を維持している」

根岸「大変な時代ですね……」

野口「そう。金にならないことなんて誰もやらない時代なんですよ。そうやって農業も効率化を突き詰めていった。その結果、誰もタネを採らなくなったんですね」

 

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野口さんが見せてくれた『野菜出荷規格ハンドブック』。トマトやキュウリなど、あらゆる野菜の出荷規格が書かれている

 

野口「でも、本当にそれでいいのかと思うのはね、以前うちのタネで人参を育ててみたいという農家さんがいてね、その人にタネを譲ったんだけど、あんたのところのタネで育てた人参は野ねずみが食うから困るって。F1の人参は同じ畑でつくってもねずみが絶対食わないから助かるって言うんだよね」

根岸「その農家さんにとっては、商品にならないのは前提としてダメであると……」

野口「そういうことだね。つまり、今みなさんが食べている人参というのは、自然の生き物であるねずみが食わない人参ということなんですよ。でもそういう人参が市場には求められているから、農家はそれをつくらざるを得ない」

根岸「うーん……」

野口「で、その市場の客というのは8割が外食産業です。外食産業はとにかく自分たちの仕事に都合がいい野菜を仕入れないといけない。だからそれを市場に要求する。市場はそれを生産している産地に要求する。産地はそれをタネ屋に要求する。その第一の要望が、味のない野菜をつくってくれ、ということです」

根岸「ええ!? 味がなくていいんですか?」

野口「味付けは化学調味料を使って、我々がやるからいいと。なまじ野菜に味があるとレシピが狂うからっていうんだね。で、第二の要求が、雑菌のつかない野菜にしてほしいということ。それでいうと、昔はきゅうりにもイボがたくさんあったけど、今のきゅうりにはないでしょ?」

根岸「ああ、そうですね。ツルツルしてるのが多いかも」

野口「イボがあると突起に雑菌がつくし、除菌にも手間がかかる。だから、いっそ無くしてくれということなんですよ。そうやって野菜のかっこうというのが、企業の理屈によってどんどん変わっていくんです

根岸「なるほど……。企業は宿命として金を稼がないといけないし、たくさん稼ぐためにはたくさんつくってたくさん売りさばかないといけない。効率化も進めないといけない。そうした要請を満たすためにも今のF1があって、それなしではもう成り立たない世界になっていると……すごい話だ」

 

 

タネは買わずに採ればいい

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野口「と、まあ、まだまだ話したいことはあるんだけど……ひとまずお茶でも入れましょうかね。君はたばこは吸うかい?」

根岸「あ、はい。一応喫煙者です」

野口「そう。僕もたばこを吸うから、喫煙者がくるとホッとするんだよね。自然のものを食べなさいなんて言ってるけど、僕は体に悪いことは何でもやってきてますからね

根岸「ははは……(どう返せばいいのかな……)」

野口「僕のたばこを一本あげよう」

 

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根岸野口「(ぷかぷか……)」

根岸「(たばこ吸いながらインタビューするの初めて……)。ところで野口さん。今年4月に種子法が廃止されるという話がありますね」

野口「うん」

根岸「この法律って、戦後の食料自給を支えるために、国が主要農作物であるコメ、麦、大豆の種子生産や普及を管理してきたものですよね。それが廃止されることは、タネ屋としてはどうなんですか?」

野口「そりゃ、タネ屋としては賛成ですよ。だって、これまでコメ、麦、大豆に関しては全部国がやるからお前たちは手を出しちゃいかんと言われてきたんですから。70年もですよ」

根岸「そうか。タネ屋としては、これまでダメだと言われてきたタネも売れるようになる……でも、それが廃止されるということは、外国からもタネが入ってくるということじゃないですか?」

 

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野口「ああ、そりゃあもうたくさん入ってくるでしょう。たとえばアメリカのバイオ企業『モンサント』のタネとかね。モンサント知ってる?」

根岸「以前、WIREDで『完全なオーガニック野菜というのをモンサントがつくろうとしているという記事を読みました。すごいこと考えるなあと思いましたけど……」

 

 

野口「いろんな意見があることを承知の上で言いますけれど、彼らはミトコンドリア異常で子孫をつくれない雄性不稔のF1を世界に広げようとしているわけです。子孫がつくれないということはつまり、タネを採取できないということ。彼らはそうしてタネの技術を独占して大儲けすることを考えているかもしれません」

根岸「独占して大儲けか……」

野口「昔は世界中の農家が自分でタネを採取していました。だから、いち企業がタネを支配するなんてことはできなかったのです。でも、今の農家はF1で効率的に稼がないとやっていけない。タネだって採らずに買った方がいいわけです。だから、モンサントのような企業がどんどん大きくなっていく」

根岸「野口さん的にはあまりそれはよろしくないと考えているわけですね。でも、現実にモンサントのような外国企業のタネはこれからどんどん入ってきます」

野口「はい。だからそんなタネは買わないでほしいと思っています。現代のテクノロジーで生み出されたタネではなくて、昔ながらの方法で引き継がれた固定種・在来種のタネを守ることが、人類にとっては大切なことだと僕は思うからです」

 

 

健やかさを取り戻すために

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根岸「でも、モンサントのタネはさておき、F1そのものに関しては、高度経済成長を支えてきて、それなりの役目を担ってきたものだと思います」

野口「もちろん。だから僕はF1は否定しないですよ。否定はしないんだけれど、みんなが食べ物は買うもので、タネも買うものだと思っているような状況についてはちゃんと考えないといけないと思っています。それにこれからは今以上に、雄性不稔のF1が増えていくでしょう。それが人体に及ぼす影響も心配していますしね」

根岸「雄性不稔……そのあたり、もう少し詳しく教えてもらえますか?」

野口「わかりました。ここから僕の講演資料をお見せしながら説明をしましょう」

 

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野口「いいですか? これはそもそもの話なのですが、F1というのは雑種で、つまり別々の親の掛け合わせでできているのです。植物というのは雌雄同体だから、放っておくと自家受粉してしまうんですが、それをさせずにF1の交配種をつくるには、除雄(じょゆう)といって雄しべを摘み取る作業が必要なんですね」

根岸「除雄、なるほど」

野口「ただ、この作業がとても手間がかかる。だから、その手間を省くためにも、もともと雄しべがなくて花粉がつくれない雄性不稔の植物を利用できないか、ということが世界では研究されてきました。で、1940年代にアメリカでこの雄性不稔を利用したトウモコロシやタマネギ、ニンジンが開発されました」

根岸「はい」

野口「ただ、この雄性不稔というのは、先ほども言いましたがミトコンドリア異常なんです。ミトコンドリアというのは生命エネルギーの源で、その遺伝子は母親から子どもにだけ伝わります。雄性不稔は男性機能がない、人間でいうところの無精子症のような植物なので、その子どももまた無精子症になるのです」

根岸「ふうむ……野口さんはそのミトコンドリアが異常をきたしている野菜を食べることが、人体に影響を与えていると考えるんですね」

野口「そうです。ここからは私の仮説ですが、ミツバチがそれを教えてくれているような気がしています。というのも、1960年代から20年ごとに大量のミツバチが忽然と姿を消す現象がアメリカで発生しているんですね。死骸が巣のまわりにあるわけでもなく、忽然と、消えるんです」

根岸「20年ごと、ですか。何だか不気味な現象ですね」

野口「そう。この減少が最初に起こった1960年代というのは、雄性不稔のF1タマネギ種子が販売開始された1940年代から約20年後にあたります。そこからなぜか20年おきにこの現象が起きている」

根岸「へええ……」

野口「ミツバチというのは、全米で雄性不稔株の受粉に使われていたと考えられるんですが、私はこれ、雄性不稔の蜜や花粉を餌にして育ったミツバチが無精子症になったんじゃないかと考えています。それによって、巣の未来に絶望したハチたちがアイデンティティを失い、集団で巣を見捨てて飛び去った」

 

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根岸「ほおお……」

野口「これについては、ホームページにも詳しく書いてあるので、よかったら読んでみてください。僕はミツバチに起こったことは、同じ動物である人間にもきっと起こると思っています。そのときに世界中の食料作物がみんな雄性不稔になっていたら、取り返しがつかないことになると思いませんか?」

根岸「……でも、野口さん。今、世界は雄性不稔の研究をさらに進めて、より効率的に作物を生産していこうという流れではないのですか?」

野口「そう。日本も世界もあらゆる育種学の現場は、どうやって雄性不稔を見つけるか、それをどうやって別の植物に取り込むかを一生懸命研究しています。だからこんなことを言っているのは僕だけなんですよ

根岸「世界で野口さん、ただ一人……!」

野口「でも、もしこれから人口がどんどん減って、子どもが生まれなくなって、それはそういうものを食べているからだと誰かが証明したときに、どこかに自然のタネが残っていないと、もう僕たちは復活することができないでしょう

根岸「じゃあ、北極にある種子保管庫はひとつの希望に……」

 

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「あれは壮大な無駄に終わると思うなあ」

 

根岸「ええー!? ビルゲイツがんばってそうでしたよ!?(会ったことないけど)」

野口「一度、代謝を止められた命というのはそう長くは生きられないんですよ。だから僕は今からでも、自分で食べるものは自分でつくるようにして、少しでもタネを採りながら、それを次の世代につなげていこうと言っているんです」

根岸「そうか……」

野口「昔のタネっていうのは、一粒万倍(いちりゅうまんばい)といって、すごい力があったんです。一粒のタネがあれば、1年後には一万粒に増えるし、2年目には一億粒になる。3年目には一兆粒になって、4年目には一京粒になる」

根岸「おお」

野口そういう無限の命を持っていたのが昔のタネなんです。だから、それがどこかに残っていれば、もう一度文明を元に戻すことができる。人間だってかつての健やかさを取り戻すことができると、僕は信じているんです」

 

 

まとめ

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 人間が命をつないでいくためには、タネを未来に向かって採り続けなければならないという野口さんの哲学。そして、人間の精子が減少している原因は、雄性不稔のF1野菜にあるという衝撃的な仮説……。みなさんはどのように捉えましたか?

 

世界の大きな潮流とは異なる野口さんの言葉をにわかには受け入れがたいと感じた人もいるかもしれません。僕も正直、戸惑いを覚えました。

でも、僕がそうして戸惑いを覚えたのは、自分にタネの知識がないからということだけではなくて、タネに関わる多くの人たちが自分なりの「正しさ」なかで、最善を尽くして生きているんだろうなあと感じたことの方にあったかもしれません。

 

世界の育種学の現場では、それが人類のために有益だと考える、ある種の「正しさ」のなかで日夜研究が進められています。

その一方で、野口さんのように昔ながらのタネを残し、引き継いでいくことに未来があると考える「正しさ」もあるのです。

 

僕にはどの「正しさ」が真実なのかを問うことはできません。でも、この世界にもし真実といえることがあるのだとしたら、それは自分のなかにしかないということも、みなさんに考えてもらえたらうれしいと思うのです。

 

野口さんは現在、固定種・在来種のタネの重要性を訴える講演会を全国各地で開いています。タネ屋としての矜持がほとばしる野口さんの話は刺激的で、多くの示唆に富んでいます。みなさんも興味があれば、ぜひ自分なりの「正しさ」を探しに足を運んでみてください。 

 

ではまた!

 

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写真:小林 直博

 


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