あなたは「カレー」と聞いて、どんな料理を思い浮かべますか?
たぶん多くの人が一般的な、ご飯にカレーの添えられた「カレーライス」を思い浮かべるのではないかと思います。
しかし、実際のところカレーは、世界全体から俯瞰すれば欧風カレーとインドカレーのように地域によって大きな違いがあり、カレーうどんにカレーパンをはじめとした日本独自のカルチャーとしても発展しています。
さらに、都内や大阪を中心に多くのオリジナリティ溢れるカレー専門店が増加し、特にスパイスカレーの発展は近年すさまじい勢いを持っています。
もはや「カレー」という言葉が持っているのは、いわゆる家庭にある欧風カレーをベースとした「家カレー」だけでは説明できないものになっているんです。
これほどまでに日本のカレーカルチャーが深まっている理由は何か?
筆者のくいしんは、音楽フェスや野外の食イベントが増えたことをきっかけとした、カレーのストリートカルチャーとしての深化があるのではないかと仮説を立てました。
そこで今回は、10年半3,900日以上も毎日カレーを食べている「毎日カレー生活男」こと南場さんにお話をうかがいました。
なぜ、毎日カレーを食べ始めたのか…。
なぜ、カレーを10年半以上も食べ続けるのか…。
まずは南場さんご自身の10年半の道のりを聞きながら、「カレーは21世紀のストリートカルチャーなのか?」という疑問をぶつけてみます。
話を聞いた人:南場四呂右(なんば・しろう)
毎日カレーを食べる生活を綴ったブログ『365カレー(∞)』は10年以上継続中。カレー業界では知られた存在となり、カレーに関するイベントも多数開催。有名カレー店やシェフとの親交も深い。
カレーを食べ始めた当初は食に興味がなかった
「南場さんは10年半以上、毎日カレーを食べているんですよね?」
「そうなんです」
「なぜカレーを毎日食べるのか想像してみたんですけど。嗜好品であるお酒やタバコと同じように、いいスパイスを身体に入れるとキマっちゃって、めちゃくちゃ気持ちいいじゃないですか。そういう快楽性を求めてカレーに手を伸ばすんじゃないか、と思ったんですけど」
「むしろ逆かもしれないですね」
「逆、ですか」
「観念的な話になってしまうのですが、人間の欲望は果てしないです。つまり、スパイスの強さや、一口食べたときの驚きばかりを追い求めていくと、最終的に苦しみが生まれる気がするんです」
「食べたらアガるぜ!がスパイスの本質ではない、ということですね」
「それはそれで楽しいのかもしれないけど、僕自身は違うなって思います。スパイスでハイになる瞬間じゃなくて、その後の薬効を重視すべきなんじゃないか、って考えてます」
「スパイスって、漢方生薬ですもんね」
「そう。だから、カレーって根本的に身体にいいはずなんですよ。胃腸にいいとされているスパイスもあるんです」
「なるほど…。では、なぜ毎日カレーを食べようって思ったんでしょう?」
「あぁ。それはですね…」
「(ゴクリ…)」
「毎日食べるものを選ぶのがめんどくさいじゃないですか。それで」
「えっ」
「ええええっ!!!! 最初のきっかけってそれだけなんですか!?」
「最初に始めたのは2004年なんですけど、当時は食に興味がなくて。何も食べずにいたら夏バテしてしまいました。で、40日連続でカレーを食べて、夏バテを治したんです」
「えっ…。でも、カレーは好きだったんですよね?」
「好きというか…。毎日食べられるかなぁ、って思って」
「好きというわけでもなかった」
「なんなら、スパゲッティのほうが好きでした。上京して、スパゲッティ屋さんで働いていたくらいです」
毎日カレーを食べようと思ったきっかけ
「2004年の夏に40日間毎日カレーを食べて、次に、2005年の一年間毎日食べたってお聞きしました」
「そうですね。そのあと一年半お休みして、2007年7月1日から再開して、そこから10年半を超えました」
「2005年のときは、なんでまた毎日食べようと思ったんですか?」
「元日にデニーズでたまたまカレーを頼んで、なんとなくですけど、今日から毎日カレー食べてそれをブログにアップしようって思い浮かんじゃって(笑)」
「このときもまだ、そんなにカレー好きには火がついてませんでした」
「カレー大好きというわけでもないのに、一年間毎日カレーを食べていたんですか…」
「これは真剣な気持ちなんですけど、献立を毎日考えていろいろ違うものを食べてるみなさんのほうがすごいと思います」
「(南場さん…それはふつうだと思うのですが…)」
スパイスの香りをきっかけにカレーにハマる
「いつだったかな。数年間、毎日カレーを食べてたら、だんだんカレーに興味が湧いてきて。スパイスの香りのよさに気づいた瞬間に、『カレーっておもしろい!』ってなったんです。ふつうの料理ってこんなに香りがいいんだっけって思って」
「今はカレーが大好きなんですよね?」
「そうですね。そこからはどっぷりハマっていって、いろんなお店に行ったり、カレーのイベントに行くようになりました」
「なるほど…。『今日はカレー食べるの無理だー!』という日ってなかったんですか」
「昼ごはん食べる時間をつくれなくて、夜に飲み会があった日ですね…。23時50分にふと思い出して、立ち食いそば屋さんに駆け込んで食べたことがありました」
「ギリギリですね」
「もうひとつ、2泊3日で韓国に行って、1日目の夜に食べ過ぎてお腹を壊して、2日目は何も食べられない状態だったことがあって」
「ピンチだったんですけど、実はそのとき保険として、ヤマザキのカレーパンを持っていってたんです」
「カレーパンは、セーフなんですね(笑)」
「一応自分の中でのルールは、ペーストになっていたらセーフっていうゆるい決まりでやってます」
「体調を崩したときに『カレー食べるのしんどいな』って思うことはないんですか」
「自作カレーでもオッケーなので、刺激の少ないスパイスで、スパイスおかゆをつくることがありますね」
「あっ、なるほど。カレーおかゆ」
「カレーおかゆだってカレーです。カレーって、多様性の文化なんですよ。『カリー(curry)』には学術的な決まりはなくって、定義できないものなんです。つまり、カレーって、自由。南インドと北インドでも違うし、ネパールカレーもあるし」
「たとえばインドの南と北では何が違うんですか?」
「よく言われるのは、北は、クリームやナッツが使われていて、リッチなカレーが多いんです。小麦粉の文化なので、ナンで食べる。南インドは海が多くて熱いのでシャバシャバなんですよ。稲作文化なので、ライスで食べるっていう」
「へえ!」
「カレーを通して、歴史や風土を学べるんです。カレーには明確な定義がないからこそ、いろんなカルチャーの境界をまたいで発展できる」
「なるほど。カレーにもいろいろ種類があるし、ビリヤニとかもカレーの一種ですもんね」
「食材はもちろん、歴史や風土を含めた土地の文化を、どうやって料理するかなんですよ」
表現としてのカレー
「カレーは多様性の文化ということで言うと…Facebookを見させてもらったんですけど、南場さんはフジロックに行かれてるんですよね?」
「行ってますね」
「ああいうフェスみたいな場所や野外の食イベントでカレーを食べられる機会が増えたことで、カレーはストリートカルチャーになってるんじゃないかと思ったんです」
「ああ、なるほど」
「単にお店で食べるだけのものじゃなくなったというか。ストリートカルチャーって、マイノリティとかそれこそストリートチルドレンによって形づくられた価値観じゃないですか。そういった多様性を許容するカルチャーが、カレーにはあるからなんじゃないかって」
「いわゆる家庭のジャパニーズカレーライスはどうかわからないけど、スパイスカレーは21世紀のストリートカルチャーと言ってもいいかもしれないですね。少なくとも、そうなりつつある」
「ジャパニーズカレーライスというのは、いわゆる欧風カレーをベースにした、じゃがいも、にんじん、玉ねぎが入っているカレーのことですか?」
「そうですね。それは、一種の日本の伝統文化だと思うんですよ。でもそうではない、自己表現としてのカレー、特にスパイスカレーと呼ばれるカレーがここ数年流行していますよね」
「自己表現としてのカレー?」
「カレーって、自己表現になるんですよね」
「といいますと?」
「コーヒーやラーメンもそれに近いけれど、やっぱりカレーのほうが、表現の幅をつくりやすい」
「カレーうどんとかカレーパン、カレーまんとかですか?」
「そういうものも含めて、掛け算のしやすい料理なんでしょうね。カレーカツ丼なんてもう本当に…イノベーションですよ。カレーの多様性は、あらゆる食材をくるむんです」
「なんでも肯定してくれますね、カレーは(笑)。表現としておもしろいカレーというと、やはりスパイスカレーですか?」
「作品性の高いスパイスカレーが増えてるんです。小麦粉を使っていない薬膳カレーの『旧ヤム邸』が下北沢にできて、いよいよスパイスカレーが東京に上陸した、というふうにも言われています。旧ヤム邸もそうなのですが、スパイスカレーってもともと大阪で盛り上がっていたんです」
「大阪なんですね」
「そうそう。大阪にある『カシミール』というお店の店主は『EGO-WRAPPIN’(エゴラッピン)』の元メンバーだったりして」
「エゴラッピンの!?」
「大阪のスパイスカレーのお店は、ミュージシャンとかクリエイターが関わっていることが多いんです。そういう部分もストリートカルチャー的と言えるかもしれない。カレーや料理の専門家ではなかった人たちがカレー専門店をやっていることでカルチャーになっていったんでしょうね」
「スパイスカレーの流れで、次にこれが来るんじゃないか、みたいなものってあるんですか?」
「今だったら、中華とカレーの融合。麻婆豆腐とカレーの中間みたいなものも出始めてます。僕自身も自分でカレーをつくってますけど、カレー粉を小さじ2~3杯入れたくらいじゃ、ジャンに負けてカレーが消えちゃうんですよ。ジャンはスパイスより強い」
「ジャンはスパイスより強い(笑)」
「『うまいバランスはどこにあるのかな』って考えていたら、実際にそういうものが出てきたので、必然的な流れなんでしょうね。カレーを深掘りしていくと、みんな同じような思考回路になるんだなって感じました」
「そういうカルチャーはやはり南場さんが言ってくれたように、カレーが自由だからこそ成り立っているっていうことなんですね」
「それはあるんでしょうね。インドカレーやジャパニーズカレーライスがハイカルチャーだとしたときに、もっと自由な発想で『カレーってこういうもの』という枠組みを取っ払って、自己表現できる。カレーだからこそ、既存のシステムから逸脱した存在をつくれる」
「おおお。まさにそれってストリートカルチャーですね」
「そうかもしれません(笑)」
死ぬまで毎日カレーを食う
「南場さんは、いつまで毎日カレー生活をやるかって、考えることあるんですか?」
「なんだろう。もちろん死んだら終わりだし、あとは入院しちゃうとか」
「入院して食事制限があったら終わる可能性ありますね」
「あとは、誘拐とか」
「誘拐!? この時代、なかなかされないですよ」
「ははは(笑)。止める理由が、ホントそれくらいしか見つからないんですよ」
「ぜひ死ぬまで続けて欲しいです」
「でも僕はカレーに関するうんちくや知識を語りたいわけではなくて。何より、毎日食べていなくたって、いろんな考え方やカルチャーを抜きにしても、カレーってめちゃくちゃ美味しいじゃないですか」
「美味しいです」
「お母さんのつくったカレーも美味しいし、富士そばのカレーも美味しいし、カレーパンも美味しい。だからこそ、その中からどんな多様性を見出すか、自分好みのカルチャーを見つけるか、どうやっておもしろがるかなのかなって考えてます」
おわりに
最後に少し触れましたが、南場さんが取材中に繰り返し言っていたのは「カレーに関する知識の自慢をしたいわけではない。語ることを目的にしたくはない」ということ。
10年半も毎日カレーを食べていれば、「俺はめちゃくちゃカレーに詳しくて、誰よりもカレーのことを知ってるんだ」と自慢しても、全然おかしくないと思います。
しかし、南場さんはそういった態度を一切見せず、淡々と穏やかにカレーの魅力をたくさん語ってくれました。そういった精神こそ、カレーの持つ自由で多様性を認めるカルチャーそのものなんじゃないかと感じます。
今回はストリートカルチャーという価値観にフィーチャーして取り上げましたが、あるひとつの価値観や考え方にとらわれず、食べる人を驚かせるようなカレーを、今後より深く掘り下げていきたいと感じさせられた時間でした。
写真:小林 直博