ジモコロをご覧のみなさま初めまして、ライターの吉川ばんびと申します。
みなさんは、「文化住宅」というアパートの存在を知っていますか?
文化住宅とは?
日本の高度経済成長期(1960年代頃)に近畿地方で多く建てられた、風呂なし木造アパートのこと。建物の老朽化や耐震問題などを理由に、現在多くの文化住宅が取り壊され、マンションや駐車場に姿を変えつつある。関東圏では、「木賃アパート」と呼ばれる。
今まで目の前を通りかかることがあっても「なかなか年季の入ったアパートだなぁ」くらいの意識しかなかったのですが、老朽化や空室化の問題から、いま文化住宅はどんどん失われているようなのです。
そんな文化住宅の取り壊しが相次ぐ関西で、「いずれは失われる運命にある文化住宅の終焉『解体』に最後のスポットを当てる」ことをコンセプトに、様々なパフォーマンスを続ける集団がいます。
彼らの名前は「前田文化」。
彼らがどんなことをしているかというと、
お相撲さんに、ツッパリで解体作業を手伝ってもらったり……
劇団の方にお芝居をしてもらいながら解体作業を進めたり……
前田文化のリーダー、前田さんの髪型をコンペで募集し、公開カットを行ったり……
最後のやつ、文化住宅関係なくない?
とにかく! 彼らは数々の変な……ユニークなパフォーマンスを、文化住宅を舞台に行ってきたのであります!
そんな前田文化が今回、「工事の騒音は何をどうしたら近所迷惑ではなくなるのか?」という問いに答えるべく、解体工事をしながらプロの音楽家による楽器演奏を同時に進めて音楽として鑑賞するという「騒音コンサート」なるイベントを行うというのです。
めっちゃ面白そう〜〜〜! これはチェックするしかない!
ということで、早速現場に駆けつけてきました!!
騒音と音楽の掛け合わせって本当に成立するんでしょうか?
ご近所迷惑は大丈夫!?
色々思うことはありますが、とにかく突撃だー!!!
衝撃の騒音コンサート
というわけで、大阪府茨木市にある「前田文化」という文化住宅にやってきました。
外観はかなり年季が入っています。
この日はかなり雨が降っていたにもかかわらず、東は東京、西は鳥取からと遠方からもたくさんの人が集まり、観客はなんと総勢110人以上!
用意されていたイスだけでは足りず、立ち見になってしまう人が大勢いました。「前田文化」の取り組みに注目している人たちが全国にこんなにいるなんて……!
こちらが前田文化の内部。
「……なんかもうすでに取り壊してない?」
という読者の方の声が聞こえてきそうなので説明させていただいます。
前田文化は、冒頭で紹介した「お相撲さん、壁を壊してください」や「文化住宅解体公演」のような解体イベントを全てこの建物の中で行い、解体して、また修復して、解体して……を繰り返しているそうなのです。
……なんのために?
謎だらけではありますが、ともかく解体コンサートが始まるので、レポートしていきたいと思います!
今回の解体コンサートのゲスト演奏者はこの方々。
作曲家・ピアニストの野村誠さん。
バイオリニストの小川和代さん(日本センチュリー交響楽団)。
打楽器奏者の安永 早絵子さん。
そして、解体工事を担当するのはTEAMクラプトン、いとうともひさ、パーリー建築、microcosmosといった、主に関西で活動し設計施工を行う大工チーム。
メンバーが揃ったところで、いよいよ解体コンサートが開演です!
軽快なメロディーを奏でる楽器演奏が始まると……
同時に、素早く床材が剥がされていきます。
「よーいドン!」でスタートしたかのような、息がぴったりの素早い動き……!
ヴァイオリンの深い音色に、ノコギリの「ギコギコ……」という異音が重なり、今までに聞いたことのない音色を奏でています。
何なのこれ……!
ドドドドドド……
ドカッ…ドカッ…
リズムに合わせ、目を疑うような早さで前田文化の解体が進んでいきます。
床や壁をダイナミックにぶっ壊しつつも、観客席に瓦礫が飛んだりしないよう慎重な配慮を持って行われています!
な、なんじゃこりゃ〜〜〜〜〜!!
壁を突き破って飛び出してくるアグレッシブな演出も!
バリバリバリ!
公演が進むにつれ演奏が激しくなり、解体による騒音も合わせて大きくなっていきます。
ヴァイオリンやピアノの美しい音色の傍でかなり大きな騒音が鳴り続けていたのですが、不思議と「うるさい」という感情は全くなく、迫り来るような「音」に胸がひたすらドキドキしました。
壁や床、扉の解体が終わりに近づくと、奏でられる曲調もだんだんと切ないものに変わっていき、私たち観客が圧倒されている間にコンサートが終了。
最後は、出演者の方たちに向けた大きな拍手で締めくくられました。
1時間も経たないうちに建物がこんな感じに……!
さっきまで床があったのに、あっという間に広い空間ができてしまいました。
解体ってこんなにスムーズにできるものなんだ〜!
活動を始めたきっかけは?
さて、ただただ圧倒されている間に終了してしまった騒音コンサートでしたが、そもそもなぜ彼らはこのようなパフォーマンスをしているのでしょうか?
解体コンサートを終えた前田文化の方たちにお話をお伺いしました。
右にいるのが、「前田文化」の前田裕紀さん。
おじいさんが管理人を務めていた文化住宅「前田文化」を継ぎ、若くして管理人に。パフォーマンス集団としての「前田文化」の発起人でもあります。
左にいるのが、前田文化メンバーであり施工集団「TEAMクラプトン」にも所属する野崎将太さん。
今回の前田文化の解体工事を担当していました。
「前田さん、野崎さん、本日はよろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
「突然申し訳ないんですが、前田文化って何者なんですか!? どうして『建物の取壊し』と『パフォーマンス』を融合させるというような、変な……面白いことを考えついたんでしょう?」
「……うーん、なんだろう」
「あれ……? 何か理由があって活動してたわけではないんですか?」
「活動を始めた2013年頃はね、前田さんが自分で『ただやりたいことをやってる』だけだったんです」
「うん、そうそう」
「え! 何か大きな目標があったわけじゃないんですね」
「特にそういうわけじゃなかったんです。寝たきりになったおじいちゃんから『前田文化』の管理人を継ぐことになったのはいいけど、建物はすごくボロボロだし、どうしたらいいかわからなくて……」
「突然管理人になったら確かにそうなりますよね……」
「当時、ほかの文化住宅はどんどん取り壊されて駐車場になったり、新しい建物が建ったりしてたんです。その頃は前田文化にもほとんど誰も住んでいなかったので、『ここも近々取り壊さないといけないなぁ』と思って」
「建物を置いておくだけでも固定資産税がかかるからね。今は文化住宅に住まなくてもあったかい家が他にもあるし、文化住宅自体の需要もあまりないし」
「でも、うまく言えないけど、僕はそれが『寂しいな』と思ったんですよ。僕はこのアパートの隣が実家なんですけど、子供の頃からここで育ってきて、建物を使って鬼ごっこをしたりもしてたし、『前田文化』に住んできた人たちのことを今でも覚えていて」
「うぅ……たしかに、そんな思い出がある場所を一瞬にして取り壊すのって、かなりしんどいかもしれない……」
「だから、最初は『取り壊す前に、ここでなんかできないかな?』って思いついたのがきっかけだったかもしれません。目的は定まっていなかったけれど、大工の友達に協力してもらって、とりあえず2人で空室の天井や床材を剥がすところからスタートしたんです」
「ほ〜! 天井や床材を剥がし終わったあとは、どんなことをしてきたんですか?」
「思いつきで外壁を破壊して、穴を開けました」
「外壁って思いつきで破壊できるの?」
「できました。一番道路側に近い101号室でも、玄関から道路にアクセスしようとしたら30秒はかかっちゃうんですけど、外壁を壊せば5秒で道路に出られるんですよ!!」
「だから何だって言うんだ……」
「このとき、『すげー、道路まで行く速さが6倍になったやん! 新幹線レベルやん!』って盛り上がって。新幹線のオブジェを作って、外壁から突き出た状態で3日間設置したんですよね」
「ただ、このおかげで近所の方たちに『ここは何なの? 何になるの?』って、めっちゃ心配そうな顔で聞かれましたね」
「何をやってるのかがわからないから不安だったのかな……」
「そうですね……僕らが色々やってるうちに、近所の子供達が面白がって建物の中に入って遊んだりするようになったんですけど、大人たちはそれが心配だったんだと思います」
「でも、活動を続けていくうちに僕らも近所の人たちとコミュニケーションを取れるようになって、徐々に受け容れられるようになっていったのが嬉しかったですよね!」
作ったり壊したり…
「他にはどんな変なことをしてきたんですか?」
「外壁を取り壊したあと、101号室と102号室の間の壁を解体することになったんですけど、 普通に自分たちで取り壊すのもなんだから、『お相撲さんの張り手』で解体してもらったんですよ」
「お相撲さんが解体を!?」
「正確にいうと、元力士の『めっちゃ細田』さんっていう芸人さんなんですけど。これがなかなか評判が良くて、通りすがりの人たちが見にきてくれたり、いろんなところで話題にしてもらったんですよ」
「なるほど、確かにユニークな取り組みですよね」
「次第にそれが『前田文化』の代表企画みたいになって。今思えば、これが解体作業とパフォーマンスを融合させた初めての解体公演になったかもしれません」
「よくそんな面白いこと思いつくなぁ〜……」
「あと、これも思いつきなんですけど、大きなお風呂を作ったこともありましたね」
「お風呂?」
「文化住宅ってお風呂が付いてないんですよ。だからお風呂を作ってみようと思って。部屋を解体した跡地にモルタルで成形して、実際にお湯を流し込んで入ったりしました」
「へえー!そのお風呂は今どこに?」
「使い勝手が悪かったので、1回使っただけで終わっちゃったんですよね。今はそこの床の下に埋まってます」
「……。(この人たち、一体何がしたいんだろう)」
「それから、『劇団子供鉅人(げきだんこどもきょじん)』という劇団の方たちに来てもらって、演劇と取り壊し作業を同時にやったこともあります」
「ちなみにその演劇は、ストーリーの展開に沿って実際に解体が進むんですか?」
「そうそう! ただ準備もすごく大変で、劇団の方たちと何度もリハーサルをやったり、かなり綿密な打ち合わせをしたりしました」
「万が一ケガでもあったらいけないから、あらかじめ計算をして、解体する部分に切れ込みを入れておいたりとかね」
「ただ適当に解体しているわけじゃなくて、構成や安全面までしっかり考えられているんですね……!」
「もちろんですよ!」
騒音コンサートを思いついたきっかけって?
「ちなみに今日の解体コンサートについて伺わせてください! 企画はどのように思いつかれたんですか?」
「本来『うるさい』ものでしかない解体工事の騒音と、『美しい』とされる楽器演奏が融合するとどうなるのか……という、思いつきというか、好奇心からですね」
「たしかに今まで建物の取り壊しを目にすることはあっても、『騒音がすごい』としか思ったことがなかったかもしれません」
「ですよね。そしたらそれがなんと、大阪府と大阪市が主催する『芸術文化魅力育成事業』に採用されて。しかも、『日本センチュリー交響楽団』が企画に協力してくれるってことになって」
「ええーめちゃくちゃすごいじゃないですか!」
「いや本当に……僕の思いつきがいつの間にか、すごく大きな話になって実現したので自分でも驚いてます」
「でもそれだけ大きな企画になってしまったら、そうそう失敗できないというプレッシャーもあったんじゃ……」
「もちろんそれはありました。僕らも実際やったことがなかったから、すごく不安で。でも、音楽があって、たくさんの人に見守られながら解体作業が行われるのは、『建物の終焉の迎え方』としては良かったんじゃないかって思います」
「解体コンサートは、始まってしばらくはほとんどの人が笑顔で見守っていたんですけど、どんどん剥がされていく土壁や、傍に積み上げられて大きくなっていく瓦礫の山を見て、みんなの表情が大きく変わって行ったのが印象的だったんですよね……」
「半世紀もの歴史を持つアパートの解体作業だからね。僕もめちゃくちゃ胸にくるものがあった」
「そうですよね……! ここに住んでいた家族の方たちの姿を想像すると、かなり切なくなってしまいました」
「柱が切り取られたときなんか、樹齢何百年の大木が切り倒される! ってくらい胸がギュッとなって、涙ぐんじゃいました」
「そんな風に思ってくれたんだったら、イベントをやった甲斐があるなぁ……さっきの打ち上げのときにも、来てくれた人たちが次々に声をかけてくれました」
「本当に。前田文化の活動を始めた当初は誰からも共感を得られなかったんですけど、それでもずっと続けてきたおかげで、今では本当にたくさんの人たちと繋がることができましたね」
解体コンサートが終わったあとは、前田文化の建物内で暖かい食べ物やドリンクが振舞われ、コンサートの出演者と観客のみなさんとで打ち上げが行われました。
ついさっき取り壊された前田文化の建物の中を見回しながら、いろんなところから「すごいね」「原型がなくなっちゃったね」、「寂しいね」という声が。
前田さんの文化住宅への「思いつき」が今では、こんな風にたくさんの人を惹きつけている。
打ち上げは終始和やかな雰囲気に包まれ、前田文化という建物に対してのみなさんの愛情を感じることができました。
いい顔〜〜!
最後は集合写真を撮影しました。人が多すぎて写りきらないほど! みんなめっちゃいい笑顔!
解体コンサートの舞台裏
「今回、解体コンサートをやってみてどうでしたか?」
「多分、成功だったと思います。怪我人もいなかったし、騒音と演奏がお互い喧嘩するでもなく、うまく融合していたんじゃないかと。そして何よりも、みんなが楽しんでくれていたようなので」
「僕も前田さんも、開演前はどうなるか心配してたんですよね。今だから言うと、演奏者さんとの段取りの打ち合わせはそこまでできていなくて……」
「えっ! でも解体と演奏が同時に終わっていましたし、めちゃくちゃ息ぴったりでしたよ!」
「実はあれ、ほぼアドリブです! さっきも言った通り、本来僕らが解体作業をする時はかなり綿密な打ち合わせをするんですけど、演奏者の方々が『打ち合わせでガチガチに決めてしまうよりも、その場の空気感を大切にしよう』っておっしゃって」
「ええー! あれ、アドリブだったんだ……!」
「でも、そのおかげでそれぞれが臨機応変に動けたし、僕らと演奏者の息がぴったり合ったのかもしれませんし、公演中もすごく楽しかったです」
「はあ〜、そんな背景があったんですね……! ちなみにこの建物って、2階部分はどうなってるんですか?」
「2階にはまだ人が住んでるので、残してあるんですよね」
「え!? 結構派手に解体してたけど、人住んでるの!?!?」
「アル中のおじさんが住んでます」
「パンチがすごい。今日の解体コンサートについては、アル中のおじさんは何て言ってるんですか?」
「いつも僕らが下で何かやってると、『何や〜〜〜何やってるんや〜〜〜!』って言いながらバタバタ降りてくるんですけど、今日は知り合いの女性に頼んで、2階で『おじさんの映像』を撮ってもらっています」
「また何のために?」
「今回、『1階で行なわれている騒音コンサートが、2階ではどのように聞こえていたか?』という検証のための映像作品も制作してまして。そのコメンタリーの収録です」
「しかもその女性、東京から解体コンサートを見るためだけに大阪まで来てくれているのに、突然協力をお願いしたらあっさり引き受けてくれたんですよね……本当に感謝です」
「はるばる東京から来て、まさかアル中のおじさんの映像を撮ることになるとは思わなかったでしょうね……」
前田文化の今後
「色々伺ってきましたが、最後に、前田文化が今後やっていきたいことって何なんでしょうか?」
「そうですねぇ 。まだ現存する他の文化住宅の管理人さんたちに、文化住宅の『再活用』の選択肢を広げる提案をしていきたいなと思っています」
「……と言いますと?」
「いま、文化住宅の管理人業は若い人にどんどん受け継がれているんですが、だいたいが『取り壊してビルか駐車場にする』か『きれいな内装にリノベーションする』の二択なんですよ。逆に言うと、それくらいしか選択肢がないからみんな揃ってそうしてるんだと思うんです」
「前田さんはそうしようと思わなかったんですか?」
「僕も突然文化住宅の管理人になったので、最初は右も左もわかりませんでした……。だけど、半世紀以上も歴史がある建物を一瞬で取り壊すのってもったいないと思っていて」
「たしかに、長年日本人の文化として寄り添ってきたものを一瞬で壊してしまうのは、寂しいですよね……」
「だから、僕たちもまだ方法を探っている途中ではありますが、『選択肢は、すぐに取り壊してマンション建てるだけじゃないんだよ!』ということを提案できるようになれたらな、と」
「いま、人口は減っていってるのに、東京オリンピックに向けて新しいマンションがどんどん作られていってる状態だもんね。もともと近畿地方に文化住宅が大量にあるのも、『大阪万博のときに急ピッチでアパートが建てられたから』という背景があるからなんですよ」
「ということは、今私たちが住んでいるマンションや、オリンピックに向かってどんどん建てられている建物なんかも、50年建てばどんどん取り壊されていくってことですよね……?」
「絶対そうなるでしょうね」
「うわぁ……そう考えると、ものすごく悲しくなってきた。私たちの思い出が詰まった家が、色んな事情によっていつかどんどん取り壊されてしまうんですね」
「耐震化問題や老朽化で仕方がないことがほとんどなんだけどね、やっぱり、思い出がたくさんある建物が一瞬で取り壊されてしまうのは辛いですよ」
文化住宅が取り壊されるのは仕方がないことだし、いつかはそうしなければいけない。
前田さんと野崎さんはそう言っていました。
「文化住宅が時代の流れで形を変えていく過程」に価値を見出していく前田文化。
彼らは文化住宅に敬意を持って、その場所の再活用の方法を探る活動を続けています。
私が家族と過ごした家も、今住んでいる家も、いつかはきっと取り壊されてしまう。
でも、数年後、数十年後にその気持ちを救うヒントが、彼らの活動から見えてきた気がしました。
この記事を読んでくださった方にとっても、前田文化の試みが「建物の終焉」について考えてみるきっかけとなれば……と思います。
騒音コンサート写真撮影:木原千裕
書いた人:吉川ばんび
フリーライター。兵庫県生まれ。音楽、映画を愛する動物好きの人です。Twitter:@bambi_yoshikawa/ 個人ブログ:妄想と現実のあいだにはさまりがち/ Mail:m.gct.lv@gmail.com