こんにちは。犬とみせかけてライターの根岸達朗です。
今日は、北海道の下川町(しもかわちょう)にきています。
下川町? あんまり聞いたことない町だなあ・・・という人も多いかもしれないので簡単に説明させてください。まず、下川町というのはこのあたりにあります。
旭川から北東に約100キロ。東京23区とほぼ同じくらいの面積に約3400人が暮らしている小さな町です。
スキージャンプのレジェンド・葛西紀明さんの出身地としても知られていて、ジャンプ競技ではオリンピック選手を数多く輩出。町内には誰でも無料で使うことができるジャンプ台なども設置されていて、ウィンタースポーツが身近な町です。
そんな下川町は、町の9割が森林。
ゆえに、主要産業は「林業」。約3000ヘクタール(東京ドーム640個分くらい)の町有林を活用した循環型の森林経営を進めていて、余すところなく木を使うというのが、この町のポリシーになっています。
切り出した木を加工・販売する「林産業」も盛んで、木工作家の移住も近年はどんどん増えているそう。トドマツやアカエゾマツなどからエッセンシャルオイルや防腐・防虫効果のある燻煙剤をつくったり、市内の各所で下川町産の木を使った加工品が販売されています。
余すところなく木を使うのは加工品だけではなくて、たとえば、木質バイオマスエネルギーもそのひとつ。間伐や山の手入れなどから出た残材を集めて燃やし、その熱で温水をつくり、配管を通して公共施設や温泉施設、集落に供給しています。おかげで室内は、冬でも半袖でいられるほど快適に過ごせます。
目指すは、町中のエネルギーをすべて再生可能エネルギーに変えて、暮らせるようになること。木質バイオマスの導入によって浮いたお金で、子どもたちの給食費や医療費を安くしたり、育児手当を手厚くしたりなんてことを現在、町は進めています。いやはや、壮大な計画ですが、すべて実現できたらこれめちゃくちゃすごいし、いいですよね。
さらに、下川町には・・・
こんなにすてきな雰囲気のフランス料理店もあって
ここの料理がとにかく絶品。都会でもそうそうないよ!ってくらいの洗練された味で感動を与えてくれますし、
ほかにも、世界中を旅してきたおじさんが開いたとても雰囲気の良いカレー屋さんもあって、
ここのカレーがもう毎日食べたいくらいのおいしさ。
人口規模の割には個人経営の飲食店がたくさんあるような印象で、グルメもなかなか楽しめそうなんですよね。
いやー北海道の大自然に囲まれながら、悠々自適に暮らすにはこの下川町、実はとてもいいところなんじゃない?
いやーほんといいところだよなあ・・・下川町。
ほんといい。よさがある。よさしかない。
いやーこれは・・・・
住んでみてえ〜!!
……と、まあ、地方好きの僕なんかはそんな気分にもなったわけですけれども、実際下川町は2012年には転入者の数が、転出者の数を上回りました。以前は北海道のなかでもトップクラスの過疎地域だったのですが、住環境の良さや就労支援の手厚さなどでそうした状況を脱しつつあるのです。
環境はいいし、食は豊か。林業も盛んだし、働く場所もちゃんとある。外からどんどん人が集まってきているのには理由があったんですね。
今回はそんな下川町に暮らす人たちの雇用の受け皿にもなっている林業をめぐるお話。これからどこかに移住してみたいな〜、森に関わる仕事に興味があるな〜、なんていう人はぜひ下川町の取り組みに注目してみてください!
それでは、始まります。
森へ
ブロロロロロォ〜
キイッ……。ガチャガチャ(立ち入り禁止のチェーンを外す音)。
ガタゴト……ガタゴト……
ガタゴト……ガタゴト……
ゾロゾロ……
「みなさんこんにちは! ようこそ北海道下川町までお越しくださいました。私はこの町で『森林(もり)づくり専門員』をやっている斎藤丈寛です」
「今日はみんなで下川町のことを学びにやってきました。ぜひいろいろと教えてください!」
「はい。まず、下川町は町の面積の9割が森林で、その森林を利用したまちづくりを進めています。2011年に国から環境未来都市の選定を受けて、環境・社会・経済の三つの価値を創造し続ける“誰もが暮らしたいまち”“誰もが活力あるまち”の実現を目指しているのです」
「ふむふむ」
「それは豊かな森林環境に囲まれ、森林で豊かな収入を得て、森林で学び、遊び、心身の健康を養い、木に包まれた心豊かな生活を送ることができることを目指そうというもの。基幹産業である林業・林産業が移住者の雇用の受け皿になっていて、これが一定の成果を上げています」
「へえ」
「実は私も森で働きたいという思いがあって、18年前に埼玉からIターンで移住しました。本当はツリークライミングで起業しようと思ったんですが、この仕事を始めたらそれがおもしろかったので、そのまま今日に至っているという感じですね(笑)」
「森林づくり専門員ってあんまり聞きなれない職種ですけど、どういうことをやる仕事なんですか?」
「簡単にいうと、下川町の循環型の森林経営を進めていく役割です。下川町は約4700ヘクタールの町有林を管理しているのですが、そこで伐採⇒植林⇒育成のサイクルを人がこの町に暮らすかぎり、永遠に繰り返すことができる仕組みをつくりました」
「永遠に。すごいですね」
「このサイクルは毎年50ヘクタールの土地に、カラマツやトドマツなどの針葉樹を植林していくことで成り立ちます。針葉樹は60年で太い木に成長するのですが、これを60年間続けることによって、3000ヘクタールの土地に1年生〜60年生の木が育ちます。そういう環境をつくることができれば、毎年一定数の木を確実に収穫することができますよね」
「なるほど。でもそれってつまり、60年間の下準備が必要ってことじゃないですか?」
「はい。下川町はこれを昭和29年からやっています。きっかけとなったのは、この年に発生した洞爺丸台風。これが下川町の林業に甚大な被害を与えたことが、先々を見据えた循環型林業を始めたきっかけになっています」
「では今の下川町というのは、60年の下準備を経て、やっと動き始めたところといってもいいのかもしれない? 壮大な計画だったんだなあ・・・」
「林業というのはすぐに結果が出るものではないんですよね。でもそうやってちゃんと循環する仕組みをつくることができれば、永続的に山の手入れをする仕事は生まれますし、木材加工の仕事だって生まれます。私たちが今この町で豊かに暮らすことができるのは、60年で循環するこの人工林があるからなんです」
素人でも働ける林業へ
「ところで最近は下川町は移住者にも人気があるということなのですが、それというのは、循環型林業が成果を出し始めて、雇用が安定しているという点もありますか?」
「そうですね。実際にU・Iターンで下川町に移住をした多くの人たちが、林業、あるいは林産業で通年の仕事をしていますし、いつ来ていただいても森の仕事はあるというのが、この町のひとつの強みにはなっているのかもしれません」
「すごいなあ」
「特に、下川町の林業は未経験者でも働けるということもあって、近年は若返りも進んでいるんですよ」
「え、そうなんですか? 林業って職人技で、未経験者が入っていくには敷居が高そうなイメージがあったんですけど」
「でもそれだと移住してきてもらえないですし、循環型の森林経営も持続可能なものではなくなってしまいますよね。そこで、下川町の森林組合はかれこれ20年ほど前に、先々を見据えて、林業未経験者でも受け入れる体制を全国に先駆けてつくったんです」
「へえ。20年も前に」
「下川町の森林組合には今20数名のメンバーがいますが、そのうちの8〜9割は私と同じように森で仕事をしたいと思ってやってきたIターン移住者で、そのほとんどの人が未経験からこの世界に飛び込みました。平均年齢は40歳くらいです」
「おお、若い」
「都会の満員電車で通勤して、夜遅くまで残業している人たちに比べたらかなりホワイトな職場だと思います。残業もありませんし、有給休暇もついています。あと、町内にはいくつか現場があるんですが、どの現場にも車で直接アプローチできるように町がお金を出して林道の整備をしているんですよね。これは同時に木材の運搬の効率化にもつながっています」
「では、お給料はどうですか?」
「都会みたいにたくさんもらうことはできませんけど、家族を持つことができるくらいには安定した収入がありますよ」
「へええ」
「移住をしてきた人たちが、通年で働けて、家族を持てて、生活する基盤をつくることができる。下川町はそのためのツールとしてこの林業を使っています。たとえば、20名の林業従事者がいて、それぞれが4人家族だったとしたら、その掛け算の人数が下川町で生活することになる。そうなれば当然お金も動きますし、人口も増えます。町としてそこに投資をするのは理にかなっているんです」
設備投資は惜しみなく
「でもいまふと思ったんですけど、下川町って冬はとても寒いですよね?」
「はい。マイナス30度くらいになるときもあります」
「マイナス30度……! そんな環境で山に入って木を切るとかハードすぎません?」
「大丈夫です。今はチェーンソーで一本一本、木を切っていくなんてことはしないので。『ハーベスタ』という専用の機械を使います。コックピットのなかはヒーターが効いているので、厳冬期でもスニーカーで快適に作業ができます」
「基本はラジコンみたいなものですね。ゲーム好きの人なら、たぶん2年くらいあれば自在に動かせるようになるんじゃないでしょうか」
「ゲーム好きレベルでいいんですか!?」
「はい。実際ゲーム好きの人のほうが、この機械の扱いがうまい印象がありますね。さらにこの機械、最新のVR技術を使えば、シミュレーターでも操作練習が可能になっています。将来的には実際の現場に入る前に2台のシミュレーターを組みわせて、作業の流れを体験できるようになると思います」
「おお……テクノロジーの進化を感じますね」
「でもこの機械、結構な値段するんですよね。いくらだと思います?」
「うーん……500万円とか?」
「3000万円です」
「さらっと笑顔で言ってますけど……フェラーリ買えますよ?」
「そうなんですよ。でもそこは誰でも林業ができるようにしなくちゃいけないですし、必要な投資だと考えています。あと最近ではオーストリア製の視認性の高い林業専用ジャケットの導入なども進めていますね。これがまたスタイリッシュでかっこいいんですよ」
「ファッション性にも機能性にも優れた“いいもの”を使う。機械の導入も含めて、それらすべてが林業を働きやすい仕事にするために必要な投資だと考えています」
循環型林業のその先へ
「近年では映画『Wood Job!』などのヒットもありましたが、林業に少しずつ注目が集まっていますよね」
「そうですね。とはいっても、ほかの一次産業に比べたら進んでいるとはいえないでしょう。まだまだ林業にはやれることがたくさんあると思っていて、たとえばICT、IoT化して、機械にまかせられる仕事は機械にまかせることもそのひとつだと思っています」
「確かに最近は一次産業もIT化がどんどん進んでいますよね。農業だったらたとえば、無人トラクターシステムも実装段階だと聞きますし」
「もちろん、職人的な経験が必要な仕事もあるし、テクニックは継承しないといけないので、すべてを機械にまかせられる段階にはありません。ですが、林業は新しいことを実践しても、結果がでるのが20年〜30年後だったりするので、やれることは今すぐにでもやっていかないと手遅れになるんですよね」
「それでいうと、何か新しいことは始めているのでしょうか?」
「ひとつは成長の早い苗木の植林。これは、北海道の林業試験場が開発したもので、マグロでいうと全部大トロのおいしいところみたいな、そういう品種です」
「成長が早いので下刈り作業が省力化でき、人出をあまりかけずに森にすることができます。この新品種が中心の森になれば、これまで60年かかっていた循環型林業のサイクルにかかるコストを下げることができます」
「そうなのか〜」
「でもそういう新しい取り組みや、職場環境の整備といったことは、下川町だけが力を込めてやっていても本当はだめだと思っています。日本全体で林業のことを考えて、みんながちゃんと儲かるようにしなくちゃいけないし、みんなが楽できるようにならないといけない」
「確かに。儲からなくてきつい仕事は先細りが見えていますからね」
「一次産業のなかで林業はこれからの成長産業です。循環型の森林経営はすぐに結果が出るものではありませんが、地道にやり続ければ確実に成果が出ます。森からの恩恵を短期的な視点で消費してしまうだけではなくて、長期的な視点で循環させるための努力をこれからも惜しまずにやっていきたいですね」
まとめ
町有林を60年サイクルで計画的に運用することによって、資源とお金、そして雇用を循環させる下川町の持続可能な森林経営。
地方創生の名のもとに行われる公共事業の多くが、持続可能かどうか疑わしいものも多いなかで、長期的な視野で林業と向き合う下川町の取り組みは、一次産業のこれからを考える上でも、私たちに多くの示唆を与えてくれます。
これから本格的な人口減少時代を迎えるなかで、僕たちの暮らしを支える一次産業としての林業はどのように変化していくのか。テクノロジーの発展とともに進化する林業のこれからに注目していきたいものです。
それではまた!
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書いた人:根岸達朗
1981年生まれのライター。文章を書いて生きています。東京・多摩地域在住/Twitter ID:@onceagain74/Facebook:根岸達朗/note:愛する自由について
写真:藤原 慶
21歳からカメラとバックパックを持って日本放浪の旅に出る。
全国各地を周りながら撮った写真を路上で販売し生き延びる生活を続け、沢山の出逢いと経験を積む。
現在は東京に落ち着きカメラマンとして活動中。
Instagram : @fujiwara_kei