突然ですが、みなさんはこの動画をご存知でしょうか。
Gluta Story : The First Hug - กอดครั้งแรก
これは、Sorasart Wisetsinさん(愛称:ヨーチさん)というタイ人の男性と、INSEEというタイの会社が合同で製作した「The First Hug」という動画です。
その内容は、野犬に初めてのハグをしてあげようというもの。
野犬が初めてハグをされたときの反応は、涙なしでは見られません。動画は多くの感動を呼び、FacebookやTwitterで拡散され、瞬く間に世界各地で話題となりました。
しかし、ひねくれた僕はふと思いました。でも、なぜ野犬にハグをするの? そもそも危なくない? タイって野犬がわんさかいる国だよね? 野犬に噛まれたら、狂犬病にかかる可能性だってあるよね?
…というわけで!
実際にタイまで行って確かめることに!
タイの街を歩いていると、いたるところで野犬の姿を見かけました。
野犬はレジャースポットにも。
本当にそこら中を野犬が歩いています。だからあの動画が作られたのかな……。
よし!ここまで来たら「The First Hug」の発案者に直接聞いてみよう!!!
今回お話を伺うのは、ファーストハグの発案者でもあるヨーチさん。タイ在住の彼はInstagramのフォロワーが8.7万人もいる、今風に言うと『インフルエンサー』です。
話を聞いた人:Sorasart Wisetsin(愛称:ヨーチさん)
1990年生まれ。現在は、野犬だった5匹の犬を保護して共に暮らす。野犬問題をはじめ、捨て犬の里親探しなど、さまざまな犬にまつわる問題に精力的に取り組む。愛犬であるグルターとの生活をSNSで配信している、タイでは有名なインフルエンサー。ちなみに好きな日本料理はサーモン丼。Facebook:Gluta Story / Instagram:@glutadog
なぜ野犬にハグをするのか
「本日はよろしくお願いします。『The First Hug』の動画見ました!仕事中にも関わらず、職場で泣いちゃいました」
「動画を見てくれてありがとう! でも仕事中は仕事をした方がいいんじゃないかな(笑)」
「返す言葉がないです。さっそくですが、どうして野犬にハグをしようと思ったんですか?」
「もともと犬が好きだったんだよね。あとは、自分が飼っている犬たちが野犬だったってこともあるかな。それにハグって最高のボディランゲージなんだよ」
「といいますと?」
「言葉が通じなくても、体を寄せ合ってお互いの体温を感じれば、幸せな気持ちになるでしょう?」
「わかる気がします」
「 野犬はハグされる機会がないから、僕とすることで少しでも幸せを感じてほしかったんだ。ここにいるグルターも野犬だったんだよ」
「ええ! 野犬だったなんて信じられません。ペットショップにいる犬より毛並みがいいし、とてもいい匂い」
「グルターは、僕が学生のときに出会ったんだ。6年前、タイでは大洪水があってね。彼はその洪水から逃れて、僕の住む学生寮の近くにやってきた」
「タイでは野犬なんて珍しくないから、最初は気にも留めなかった。でもあるとき、大学の管理局の人が、グルターを寮の敷地内から追い出そうとしたんだ」
「たしかに。敷地内に野犬が住んでいるのは、人間にとって危険だし衛生的にも問題があるかも」
「そうだね。当時のグルターは、いろんな病気にかかっていて見た目も清潔とは言えなかった。でも毎日姿を見ているうちに、僕はグルターを放っておけなくなっていたんだ」
「気づかないうちに愛着が湧いていたんですね」
「そうなんだよ。『このままじゃグルターが追い出されちゃう!誰も助けないなら、僕が引き取ろう!』ってね」
「すごくいい話だ」
「でも、引き取ってからが大変だったんだ。ひとまず病気を治してあげなきゃと思って、病院に連れていった。いろいろ検査をしたらグルターはガンも患ってたんだよ」
「ガンですか……。治療費が高額になりそう」
「大学生だったから、全財産はたいてもお金が足りなくてさ。大学中をまわってカンパを募った。そしたら、みんなが思った以上に優しくてね。治療費が集まるのに、そう時間はかからなかった」
「みんな優しすぎる。でも、相当な額になったんじゃ……」
「そうだね。正確な数字は言えないけど、かなりのお金がかかった(笑)。でも、みんながお金をカンパしてくれたから、グルターは今も元気でいられる」
「お金が集まらなければ、グルターは今頃……」
「そうなんだよね。だから僕は、みんなへの感謝も込めて、グルターの写真をSNSにあげるようにしたんだ。『みんなのおかげでグルターはこんなに元気だよー』ってね」
「寄付した皆さんも、グルターの元気な姿を見られて嬉しいですね」
「そしたらグルターの話が本になった」
「本に」
「中国語にも翻訳されたよ」
「すげえ!」
「あっちにいるガレンも、昔は野犬だったんだよ。保護したのはいいけど前足が片方しかなかったから、引き取り手が全然見つからなくてね。誰も引き取らないなら『じゃあ僕が飼おう!』って」
「そんなことを続けていたら、5匹も犬を飼うことになってた」
「犬に対する愛がハンパない。でも野犬に噛まれでもしたら、狂犬病にかかる可能性もありますよね。危険じゃないんですか?」
「危険かどうかで言えば、危険だと思うよ。噛まれたら本当に痛いし(笑)。でも狂犬病の心配はあまりしてないかな」
「地域にもよるけど、タイでは野犬にも狂犬病の予防注射をしているケースもあるんだ。もちろん、予防注射をしていない犬もいるから、絶対に野犬にハグするような真似はしないでね」
「絶対に真似しません。過去に野犬に囲まれたことがトラウマになっているので、真似したくてもできません」
「僕は犬と仲良くなる方法を知っているから、『The First Hug』の撮影中に噛まれたことは一度もなかったよ」
「大切なのは犬と同じ目線の高さにしゃがんで、やさしい声で呼びかけてあげること。『あなたのことが好きだよ』って気持ちで接してあげれば、ハグすることは難しいことじゃない」
「好意を伝えるんですね」
「彼らも怯えているだけだからね。僕たち人間だって、見ず知らずの人が急に近づいて来たり、自分の家(ナワバリ)に入って来たりしたら怖いでしょう?」
「たしかに、知らない人が近づいて来たら怖いですね。ましてや家に入って来たら泣きます」
「でしょ(笑)? もともと犬は優しくて寂しがり屋な性格の子が多い。本当は僕たち人間と仲良くしたいし遊びたいと思ってるんだ」
「でも野犬は人間に優しくされる経験が少ないし、虐待や暴力を受けた経験もきっとある。だから吠えたり噛み付いたり、攻撃的になるんだ。僕たちの想像以上に、野犬は辛い思いをいっぱいしてるんだよ」
「いままで、『野犬=怖い生き物』と決めつけていました。彼らも野犬である前に、一匹の犬なんですよね……」
タイに野犬が多い理由
「そもそもの話になってしまうのですが、なぜタイには野犬が多いのでしょうか?」
「それは多分、タイ人の動物に対する考え方が関係しているんじゃないかな。タイでは、犬を飼うことが本当に簡単なんだ。飼い始める時に書類を記入する必要もないから、軽い気持ちで犬を飼いはじめちゃう」
「近所で子犬が生まれたから引き取ったり、誰かからもらったりね。でも、いらなくなったら捨てちゃう人も多いんだ。あとは家の外でリードもつけずに放し飼いをして、犬がどこかへ行ってしまうなんてこともあるね」
「そういった野犬たちは、保健所によって殺処分されるのですか?」
「基本的にタイ人は、不用意に生き物を殺すことを避けるんだ。それは宗教的にも文化的にもね。だから野犬が増えてきても、あまり殺処分という選択肢は選ばない」
「それどころか、飢えている犬に残飯を分けてあげたり、水をあげたりする人もいる。それ自体が悪いとは言いたくないんだけど。でも、だからといって避妊治療や病気の治療をしてあげるお金はないんだ」
「難しい問題だ……」
「だから野犬は、野良でも生きていけたり、繁殖してしまったりする。タイの野犬が減りづらいという背景はそういった問題が絡んでいるのかも」
「『持たぬものには分け与える』という価値観をもつタイ人にとって、飢えている犬にご飯を分けてあげたい、という気持ちはごく当然なのかな。やっぱり難しい……」
「そうだね。本当に難しい問題なんだ」
「今でもヨーチさんは野犬にハグを続けているんですか?」
「活動としては、今はもうやってないんだ。もともと、野犬が抱える問題について、みんなに考えてもらうキッカケになれば、と思って始めたことだったから」
「でも里親を探したり、SNSで情報発信をしたり、野犬のためになるような活動は続けているよ。野犬の体を洗ってあげたり、家を作ってあげたりね」
「野犬に家を……!それも素敵な活動ですね」
「ありがとう! ところで、日本でも野犬を保護するような活動はたくさんあるの?」
「僕は東京に住んでいるのですが、野犬に出会ったことはないですね」
「たしかに東京で野犬に襲われるイメージはないかも」
「ただ日本では、野犬問題よりも犬の殺処分の数が多いことが問題になっているようです。東京都が2020年までに、『犬の殺処分ゼロ』を目標に掲げるくらいなので」
「それはいいことだね! でも、なぜ日本では野犬がいないのに、犬の殺処分の数が多いの?」
「………あれ、なんでだろ」
日本で問題となっている犬の殺処分
軽い気持ちでタイに取材にいった僕は、ヨーチさんの言葉で自分が日本の犬の問題について何も知らないことに気がつきました。
帰国後に調べてみると、日本における犬の殺処分数は平成28年度で約1万頭。
出典:環境省ホームページ(https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/statistics/dog-cat.html)
年々数は減ってはいるようだけど、まだこんなにいるんだ…。でも野犬は見かけないのに、なぜ犬が殺処分されているんだろう……。
そこで僕は、八王子にある『保護犬カフェ® 西八王子店』で、どうして日本で犬の殺処分がなくならないのか伺ってみることにしました。
「突然押しかけてすみません。犬かわいいですね」
「ありがとうございます。うちのカフェにいる犬たちは、色々な事情で保護された犬ばかりなんですよ」
「東京で野犬を見かけることってないですよね? ここにいる犬たちは、一体どこから保護されるのでしょうか」
「そうですね。東京に限らず、日本では『狂犬病を防ぐ』という目的もあり、放浪している犬のほとんどを保護するようになりました。だから都会の方では、野犬を見かける数はかなり少なくなりましたね」
「うちのカフェでは、主にブリーダーさんやペットショップ、引っ越しなどの事情で飼い続けることが困難になった人から保護することが多いです」
「タイとはまた違った問題を抱えていそう……」
「あとはご高齢になられた飼育者の親族から、依頼を受けて保護することもありますね。保健所から引き取ることも多いですよ」
「でも東京都が、犬の殺処分ゼロを目標に掲げてたくらいなので、犬の殺処分が多いことが問題になっているんですよね?」
「そうですね、保健所には『犬を引き取ってほしい』と持ち込む人が多かったようです」
「やっぱり引っ越し先でペットを飼えないから?」
「はい。あとは『噛み癖が直らない』『夜中に吠える』『自分に懐かないから』なんて理由もあったみたいですね」
「そんな理由で保健所に持ち込まれて、犬たちは殺されているんですね。全然知らなかった……。やっぱり、ペットブームの影響で安易に犬を飼う人が増えているのでしょうか?」
「その可能性はありますね。犬を飼うことの大変さを理解せずに飼ってしまう人は多いと思います。それは保健所に犬を持ち込む理由からもわかります。だって、犬は吠える生き物なんですよ。『吠えるな』と言うのは、人に『喋るな』と言っているようなものです」
「たしかに『吠えるな』というのは酷かもしれない。でも、東京都では犬の殺処分数は確実に減ってきていると聞きます」
「そうですね。今まで犬を殺処分していた保健所が、犬の引き取りを拒否できるようにもなったので」
「このまま殺処分ゼロを達成すれば、不幸な犬がいなくなるんですよね?」
「それがそうとも限りません。たしかに数字の上では、犬の殺処分ゼロは達成するかもしれない。でもその理由が『保健所が犬の引き取りを拒否できるようになったから』では意味がありません」
「今まで殺処分されていた子たちが、保健所が引き取らなければ幸せになれると思いますか? ただ庭に繋がれて飼育放棄される可能性だって、どこかに捨てられる可能性だってあります」
「殺処分ゼロだけで素直に喜べる状況ではないと」
「そうですね。もちろん、殺処分ゼロを達成するのは素晴らしいこと。ただ、それがゴールではないんです」
「では、どうしたら不幸な犬はいなくなるのでしょうか…?」
「何をもって不幸というか難しいですが、私たち人間が、もっと命と向き合う覚悟をもって犬を飼う必要があると思います。ペットショップに行くと、可愛い子犬が売られていますよね。私も犬が大好きなので、連れて帰りたくなる気持ちもすごくわかるんです」
「でも、その気持ちをグッとこらえて、本当に飼えるのかどうか、ちゃんと判断をしてほしい。犬を飼うということは、10年以上の年月を共に過ごすことです。もし引っ越し先で犬を飼えないなら、最初から飼える住まいを探した方がいい。犬を飼うことは、新しく家族を迎えるということ。家族を捨てるという選択肢を持たないでほしいんです」
国は違えど犬を想う気持ちは万国共通
いかがでしたか?私自身も犬を飼っていたこともあり、今回の取材は考えさせられることばかりでした。
記事ではご紹介できませんでしたが、日本やタイで犬に関わる多くの方々にお話を聞かせていただきました。人間と犬の関係のあり方には、本当にさまざまな意見があります。
犬たちとどう向き合うことが正解なのか、僕には判断することができません。ただ、はっきりといえるのは、僕たち人間の都合で犬が虐待を受けたり、殺されたりしている事実があるということです。
この記事がみなさんにとって、なにかのキッカケになれば幸いです。
取材協力:Sorasart Wisetsin、保護犬カフェ® 西八王子店
写真提供:Sorasart Wisetsin
通訳:Jantachaiyapoom Jindamai
書いた人:菊地誠
自社メディア事業を手がける西新宿のデジタルマーケティング企業、株式会社キュービックのPR担当兼ライター。タイ人と2人で暮らしています。タイでドリアンの畑を作成中。動物とぬか漬けが好き。Facebook:菊地 誠 / Twitter:@yutorizuke / 所属:株式会社キュービック