こんにちは、ジモコロライターの原宿です。現在、僕は高知県の室戸岬にきております。「それってどこ?」という方々のために日本地図でご説明すると……
はい、ここですね。高知県の南の先っぽ。地図で見ると四国の中でもむちゃくちゃ尖ってて、「カバーしないと赤ちゃんぶつかってケガしちゃうよ!」と言いたくなるのが室戸岬です。わざわざ僕が東京からここまでやってきたのは、あることについて調べるためであります。それは……
はい。海洋深層水です。僕は来年で35歳になりますが、「よくよく考えると海洋深層水って何なのかぜんぜん知らないな」って思ったんですよね。僕がぼんやりと抱いている海洋深層水のイメージって何となくこんな感じです。
●すんごい深いところにある(深海?)
●体とか肌に良い気がする。
●染みこむ。なんか、染みこむ。
うん。多分そういう感じなんじゃないかな? これまで知ったかぶりで生きてきたので実際のところよくわかんないです。
で、実はここ室戸岬は日本で最初に「海洋深層水取水施設」ができた場所のひとつらしいです。一度しかない生をこの世に受けた以上は、できるだけ正しい知識を上書きしてから死んでいきたいと思ったことはありませんか? じゃないと人生全クリした後にトロフィーもらえないような感じがしませんか?
というわけで今回は、「海洋深層水」の正しい知識を皆さんと共に学んでみたいと思います!
知的好奇心の王国! 室戸ジオパークへ
まずは「なぜ高知県の室戸岬で海洋深層水が汲まれているのか?」、地理的な観点からお話を伺うべく室戸ジオパークにやってきました。ジオパークって最近日本各地でよく見かける気がしますが、「自然を保全し、教育や地域の活性化を目指す」という目的で、現在世界の33カ国120地域にあるみたいですね。
お話を伺ったのは地球環境科学の博士号をお持ちの中村有吾さん。中村さんはこの間までNHKで放送されていた朝の連続テレビ小説「まれ」のオープニングを見て、「あっ! 室戸と同じ海成段丘(かいせいだんきゅう)だ!」と叫んでしまうほど地形が好きな人らしいです。
(↑こういう地形を海成段丘と言う。写真は室戸岬を上空から見たところ)
「室戸はね、地質学者のパラダイスなんですよ!」
「え? そうなんですか? 」
「室戸岬は海洋プレートと大陸プレートがぶつかり合う地点に位置していて、海底にあった地形がプレートに押し上げられてできた陸地なんです。もちろんプレート運動は止まることがないので、現在も物凄いスピードで隆起を続けている世界でも珍しい“変動帯”という地域に分類されます」
「今この瞬間も大地が盛り上がり続けてるってことですか!? それはどのくらいのスピードなんでしょう?」
「1回の大きな地震で1メートルほど隆起することもありますが、平均すれば1年に2ミリぐらいでしょうか」
「一瞬、『それだけ?』って思ってしまいました 」
「いやいや、これは世界でも驚異的なスピードなんですよ。海成段丘の高さも200m近くありますし…」
「あ、ちょっと待って下さい。それって海洋深層水と関係ありますか?」
「ないですね」
「大変興味深いお話なんですが、今回は海洋深層水関連の話をお願いします。今回だけは……」
「では、こちらの3D地図をご覧ください。室戸岬の沖合に黒い溝が見えますよね? 」
「見えます。かなり陸地から近いですね」
「陸地から2~3kmぐらいですかね。この黒い部分は、海底がここから急激に深くなっている部分なんです。深さ1000mはあります」
「深っ! 全然足つかないですね」
「海水は表層200mまでの『表層水』と、それ以外の『深層水』に分かれるのですが、まず室戸は『深層水を取ることができる海の深い場所が、陸地から非常に近い』という特徴がある地形なんです」
「なるほど。ん…? 深さ200m以外はすべて海洋深層水……?ってことは海水のほとんどは……」
「はい。地球にある海水の9割以上は海洋深層水ですね」
「ちょっと! 海洋深層水ってなんか、海の水の一部からとれるめっちゃ貴重な水じゃないんですか!? それもうほとんど普通の海水じゃないですか!」
「特に希少な水というわけではないですね。ただこれほど陸地から近い地点で、海洋深層水が汲み上げられる場所は珍しいんですよ。それに海洋深層水には、様々な利用価値があります。それは……」
「それは?」
「ここからすぐ近くの、室戸海洋深層水アクア・ファームで聞いてみてください」
海洋深層水の鍵を握るアクアファーム
というわけで、やってきましたアクア・ファーム。ここなら確かに海洋深層水の全貌が明らかになりそうですね。ならなかったら逆に凄いけど。
館内に入ると、室戸の海洋深層水が使われた商品の数々が並んでおります。
おっ、ダイドーの「miu(ミウ)」もある! 確かに僕が海洋深層水という言葉を覚えたのは、この飲み物がきっかけだったかもしれません。オマケでついてた深海生物のボトルキャップ、集めてたなあ。
ここからは室戸市商工観光深層水課の戎井(えびい)さんに、海洋深層水についてズバリ伺っていきます。
「戎井さん、海水の9割以上が海洋深層水らしいじゃないですか。なんか僕、『水の中の水』みたいな、牛肉でいうシャトーブリアンみたいなものかと勘違いしてましたよ。騙しましたね」
「騙した覚えはないんですけど。海洋深層水は確かに珍しい水というわけではないんですが、非常に利用価値の高い水なんですよ。一番大きい特徴は何といっても『富栄養性』です」
「富栄養性……? やはりミネラルが豊富ということですか? そもそもなぜ、海の深い場所から取ってきた水がミネラル豊富なんでしょうか?」
「それは海の中にいる植物プランクトンの働きと関係があります。日光の届く表層の部分では、植物プランクトンの動きが活発で、彼等は盛んに光合成を繰り返して繁殖するんですが、そうすると海水中のミネラル、いわゆるリン・チッ素・ケイ素なども大量に消費してしまうんですよ」
「なるほど。日光の当たらない深い場所では植物プランクトンが光合成できないから、それらのミネラルも消費されずにそのまま残っているということなんですね」
こちらが海洋深層水と表層水に含まれる成分を検証した図。化学が赤点だった僕には、ひとつひとつがどんな成分なのか全く意味がわかりませんが、深層水の方にたくさんのミネラルが残っていることだけは分かります。
「海洋深層水に栄養分がたくさん含まれていることは何となく分かりました。ということは飲み続けると体に良いんですか? 長寿に…なる?」
「深層水を飲んでもいきなり寿命は伸びないと思いますが、現在の研究ではピロリ菌抑制・整腸作用・免疫力アップ・血流促進作用・血圧降下作用などに効果が認められる(参考リンク)と言われています」
「いや、結構すごいじゃないですか! え? そんな効果があるってラベルに書いてありましたっけ?」
「ある程度の健康効果が認められるところまでは検証されているんですが、『どの成分が何に有効なのか』というところまでは研究が進んでないんですよ。なので商品で出す時にも、ラベルで効果をうたうことができないんです」
「なるほど…。どうやら体にはいいっぽいけど、何でいいのかはまだよくわからんって段階なんですね。でももしかしたらこれから研究が進めば、『海洋深層水はこんな症状にすげー効く!』ってことが証明されるかもしれないですね」
「そうですね。そうなることを期待しています。実際に見てみますか? 海洋深層水」
「お、見ることができるんですか! ぜひ見せてください!」
え? この機械は一体……
キィ………
ドッ……!!!
ドドドドドドドドド!!!!!!!!
「うわー!!」
「これが海洋深層水です」
「めっちゃ出てます!! こんな勢いで出すもんなんですか?」
「この給水設備から海洋深層水をタンク車などに汲んで、色々なことに使うんですよ。海洋深層水は農業利用や産業利用などもされているんですが、『野菜が美味しくなった』とか、『畑に害虫がつきにくくなった』とか、『お酒の発酵のスピードが早くなった』などの声もあるので、もしかしたらまだ判っていない未知の効果がある水かもしれません。あ、この近くでスジアオノリの養殖事業にも使われていますよ。
「見に行ってみます!!」
※海洋深層水は海水なので、飲食物に利用する際は、脱塩処理をしてから使うことが多いそうです。舐めたらめっちゃしょっぱかったので、このように大量の海洋深層水が上から降ってきてもガブガブ飲まないように気をつけましょう。
アオノリ業界の革命児に聞いた海洋深層水の可能性
お次は海洋深層水を使った養殖事業の見学にきました。僕の隣にいるのが、高知大学農学部で栽培漁業を学び、「一般社団法人うみ路」という会社の経営者でもある蜂谷潤さん。こちらのプールでスジアオノリの養殖をされているらしいです。
敷地内には何やらラボっぽい装置が……この緑色に見えるものがスジアオノリなんでしょうか?
「蜂谷さん、僕スジアオノリって初めて聞いたんですけど。焼きそばに振りかけたり、寿司屋の味噌汁に入ってるあのアオノリと同じという認識でいいんですか?」
「あれの超高級なやつですね。香りが強くて美味しいんですよ」
「超高級! なんでまたその養殖に海洋深層水を使っているんですか? 普通の海水じゃダメなんですか?」
「スジアオノリって冬の冷たい海水じゃないと育たないんですよ。海洋深層水には低温安定性という性質があって、10℃前後の冷たい温度をずっと保てるんです。それにミネラルがたくさん含まれる…」
「富栄養性」
「そうです。栄養素が豊富なので、海洋深層水だと爆発的にスジアオノリが育つんです。普通の海水に比べて10倍くらいのスピードで生長しますね」
「そんなに!」
「こうして陸上にプールを作って行われる『陸上養殖』で、日本で事業化されているのは沖縄の海ぶどうと、室戸のスジアオノリだけじゃないですかね。海洋深層水のおかげですね」
こちらが養殖を始めたばかりのスジアオノリの子供。人間なら幼稚園に行きだしたぐらいでしょうか。通常、アオノリは網に張り付けて養殖するらしいですが、蜂谷さんは「こうして水を循環させた水槽なら、空間を立体的に使えるからスペースの無駄がない!」ということに気づき、プールでスジアオノリの養殖を始めたそうです。なんか色々革新的な人だな!
緑色のつぶつぶだったスジアオノリは、海洋深層水のプールでぐいぐい育ち……
「3週間もするとこうなります。そろそろ収穫の時期ですね」
「わっさわさですねえ。子供だと思ってたら、こんなに生えちゃったか」
「スジアオノリ以外にも養殖してるノリがあるんですよ。これは海藻サラダとかによく入ってるオゴノリに近い種類なんですが、ハワイ原産で和名はまだ付いてません」
「新種……!」
「このノリは、汚れた水を浄化するパワーが凄いんですよ。水槽で魚介類を養殖すると、フンやエサなどの有機物で汚れた排水が出てしまうんですが、僕はその排水を使ってまたノリを養殖することができないかという『自然に負担をかけない養殖』を研究してるんです」
「なんちゅう素敵なことを……。軽い気持ちで海洋深層水のことを調べ始めたんですが、養殖界の未来まで話がつながるとは思いませんでした。蜂谷さんの作ったスジアオノリ、東京に帰って味噌汁に入れて食べてみます!」
まだまだあるぞ! 高知県室戸岬の魅力
ちなみにこちらの「シレストむろと」では、海洋深層水のお風呂にも入れます。こちらの施設では、露天風呂や温水プールに海洋深層水を使用。豊富なミネラルは保温効果の持続にも効果があるとか。
↑こちらが海洋深層水プールの写真なんですが、プールの左側についてる曲がった棒は何と「ぶら下がり健康器」なんですよ。温水プール歩きながら時々ぶら下がれるって、ありそうでない最高の設備ですね……。
いやあ、海洋深層水って思ってたより色んなことに使われてるんですね。現在研究が進んでる真っ最中なので、もしかしたら今後僕らが想像してなかった利用法がどんどん発見されるかもしれません。
ちなみにこちらは室戸の名物「キンメ丼」(1600円)です。「海洋深層水とは何の関係もないだろ!」と思われるかもしれませんが、キンメダイも海洋深層水と同じく深いところに生息しているので、深い海が陸地のすぐ側にある室戸はキンメダイの格好の漁場なんですね。
目の迫力がすごいキンメダイ。関東では高級魚として取り扱われています。
多少強引な理屈で、室戸の美味を編集部におごらせましたが、おかげさまで東京では体験したことのない鮮度の魚を食べることができました。うますぎ! 高級魚のキンメダイがこれだけ満載で1600円はむしろお得すぎ!
最後に今回の旅で分かった海洋深層水の正しい知識をまとめておきます。現地で正しい知識の上書きに成功し、とてもスッキリしました。
知ったかぶりを一つ一つ潰していく上書きの旅、次回はマライア・キャリーの現在のバストサイズを測りに行きたいと思います!
(※編集部注…行く予定はありません)
<広告主>
高知県東部地域博覧会推進協議会
<協力>
室戸ジオパーク推進協議会 地理専門員博士(地球環境学): 中村有吾 様
室戸市商工観光深層水課 海洋深層水推進班:戎井健 様
一般社団法人 うみ路:蜂谷潤 様
ライター:原宿
株式会社バーグハンバーグバーグ所属。ご飯をよく噛むオモコロ編集長として活動中。Twitter:@haraajukku