みなさん、はじめまして! スタミナラーメンを食い散らかしそうな体型で失礼します。
和歌山の北西にある湯浅町の「田村」という地区でみかん農家を経営している「かっしー」と申します。
昨年末に脱サラし、生まれ育った「田村」のみかんを発展させるべく、およそ10年ぶりに帰郷しました。
今回はみなさんに、僕がみかんの活動を通して出会った和歌山の「みかん社長」、とち亀物産の上野真歳(うえのまさとし)さんをご紹介したいと思います。
話を聞いた人:上野真歳(うえの・まさとし)
1970年和歌山県生まれ。1999年に「株式会社とち亀物産」代表取締役社長に就任。有田みかんを中心に、和歌山の特産物を扱うネットショップ「紀伊国屋文左衛門本舗」の運営を開始する。みかん社長・日本一みかんを売る男として活動しながら、地元である和歌山県湯浅町の地域活性化事業にも深く携わる。
「みかん社長」の会社は、なんと年商8.6億円。全身みかん色なだけではなく、かなりのやり手社長なのです。
その上、実は地方創生にまで着手するマルチな「みかん社長」。
なぜみかんにこだわるのか? どうして全身みかん色なのか? そして、愛する地元のための得策とは? などなど、気になる点が山ほどあります。
そこで、彼と私の地元、和歌山県湯浅町にてインタビューを実施。「みかん社長」の秘密に迫りました。
いつからみかん社長に?
「みかん社長」に会うべく、とち亀物産さんに突撃します。
建物にはぶっといオレンジラインが一本、そして駐車場の一角にはみかんの樹が植樹されています。
まちがいなくここに「みかん社長」がいることでしょう。ここじゃなかったら逆に怖い。少しばかり緊張しますが、いってきます!
玄関を入ってすぐの受付には電話が置かれており、受話器をとるとすぐに受付担当のお姉さまにつながります。
「はい、受付です!」
「あ、あの、かっしーと申します。みかん社長に会いに来ました」
「あー!どうぞどうぞ!(ガチャン)」
「話が早い」
2階へあがり、おそるおそる入口の重厚なドアをあけると……
あっ!
みかん社長だーーーーーーー!
どこからどう見てもみかん社長だーーーーーー!!
「お久しぶりです!」
「久しぶりやねえ!で、今日はどうしたの?」
「今日は上野さんがみかん社長と呼ばれるようになった理由をお聞きしたくてやって来ました」
「ああ、そういうことね。まあまあ座ってよ。みかん社長と呼ばれるようになった理由かあ……あんまり公の場で喋ったことないなあ」
「えっ!いちばん聞かれるところじゃないんですか?」
「みんなビジュアルにもってかれるんじゃない?」
「い、一般的なビジュアルだと思いますよ……!」
「逆に失礼やと思うで」
みかん社長になったのはいつから?
「上野さんはいつからみかん社長をなさってるんですか?」
「実はこの会社は俺で4代目でね。もともとは水産加工品の流通業者だったんよ」
「最初からみかんを扱ってなかったんですか!?」
「そうそう、山のものとは全く逆。海産物を加工して卸す仕事をしてた」
「先代はお父様とお聞きしたことがあるのですが、みかんはいつ頃から取り扱ってるんですか?」
「俺が29歳で社長になったときやから、1999年からやね」
「上野さんの代で、初めてみかんの取り扱いを始めたってことですか?」
「そうそう。大好きな地元のみかんを全国に広めたいっていう気持ちがずっと強かったからね」
「わずか十数年でみかん社長の異名を手にするって並大抵の腕じゃないですよ」
「いやいや、ホンマにたいへんやったんよ。いきなり社長になったもんやから業績がひどくて……。だってね、俺が社長になった途端に1年で売上が10%も下がったんやで?」
「10%もですか!?」
「そう、このままやったら5年もせえへんうちに会社つぶれるやん!と思って夜も全然寝られへんかった」
「とてつもない重圧ですね……」
「100年以上続く流通会社やのに、社長である俺の給料は今のうちの社員より少なかった」
暗黒時代を抜け出すための「禁じ手」
「そんな暗黒の時代からどうやって脱出したんですか?」
「そんな時ちょうど楽天さんが現れて、これは絶対に逃したらあかんと思ったんよ。今から18年前のことやね」
「『楽天市場』のネットショップですね!今でこそネット販売は主流ですが、当時はどんな感覚だったんですか?」
「ネットで売れるイメージを持ってたのが俺しかいなくて、今までの仲間や親族から猛反対されたよ」
「そんなにですか……!」
「携帯電話だって、電話を外に持ち出すなんて出来るわけないやん!って言われてたでしょ? 当時の人からすると、ネットショップも同じくらい新しすぎる感覚やったんよ」
「全く信用されていない中での勝負だったんですね」
「そう。ずっと取引してた農家さんや仲間も離れていく状況で、俺にはもう楽天さんにかけるしかなかった」
「『楽天市場』は競合他社のショップも多いと思うんです。出店側としてはお客さんに見つけてもらう努力もしないといけませんよね?」
「その通り。そこで俺は禁じ手を打った」
「禁じ手……!?」
「今は廃止されてるけど、売れた個数が多いショップが『楽天市場』のトップページに表示されるシステムを利用してん」
「個数ですか……! 同じ考えのショップも多かったんじゃないですか?」
「1個単位で売り始めるショップが乱立したね。だから俺は他店に対抗するために、梅干しを1g単位で販売したのよ」
「1g単位⁉︎」
「そう、1g。100g買うと100個売れたことになる」
「け、結構な禁じ手……!」
「売ってるものにはとっても自信があったからね。和歌山の梅やみかんは日本でも最高峰やから、それを知ってもらうためにはこの手段が最適だった」
「これが商売の知恵か……!」
「半年後にはみかんだけで売上が200万円を超えてたよ。みかんがネットに定着した瞬間だった」
「社長の会社が日本中に知られるキッカケを、みかんが作ってくれたんですね」
「農家さんが最高のみかんを作ってくれてるからこそやで。地元を愛する者として協力できてるのが本当に嬉しいよ」
全身をみかん色に包んだのはいつから?
「もう一点、お聞きしたいことがありました。全身をみかん色に包まれたのはいつ頃からですか?」
「んー、2005年ごろかな……?」
「みかん販売の実績が伸びるにつれて、周りの人からみかん色のグッズをプレゼントされるようになったんよ」
「ご自身で用意し始めた訳じゃなかったんですか!」
「それまではずーっと地味な服を着てたね(笑)」
「そのオレンジスーツもプレゼントで?」
「いや、これは作った!スーツ屋の友人に勧められたのがキッカケでね。俺自身がみかんの伝道師になろうと決めた瞬間やったわ」
「こんな田舎だと変な目で見られそうですが」
「完全に不審者扱いやったわ!インターネットで商売始めた時より、みかん色になった時の方がひどかったかも(笑)」
「一歩外へ出るだけで視線が集中しそうですね」
「うん、あと消防隊員によく間違われるで」
「そんな派手な消防隊員いないでしょ」
「地域を発展させるべきではない理由」とは?
「上野さんはみかん社長だけでなく、積極的に地域の活性化にも関わってらっしゃいますよね」
「そうそう」
「最近では、湯浅町内で『重要伝統的建造物群保存地区』に選定されたエリアに、ゲストハウスを開業なさったと聞きました」
「会社から徒歩3分のところにこんな素敵な街並みがあったら、みんなに知ってもらいたいよね。生まれたこの町が大好きやから自分にできることはやりたいよ。ちょっとそこへ向かいながら話そうか」
「いま『地方創生』というワードが飛び交っていますが、上野さんが考える地方創生とはどんなものですか?」
「俺はね、それぞれの地域住民の特性を知ることが先決やと思ってんのよ」
「地域の産物じゃなくて地域住民ですか?」
「そう。例えばかっしーは‘’田村‘’っていう村の出身やろ? 以前、地域の活性化を目指したいって言ってたけど、本当はどう思ってる? 単純に観光客が増えればいいと思う? かっしーは自分の住む村が観光客で溢れることを望んでる?」
「……いえ、実を言うとすごく不安です。村のリズムが変わってしまうんじゃないかと…」
「そうよね、多分それは他の住人もそう思ってるはずよね? そんな中で観光客を呼ぼうとコンテンツを整備することは、果たして正しいと思う?」
「いえ、地域住民の意思を無視してしまいます」
「そのとおり。地域住民を無視して整備された観光資源は、一時的なものでしかないんよ」
「たしかに…」
「地域住民を無視して作られた場所に来た観光客は、二度とそこには来てくれへんよ。魅力を感じることもない。そうじゃなくて『地域を発展させずに、維持すること』が重要なんよ」
「発展させずに維持すること……」
「そう、湯浅はこのままがええねん。このままの雰囲気がこの地域の最大で最高の武器や。発展が全てではないんよ。この町を生かさなあかん」
「でも、今までのままじゃ何も変わらないのでは…?」
「俺らがこれから取り組まなあかんのは、せっかく来てくれた大事な人たちを離さんようにすることや。作り上げられた不自然な地域じゃなくて、ありのままのこの地域に魅力を感じてくれた人を大事にするんや」
「そういうことか……!」
「これは俺がみかんをインターネットで売る上で大事にしてることとすごく似てるんよ」
「共通点があるんですか?」
「みかんをネットで売ることで大事なのは、なるべく多くのリピーターを作ることや。ネットショップの世界では購買客の10%がリピーターになればええ方やねんけど、うちは40%近くもあるんよ」
「えっ!40%!?」
「その40%近くがうちの経営を支えてくれてるんよ」
「どうやってそんな数のリピーターを作ってるんですか!?」
「情報を発信し続けることが大事なんよ。売ってるものには絶対的な自信があるもん。新商品をバンバン出していくよりも、その商品の魅力を定期的に発信してあげるのがいちばん効果的なんよ」
「手あたり次第では効果が激減してしまうというわけですね」
「その人にはその人に合った地域があるんやし、そこを無視してひたすら声をあげるのは違うと思う。だから俺らはこの町を維持することに全力を注がなあかんのよ」
「僕は長い間外に出ていた人間ですが、地元という感覚を除いても、ここの住み心地がいちばんです」
「そう思ってくれる人が絶対他にもいるんやから、そういう人たちにアプローチしていこうよ」
「みかん以外の注力方法が見えなかったのですごくありがたいです…!」
民が動けば街が動く
「それから、今は俺らが行政を巻き込む時代やで」
「僕らが…ですか?」
「そう。行政主導じゃなくて、町をいちばんよく知る俺らが主導権を握らなあかん。民が動けば街が動く。自分たちの街は自分たちで変えていくべきや。そうすることで俺らにも責任感が生まれる。誰も他人事じゃなくなるんよ」
「まさにそれこそ理想の流れです!」
「俺らが責任をもって声をあげていかんとね。ちゃんと地域のことも考えてるんよ。ただ単にビジュアルだけのみかん社長じゃないやろ?」
「いえ、そんなにイカツくは…」
「だからそれは逆に失礼やって言うてるやん」
会社の方針をみかん販売中心に大きく変更したみかん社長。
周囲の反対に遭いながらも生産者への最大のリスペクトを貫き通した結果、みかんの伝道師となり、地域になくてはならない存在となりました。
そんなみかん社長は生まれ育った地域の魅力をそのままで伝えるため、人々や街のさまざまな風景を残すプロジェクトに挑みます。
そしてこれからも生まれ育った地域への愛情一本で突き進んでいきます。
まもなくみかんシーズンがやってきます。
今年も最高のみかんを皆さんにお届けしますよー!
書いた人:かっしー
1989年和歌山生まれ。大学卒業後、ソフト・オン・デマンド株式会社(SOD)に新卒入社。現場ADや営業課長を務めたのち2016年末に退社し、地元である和歌山県にてみかん農家に転向。みかんシーズンに向けて各地で様々なイベントを準備中。お寿司とルマンドに目がない。Facebook:樫原 正都 / Twitter:@Kassy_Dotsubo