こんにちは、ジモコロライターの原宿です。本日は愛知県名古屋駅から電車で10分、車で20分ほど移動したところにある「とある田んぼ」に来ております。
はい、とある田んぼです。東京に比べると空が広いな~。
一体何のために僕がこの場所に来ているのかと言うと、こちらの漫画の作者の方にお会いするためです。
こちらは鷹狩り歴15年の女性鷹匠・ごまきちさんによるエッセイマンガで、世にも珍しい女性×鷹匠×漫画家というプロフィールを持つ方による実録マンガということになります。ポーカーにおけるスリーカードの確率は2.1%とされていますが、人生のポーカーでこのスリーカードが揃う確率、たぶんもっと低いと思う。
ご本人もこういうマンガを描いているわけですが、いやほんと、名古屋から電車で10分の土地で本当に鷹狩りができるんでしょうか? 確かに冒頭の田んぼは広々としていますが、いわゆる「里山」ではぜんぜん無いはずで、本当は鷹匠とか全部ウソで普通にOLをしている人なのでは……。
もしかすると、こんな感じの人が現れる確率もゼロではありません。なんかこういうシーン、「ショムニ」にあってもおかしくなさそうだな。そんないらぬ想像をいろいろ働かせていると……
あっ!あの人、手になんか止まってる! この状況で手になんか止まってたら、それは女性漫画家鷹匠以外にいない!
「すいません!ごまきちさんですか?」
「どうも初めまして、ごまきちです!」
「うわーっ!手に鷹止まってるし初めまして!だいたいマンガのまんまだ!本当に女性漫画家鷹匠はいたんだ……」
「本当にいるからマンガを描けているんですが(笑)」
「そして鷹。いろいろ鋭い。まんべんなく鋭いですね」
「こちらが私のパートナーである、オオタカの“師匠”(オス・4歳)です」
「師匠!よろしくお願いします!」
「チキ♪」
「おっ、鳴いてますね」
「“チキ”は、文句を言っている時の鳴き声ですね」
「えっ! 師匠、お怒りなんですか? 手土産を持参すれば良かったなあ……」
「いえ! 怒っているというほどではなくて、人間でも寒い時に『クッソ寒すぎ!』とか、不満を漏らすことがありますよね? その程度の感じです、チキは」
「(ブチッブチッブチッ)」
「エサである鳥の羽根をむしっている勇猛な姿からは、にわかに信じられないんですが、本当にご機嫌なんでしょうか?」
「はい(笑) 鷹は獲物の羽根をむしるのがすごく好きなんですよね。人間でいったら梱包材のプチプチをつぶすとか、そういう感覚なのかなって想像してるんですが」
「羽根をむしるのとプチプチが同等なんですか!? まぁ、鷹には鷹の世界がありますからね。今日は鷹匠という立場から、ごまきちさんに生き物や自然との共生について、色々とお話を伺えればと思っています」
「はい、よろしくお願いします」
※師匠は本当にご機嫌だということなので、思い切って匂いを嗅がせてもらいました。「決してイヤじゃない、人の頭皮の香り」がしました。お腹はフッサフサで気持ちいい。
なぜ鷹の名前が「師匠」?
「マンガのタイトルにもなってることなんですが、なぜ鷹の名前が“師匠”なんでしょう?」
「はい。これは私が学んだ諏訪流放鷹(ほうよう)術の教えが関連しているんですが……」
「す、すわりゅう……?」
「あ、鷹匠には武道と同じで流派がありまして、日本に現存しているのは諏訪流と吉田流の2つだけなんです」
「なるほど。これはインタビュー後に調べたことですが、諏訪流初代の小林家鷹という人物は、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と3人の天下人に仕えたらしいですね。すごい職歴!」
「で、その諏訪流でいちばん最初に教わるのが『鷹を主人だと思って仕えなさい』ということなんです」
「自分ではなく、鷹が主人……」
「はい。これは神の化身である鷹を尊ぶ心を学ぶという意味もあるのですが、人間のエゴではなく鷹の立場になって物事を考えなければ、鷹狩り自体がうまくいかないからなんです」
「なるほど。何も知らない素人から見ると、鷹匠が鷹を思い通りに操っていると思いがちですが、人間が鷹を使役しているということでは決してないんですね」
「狩りは私の意志ではなく、あくまで鷹優先です。鷹匠は、鷹にとって利用価値の高いパートナーであらなくてはいけません」
「思い通りにいかないものと向き合い、信頼関係を作る。鷹でも人間でも、相手の立場になって物事を考えるのが土台になるんでしょうね。確かに、こうしてごまきちさんの手に止まってる師匠、とってもリラックスしてるように見えますね」
「鷹匠の腕は、鷹にとっての『お気に入りの枝』みたいなものですかね。で、空に舞い上がる時はカタパルトの役割を果たします」
「カタパルトってあの、『アムロ、行きま~す』の?」
「はい、鷹匠用語では羽合せ(あわせ)と呼びますが、鷹に助走をつけて空に送り出す行為ですね。鷹匠は世界各国にいるんですが、これをやるのは日本だけです」
「ぜひ見てみたいです!」
「師匠も丁度飛びたがってるみたいなので、いきますね!」
「それ~~~!!」
「おお~!」
「いや~、やっぱり大空を舞う鷹って絵になりますねえ。何だかこっちの心まで解放されるような心持ちがします。鷹匠の訓練でいちばん大変なことって、何かありますか?」
「う~ん、大変と言えば全部大変なんですが、代表的な訓練に『据(す)え』と言われるものがありますね。鷹って腕の部分ではなく、拳の上に止まるんですよ。据えは鷹を拳の上で安定させるための訓練なんですが」
「え? 鷹を安定して止まらせるだけで3年かかるんですか? どうやって練習するんでしょう?」
「水をなみなみと注いだ湯呑みを拳の上に置いて、こぼさずに歩くんです。この時、湯呑みを目で確認してはいけません。コップでやるとこんな感じです」
※喫茶店でごまきちさんに「据え」をやってもらった写真。
「これやってみると分かりますが、この状態でコップから目を離すだけでめちゃくちゃ怖いです。これで歩くのは無理だなー!」
「単純なことが意外と難しいんですよね」
「あれみたいですね。ジョジョ第一部で切り裂きジャックと戦った時の、『北風がバイキングを作った』ってやつ」
※ご存知ない方は恐れ入りますが、検索でお調べください。
「まさか鷹匠と波紋の修行がつながるとは、ですね」
「師匠をジョジョのスタンド使いに例えると誰ですかね? やっぱりペットショップ?」
「あれはタカではなくハヤブサなので……」
「あ、そうか」
「うーん、見た目は承太郎かな?と思ったんですが、繊細な性格を考えると花京院の方がしっくりきますかね」
「ハイエロファント・グリーン!」
※ご存知ない方は恐れ入りますが、検索でお調べください。
「生まれつきのスタンド能力者で、人と打ち解けず孤独……。DIOとの戦いでスタンドを『再び誰にも見えないようにしてやる』と罠をはった花京院……。 孤独、気付かせない、気配を消す、神経質っぽさがオオタカっぽい……」
「ごまきちさん、ジョジョお好きなんですね……」
「はい、割と……。あ、ハヤブサと言えば我が家にはオオタカだけでなく、ハヤブサもいるんです。ご覧になりますか?」
「ぜひ!」
ハヤブサのドン子ちゃん
「こちらがハヤブサのドン子(メス・8歳)です」
「でかっ!」
「この抑えきれないホルス感、神々しい……。ハヤブサって綺麗な鳥なんですねえ。タカとハヤブサの違いって、どんなところがありますか?」
「ハヤブサは目が真っ黒に見えるというのが分かりやすいのと、あとタカと違って、ハヤブサは食事の時に口の周りが汚れても気にしませんね(笑)」
「見た目の高貴さとは裏腹の、ワイルドサイドな一面もあるんですね。そう言えば最近、サウジアラビアの王子様が飼っている80匹のハヤブサのために、飛行機の座席を80席購入したというニュースがありましたが……」
「アラブの富裕層の間では鷹狩りが盛んで、ハヤブサを飼うのがステータスと考えられているんですよ。UAE(アラブ首長国連邦)の国鳥がまさにハヤブサですし、ドバイの経営者が原作を小学館に持ち込んで、日本の漫画家と共作で鷹狩りバトル漫画を描いたなんて話もありました」
「いやさすがにそれは……って、本当にあった!」
「ホットエントリー入りしてるがな!アラブの人のハヤブサへの情熱、すげえな! ちなみにハヤブサを使う狩りでも“鷹狩り”と言うのですか?」
「はい。鷹という漢字は、実は“猛禽類全体”のことをあらわしているんです。なのでタカもワシもハヤブサもノスリもコンドルも鷹になりますし、その鳥と一緒に狩りをする人を“鷹匠”と呼びます。タカという鳥のことだけを指す時は、こうしてカタカナで書くのが正解です」
「はぁ~、鷹が猛禽類全体を指す漢字だったとは知りませんでした。ということは、フクロウを使って狩りをするのも鷹狩りってことですね」
「そうなりますが、残念ながら日本では猟をしていい時間が日の出から日没までなので、夜行性のフクロウを使った猟はできません」
「夜の猟、めちゃくちゃ怖そうなので『逆にできなくてよかった』と今思いました」
※鷹狩りのパートナーであるイングリッシュ・ポインターのミラ(メス・9歳)。現在(2017年2月)、鳥インフルエンザの流行により鷹狩りはお休み中ということで、車に乗って猟に行けないことを残念がっていた。
タカを飼育する難しさ
「今回、鷹匠としての日常をまとめた『鷹の師匠、狩りのお時間です!』が出版されるにあたり、ごまきちさんがいちばん伝えたかったことってなんでしょう?」
「一番は、そうですね……。『タカを飼いたいと思わせないようにしよう』ということでしょうか」
「えっ。かなり意外なお答えですね」
「出版社の方的には『鷹匠はカッコイイ!』というような売り文句を付けたいという一面もあると思うんですが……。鷹は大変ストレスに弱い生き物です。私はまず、猛禽飼育の大変さ、共生の難しさから伝えたいという思いがあります」
「ごまきちさんの作品にも、ふとした時に師匠が逃げてしまった過去のお話がありましたね」
「鷹狩りを15年続けてきた私自身も、このようにたくさん失敗してきましたし、何年後かには『あの時のあの飼い方は間違ってた!』なんて大反省しているかもしれません。その飼育の難しさの割に、鷹匠には資格試験もありませんし、現在の日本ではあまりにも手軽に鷹たちが購入できてしまうんですよね」
「知識も自覚もないまま鷹を飼ってしまう人が増えることに、危機感を感じていると」
「そもそも販売されている鷹を購入しても、狩りを仕込むまでには何年もの地道な特訓が必要ですし、鷹は決して『生まれながらのハンター』などではないんです。鷹は生まれつき鷹ではなく、鷹になる生き物なんだということを訓練の中で教えられました」
「動物の一生を左右してしまう飼い主の責任の重みを、グッと感じる言葉ですね」
「猛禽類に関する飼育環境や制度、繊細な生き物を扱うという心構えの面で、日本には遅れている部分があると感じています。かといって私のやり方が正解というわけでもなく、私が鷹匠をしていることで、『自分にもできそう!』と安易に思ってしまう人が増えるのではないか……という葛藤は常にありますが、鷹を飼うって美しい面だけではないんだということも同時に伝えられたらと思っています」
「なるほど。飼うというつもりが無くても、迷ったり弱ったりしている鷹にたまたま遭遇した時にはどうすればいいのでしょう?」
「放っておけないという親切心から家に持ち帰って保護してしまう人もいるのですが、鳥インフルエンザなどの疾病のリスクもありますし、日本の野鳥は原則として捕獲、飼育が法律で禁じられているんです。まずは安易に触らないことが一番大事ですね! その上で各都道府県の専門機関に連絡することをオススメします」
ケガをした鳥をみつけた | 野鳥を楽しむポータルサイト BIRD FAN | 日本野鳥の会
「ヒナ鳥が巣から落ちていたりしても、やはり持ち帰るのはマズいですよね?」
「はい。近くで親鳥が見守っているので、手を出すべきではないですね。鳥類にかぎらず幼い動物は、親とはぐれると自然で生きていく力を身につけることができなくなってしまうんです。誤認保護(救護)というのですが」
「動物たちを助けたいという気持ちは批難されるべきものではないのですが、保護にもリスクがあることを知っていただければと思います。動物のことを思えばこそ、人間との距離感が重要だと思うんです」
都会のはずれで、鷹と自然と向き合い続けるごまきちさんは、生き物に投げかける優しいまなざしの向こうで、「鷹や生き物にとっての幸せとは何か?」を日々葛藤し続けている方でした。
自然と人間との付き合い方に100%の正解など存在しないのかもしれませんが、ごまきちさんが漫画を通じて発信するその生き方自体が、少しずつ答えに近づく手がかりとなっていくのかもしれません。
「人生棒に振る勢いで(本人・談)」、鷹と共に生きる覚悟を決めた女性・ごまきちさんによる鷹匠エッセイ漫画「鷹の師匠、狩りのお時間です!」は、星海社コミックスより絶賛発売中です!
ライター:原宿
株式会社バーグハンバーグバーグ所属。ご飯をよく噛むオモコロ編集長として活動中。Twitter:@haraajukku