こんにちは、ライターの塩谷舞(@ciotan)です。布団の中から失礼します。
寒い。
ここ最近、毎日びっくり寒い。恐ろしく寒い。
しかし、冬になるといつも、あんなに暑かった夏のことを忘れるのはなぜでしょう。
あの楽しかった、夏の日を……
そうそう。
夏の終わり、私はジモコロの取材で福井県大野市ってところに行ってきました。
そのときの記事がコチラ。
おいしいごはん……あったかい地元の方々……最高の原風景……。
で、何より衝撃を受けたのがこの水。
「田舎は水がうま〜い」だなんてよく言うけど、ここのはレベルが違いました。
だって福井県大野市は「水道水がおいしい市町村ランキング」の1位なんです!
このランキングは、「水ジャーナリスト」として日本全国の水道水を飲み歩いてこられた橋本淳司さんが発表したものです。
福井県大野市、日本の1,741市区町村の中で1位!!
これはスゴい!!
大野の水で作ったカルピスも……
日本一うまかったな〜〜〜〜〜〜〜!
「いやいやいや、ちょっとまってくれ!水ジャーナリストって何者〜〜?!」
「わっ、都合よく現れたジモコロ編集長の柿次郎さん!なんすか!」
「本当にマジで日本一なの? 信ぴょう性あるの?ほら、メディアは記載内容の責任を負うから〜!!」
「あー、それはクリティカルな問題っすね。じゃあ本人に話を聞いてみましょう。校閲だーー!事実確認だーーー!!」
「……しおたん、ドラマの真似したいだけでしょ?」
「やかましっ」
…ということで、数日後。
お会いしました!水ジャーナリストの、橋本淳司さんです!
私が手にしているのは、橋本さんが小学生向けに書かれた著書『水の大研究』(PHP研究所)。
私たちが毎日使っている水は、どこから来るのか? どれくらいムダづかいしちゃってるのか? 世界の水問題はどうなっているのか?などなどが、わかりやす〜く書かれた1冊です。
ほかにも橋本さんは
・『67億人の水 「争奪」から「持続可能」へ』(日本経済新聞出版社)
・『100年後の水を守る―水ジャーナリストの20年』(文研出版)
・『日本の地下水が危ない』 (幻冬舎)
・『世界が水を奪い合う日・日本が水を奪われる日』(PHP研究所)
・『通読できてよくわかる 水の科学』(ベレ出版)
・『日本の「水」がなくなる日』(主婦の友社)
・『いちばんわかる企業の水リスク』(誠文堂新光社)
・『明日の水は大丈夫? ~バケツ1杯で考える「水」の授業 』(技術評論社)
……ってもう紹介しきれないくらい、これ以外にもたくさんの水にまつわる本を出版されている、本物の水ジャーナリストなんです!
「うん、めちゃくちゃすごい人だった」
水ジャーナリストの橋本さんにいろいろ聞こう
「橋本さん!本日はお忙しい中わざわざ、ありがとうございます。こちら福井県大野市の、お土産です!」
「おっ!大野の銘酒、花垣じゃないですか。これは嬉しいですね。ありがとうございます」
「わあっ!良かったです〜〜〜〜!やっぱり水がおいしいとお酒もおいしいんですね〜〜〜!感動しました!だから橋本さんにもぜひ、と思ったのですが、やっぱりお好きだったんですね〜〜〜」
「(偉い人だからって、いきなり態度が違う…あざとい……!)しおたん、本題!」
「へい、そうでした。橋本先生が水道水おいしいランキングを作成されてて、『日本一水道水がおいしいのは福井県大野市』って決められていましたが、あちらの根拠は一体なんなんでしょう? 科学的な物質とかの総合得点なのか、主観的な味覚の評価なのか……」
「はい、主観的な評価ですが、1つ物差しを持って決めています。ひと言に水道水といっても、蛇口から出てくるまでのプロセスは随分違いますよね?」
「と、いいますと?」
「大野だと、地下水を汲み上げた”原水”がすごくいい水で、それを念のため、わずかに消毒して、水道水として出しています。水道法という法律がありますので。でも東京だと、原水となるのは利根川や多摩川の水。昔に比べればキレイになりましたけど、その水を直接飲んだらおそらく体を壊してしまいます」
「ふむ、そうですよね」
「だから東京の水なんかは、オゾン殺菌と生物活性炭を使って、何段も何段も工程を経て、お金も電気も使って、やっとのことでおいしい水を作っているんです」
「なるほど。それは、ナチュラルボーンなすっぴん美人(大野の水)と、金をかけまくった整形美人(東京の水)を比べるようなものですね……」
「たとえが悪い」
「まぁ水の話ですがね。僕はそのふたつを一緒に比べてはいけないと考えています。もちろん、汚れた水をキレイにする技術も素晴らしいのですが。でもやっぱり、原水をキレイにするための保全活動は大切な取組みなんですよね。だから今回はそういった市町村の水道水をベースにランキングを作成しました」
「大野のみなさん、保全活動めちゃくちゃ頑張ってましたもん! とはいえ日本は広いですし、頑張ってる市町村はたくさんあると思うのですが、なぜ1位に? 確かに、超おいしかったですけど……!」
「やっぱりあの地形ですよね。ポカンと盆地が広がって、周りが全部山に囲まれている。そして北陸地方だから、冬には雪が多いでしょう。その雪水が地下に浸透するのですが、大野は土壌も素晴らしくって。非常に上質なミネラルを適度に含んだ水が、地下から出てくるんですよ」
「山、盆地、雪、土!」
「はい。パーフェクトです」
「恵まれてるんですねぇ。それだけ自然が水を綺麗にしてくれたら、さぞかし水道料金も安くてうらやまし……」
「あれ、比較サイトで比べてみたら、しおたんの住んでる東京都のほうが安いよ?」
「あれ?!なんで?!」
「確かに水道水を作るまでのコストは東京都の方が圧倒的に高いのですが、やっぱり住民が多いので一人あたりの負担が軽くなって、結果として水道代が安くなるんですね」
「そっか、住民の人数で割り算されるんですね」
ちなみに、水道料金の安い&高いランキングはこちら。
「富士河口湖町の835円に対して、北海道夕張市は6,841円……?! ひえ〜〜。ここまで地域差があるとは、知らなかったです!!」
「水は本当に地域差が大きいですね。それぞれ、その土地にある資源を使うものですから。”水を運ぶ”って、簡単なようですごく難しいんですよ。ものすごく重いですからね」
「たしかに水は重い!会社にあるウォーターサーバーの水が切れたら、水タンク交換するだけで重すぎて腰がやられるので、誰かが交換してくれるまで見て見ぬフリしました」
一方、積極的に水を交換する柿次郎さん(バーグハンバーグバーグ社内の様子)
「コラー!見て見ぬフリするなー!」
「重いですよね。もし、水がもう少し軽かったら……世界の水問題なんていうのは簡単に解決できてしまうのでは、と思ってしまうほどです」
「世界の水問題…」
重い水を運ぶくらいなら、猛毒の入った井戸水を飲む…?
「世界の水問題の象徴的な話なんですが、バングラデシュのとある町にある井戸は取水口を真っ赤にぬられていました。それは、『ヒ素に汚染されているから飲むな』という印だったんです」
「え、猛毒じゃないですか……」
「はい。でも、子どもたちは喜んでその水をゴクゴク飲んでいて、周りの大人たちもポットにくんで、飲み水として家庭に持ち帰っているんです」
「えっ…」
「信じがたいですよね。その町には、身体に無数の斑点ができた子どもや、大人がいました。ヒ素の影響です。最悪、死に至ります。近くにはたくさんの川や池があるのに、その水はもっとひどい病原菌におかされていたんです。それを誤って飲み、死んでしまう子どももいました。1990年代半ば、私がまだ駆け出しのジャーナリストだった頃の話なのですが……取材でバングラデシュに行ったんですよね」
「その町の人たちが安全な水を手に入れるには、3時間以上かけて水をくみにいく他ない。でもそうすると、働く時間を奪われて生活ができなくなる。だから危険だと知りながらも、ヒ素が入っている水を飲むんだと。そんな事実を、現地の方から知らされました」
「やるせないですね……」
「その光景を見たときから、水に恵まれた日本の中で歩き回って、”この水はおいしい”とか記事にしていた自分が、一気に恥ずかしくなりました。自分がそれまでに書いた原稿を全てやぶり捨てたいくらい、恥ずかしかった」
「それで今橋本さんは、世界の水問題を取り扱う水ジャーナリストとして活動されているんですね」
「なるほど……。でも今はそれこそ、海水を淡水化する技術も進んでいるのでは?」
「もちろんです。ですが、海水を淡水化する技術を使える乾いた国というのは、中東の油田があって、王様がいて……という地域くらいですね。
海水を淡水化するには、ものすごくお金がかかります。アフリカの貧困層の方々の生活水準にマッチしていない。彼らは毎日一生懸命働いても、1日に40円ぐらいの手取りです。そこにたとえば、日本のミネラルウォーターを100円で売ったとしても売れないですよね」
「500mlの水を飲むために、2万円払う……くらいの感覚ですね。2リットルで8万円……。それは生活できないですね……」
「はい。海水の淡水化は、もちろんそれ以上に高額です。一方オイルマネーで豊かな中東の国では、膨大な資金を使って海水を淡水にして、スプリンクラーで砂漠に水をまいてるんですよ。飲み水ではなく、砂漠を緑化してるんです」
「え、それで砂漠に草が生えるモノなんですか?!」
「普通はなかなか厳しいのですが、ずーーーっと撒きっぱなしにすると、砂漠にも草が生えてくるんです。ドバイなんかでは、そうして砂漠の中に緑を作って観光資源にしていたりするんですよ」
砂漠の中に高層ビル、そして緑が見えるドバイの風景
「オイルマネーおそるべし……」
「だから、安全な水を得られない貧困の方々と、海水を淡水にするビジネスっていうのは全く別のレイヤーで動いてしまっているんです」
「知らなかった……!」
「いやほんと。教えてくださってありがたいです」
「こちらこそ、水のことに興味を持ってもらえるのが一番嬉しいんです。日頃はこんな水の話を、学校で授業させてもらったり、大人相手にさまざまな土地の日本酒を味わいながら話したり、あとは自治体や企業へのアドバイスをさせてもらっています」
「水ジャーナリストというより、それは水専門コンサルタント、的なかんじですか?」
「そうですね。でも僕は”アクアコミュニケーター”とも名乗っています。
地方自治体だと「田舎に工場を作れば、水が汚れてしまう!」と二項対立してしまいがちなのですが、今は、保全しながら活用する……という取り組みが主流になってきました」
「ふむふむ」
「たとえば地下水の潤沢な熊本県では、もちろん100年後にもその地下水を残していきたい、という強い思いがあります。ですが都市化が進んで水田が減少すると、土に染み込む水の量が減り、地下水が枯れていってしまうんです。
それを避けるために、農家さんが水田に水を張るお金を、さまざまな企業が補助しているんです。企業が熊本で活動を続けるためには、そのような条件が課されているんですよ」
「へ〜〜〜!!熊本すごい!」
「そうなんですよ。あ、そして福井県の大野市でも、あのおいしい地下水を残しながら、町が発展していけるとよいですよね」
「あの大野の水は、本当に本当においしかった……。人生で一番おいしかったです……水がうまいから、米もうまかったし……」
「私から言うのも変な話ですが……。大野の方には、ぜひぜひあのおいしい水を守っていってほしいです」
「変じゃないですよ。塩谷さんは大野の水のことを、自分の町のように捉えてくれてるんですよね。素晴らしいことです。大野もそうですし、遠く離れたアジアやアフリカの方々も安全な水を使えるように。世界の水問題を『自分には関係ないこと』だと思わずに、知ってもらえると、嬉しいですね」
「たしかに……。無関心が、最大の罪ですね」
「橋本さんの本を読んでから、水の知識が一気に増えて、結果としてめちゃくちゃ水ケチって暮らしてます」
「お、ありがとうございます。いいですね! でも日本家庭の水道水の使用量は、ここ数年でずいぶん減少してるんですよ」
「なんで?!不景気だから、みんな節約を?」
「というよりも、家電メーカーの努力ですね」
「あ、前にTOTOに取材に行きました!」
「これはトイレの記事だったので書かなかったのですが、体感する水圧はほぼ一緒なのに、使ってる水の量は半分くらいになる……みたいなシャワーヘッド『エアインシャワー』という商品もありましたね。正直、欲しくなりました」
「そうですね。節水したかったら、家のシャワーヘッドを取り替えるのも効果的です」
「へえぇ〜〜、意外と知らないシャワーヘッドの世界…」
この後も、家庭内の節水の話から、日本国内にもあるグレーな水ビジネスの話、フランスでは水はお薬みたいに使われるという話、東京の地盤沈下しやすい場所の話、水を見ると精神衛生に良いという論文が出た話、お母さんのお腹の中の羊水の話……
ありとあらゆる「水」トリビアを聞かせてもらって、私と柿次郎さんはへぇへぇと目をまん丸にしてたのでした。
〜事実確認を終えて〜
「いや〜〜水の話、めちゃくちゃ面白かったっすね!」
「ホント! でも橋本さんの知識がハンパない上に、伝え方がうますぎる、というのもある」
「確かに!」
というわけで、事実確認終了〜〜!!
Photo by 中村ナリコ、柿次郎
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※橋本さんの活動、もっと「水」について知りたい方はこちら!
アクアスフィア/水ジャーナリスト、アクアコミュニケーター橋本淳司の公式ページ
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書いた人・塩谷 舞(しおたん)
1988年大阪生まれ、京都市立芸大卒。PRプランナー/Web編集者。CINRAにてWebディレクター・広報を経てフリーランスへ。お菓子のスタートアップBAKEのオウンドメディア「THE BAKE MAGAZINE」の編集長を務めたり、アートのハッカソン「Art Hack Day」の広報を担当したり、幅広く活躍中。Twitterアカウント→@ciotan / 個人ブログ→http://ciotan.com/