こんにちは、ジモコロライターのまきのです。
先日のことになりますが、請求書のハンコってめんどくね?という思いから、このような記事を書かせてもらいました。
弊社では外部のライターやマンガ家、カメラマンなどに仕事を依頼することが多いため、彼らが少しでも楽になれば……と思って書いたわけですが、その結果―
話題になり過ぎ。
ページビュー(その記事が何回見られたかの数値)は、なんと20万を超えました。
一人が何回も見たり、途中で読むのをやめてしまった人もいるので比較するのは心苦しいのですが……20万といえば1999年にGLAYがおこなった伝説のライブ「GLAY EXPO '99」の観客動員数と同じです。
すごいですよね……
GLAYってほんとすごい!ちなみに同年に発売されたシングル『Winter,again』は164万枚も売れたそうです。すごい、凄みがすごい!
このままGLAYの素晴らしさについて書いてもいいのですが、前回の記事に対する読者の反応は非常に興味深いものでした。
ほとんどが「そうだったのか!」「これで月一の作業が楽になる!」というものでしたが、「ハンコは必要じゃい!」といった意見も結構多かったのです。
思いがけぬ問題提起になったこの記事、せっかくなのでもう少し突っ込んで調べてみたい!そこで今回は、弁護士の藤井総さんに、法律的な観点も含めて話を伺ってみることにしました。
ハンコってほんとに義務じゃないの?
藤井 総(ふじい そう)
2005年に司法試験合格、2006年に慶應義塾大学卒業、2015年に『弁護士法人ファースト法律事務所』を開設。数々の企業の法律顧問を務める
「こんにちは!僕が書いた記事のことでご相談したいことがありまして」
「ハンコに法的な義務はないっていう記事ですよね?結構反響があったらしいですね」
「そうなんです。はてなブックマークのコメント欄を見ると、肯定的な意見もある反面『嘘つくな!ハンコは無意味じゃないぞ!』というのもいくつかあって」
「まきのさんが書いた記事、僕も読ませてもらいました。間違ったことも言っていないですし、悩めるフリーランスの人たちにとって役立つ記事だと思いました。こういった問題提起はしていくべきです。ただ、誤解を招きやすい書き方をしているなぁ…とも感じました」
(まきの、本気で"ゴクッ")
「まず、記事のメインである『請求書のハンコって意味ないんだって』というのがそもそも誤解を招きやすい!これって、
・『請求書のハンコは義務ではない』
一般的な請求書で、法的にハンコを押さなければならない義務はない
・『ハンコという“慣習”には意味がない』
ハンコそのものがもっと楽なものに置き換えるべき慣習である
の二点を、意図的においしい部分だけ混ぜ合わせてませんか?」
「そっ…いやでも、嘘では…」
「嘘ではないけど、誤解する人が出るのは仕方ないと思いますよ。だって請求書にハンコを押すことによる“得”がまったくない訳ではありませんから」
「そこのところ、詳しく教えて欲しいです!“得”とはどういうものがあるんでしょうか?」
「例えば、しかるべき権限者が作成したことを推認させるとか、偽造の可能性を低減させるとか」
「なるほど。確認しますが、それでも義務ではないんですよね?」
「義務ではありません。ただ、トラブルが起きた時に、ハンコを押してる場合と押していない場合では、押していない場合の方が “困り度” が少し高くなります。それでいいなら押さなくてもいいのです」
「ハンコを押している場合でも、トラブルが起きれば困るのは困るんですか?」
「それがトラブルというものですからね。わかりやすく言うと、
・毎月毎月何枚もハンコを押すという苦労を重ね、いつかトラブルが起きた時は小さな困り度に対処する
もしくは
・ハンコを押す手間をゼロにして、いつかトラブルが起きた時は大きな困り度に一気に対処する
の二択です。まあ、業種や案件の内容や取引先によって、トラブルが滅多に起きない場合もあるとは思いますが」
「確かに、弊社でもハンコなしで困ったことは起きてません」
「僕の事務所も請求書はデータで送信してますが、トラブルが起きたことはありませんね。ただ、万が一という場合もあるので、ハンコを押すことには、やはり“得”がないわけではないのです」
トラブルってなんやねん
「先ほどからおっしゃっている“トラブル”とはどんな場合が考えられるでしょうか。低い確率でもいいので教えてください」
「例えば、発注側の担当者と受注側の担当者が結託して、有りもしない架空取引の請求書を作ったり、金額を水増しした請求書を作ったりして、発注側の金を騙し取る事件が考えられます」
「なるほど!A社(発注側)がB社(受注側)に1万円で発注した仕事なのに、A社とB社の担当者同士がグルになって『5兆円の請求書を送ってくれたら4兆9999億9999万円を山分けできる!最高!』という感じで金を騙し取れるということですね?これは良い情報だ…」
「やめてください。そういうのを防ぐために、請求書の押印(代表者印)を要求するのは、意味があります。少なくとも、受注側(B社)の社内でしかるべきプロセスを経ないと、代表者印は押せないですからね」
「でもそれって、受注側がフリーランスの場合には無関係では?担当者=会社みたいなものなんだから。そもそも、そんな犯罪行為よく起きることなんですか?」
「いや……『低い確率でもいい』って言うから」
「受注側がフリーランスの場合は考えにくいトラブルを防ぐために、毎月毎月あんなにハンコ押して切手代使って……そりゃあフリーランスの人は恨みが募りまくってるワケですね」
ハンコという慣習って無くせないんですか?
「そもそもハンコっていう慣習を無くすことはできないんでしょうか。今でも不可欠な利用シーンってあります?」
「役所に提出する書類は結構ハンコが必要なものが多いですね。ただ、実はこれも法的に押印が義務付けられているわけではないものって、意外と多いのですよ」
「そうなんですか!?」
「最近だと千葉の市長が、何でもかんでも押印を要求する役所の体制に疑問を呈し、千葉市が運用を見直すことになりました」
「千葉の市長…、少し前に弊社の企画でヨッピーとシムシティ対決してくれた人だ。やっぱり先進的な考えの人だったんですねぇ」
「今後、役所ですら押印が不要となるケースが増えてくるでしょうね。とはいえそれはまだまだ先のこと。今はハンコが効力を持つシーンも多いです」
「欧米ではハンコではなく自筆のサインで済ませてるんですよね?じゃあ、要らなくないですか?」
「サインだけよりは、ハンコとサインで二重になっていたほうが、より堅固な証明になるのは確かです。ハンコなら“押し跡”があるし、印鑑登録をしていれば偽造して利用しにくいんで」
「なるほど〜」
「一定の種類の文書を偽造すると、文書偽造罪という犯罪になるんですけど、押印のない文書と、押印のある文書では、罪の重さが違うんですね。
<押印なし>私文書偽造罪→1年以下の懲役又は10万円以下の罰金
<押印あり>有印私文書偽造罪→3月以上5年以下の懲役
という感じです」
「へ〜。それだけ、日本ではハンコに対する信頼が大きいってことなんですね…」
藤井さんの襟に燦然と輝く弁護士バッジ。余談ですが、このバッジは使い込むほどにメッキが剥げて「シルバー」と呼ばれ、歴戦のベテラン弁護士のステータスになるそう
「偽造しにくいから証明力が高い、ということですか」
「あとは、その堅固な証明力と手間とのバランスが問題ってことです。例えば自分のパソコンにログインするために1時間くらいパスワードを入れ続けなきゃいけないなんてことになったら…」
「そこまでしなくてもいいです!ってビル・ゲイツに直談判しにいかなきゃいけないですもんね」
「絶対会ってくれないとは思いますが、そういうことです」
「そういえば、はてブのコメントにあったe文書法って何でしょうか。“e"というのはおそらくネットのことだろうとは思うんですが」
「e文書法とはざっくり言うと、法律上保存等が義務づけられている一定の種類の文書について、紙文書だけでなく、電子化された文書ファイルや、紙文書をスキャンしたデータでの保存等を認める法律です。請求書も、一定の要件を満たせば、データでの保存が認められます。ただ、ハンコは関係ないですね」
参考:高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)
前回の記事が話題になった理由をどう分析する?
「前回の記事はかなり話題になったんですが、その理由、今まで数多くの企業の法律顧問をしてきた藤井さんは、どう分析します?」
「やはり不満が溜まってたからではないでしょうか。毎月請求書を作る時期になると憂鬱だったのに、『実は義務じゃなかった』という事実を知れば、『これで楽になる!』とか『今までの苦労は何だったんだ!』ってなるのは当然かと思われます」
「でも今後は双方が楽になりますよね!」
「それはどうでしょうか」
「へ?」
「現状、一般的な会社は“請求書にはハンコを押すものという体制”で動いています。ハンコを押すのは確かに手間ですが、体制を変えるのはもっと手間です」
「だから現状の手間を続けるってことですか?面倒だけど一度体制を変えてしまえば、その後は楽なのに!」
「でも会社ってそういうものですよ」
「さっき“ハンコをなくしてからも会社ではトラブルは起きてません”と言いましたけど、実は“ハンコが必要だった頃の方がトラブルは多かった”んです。『ハンコがないから送り直してください』って言うと、やっぱりギクシャクしますよね」
「そうでしょうね」
「フリーランスの人はもっとトラブルが多かったと思うんです。『ハンコって必要ですか?』って言うと、こんなやつには二度と仕事を振らないってなったり」
「そういったトラブルが、『実はハンコは義務ではなかった』という事実によって、じゃあ あの時の手間をどうしてくれるんだ!という問題に発展しそうではありますね」
「ですよね。書かないほうがよかった……?」
「いえ、ハンコは義務ではないというのは事実ですし、問題提起するのは悪いことではないと思います」
「あの記事は、発注側・受注側・法律・経理・詳しい人・詳しくない人、さらには途中までしか読まずに意見を言う人、僕の書き方のせいで勘違いする人、というのが入り混じってすごい議論になってまして」
「確かに、すごいコメント合戦でしたね」
「ネット上でこういった議論が巻き起こることってよくありますが、何を信じればいいのかな、とはずっと思っていて」
「内容の妥当性を論理的に考えよう、ソースを確認しよう、発信者の属性に気をつけよう、なんて言ったところで、リテラシーが高くない人には難しいですからね」
「実名&顔出しできちんと経歴もあるのにデマ言う人もいる一方で、Twitterの匿名アカウントでも鋭い分析をする人はいますし……」
「ただまぁ、この手の騒動って、一方の声が大きくなれば、もう一方の声も大きくなり、大抵揺り戻しがあって、時間が経てば最終的には妥当な結論になることが多いですよね。時代が判定してくれる、ということではないでしょうか」
「藤井さんはIT関係の会社の法律問題を多く手がけてますが、これからネットの記事を読む上で、読み手に求められることがあれば教えてもらえないでしょうか」
「まずは誰がその情報を発信しているか、誰がその情報を肯定/否定しているか、最低限そこだけは見ることですね。まとめサイトやバイラルメディアに掲載された情報は、PVありきな場合が多いです」
「ふむふむ」
「一方で、専門家が自身のサイトやブログで公表している情報は、PV関係なく、正確で有益な情報を、社会的責任に基づいて公表している場合が多いです。間違ったことを言うと損になる人の発言、肯定/否定のコメントは、基本的には信頼度が高いかなと」
「さっき言ったとおり、それでも間違いはあるけど、という前提ですね。なるほど、ありがとうございました!」
「いえいえ、わからないことがあったらいつでも聞いてください」
「じゃあこのインタビュー代金は5000兆円で弊社に請求書を送っといてください。余分なお金は山分けしましょう!」
「異議あり!」
まとめ
というわけで、前回の記事では勘違いしやすい書き方をしてしまい、申し訳ありませんでした。改めて調査した結果は下記となります。
・請求書にハンコを押すのは義務ではない?
→義務ではありません
・請求書にハンコを押すのは意味がない?
→偽造しにくくする、トラブルが起きた時に小さな困り度で済ますことができるなど、無意味というわけではありません
・それでも請求書にハンコを押すのは義務ではない?
→義務ではないです。ただし上記トラブルが起きる可能性は、低いとはいえ存在します。それでよければ、ハンコを押す必要はありません
個人的な解釈ですが、ハンコって“ネクタイ”みたいなものかなと思いました。
義務ではないけど、ネクタイしてる人は信用されるし、中にはネクタイしてないと入れない場所もある。でもネクタイそのものには意味がなく、時代の流れとしてクールビズなんてものも出てきている、と。
弊社ではこれからもハンコなしで処理していきますが、みなさんはどうお感じになったでしょうか。様々なご意見、お待ちしております。それではさようなら。
※今後の情報発信につきましては、より一層留意してまいります(ジモコロ編集部)
書いた人:まきのゆうき
株式会社バーグハンバーグバーグで働く人。姉妹メディア「オモコロ」で開設当初から「うさねこ」という4コマ漫画を連載中。今までもらった請求書は全部甘く煮ている。 Twitterアカウント→@yuuki