こんにちは、ジモコロ編集長の柿次郎です。
皆さん、長野県諏訪地域の奇祭をご存知でしょうか。
その名も「御柱祭」。
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御柱祭② pic.twitter.com/ZXjvO2n33e
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御柱祭③ pic.twitter.com/FmS4WT1dPy
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砂煙を巻き上げて、斜面を転がり落ちる大木…。
木にまたがる男たちの異様とも言えるほどの熱気…。
え、なんなのコレ!?
僕も初めて知ったときは吃驚しました。
この御柱祭は数え年で7年に一度(実際には6年毎)開催されるレアなお祭りなのですが、2016年はなんとその開催年! ジモコロを始めて2年目でタイミングがぶち当たるなんて、これは御柱祭が呼んでいるといっても過言ではありません。
というわけで、長野県の諏訪湖周辺を訪れたのが2016年3月頃。御柱祭はいろいろ仕組みがややこしいんですが…
・寅年と申年に行われる(正確には6年毎だが、数え年で7年に一度)
・御柱は約19m、直径約1m、重量約7.5トンの巨木
・1本の御柱につき約2000人〜3000人(!)が蟻のように群がって動かす
・諏訪湖の北側=下社、対岸の南側=上社、この2つの場所で開催される
・諏訪大社の氏子・20万人以上が参加する「神事」である
・大きく分けて斜面を滑り落ちる「木落し」、町中を練り歩く「里曳き」に行事が分かれる
あまり説明しすぎると必ず粗が出てしまうため、今回の記事は必要最低限の情報に絞らせていただきます。ムリムリ。現地の人も全部把握してないんだから!
前提で開き直った上で、とある縁を辿って「下社」に絞って取材を試みたわけですが…。
御柱祭の取材は、無理ゲーだってことを最初に伝えておきます。
なんなんだよ、底沼のように深い歴史は!
とりあえず詳しい人に話を聞いてきました。
御柱祭にすべてを注ぎ込む諏訪の人々
お話を聞いたのは、下諏訪町の宿泊施設「マスヤゲストハウス」で働きながら、諏訪地域の観光大使をしている小野雅世さん。地元のテレビ局にも出演し、諏訪地域の広報的な視点で情報発信しています。
「御柱祭にはずっと興味があったので、今日は来れてよかったです。聞くところによると、地元の人の祭にかける想いは並々ならぬものがあるとか?」
「そうですね。7年に一度しかないこともあって、この時期になると地域全体に熱がこもります。地元の新聞もニュース番組も毎日御柱の話題ばかりです」
「御柱がメディアをジャックしちゃうんだ……すごい。あと僕、以前長野の人に聞いてびっくりしたのが、このあたりの人たちって、御柱が終わると次の御柱に向けて貯金をするんですよね? 家によっては数百万円…」
「昔はみんなそうだったみたいですね。御柱のときって、家を開いてお客さんをとにかくたくさん呼ぶんですよ。もうこれでもかっていうくらい料理やお酒を振舞う。だから何十万円ってお金がすぐに飛んでいっちゃうんです」
「僕ならそのお金でハワイに逃げると思います。この土地では、御柱のときはみんなにおもてなしするのが当たり前っていう感覚なんでしょうね。太っ腹だなぁ」
「どこの家もそうなんですよ。誰でも寄りなさいという感じ。この時期だけの独特な雰囲気ですね」
「独特といえば、御柱ならではのルールも変わっているんですよ。たとえば、開催の年は結婚式や葬式を控える、家の改築を控えるといったこととか。諸説ありますが、祭に奉仕するために個人的なことは控えるべきという意味があるようですね」
「結婚できないんだ! あくまでも神事を優先するなんて徹底してますね」
「家の出費がすごいのもあるでしょうね。御柱祭って約1200年前に始まったとされているんですが、一度も休んだことがなくて、織田信長が諏訪大社を焼き討ちしたときもやってますし、戦時中でもやってますからね(笑)」
「ええー! 執念がすごい!」
「……強い思いの表れですよね。だから、各地域の氏子の中心的な存在にもなれば、命をかけるくらいの気持ちがないと務まらないんですね」
地域ごとに御柱との関わり方がある
「ところで、柿次郎さんは御柱祭、今回が初めてですよね? わかりにくいところも多かったんじゃないですか?」
「そうなんですよ。気になってネットでいろいろと調べてみても、ほとんど情報がないし、あっても断片的なものが多くて……」
「じゃあちょっと簡単に説明しますね。御柱祭というのは、諏訪大社で7年に一度、寅年と申年に行われる神事です。諏訪大社に山から切り出したモミの木を運んで奉納し、所定の場所に人力で建てるんですよ。あ、ちょうど今柿次郎さんが開いている本に写真が載っていますね」
「あ、これですね。人が何人も乗ったまま垂直に立てるんだ。やばい…。あの、そもそもなんで大きな柱を建てるんですか? 巨人の棒倒しゲームの準備?」
「うーん、実はよくわからないんです。諏訪大社の社殿造営に関わる説が有力ですが、神域を示すためとか、神霊の依代であるとする説とか。諸説が20種類以上あると言われていて…御柱祭について正確に語れる人は数少ないと思います」
「へえ……建てる巨木はこの1本だけなんですか?」
「いえ、全部で16本あります」
「16本!?」
「諏訪大社と一言にいっても、それには上社と下社があって、さらに上社には本宮と前宮、下社には春宮と秋宮があるんです。それぞれのお宮に4本ずつですから、4×4で16本ですね」
「なるほど。諏訪大社って4つのお宮の複合体みたいな感じなんですね。それにしても、それだけの数の大木を運ぶのは大変そうな……しかもすべて人力でしょう。1本にどのくらいの人が関わるんですか?」
「1000〜3000人くらいですかね。上社の場合は、諏訪地域のどの地区がどの柱を担当するのか、くじ引きで決めます。下社の曳く柱は、地区ごとに決まっています」
「数千人単位! しかも、柱ごとに各地域が関わっているんだ。どうりで全体像が掴みづらいわけだ……」
御柱祭④ pic.twitter.com/kiG4xaWmOY
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御柱祭に懸ける思いは人それぞれ
「じゃあ、そのなかでメインイベントというか、比較的広く知られているのは山から木を落とすところですか?」
「あ、下社の『木落し』ですね。4月に行われている山出しの最大の見せ場で。人がまたがった御柱が急斜面をすごい勢いで滑り落ちます。滑り落ちきった後に、一番前に座っていられた男がすごいという。さらに上社では木落しのあとに、川幅43メートルの宮川を越える『川越し』というのもあります」
「もうめちゃくちゃな行事ですね。そういえば僕、先日NHKのドキュメンタリーで見たんですけど、木を動かすときって独特な歌を歌いませんか? おじさんが結構高いキーで歌ってたのが印象的だったんですけどあれは……」
「木遣り歌ですね。あの歌を合図に、みんなで気持ちを揃えて大木を動かすんですよ。あの歌を練習する声が聞こえてくると、御柱がやってきたなあという気持ちになります」
「一度聞いたら忘れられないような、独特な歌い回しですもんね」
「そうですね。でも、この地域の女性たちって、歌は知ってても、生で御柱を見たことがないっていう人が結構多いんですよ」
「え、それはなんで?」
「古くからの習慣として、男の人は氏子として御柱に関わるけれど、女の人は家にいてお客さんをもてなすことが多いんですよ。木遣り隊やラッパ隊に所属している氏子の女性もいますが…。家にいる女性は料理の準備とかとにかくやることが多すぎて、生の御柱を見に行く暇がないんです。もちろん地元のケーブル局の番組で見てはいるんですが、直接見に行くことはなかなか大変なんでしょうね」
電車で御柱祭が…… pic.twitter.com/iJF1KyzPjn
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「あーなるほど。小野さんのお家もそうだったんですか?」
「そうですね。小さい頃は、来客のもてなしの手伝いはあまり好きじゃなかったし、御柱の年は結婚式挙げちゃいけないってなんのことだろうって思っていました」
「ああー。それって僕みたいな観光者には絶対に持ち得ない、土着的な思いですよね」
「そうかもしれないですね。でも大人になって、街の観光に関わる仕事もして、これがこの土地の文化なんだなあって前よりも受けいれられるようになってきたんですよ。この土地で生きていくということは、いろんな思いを抱えながらも、御柱とともに歩んでいくということなんじゃないかなと思います」
「貴重なお話、ありがとうございました。完全なよそ者ですけど今度の下社里曳き、楽しんできます!」
「ぜひぜひ。できれば法被着ていくといいですよ。ちょっと地元の人っぽく見えますから(笑)」
「ナイスな情報、ありがとうございます!」
というわけで・・・
法被一式をゲットしました! 地元で事前に買うと安いらしい!
そして、当日・・・
●2016年5月14日(土)
髪を短くし、気合を入れて始発の電車でやってきました。下社里曳き「建御柱」へ。実は御柱祭終盤の行事で、8本の御柱を春宮・秋宮に建てるのが目的です。
下諏訪の町はお祭りらしく、屋台が立ち並んでいます。
小腹が空いたので「ふりふりポテト」を買ったら、めちゃめちゃ人気者になりました。
町中はすでに御柱祭一色。騎馬行列や花笠踊りといった「神賑わい」が繰り広げられます。それぞれに名前と役割が決められているんですが、説明し始めると小冊子1冊が必要になるレベル。
とはいえ、町を練り歩く人たちの衣装や立ち居振る舞いは見応えアリ!
子どもが馬に乗って練り歩いているのも、深い意味があるんだろうなぁ…。
「これはどういう意味があるんですか?」と聞いたんですが、「なんだろうな?」と言ってました。
女性陣の華麗な踊りも! このあたりは神事とはいえども、お祭り感があります。
御柱を求めて歩き続けます。疲れてきて顔が弛緩してきました。
いい感じに気合が入っている女性たちと記念写真。
女性の胸元にお札が入っていました。おひねり…?
町中を曳いてるはずの御柱目当てにウロウロ歩くこと2時間。警察による交通規制がしっかり敷かれていて、思った以上に動けないのが現実です。なぜなら、一般客のためのお祭りではなく、氏子のための神事だから…!この事実を忘れてはいけません。
約19mの御柱に人が乗ったまま、神社の4隅に建てるメインイベント「建御柱(たておんばしら)」もご覧の通り。一部の氏子も入れないほどの混雑っぷりで、中の様子は一切うかがい知れませんでした。なんてこったー!!
なんとか休憩中(?)の御柱に遭遇したので、その巨木さを体感すべくまたがってみました。
ンフフ…
スベスベで気持ち良い…
ちなみに約7.5トンの御柱を引っ張る極太綱もヤバいことになってます。縄がミチミチに詰まっていて、この綱を持ち上げることすらできません。御柱と綱の準備だけで途方もないような労力がかかっているんだろうな…。
と、活動停止中の御柱と戯れたところで取材終了の時間に。
「なにも見てねぇ…」
丸一日で12キロぐらい歩き回ったんですが…
取材としての撮れ高は20%程度…
正直ナメてました…
「御柱祭の取材、なんて難しいんだ…」
7年後に役立つ!正しい「御柱祭」の楽しみ方
というわけで壮大な前フリになってしまいましたが、ここからが本記事の核となります。僕のように御柱祭をナメてかかると、7年後に何一つ楽しめません。
これは御柱祭に限らず、全国的に有名な祭り全体にも言えることなので、耳の穴よくかっぽっじって聞いてください!
●本番の数ヶ月前から「有料観覧席チケット」を手に入れる
確実に御柱祭を楽しみたいなら、有料チケットを購入しましょう。4月上旬頃に上社、下社でそれぞれ「山出し(木落し)」が行われます。今回取材に協力していただいた「マスヤゲストハウス」さんほか一部の宿では有料チケット+1泊のセット券が販売されていました。次回はどうなるかわかりませんが、公式販売以外の購入方法の可能性も! なんにせよチケット入手はお早めに!
●他県の人は、地元の人を絶対捕まえて一緒に行動する
僕は事前取材を試みたものの、「山出し(木落し)」の有料チケットも手に入れられず、日程調整がついた下社「里曳き」に参加して前述の無惨な結果に…。
すべては御柱祭を甘く見ていたこと、そして地元の人と一緒に行動しなかったことが敗因だと思っています。ジモコロライターのナカノヒトミは、長野出身の地の利を生かしてしっかり楽しんでいたようです。羨ましい…!!
●御柱祭を理解するためには結果14年かかると思った方がいい
●山出し
上社:2016年4月2日(土)・3日(日)・4日(月)
下社:2016年4月8日(金)・9日(土)・10日(日)●里曳き
上社:2016年5月3日(火)・4日(水)・5日(木)
下社:2016年5月14日(土)・15日(日)・16日(月)●宝殿遷座祭
上社:2016年6月15日(水)
下社:2016年5月13日(金)
もはや意味を成しませんが、今回の御柱祭全体のスケジュールです。そもそも諏訪湖中心に2カ所(上社、下社)で開催され、「山出し」と「里曳き」に行事が分かれている。歴史の深さ、仕組みの複雑さもあいまって、相当ハードルが高いお祭りだと言っていいでしょう。
一度飛び込んでみてダメなものはダメで致し方なし。反省点を生かして次回開催の御柱祭で本質に迫るしかないと思います! 少なくとも僕は、7年後にリベンジを果たしたいです。結果14年かかりますが、そのためにジモコロ自体を継続させないといけません。
それでは次回、2022年にお会いしましょう!
書いた人:徳谷 柿次郎
ジモコロ編集長。大阪出身。バーグハンバーグバーグではメディア事業部長という役職でお茶汲みをしている。趣味は「日本語ラップ」「漫画」「プロレス」「コーヒー」「登山」など。顎関節症、胃弱、痔持ちと食のシルクロードが地獄に陥っている。 Twitter:@kakijiro / Facebook:kakijiro916