ジモコロ読者のみなさんこんにちは、塩谷舞(@ciotan)と申します。しおたんと呼ばれています。渋谷の陸橋から失礼します。
私は生まれてから大学卒業までずっと大阪で暮らしてました。
が、「メディア関係の仕事なら東京一択や!」と5年前に上京。最初は泣くほど地元に帰りたかったけど、今はすっかり東京都民ぶっております。
ただ、福岡や高知をはじめ地方移住が盛り上がっていたり、手に職があれば地方に住んだ方が幸福度が高いぜ!という話もよく聞きます。で、ガチで今後の行く先を悩んでます。移住か、地元に帰るのか……。
そこで東京で働く色んな職業の人に「地元に帰らないんですか?」って聞いてみました。
大阪府出身→東京都在住
ジモコロ編集長・徳谷柿次郎(@kakijiro)さんの場合
「大阪と東京を比較すると、規模は違えど仕事内容は大きく変わらないし、もし移り住むなら、もっと自然のあるところがいいな〜!」
「うーん、それは一理ある」
岐阜県出身→東京都在住
漫画家・宮川サトシ(@bitchhime)さんの場合
「僕が岐阜に戻らない理由は、色々あるんですが……。母親が死んじゃったから寂しくて地元から逃げてきた、ってのが大きいですね」
「なんと……」
「でも情熱大陸に出られるんだったら、すぐに地元にカメラ連れて帰りますね」
「そうですか」
広島県出身→東京都在住
DJ・Webディレクター・野間寛貴(@HirokiNOMA)さんの場合
「親が『自分と同じ景色を見るな!』と、広島から東京の大学に行かせてくれたんですよ。子どもとしては、その投資と期待に添いたい部分がある」
「親御さん、カッコイイ!」
群馬県出身→東京都在住
起業家・関口舞(@mai_D_mai)さんの場合
「やはり、東京でいろんなことを成し遂げるぞ!という夢をもって上京しましたし、色々結果を出すまではずっと東京にいると思います。それに群馬は近いから、毎月家族にも会ってますし、そんなに恋しくならないのかも…」
「群馬ってそんな近いのか」
「群馬は関東です!」
愛知県出身→現住所不明
コンサルタント・夏目和樹(@Natsumeg_k)さんの場合
「うーん、どこでもいいけどね、住む場所は。よくわかんない国の島とかでも、Macとノリがあれば仕事できそうだし」
「電波はいるけどね」
と、5人に聞いてみましたが「地元に帰る!」という人はいませんでした(ちょっと人選が偏っていた気もする)。
しかし私はどうしよう。東京に永住したいとは思わない私ですが、今後の行く先は決まってません。
大阪に住む私の両親は、どう思ってるんでしょうね。聞いてみたこともありません。ただ、子どもに面と向かって「帰って来いや」と言える親も、そうそういないと思います。成人したら我が子といっても、それぞれ別の人生ですし。
でも、その町で生まれた子どもたちが、誰も地元に戻って来なかったら?
もしくは、外から若い人が移住してこなかったら?
近い将来、その町ごとなくなってしまうかも…。そんな状況に置かれている町もあるようで……
東京から5時間半、「大野」ってどこ?
9月某日、私は大阪に住む「電通の日下さん」という胡散臭い男性からこんな連絡を受けました。
(日下さんは、かつて大阪の「文の里商店街」のポスター展を大成功に導いたり、近畿大学の話題の広告を仕掛けたスーパークリエイターです。近畿大学の広告はこちらの記事でご紹介しました!)
「しおたん、 ちょっと大野ってところに行ってきて欲しいねん」
「…どこですか?最寄駅は?」
「越前大野駅ってとこ!」
「どれどれ」
「片道5時間半!? 遠っ……あの、私、ちょっと忙しいんで……」
「忙しいしおたんにこそ、行って来て欲しいんやわ」
「じゃあ、せめて間をとって金沢で手を打ちませんか?」
「それやと意味ないから! 大野まで行ってきて!頼む!どうしても見て欲しいものがあるんやわ!!」
「ううっ……」
年上男性からの押しに弱い私は、押しに負けて渋谷から東京、東京から金沢、金沢から福井、福井から1両編成の「越美北線」ってヤツに乗って、大野に向かうことになりました。
(※飛行機で行けば3時間くらいですけど、飛行機代をケチりました)
「はぁ、金沢で降りて海鮮丼食べたかったな〜……」
とブツブツ言ってるうちに着いた、福井県大野市!!!!
「あれ、この町、思ってたよりもデカいぞ」
「ようこそ大野へ!長旅お疲れ様です。大野市は福井県の中でも一番大きい市町村で、ここ大野盆地で約3万4千人の市民が暮らしています」
※突如現れたのは、大野市役所の広報担当室で働く「吉田室長」です
そう、大野は山奥の町だけど、結構デカい。地図で見るとわかりやすいぞ!!
市のシンボルは、こちらの大野城。コンディションが良いと、こんな景色が見られるんだとか……
http://www.onocastle.net/gallery/より
「お空の上!」
「ふふふ…“天空の城”って呼ばれてるんよ」
さらに。
全国の水道水を飲み歩き、水ジャーナリストとして有名な橋本淳司氏が、日本一、水道水が美味しい町は大野だと宣言しているほど。
360度ぐるっと山に囲まれた盆地で、冬場の積雪がある北陸地方だから、ミネラルたっぷりの地下水が豊富なんですって。家庭の水道からも地下水がジャブジャブ出てきます。
こんな感じで、地下水が湧き出る「湧き水スポット」が沢山。
なんと大阪から、毎月この水を求めて、自家用タンクいっぱいに水を注いで帰る方もいるらしいのですが……
この水、日本一だけあって、甘くてやわらかくて、めちゃくちゃ美味い。
水が美味しいと、その水で育つ食べ物も美味しい!お酒も野菜も蕎麦も最高でしたが、特筆すべきはこれ。
「大美商店」というお店で出会った…
若鶏 せせり1人前 350円(安い!)
私は肉の中では鶏肉が一番大好きなのですが……
「冗談抜きに、人生で一番美味いっす……」
「そんなに美味しい? よかった〜」
夜は星空がめちゃくちゃキレイ。それも、かつて「日本一、星空がキレイに見える町」に輝いたこともあるんだとか。
極め付けには、「マジで綺麗な淡水」にしか生息しないらしい、絶滅危惧種のお魚・イトヨもいます。
http://www.city.ono.fukui.jp/page/itoyo/より
水は日本一で、食べ物は美味しくて、城下町は美しくて……
「大野、マジ天国」
「わかる」
「電通の日下さんは、大野の素晴らしさと、絶品せせりの味を伝えたくて、大野に行けと言ってくれたのか……」
「あ、違うんよ。ちょっと聞いて欲しい話があってね」
大学・専門学校が1つもない大野市
はい。ウマい飯を食べに来ただけの旅ではありません。
吉田室長の話によると……大野市内には小学校が10校、中学校が5校、そして高校が2校あります。子どもは結構沢山いるんですが、大学や専門学校は1つもありません。
つまり、過半数の子どもたちが、18歳で故郷を出て行きます。
県立大野高校・卒業式の様子
「いまね、大野市の若者人口は減り続ける一方で……」
「そうなんですね……でも私も地元を出た身だから、若者の気持ちもわかるかも……」
この風景は、朝の七間通り。400年以上毎日続く朝市は「大野の日常」なのですが……
近い将来、過疎化によって朝市はなくなり、ここもシャッター街になってしまうかもしれない。
「それでね、電通の日下さんと大野の高校生が、一緒にやってる“大野へかえろう”ってプロジェクトがあって。その1つが、これね」
「おお??」
「大野ポスター展??高校生と??電通が???なんでですか???」
「これ、去年初開催したら好評でね。今年も開催することになったんよ。大野にあるお店のポスターを高校生に作ってもらうんやけど、これが去年のグランプリ作品」
大野高校、田中愛梨ちゃんのポスター。モデルは実のおばあさんだそうです。
「こりゃ素敵なポスターや!」
「でしょう」
話を聞くと、大野出身の電通クリエイターの方々や日下さんが、大野の高校生たちに指導をして、高校生が企画、キャッチコピーの制作、撮影までを行い、デザインはプロが担当する……というポスタープロジェクトなんだとか。
しかし、過疎化とポスター展になんの関係が??
よくわからないので、当事者に話を聞きにいきました。
ヘアサロン「R-up」ポスター
「切っても、切れない 仲になる。」
このポスターを作ったのは、大野高校の米村明莉(あかり)ちゃん、3年生。ちっちゃい頃、このヘアサロンに通っていたそうです。
18歳のあかりちゃんと、28歳の私…。
「あかりちゃんは、今回なんでポスター展に参加しようと思ったん?」
「私、将来はデザイナーになりたくって」
「へぇ!」
「ユニバーサルデザインに関わる仕事がしたいんです。ポスターも、絶対勉強になるし…」
「東京やとインターンとかの機会ってよくあるけど、田舎やとデザインを学ぶ機会も少ないし、これは有意義やね」
「はい!それに、子どもの頃にいつも髪切ってもらってたmieさんとも、久々にいっぱい喋ったし!」
「よく喋る様子がそのままポスターになってる! ところであかりちゃんは、来年には大野を出るん?」
「はい、大野やと芸大どころか、大学も専門学校もないですし……」
「そうやよねぇ……。でもやっぱり、引越しとか一人暮らしとかはワクワクするよね」
「しますね!ただ、大野好きやし、mieさんみたいに将来戻るのもアリかな、とか……まだわからないですけど!」
美容師のmieさんも、一度大野を出て福井市のヘアサロンで働いていました。ですが、15年ほど前に故郷に戻り、このお店を開いたんだそう。
取材を終えて、家に帰って行くあかりちゃん。
「なるほど……高校生に、大野で働く大人の姿を知ってもらうことで、将来自分が大野で働くイメージが湧く……だから”大野へかえろう”プロジェクトなのか!」
「そうなんです」
「そうなんですね」
広告っていうと、「集客」とか「話題性」みたいな、即効性が重要視されるもの。
でもこの大野へかえろうプロジェクトは、高校生と大人たちの「大野でのつながり」を作り変える、息の長いプロジェクトだったのです。
手作り工房「もっこ」
続いてはこちらのポスター。
「うららの手は この子らの親や」
「うらら」というのは、福井弁で「うちら」のこと。職人さんの作った工芸品や玩具などを販売している工房「もっこ」のポスターです。
制作を手がけたのは、大野高校の松田風音ちゃん。絵を描くのが大好きな高校1年生です。
「もっこ」の稲垣さんは…
「去年ね、ウチのお向かいのカフェが高校生にポスターを作ってもらってて、うらやましかったんですよ。それで今年は、風音ちゃんがこんなに素敵なポスターを作ってくれたでしょう。本当に嬉しかった〜。生きがいですよ!お店がある限り、ずーーーーっと飾っておきます!」
「ほんとに嬉しかったんですね〜」
たしかに「お向かいのカフェ」には、去年の夏に制作されたポスターが今でもしっかり飾ってありました。こっちにもポスター、あっちにもポスター。
↓お蕎麦屋さんでも……
↓日本酒の「花垣」でも……
↓お醤油屋さんでも……
「ん?」
「バカの味」
ここは予定外ですが、お話を聞いてみましょう。
「ノムラ醤油」ポスター
「お兄さん……表のポスターの方ですか?」
「あぁはい、そうです。」
「実際の姿とギャップがありません?」
「はい…。高校生が熱心に取材してくれた結果、”ここは変顔で、お願いします!”と。変顔するなんて初めてでした……」
「おぉ……では、もしかして。このポスター、今すぐ剥がしたいのでは?」
「いや、違うんです!! 驚いたんですよ。このポスターの評価がすごく高くて……みんな、”野村さんの違う表情が見れた!”とか、たくさん声をかけてくれるんです」
「なんと」
「僕は醤油職人として、ずっと真面目にやってきました。それも大切なのですが、型にハマッて作るばっかりではダメなんだと……そんなことを、このポスターが気づかせてくれたんです」
「そんな効果が…!」
そう話しながらも、ノムラ醤油さん、蔵のほうまで見学させてくださいました。
奥のタンクには1万リットルのお醤油が。
流れで、醤油製造体験まで!(※商品用のお醤油は、もっと衛生的な環境で製造されています)
「これって、私みたいな道行く人にも体験させてくれるんですね…!」
「若い方には、出来るだけ体験してもらいたいんですよ。それも、大野は今、若い人が減ってしまって、どこも後継者不足で…」
「そうみたいですね…」
「多くの方が“自分の代で、店は閉める”と言うんです」
「もったいない」
「でしょう。僕はノムラ醤油の6代目なのですが、辞めるのは簡単。でも、脈々と受け継いできたものの一部を、次の世代に渡さずに終わらせたくはないんです。
だからこうして、若い人にはどんどん醤油作りのことを知ってもらってるんです。そうしないと、この醤油も、いつかなくなってしまうでしょう」
そう語る野村さんの「ノムラ醤油」は、ちょっと甘くて豊かな味。
大野から出ても「あの醤油じゃなきゃダメだ」と、わざわざ取り寄せる方もいらっしゃるそうです。それはなくなったら、困る!!
「次の世代に受け継いでいかなければ、なくなってしまう」
受け継がなければ、野村さんとこのお醤油も、綺麗な大野の町並みも、なくなってしまうかもしれない。だから、どうか受け継いで欲しい。
それが、大野で生きる大人たちの、口には出せない本音です。
そこで、2016年の大野高校の卒業式。
お父さんやお母さんたちは、外の世界に行ってしまう我が子に向けて、サプライズでこんな歌を贈りました。ぜひ動画でご覧ください!!
大野へかえろう 卒業式プロジェクト (full version)
“大野へかえろう
言い出せないから歌にする
大野へかえろう
広い世界に出るといい
いつでも大野は待っているから”
(作詞:日下慶太氏・作曲:松司馬拓氏)
「広い世界に出るといい いつでも待っているから」
この歌詞は大野に限らず、日本全国の多くのお父さんやお母さんも、同じ気持ちなのかもしれません。だって大野には縁もゆかりもなかった私なのに、この動画を再生したら涙が止まりません。
しかしこの曲、気になる点が……
「作詞……日下慶太……?」
電通の日下さんは、今や完全に大野に入れ込み、卒業式ソングを作った上に父兄への歌唱指導までしてるそうです。さらに土日にはプライベートで大野まで行って、釣りに行っているそうです。熱量ありすぎ!
ヤマメが、釣れたそうです。
大人になって帰ってきた、かつての子どもたち
日下さんが大阪から足繁く通いたくなるのには、「水がうまい」とか「魚が釣れる」以外に、こんな理由がありました。
大野市に住む若者が集まるスペースでの1枚を、ご覧ください(私もいます)。
ここに集まっているのは、映像作家やフォトグラファーやアーティスト……それぞれ個性的な方ばかり!みんな「大野を盛り上げるぞ!」という前向きなオーラがすごくて、なんとも楽しいコミュニティなんです。
ほとんどが、東京や大阪に出てから、Uターンして戻ってきた若者。
さらに、大野市外から移住してきた人もいます。こちらは、大野の魅力に惹かれて、2012年に脱サラして引っ越してきた、二見祐次さん。
二見さんは、大野になんとも居心地のよいカフェ「Cafe Name came Ono」を作りました。なんとこちら、一泊2,500円から宿泊出来るゲストハウス付き!
店先には、高校生が作ったポスターもありましたよ。
本当に町中どこにでも、ポスターがあるな(笑)。
広い世界へ、行ってらっしゃい!
私が滞在したのはたった3日だったけど、酒やら味噌やらお醤油やらを買いすぎて、帰りにはこの大荷物に(笑)。
越前大野駅から1両編成の越美北線に乗り込むと、大野市役所の方々が、見えなくなるまでずっと、手を振ってくれていました。
水の美しいこの町が、ずっとずっと受け継がれますように。縁もゆかりもなかった私ですが、そう願わずにはいられません。
私にも、こんな田舎が欲しかった!!
大野では、たくさんの人と話をしました。東京だと絶対に関わりを持たないような、高校生から、80代くらいの方まで。
みんなが外から来た私に、「大野、ええとこやろ」と笑ってくれました。
今18歳のあかりちゃんが私と同じくらいの歳になったとき、ポスター展で接した大野の大人たちや、あの歌をどう思い出すんでしょう。
果たして「大野へかえろう」プロジェクトは、10年後、実を結ぶのでしょうか……。
でも。
もちろん、東京に行くのも、もっと遠い世界に行くのも、未来は彼女たちの自由です。
「広い世界へいってらっしゃい!」
来年の3月。大野の大人たちは18歳になった子どもたちを、全力で送り出してくれることでしょう。
今回紹介した「大野ポスター展総選挙」は、読者の皆さんも投票することができます。気に入ったポスターがあればぜひ1票入れてみてください!
・Special Thanks!
大野市のみなさん、大野市役所の雨山さん、鈴木翔太君、ヒロミさん、吉田室長、そしてすっかり大野市民のような電通の日下さん、ありがとうございました!
・Photo by 中村ナリコ
・広告主:福井県大野市
書いた人・塩谷 舞(しおたん)
1988年大阪生まれ、京都市立芸大卒。PRプランナー/Web編集者。CINRAにてWebディレクター・広報を経てフリーランスへ。お菓子のスタートアップBAKEのオウンドメディア「THE BAKE MAGAZINE」の編集長を務めたり、アートのハッカソン「Art Hack Day」の広報を担当したり、幅広く活躍中。
Twitterアカウント→@ciotan
個人ブログ→http://ciotan.com/