ダ・ヴィンチ・恐山と申します。
私は生まれてこのかた上京というものをしたことがありません。生まれも育ちも東京だったので、そもそも上京する必要がなかったのです。両親も東京在住です。
そのせいか、地方出身者が語る上京の苦労話がイマイチピンとこないんですよ。映画やドラマで「冷たいTOKYOの荒波に飲まれて変わっちまう主人公」を見ても、正直「そんなか?」と思っています。
そこで今回は、地方出身で東京在住、東京の荒波に揉まれに揉まれていろいろ歪んでいるであろう先輩方に話を伺うことにしました。上京って実際どんなもんなんですか?
今回は、身近にいる地方出身の皆さんにお話を伺うことにしました。
【登場人物】
京都府出身
35歳。バーグハンバーグバーグ社長。大学在学中に内定先の企業から「上京しろ!」と言われて、大学5年生のときに東京へ。紆余曲折を経て、現在ではオフィス徒歩圏内に住んでいる。都心からほぼ動かないことで有名。地元でくすぶってる後輩を上京させるのが趣味。
大阪府出身
33歳。バーグハンバーグバーグ社員。ジモコロ編集長。26歳まで大阪にいて、新聞配達や牛丼屋でバイトリーダーを務めていたが、シモダの後押しによって上京。「東京23区から離れたら家賃が安いはず…」と思い込んで東西線浦安駅 徒歩20分のアパートに住むが、後で死ぬほど後悔する。上京初手失敗組。
兵庫県出身
42歳。バーグハンバーグバーグ社員。ある日、シモダと大阪で飲んでいたら「上京しません?うちの会社に入りません?」といきなり口説かれた経歴を持つ。その後何の準備もしないまま奇跡のスピード上京を果たす。東京に来てまだ丸一年の上京ルーキーでもある。
大阪府出身
36歳。無職ライターとして活動しているが、関西学院大学→大手商社マンという立派な経歴を持つ。気づけば渋谷にある犯罪の臭いが立ち込めるような雑居マンションに居を構えていた。
上京して知った東京
「私は生まれも育ちもずっと東京なので、客観的に見た『東京』がどんなところなのかよく分からないんです。上京して驚いたことってあります?」
「人が多い。初めてスクランブル交差点を見たとき『えっ、これから祇園祭あるの!?』と思った。これは京都人あるある」
「通勤時の混み具合も異常だよね。大阪に住んでた時期もあったから多少の混雑には慣れてるつもりだったけど、レベルが違った」
「東京育ちだから、なかば当たり前だと思ってました。やっぱあの混雑は異常なんですね……」
「異常異常。上京してすぐに田園都市線の鷺沼(さぎぬま)に引っ越したんだけど、知り合いに教えたら『ご愁傷様』って言われたもん。あのへんの通勤ラッシュはヤバい。場合によっては左右から押されて足が地面から浮くから」
「僕はラッシュスポットから離れた浦安に住んでたから静かだった。東京のどこでもメチャメチャに混むわけじゃないんだけど、地方からだと見極めが難しいんで失敗しやすい。だから、住みたい町があったら一回は通勤時間の電車に乗ってみるといいと思う」
「ああ~。たしかに、町ごとの特性は地方から下見に来ても簡単にはわからないですものね」
「『東京』って町ごとにカラーがあるでしょ。それがそもそも日本全体で見ると珍しい。渋谷は若者の町、下北はサブカルの町、巣鴨はおばあちゃんの町、みたいな属性があるのを上京して初めて体験して感動したな~」
「逆に言えば、町の属性を間違えると死ぬ! 昔住んでた鷺沼は金持ちのファミリー層がメインの街だったから、独身一人暮らしの男が行きやすいメシ屋が少なくて困った。駅前パン屋ばっかり。東京の金持ちってパンしか食わんからね」
「偏見では?」
「独身向きの街かどうかは駅前の店舗を見ればだいたい分かるんですよ。僕が上京して住んでる祐天寺駅周辺は独身者が多いから、牛丼屋とかのメシ屋は多い。逆にスーパーが少ないのはちょっと不満かな」
「あと祐天寺はずっと曇ってるよね。24時間、365日。ずっと……」
「『のび太の大魔境』で出来杉くんが言ってたヘビースモーカーズフォレストって祐天寺だったのか」
「晴れてるときもあるわ。祐天寺は中目黒の隣で立地もいいのに家賃もわりと安いから気に入ってますね。特急が止まらない駅は狙い目」
上京ハイにはご用心!
「初めての上京が初めてのひとり暮らしになることも多いと思います。上京ひとり暮らしの落とし穴ってありますか?」
「『六本木と西麻布あたりの終わってるヤツらとは遊ぶな』だな。 最終的に頭おかしいAV女優に監禁されるから気をつけろ!」
「ヨッピーさんの実体験を一般論にしないでくださいよ」
「気をつけたほうがいいのは『上京ハイ』ね」
「上京ハイ?」
「上京ビギナーは開放感でテンションおかしくなって、全然いらんもんを買ってしまいがちなんですよ。僕は実家が狭かったから反動でひとり暮らしへの憧れがすごいことになってて、まず透明のガラステーブル買ったからね。読めもしない英字新聞はさんで」
「ガラステーブルはひとり暮らしには絶対いらん! 一見ステキだけど引っ越しのときの扱いがめんどくさすぎる。割れる!」
「ガラス製のりんごの置物も買ってた」
「だっせぇ~!」
「間接照明にも憧れて買ったけど使い方よくわかってなくて、自分の顔に光を当てて『想像してたのとちゃうなあ~』と思ってた」
「直接照明になってる」
「黒~い合皮のソファーも買ったけど、いらなかったなあ。でかいし、ギチギチするし、汗かくし」
「買って後悔するものランキングの上位、だいたい押さえてるな……」
「いいですか。『ガラスの家具』『間接照明』『合皮のソファー』……これがシティボーイ入門キットです」
「そういう失敗をしたのは、生活をゼロから作ってく自覚がないからですよ。実家で与えられる6畳は『生活空間に自分のスペースを6畳プラス』だけど、ひとり暮らしだと『生活空間と自分のスペース』全体を6畳でまかなわないといけなくなるんだから」
「なるほどなー」
「そこにガラステーブルを置く余地なんか全くない。ベッドとちゃぶ台と冷蔵庫があれば十分! シロウトが空間活用するな!」
「納得感がすごい」
住まい選びのコツ
「みなさんは東京のどこに住んできたんですか?」
「僕は最初に鷺沼の社員寮入って、入谷に引っ越して、渋谷に住んでる」
「まず浦安に住んで、次に戸越銀座。今は三ノ輪」
「僕はいまの祐天寺が初めての東京です」
「向ヶ丘遊園、次に巣鴨、学芸大学に住んで、今は中目黒です」
「一気に言われたので全部忘れてしまいました。まあいいか。そこに住んでみないと分からなかったことはありますか?」
「僕はもともと満員電車で通勤するのが大ッ嫌いで。絶対に通勤に電車は使いたくないっていう強い思いがあったんだよ。だから東京のド真ん中の渋谷に家があるとすんごい気楽」
「そもそも無職だろ」
「でもよく分かる。バーグハンバーグバーグのオフィスも僕の自宅からめっちゃ近いとこに作ったから」
「渋谷ってゴチャゴチャして住みにくいイメージです。家賃も高そうだし」
「僕にとって家なんか寝て起きるための場所だから、とにかく周辺へのアクセスがいい渋谷が最高なんだよ。渋谷で飲めば帰りのタクシー代も浮くし、なにより女子にモテる! 『あ~、飲み会のメンツ足りないならヨッピー呼ぼうカナ……?』あるやん!『終電逃したんなら俺の家、近いケド……?』あるやん!!」
「なんだこいつ」
「生活の基盤にスケベが根を張ってる」
「あと家賃は、駅から辺鄙な方向に10分くらいガーっとチャリで走ると都心でも結構安くなる!」
「それだけ遠いと通勤が大変じゃないですか?」
「チャリ移動を中心にしたらそんなに困らないよ。駅前の自転車置き場を月額で借りても総合的にお得。物件サイトに『徒歩15分~』ってあるとみんな候補から外すけど、工夫すれば思ってるほどデメリットないから」
「なるほど~。あ、でも雨の日はどうするんですか?」
「乾きやすい服を着る」
「そういう解決法?」
「大きい駅から徒歩15分以上かかるところはもっと近くに別の駅があったりするし、そこまで不便じゃないのは事実」
「柿次郎さんの場合はどうでしょうか」
「戸越銀座に住んでたときが思い出深いかな。住宅金融公庫物件というのがあって審査がそこそこ厳しいらしんだけど、家賃14万円、1LDK、40平米のキレイな物件を借りられたの。国がガッチリ設計してる物件だから丈夫だし、熱は逃げないし風は入ってこない、結露もしないんで最高だったなあ」
「14万かあ……けっこう払うの大変だったんじゃないですか?」
「当時勤めていた会社の社長の厚意で、50万円を無利子で貸してもらって。さらに品川区だったら家賃補助が2万5千円支給されたんよね。それだけじゃなくて、今の嫁が勤めていた当時の会社から期間限定で5万5千円の家賃補助金が出て…実質8万円引きの6万円で住めた」
「14万が6万……! とんでもなくお得じゃないですか!」
「でも、2年経ったら家賃が14万円に戻って急にキツくなった。気づけば住民税の支払いが滞って……」
「アホだ」
「前職の社長から借りた金も返しきる前に会社辞めてるしな。残りを建て替えたの僕だからね」
「あの失敗が逆にいい教訓になりました」
「いい風の話にするな!」
「ギャラクシーさんは今住んでいる祐天寺が初めての東京ですよね。どうやって祐天寺に決めたんですか?」
「中目黒にある会社の近くならどこでもよかったんで、シモダ社長に選んでもらいました。最初に内見したところで即決です。転職の準備が忙しくて、めんどくさくて……」
「本当はもっといろいろ見て回ってじっくり吟味させる予定だったのに、ギャラクシーさんが一瞬で決めたから寂しかった。もうちょっと楽しませて! 人の家探すのが趣味なんだから!」
「でも実際、地方から東京の住まいを探すとなるとあんまり時間をかけられないだろうし、ギャラクシーさんみたいに一発で決めちゃう気持ちも分かります」
「こだわりたいなら、上京したらレオパレスみたいな簡易賃貸を1ヶ月だけ借りて、腰を据えて探すのがいいよ」
「おお……なるほど、普通に参考になる。ギャラクシーさんには物件のこだわりポイントとかなかったんですか?」
「強いて言えば、家屋の騒音対策かな。隣人が立てる騒音のストレスってかなりキツいし、避けにくいからね。趣味でゲーム実況もやってるから迷惑かけたくもないし。だからまあ……骨組みが鉄筋で遮音性が高ければ…もう、それでいい」
「それで、いい」
「鉄筋以外は何も望まない人生。クールだね……」
「シモダさんは祐天寺の隣の学芸大学駅周辺に住んでたんですよね」
「そう。めっちゃキレイで広めな駅近マンションが8万円。不審に思って『ここ、人死んでますか』って聞いたら『風呂場で自殺してます』と」
「うわぁ。それでも決めたんですね。霊現象的なことはなかったんですか?」
「特になかった。ただ実害はあって、『ウチ風呂場で人死んでてん』って言ったら友達が寄り付かなくなってしまって……怖がって泊まりに来てくれない。かといって隠すのもイヤだし」
「事故物件のリアルなマイナス面ですね……」
「それで悩んだあげく、死因を変えて『飛び降り自殺』だったことにしてみたら人が戻ってきた。飛び降りなら『現場』が外になるから怖さが緩和されるでしょ?」
「確かに!」
「あれ、当時めちゃくちゃシャワー借りてたのに!?」
「事故物件に関するアドバイスは「死因を変えろ」です」
「おい!」
結局どこに住めばいいの?
「いろいろとお話を聞いて思ったんですが、上京したら結局どこに住むのが「正解」なんでしょうか?」
「飲みに行きやすいところ」
「会社に近いところ」
「家賃払えるところ」
「鉄筋」
「……えーと、つまり」
「…ということでしょうか」
「うん」
上京ひとり暮らしについていろいろ話を聞いた結果「人それぞれ」という結論に落ち着きました。肩すかしですか? でも万人に共通する正解なんてないのです。最初から上京を成功させようと思わず、自分にとっての正解を見つけていくのが一番なんじゃないでしょうか?
無限の宇宙から見れば、「東京」などという括りにはなんの意味もないのですから……
ライター:ダ・ヴィンチ・恐山
株式会社バーグハンバーグバーグ所属。作家名義は品田遊。
乾電池の購入やドリンクバーの利用など、多方面で活躍中。
ブログ→品田遊ブログ
Twitterアカウント→@d_v_osorezan