こんにちは、ライターの吉野です。私は今、沖縄本島の北部にある今帰仁村(なきじんそん)に来ています。
自炊料理家として活動する山口祐加さんに沖縄を案内してもらっていたところ、「この地域で生産されている『今帰仁(なきじん)アグー』を食べに行きましょう」と誘われ、専門店に行くことに。
今帰仁アグー料理が名物の「長堂屋」さん
「沖縄で豚しゃぶを食べるのは初めてです。綺麗な色のお肉!」
「今帰仁アグーが食べられるお店は少ないんですよ。アミノ酸が普通の豚の数倍含まれていて、脂の融点も低いのでとても甘味が強いんです」
「わ、濃厚な旨みだけど後味はスッキリ。どれだけ食べても全く胃もたれしない! 何だこの豚肉!!!」
「今帰仁アグーの農場がお店の近くにあるので、せっかくなら生産者の方に会いに行ってみます? 私は前に一度お話を聞いたことがあるんですけど、すごく面白い方なんです」
「こんな美味しい豚がどんな風に育てられているのか気になります。行きましょう〜!」
ということで、今帰仁アグーを育てている髙田勝(たかだ・まさる)さんの農場にやってきました。
お話を聞いてみると、髙田さんが育てている今帰仁アグーは私たちの知る「アグー豚」の中でも、さらに特別な種類。一般市場に流通していない、世界的にも貴重な豚だそうで。
今帰仁アグーのすごいところをまとめてみると……
・日本で唯一の「在来豚」
・一般の豚に比べ、暑さに強く病気にもなりにくい
・2014年に食の世界遺産である「味の箱舟=ARK OF TASTE (通称:アルカ)」に認定された
・普通の豚が半年くらいで出荷されるのに対して、今帰仁アグーは1年以上飼育してから出荷
・「人肌で溶ける脂肪融点」で、舌に馴染む味わい
・今帰仁アグーは商売目的ではなく、「種を保存するため」に飼育している
ちなみに、「味の箱舟ってなんだ?」と調べてみると、イタリアに本部がある国際組織のスローフード協会のこと。公式HPサイトを見てみると「Okinawa Black Pig」の名前で今帰仁アグーが載っていました。つまり、私がさっき食べたしゃぶしゃぶは世界遺産ということ……?
「今帰仁アグーの飼育は利益を目的としていない」と話す髙田さん。その活動の裏にはどんな想いがあるのか、お話を伺いました。
在来種は「混ざってしまうのが当たり前」
写真左:自炊する人を増やすために活動する、自炊料理家の山口祐加さん。子どもの頃から、沖縄のやんばるエリア(今帰仁を含む、沖縄北部の自然豊かな土地)に通っているそう
「こんにちは〜! 今日は髙田さんの農場がすごい、という話を聞いてやってきました。ここではどんな動物を育てているんですか?」
「こっちの農場にいるのは、琉球古地鶏(りゅうきゅうこじどり)と口之島牛(くちのしまうし)、それに島ヒージャー(ヤギ)や琉球犬もいますよ。今帰仁アグーは感染症対策のために、3年前から別の場所で飼育しているんです」
「どれも聞き慣れない名前の動物ばかり……」
「沖縄在来の家畜を育てているので、本土では見ない動物ばかりでしょうね。そこにいる小柄で茶色い羽をしている鶏は『琉球古地鶏』で、2019年に庭先では見られなくなった沖縄在来の地鶏『ハートゥイ』を私が島内で捕獲して、繁殖させた4代目になります」
手前の体が小さいのが琉球古地鶏。大きいのは奄美大島で鶏飯(けいはん)に使われた奄美島鶏の元原種鶏。いろんな種類の鶏と一緒に放し飼いされている
「『琉球古地鶏』って名前も髙田さんが名付けたんですよね」
「そうなんですね!」
「琉球古地鶏はすばしっこい鶏で、野犬やマングースから逃れるために50〜100メートルくらい飛ぶんですよ。だけどこの鶏たちが一番すごいのは身体能力ではなく、気候変動で穀物が採れなくなっても生き残る『適応力』で」
「適応力?」
「例えば琉球古地鶏はエサがなくなっても、草の実や虫などを食べて生き延びることができちゃうんです」
「人間がエサを与えなくても大丈夫なんだ!」
「在来の家畜は厳しい過酷な環境だった時代の沖縄でも生きていたこともあって、自らエサを探して食べに行く習慣がついているんですよ。人間が住めなくなっても、この鶏たちは生き残ると思いますね」
「普通の鶏だとそうはいかないんですか?」
「体が小さい方が身体を維持するのにエサが少なくて済むし、岩陰や草むらなんかに隠れて風雨や外敵から身を守るから、結果的に生き残りやすい。それに対して、我々がよく鶏肉として食べている品種改良された鶏は体も大きいし、俊敏性に欠け、警戒心も弱いので野生環境で生き残るハードルは高いんじゃないかな」
「そういえば、そこにいる牛も普通より小さいような。これも在来種ですか?」
「はい。これが『口之島牛』という在来種の牛です。国内で現存している在来牛は口之島牛と山口県萩市で飼育されている『見島牛』の2種類だけで、一般の和牛と比べても体格は小さめなんです。口之島牛は元々家畜である牛が野生化したもので、世界的にみても珍しいんですよ」
「家畜が野生化するケースもあるんですね! あ、あそこにヤギがいる。そういえば、沖縄では昔からヤギ肉を食べる文化があるって聞きました」
「季節の変わり目の行事には豚肉、たくさん労働して疲れた時には、豚肉ではなくヤギ肉を汁物やたたきなどにして食べていました。ヤギ肉はLカルニチンが多く、低脂質で高タンパク質なダイエットミートなんですよ」
立派なヒゲがあるヤギ「島ヒージャー(髯のある動物の意)」
「へえ〜! 髙田さんの農場には、本当にたくさんの在来種の動物がいるんですね」
「吉野さんは、『在来』ってどういう概念だと思いますか?」
「え、なんでしょう。『昔から日本にあって、西洋種を交配していないもの』みたいなことですか?」
「一般的な家畜として飼われているのは『改良品種』といって、近代遺伝学を基に人為的な選抜、操作を加え、形態や形質の特徴が遺伝的に保たれ、他と区別される一群です。
改良品種は、たくさん子を産んだり、肉質や生産効率が高かったりするように遺伝的な特徴を“固定”しています。いわゆる西洋種のほとんどが改良品種ですね、この改良品種の関与がほとんどなく、もともとの形質を保持している家畜群を『在来家畜』と言っています」
「家畜を目的に合わせて人間が作ったのが、改良品種の家畜ってことですよね」
「改良品種は、特徴を持たない種類と混ざっちゃうと困るでしょう。だから隔離して管理する。交配を意図的にコントロールするわけです。一方、品種ではない在来の地鶏はその辺の庭先で放し飼いされていたりするから、交配のコントロールもできていませんよね」
「野良犬や野良猫もそうですよね。だから雑種が生まれちゃう」
「そう。なので僕が思うに、そもそも品種になっていない『在来』とは、『混ざってしまうのが当たり前』なのが特徴なんです」
「混ざってしまうのが当たり前!」
「僕は他の土地の在来種を調査に行くこともあるんですが、海外の山岳少数民族みたいなところに行って『この鶏はなんて品種?』と聞くと嫌な顔をされる。地元の人は『これは鶏だよ』って答えるわけです」
「面白い(笑)」
「そこでは、品種の概念、品種間の雑種の概念が無かったりするんです。このような鶏は、混ざることで、環境インパクトに適応する能力が助長され、色々な地域で生き延びる能力を発揮したはずです」
「混ざっているほうが、生き残る力が高い……」
「もう少し言うと、在来家畜というカテゴリの中に、『在来品種』があります。
これは改良品種と少し違って、その地域の利用性、例えば『闘う』『薬に使う』『羽を装飾に使う』『鶏鳴を楽しむ』などに応じて交配選抜され、遺伝的に固定された在来品種。庭先の雑多な地鶏と明らかに違う特徴があり、多品種と混ざらないように隔離して飼育されていますね」
「つまり、在来品種からは地域の特色が見えてくる?」
「はい。例えば熊本の『久連子(くれこ)鶏』。古くから継承されてきた踊りで、笠を飾るために、長い尾羽を持つ鶏なんです。在来品種は卵や肉のためだけじゃなく、生活や文化みたいなものの中から生まれているんですね」
「地域によって文化も違うからこそ、土地ごとの在来品種があるんですね。ちなみに世界で一番、品種改良されている動物って何なんですか?」
「鶏と犬ですね。沖縄で猪が生息する地域では今でも琉球犬を狩猟に連れて行っているんですけど、繁殖した子犬の中で一番賢い犬は、子孫を残すために狩猟には連れていかないんですよ。猟に慣れていない時に、猪にやられる事があるので、成犬になる前に能力が高い犬と分かると繁殖用にするんです」
「いい遺伝子を残すために。あの、さっきから髙田さんの後ろにいる琉球犬がずっと吠えているのですが……」
「ああ、琉球犬は元々止め犬で、猪を追う動物だったので『獲物を追い詰めたら、主に大声で吠えて知らせる』吠え止めをする役目があるんです。だから今でも知らない人が来るとよく吠えてしまう(笑)。
アジアの猟をする少数民族によく飼われているタイプの犬で、西洋犬みたいにお腹を見せて甘えてくることはありません」
琉球犬の名前はジンくん、年齢は4歳半。髙田さん(主)が近づくと吠えなくなった
よく見ると、指が6本ある。これは琉球犬の特徴で、狼のなごり
本来の島豚に限りなく近い「今帰仁アグー」
鶏や牛がいる農場を案内していただいたあとで、車で15分ほどの場所にある今帰仁アグー農場を見学させてもらうことに。
「豚小屋の前に、亜熱帯の木がジャングル並みに生い茂っている……。これって何の木なんですか?」
「バナナです。以前、農園で豚コレラが流行った時に堆肥センターが豚の糞尿堆肥を受け入れてくれなくなって。それで『せっかくなら豚の糞尿堆肥を肥料に活用しよう!』と思い、バナナの栽培を始めたんです」
「まさか豚とバナナを同時に育てていたとは(笑)!」
「沖縄では昔から、豚とバナナ、芭蕉は切っても切れない関係なんです。せっかく栽培するなら普通のものだけでは面白くないと思って、世界中から120種類の品種を集めて育てています。たまにシェフなんかが遊びに来てくれた時は、豚よりもバナナの方を見て驚いてますね(笑)」
「よく『アグー豚は沖縄の特産品だ』って聞くんですけど、アグー豚と今帰仁アグーって何か違うんですか?」
「アグー豚というのは、地域名称と思われる呼び名が、近年銘柄として使われ始めた名称。本来は、島豚(シマウヮー)と呼ばれている豚です。かつてアジア広範囲から移入され、沖縄で独自に成立した豚が起源です。
ただ、現在の日本で流通しているアグー豚は、ほとんどが島豚と黒や茶色の毛色を持つ改良品種の豚が交配された豚を原種豚にし、それに効率の良い西洋種に交配しているんです」
「なぜ西洋種とかけ合わせを?」
「西洋種は繁殖や飼育、肉質など経済形質を改良した種類なので、その特徴を取り入れ産業的に効率を上げたんです。一方の今帰仁アグーは沖縄の在来豚の特徴を持つ豚同士のかけ合わせにこだわった、昔の沖縄に居た豚に近い種類なんです」
こちらが髙田さんの農場の今帰仁アグー
「より沖縄本来の島豚らしいのが、今帰仁アグーということですか」
「そうですね。その分、数も限られていて、現在は全島のアグー豚の中で0.5%にも届かない生産頭数しかいません」
「貴重な豚! 飼育の特徴も違うんですか?」
「全然違います。一般的な豚は大量生産でき、年間1頭の母豚が30頭近く産み、生後6ヶ月の約110㎏で出荷となります。今帰仁アグーは、年間10頭程、出荷までに12ヶ月〜18ヶ月かかり、皮下脂肪をなるべく付けないよう制限給餌をして90kgまで育てるんです。生理生態も違うので、それに合ったように飼育します」
「餌のタンパク量を維持させ、エネルギーを落としながら、皮下脂肪が付かないように、ゆっくりと成長させていく。そうすることで筋繊維が細かい上に、お肉の甘味と歯ごたえが良くなるんですよね」
「他にも、椎骨(脊椎の分節をなす個々の骨のこと)の数が一般的な豚とは違います。西洋種は22〜23本なのに対し、今帰仁アグーは19本とイノシシと同じ数。これは豚が本来、猪を家畜化した動物であること、沖縄で供犠に使われた事にに関係しているんですよ」
今帰仁アグーの身体的な特徴は背中が大きく凹み、腹が地面につきそうな点
「さっきの琉球犬みたいに、今帰仁アグーも警戒心が強いんですか?」
「西洋種に比べて警戒心が強く人馴れはしにくいですが、性格は温和で人に向かってくることはないです。一般的な豚は匂いで自分の子と他人の子を嗅ぎ分けるので、他の親豚の子供が授乳しようもんなら最悪噛み殺すことだってあるんですけど、今帰仁アグーは誰の子豚でも『任せなさい』って感じで受け入れ授乳させてくれるんです」
「母の無償の愛ですね! そう聞くと、優しい眼差しに見えてきました」
コロナ禍が畜産農家に与えた影響「自宅待機命令なんて通用しない」
「髙田さんが動物に興味を持ったきっかけって何だったんですか?」
「僕は東京都の品川区出身で、家族や親戚は新聞社や銀行勤めが多い中、なぜか僕だけが昔から動物が大好きだったんです。それで『動物を飼ってみたい!』と思って、小学生高学年の時に、親の許可なしにペットショップで烏骨鶏(うこっけい)を買ってきて」
「え、烏骨鶏ってペットで飼えるんですか?」
「天然記念物に指定されてるって後で知るんですが、50年前くらいにペットショップで、番(つがい)で4000円くらいで買ったんですよ。そこから一生懸命飼育して、卵を産んだ日は『天然記念物を殖やしちゃったぞ〜!』って嬉しくて、庭を100周くらいスキップしてましたね(笑)」
「いい笑顔。そんなに嬉しかったんですね!」
「それから家畜の関係に興味が強くなり、東京農業大学に入ったんですけど、特に日本国内の農業にこだわっていなかったので20歳の時に南米移住を志し、実習に出ました。その当時、南米の政治経済が不安定な事もあり、帰国して、農業をするために1984年に沖縄に移住したんです。それから畜産をしつつ動物園の仕事もやりましたね」
「アグーの生産に関わり始めたのは、いつ頃からだったんですか?」
「2000年からです。もう20年近く農業や畜産に関わってきているんですけど、このコロナ禍は過去1、2を争うくらいしんどかったですね。1ヶ月に150万円の赤字が出てしまい、3名でやっていましたが、従業員は解雇して……」
「えー!」
「畜産農家には『自宅待機命令』なんて常識は通用しない。動物の世話を毎日しないといけないから、コロナで39度の熱が出ても皆、働いていましたよ。豚肉自体は巣ごもり需要があったようですけど、今帰仁アグーの卸先は、こだわりのある飲食店が中心。市場にも出してなかったので、飲食店が休業すると収入源がストップしてしまって」
「いつまで続くのかわからない時期も長かったですし、どうしようもない状態が続いたんですね」
「今は400頭以上あった豚の出荷頭数を150頭ほどに減らして、何とかひとりでやっています。新規の卸先も今は断っているような状況で、本当にギリギリでやっている感じですね」
「コロナが特殊でこだわった畜産業に与えた影響は大きかったんですね……」
「最近、色々な農家さんから『肥料や飼料、資材が値上がりして大変!』といった話を聞くんですけど、髙田さんのところはどうですか?」
「エサ代は飛躍的に上がっていますね。それより恐ろしいのが、今まで輸入粗飼料で使っていた子牛の牧草が、1年ほど前から入らなくなり、お金を出しても買えなくなっていること。
世界中で起こっている異常気象に自然災害、最近のウクライナの戦争などの関係で、中国などの経済力のある国が穀物などの物流コントロールを図っていること、いろんな物が日本まで届きにくくなっているんです」
「そんな影響が!」
「家畜はこれらの流通に連鎖しているので、餌が手に入らないと家畜を育てられなくなる。すると、最終的に人間の食料がなくなるということですよね。幸い今はそこまで重大なことになってないんですけど、いつこの問題が人間に降り掛かって来てもおかしくない状態ですよ」
100人中90人が餓死するかもしれない? 日本の食糧危機の現実
「吉野さん、今の日本の食糧自給率って何%か知ってますか?」
「たしか、約40%ですよね」
「海外から種子や素畜、原料、エネルギーまでも輸入できなくなった場合、日本の食料自給率は約10%前後だといわれています。この数字が意味するのは『日本が自力で生産された食物だけで生活するなら、100人中90人が飢え死にする』ってこと。これから日本で食料自給率や生産者が増えることも中々ないだろうし、これが日本の現状なんです」
「ひえ……。だけど今はコンビニやスーパーに食べ物がたくさんあるので、食糧が足りなくなるなんて信じられません」
「だから誰でも食に対する感覚が麻痺しちゃうんですよね。現在の人口を賄えるのは、生産効率を上げて量産できる品種と技術などがあるからです。研究も試験も著しい成果を上げてきましたし、それを否定する事は全くありません。ただ、生産性を優先して、同一性の農産物を作る近代農業のやり方も、実は危険を孕んでいるんですよ」
「どうしてですか?」
「18世紀にアイルランドで起こった『ジャガイモ飢饉』って知ってます? 主食のジャガイモが疫病により枯死したことで、約100万人の人が亡くなった大飢饉。それを防げなかった理由のひとつが、大量生産するために、切った芽で殖やす栄養繁殖のジャガイモを大量に作っていたからなんですよ。同じ性質を持つクローンです」
「育つ品種が同一種ということは、疫病が流行れば全てがやられてしまうってことですよね」
「そうそう。でも、種の多様性や別の作物があれば、そういった事態は防げたんです。だから生存戦略で大切なのは同一性ではなく、『多様性』なんですよ」
「日本でも、『ジャガイモ飢饉』のようなことが起きる可能性はあるんですか?」
「はい。生産性を追って、同一の品種のみを育てる農業のやり方が主流になっていますから。日本人だって飢える可能性はありますよ」
「そんな……」
「そうならないためにも地元の環境に根ざした在来種を生き残らせないといけない、と私は思っているんです。今帰仁アグーのような在来種は今の経済社会では貧弱な立場かもしれないけど、違う価値で見ると非常に貴重な『種』になるんですよ」
「元々混ざっていることが当たり前な、多様性をもった在来種に価値が生まれていると」
「そもそも在来家畜は、はるか昔のエサもろくに貰えない、厳しい過酷な環境の中でも世代を繋げてきたんです。生き物としての強さを秘めている。いま、ワクチンの効かないアフリカ豚熱というものが中国から発生して、ヨーロッパまで広がってます。そんな中で、現地の知り合いが衝撃的な写真を送ってくれて」
「改良品種の白い豚が山積みで死んでる前に、この島豚みたいな黒い小さな豚が1匹、立ってる写真なんです。それを見て、『ああ、やっぱり在来種が生き残る可能性もあるんだな』って思いましたね」
「未来を示唆するような光景……」
「20数年前には、私が『在来種は遺伝資源なんだ』と言っても笑われていたけど、今の社会変化の中では全然反応も違ってきましたよね」
「在来種の遺伝子を未来に残していく。大変な思いをしてまで髙田さんが在来種を育てているのはそんな使命感のためですか?」
「そんな堅苦しいものはなく、家畜から理解できる、この沖縄という土地の民俗性が面白いからですよ。儀礼行事がなくて単純に食糧生産だけが目的だったら、沖縄の多くの在来家畜は生き残ってないでしょうしね。効率性も悪いし、収益性も悪くお金儲けもできないから。私だって、お金のためだけならこの仕事を続けてません(笑)」
「沖縄の在来種が今、こうして生き残っていることには意味があると?」
「何不自由なく食べることができるような時代になっても、沖縄という土地が生んだ動物を育てて、それを知った上で『今帰仁アグーを食べたい!』と思う人が出てきてくれる。この一連の流れが自分にとっては『種を守る活動』になっているんです」
これからは農家だけに頼ってはいけない
「今後来るかもしれない食糧危機のために、今の私たちができることってあるんでしょうか?」
「自分も食べるものは自分で作ることかな」
「ええ、いきなりハードルが高すぎませんか」
「まずはプランターでもいいんですよ。ベランダ菜園だっていい。昔は各家庭の畑で野菜を育てたり、裏庭で豚や鶏を飼ったりと自分たちの手で食べものを作ることが当たり前でした。それが農業という職業が生まれ、効率を発展させたことで『食べ物をつくること』が分業化されてしまった」
「たしかに、食べ物を作ってくれる農家さんがいるから、自分では作らなくてもいいって思っちゃう部分はあるかも」
「だけどね、これからは農家だけに頼っていてはダメ。もう農家だけじゃ間に合わない」
「ひえ……」
「なので、まずはプランターでもいいから、少しずつ自分の手で野菜を作ってみるのがいいんじゃないかな。現代人はあまりにも食に対して『消費するだけの立場』になっているので、農業と乖離している状況を少しでも減らすのが大切だと思います」
「私も、『もし食料が確保できなくなった時には、どうする?』ということを頭の片隅に置いて、食べ物と向き合っていきたいなと思います」
「在来種を食べてもらうことが、種の保存にも繋がります。また沖縄へ遊びにきて、今帰仁アグーを食べに来てくださいね」
おわりに
今帰仁アグーの飼育方法から食糧危機の話まで、盛りだくさんの取材でした。髙田さんのお話を聞いて、私は昨年アイルランドに留学していた時のとあるエピソードを思い出しました。
アイルランドでは現在もジャガイモが主食なのですが、他のヨーロッパは主食が小麦粉なのに対して、「こんなに文明が発達した今でも、どうしてアイルランドの主食はジャガイモなの?」と疑問に思い、尋ねてみたんです。
すると「アイルランドでは約200年前に大飢饉があって、とても多くの人が亡くなった。その歴史を忘れないために今もジャガイモを食べ続けている」と返事が返ってきました。
戦争も食糧危機も、人間は常に同じ歴史を繰り返そうとしています。もう二度と同じ過ちを起こさないためにも、アイルランド人のジャガイモを食べる習慣のように、日頃から食料に対しての接し方を変えていこうと思いました。
その第一歩として、今年はベランダのプランターにミニトマトなどの野菜を植えたり、地元の田植えイベントに参加したりするつもりです。 髙田さん、貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました!