夏が終わってしまった。私は先日、10年以上ぶりに花火をした。その際に花火を買いに行ったのは、浅草橋にある花火問屋だった。スーパーやコンビニなどでは見たこともないような花火が並んでいる店の入り口には、気になる文言が掲げられていた。「花火コーディネーターのいる店」と。
店内には見たこともないような花火がたくさん
ところで、歳を重ねたから、というのを差し引いても、昨今花火をまったくしなくなっていたし、誰かが花火をするのをこのところ見かけてもいない。世の中全体が花火をしなくなっているのは、気のせいではないはずだ。
音や煙などの理由から、花火を禁止している公園も多い。実際調べてみると、筆者の家の近所の公園は、昔は自由に花火ができたが、今は許可を取らないとできなくなっているようだった。
そうとなると、にわかに花火業界のことが心配になってきた。偏見だが、花火のような職人の手仕事の類のものは、得てして売り方がうまくなさそうなイメージがある。人々が花火をしなくなったところで、「俺ァ自分の仕事をするまでよ」と黙々と売れもしない花火を作り続けてしまうのではないだろうか。花火に対する住民たちのクレームに、彼らはただただ歯を食いしばって耐え忍んでいるのではなかろうか。心配だ。
花火をする人って、減っていますよね?
店の奥へ進むと、「長谷川商店」三代目の長谷川さんが現れた。もともと、「長谷川商店」は玩具を幅広く売っていたお店らしい。今は花火を中心に、花火のシーズンオフには節句人形やクリスマス用品も扱っている。店主の長谷川さんは、昔ながらの“花火問屋”のイメージとは裏腹に、iPadを駆使して取材に応じる。想像以上にハイテクである。
「こんなにたくさん知らない花火があることに驚きました」
「ははは。うちの店にしか置いていない花火はたくさんあるよ~!」
「でも、花火をする人って減ってきているイメージがあるのですが、実際どうなんでしょう?」
「友人や家族と公園や河川敷で花火をする、とかはやっぱり減ってはいるね」
「特に東京では、花火を禁止する公園がここ10年、20年でぐっと増えた気がします」
「花火の音や煙にうるさくなってきているのは事実だねえ。うちに買いに来るお客さんの中にも、派手なもので使っていいのは噴出花火までで、打ち上げ花火はダメ、音がなるべく出ない花火にしてほしい、といった要望も増えてきたね」
「そういった要望に対して、花火業界としての取り組みとかってあるんですか?」
「そう、最近になって花火業界もやっとそれに気付いてくれたんだよ。そういった工夫を凝らした商品がここ数年でようやく出てきてね。ほら、こういう、“煙り少なめ”を謳っている花火とか」
「“煙り少なめ”、本当だ、パッケージに書いてある。初めて見ました」
「でも、うちは団体の固定客が多いんだけどね、実は団体で花火をする人たちはそんなに減っていないんだよ。団体客の方々は例えば幼稚園の園庭とか、学校の校庭とかでやることが多いんだけど、教育のため、とか、親睦のため、とか大義名分があるからね。だから、うちの売り上げは実は昔とほとんど変わってないかな」
「へええ!」
「花火コーディネーター」とは一体何なのか?
「表の垂れ幕にあった花火コーディネーターってなんなんですか?」
「『花火コーディネーター』ね、これはうちの独自のものなんだけど、売り上げを保っている工夫の一つなんですよ。こうやって名乗っていると、メディアの人が気になって寄ってくるでしょう? 宣伝材料のひとつですね」
「はい、まさに『花火コーディネーター』が気になって寄ってきました」
「コーディネーターじゃなくても、ソムリエでもコンシェルジュでも何でもよかったんだよ(笑)。もちろん、そういう資格があるわけでもないよ」
「花火コーディネーターは、具体的には何をするのでしょうか?」
「保育園や幼稚園、大学生のサークルや老人ホーム、町内会などの行事として花火大会をやる際に、使う花火に、セッティングの方法、点火の順番と、最初から最後までプロデュースするんですよ。もちろん希望してくれればご家族とか個人のお客さんにもアドバイスしますよ」
「それは花火を購入した人に向けた有料オプション、ということでしょうか?」
「いやいやいや、無料だよ! 無料で全部やる。こうやって花火をセレクトして、設計図を作って渡すんです」
お客さんに渡す花火の設計図。設置場所から点火順まで考えてくれる
「えっ、これが全部無料?」
「そう。これをやると、僕たちもラクなんですよ」
「ラク?」
「おせっかいだからさ。昔からついつい、買いに来たお客さんの相談に小一時間くらい乗って、花火の楽しみ方のアドバイスをしてたの。そうしたら、同じお客さんが翌年もまた買いに来てくれて、『去年の良かったよー、また去年と同じような花火大会したいんだよね』と言ってくれる。とにかくこういうリピーターが多いんですよ」
「なるほど。設計図には、そのリピーターの管理の意味もあるんですね」
「そうそう。だから、お客さんごとに購入データと設計図を作っておけば、“去年と同じような花火大会”をまたコーディネートしてあげられるというわけです。それで、途中から『花火コーディネーター』と名乗り始めてみたりして。今、固定のお客さんは1500団体くらいいるかな」
花火大会を準備するのはロマンだ
「花火大会をセッティングするのにはね、ロマンがあるんだよ」
「ロマン??」
「ロマンっていうか、“勝負”だね」
「勝負」
「僕自身、昔、夏に海に遊びに行ったときなんかは、その海で花火をするグループの中で一番にならなきゃと思って花火をセッティングしていた。その場で一番、盛り上がる花火をしなきゃっていう使命感があるんですよ(笑)」
「ははあ。花火の技術でモテたい、ということですか?」
「そんな感じ。それは持って行く花火のセレクトだけではなく、置き方や点火の順番でも変わってくる。例えば、クライマックスでは派手なナイアガラの滝をやりたいけど、ナイアガラって火がだんだん小さくなってフェードアウトしていくタイプの花火だから、終わり方が寂しいのね。そこで、ナイアガラが終わりかけるタイミングに合わせて、フィナーレの打ち上げ花火がドーンと打ち上がるようにして、消えていくナイアガラから目線を上空にうつす、とかのテクニックがある」
「なるほど。ただ闇雲に火をつければいいってものでもないんですね」
「そうそう。僕はずっと子どもの頃から花火屋のせがれという看板を背負ってきたからね。その瞬間が“勝負”だった。花火大会を主催している団体のお父さんたちも、そういう気持ちがあるんだと思う。だって普段の仕事の様子はなかなか子どもに見せられないでしょう? 花火の点火を上手にキメると、子どもや奥さんが『パパかっこいい!』ってなるんですよ」
「なんかそういうのは、火を使うレジャーあるあるなんでしょうか。バーベキューで率先して火をつけたがるのと似ていますね」
「火を使うレジャーっていうのは、分かりやすく自分の持っている技術を見せびらかせるんですよ(笑)。男の本能的な欲求かもしれない。だから、ついつい、どうやったら予算内で極限まで派手に見せられて、たくさん花火ができるか、というのをお客さんを長い時間引き留めてアドバイスしたくなるんです。それにさ、急に町内会で、あなた花火の調達係ね、予算5000円ね、と言われても困るでしょう?」
「適当に手持ち花火のセットを買ってやりすごしてしまいそうです」
「同じ予算5000円でもさ、スーパーやコンビニで5000円分の花火を適当に買ってきて自分たちで花火するのと、うちに5000円を預けてもらって僕らがプロデュースしてやるのとでは、イベントの密度に雲泥の差が出るんですよ。花火専門店でも、ほかでこういうことしているお店ってないからね」
セット花火の値段とかさ増しの秘密
最後に、私たちが花火をするにあたって最もなじみの深い「セット花火」についてのここだけの話を教えてくれた。
「だいたい花火をするってなると、まずこういうセット花火を買うイメージがあるよね。この2つだとどっち買いたい? 左が定価300円、右が定価400円ね」
「うーん、こっちかなぁ。右。400円のセットのほう。袋が大きいですし」
「簡単に騙されるタイプだね(笑)」
「!?」
「値段聞いて、400円のほうが中身が多いだろうってまず思うし、400円のセットのほうがパッと見袋も大きいよね。でも、中に入っている花火の本数を数えてみると、300円のセットのほうが本数は多いんですよ」
「1、2、3……確かに。でも、買うときにいちいち数えるの面倒ですね」
「パッケージの後ろの“薬量”を見てみて。ほら、300円のセットのほうが薬量が多い。400円のセットの薬量が約10グラム、300円のセットの薬量が約20グラム。薬量というのは火薬の量のことだから、この薬量が多いほうが、花火の本数や燃える長さが長いってことになるんですよ」
「ほ、本当だ……! 今度から薬量を見ることにします」
「でも、僕はセット花火はあんまり好きじゃないけどね。燃える時間が短いものが多いし、セット花火なんて、花火の台紙とビニール袋に詰める手間賃にお金を払っているんですよ。しかも、一昔前はもっと袋の中にびっしり詰まっていたけど、最近では、花火を持つ台紙の面積を大きくしたり、小分けの袋に入れたりして、たくさん入っているように錯覚するようなセット花火も多くてね……」
「そんなこと書いてしまって大丈夫ですか?」
「ダメかもしれない(笑)」
と言いながら書くことを許可してくれた長谷川商店さん。独自の売り方を確立しているだけに、王者の風格漂う花火屋であった。強い。
長谷川さんオススメの手持ち花火
線香花火の状態からダブル回転に切り替わる「クルリンパ」
4本の花火が上下に弾む「たこおどり」
点火するとプロペラのように勢いよく回転する「回転遊戯」
●店舗情報
店名:長谷川商店
住所:東京都台東区柳橋2-7-3
TEL:03-3851-0151
書いた人:朝井麻由美
ライター・編集者・コラムニスト。ジャンルは女子の生態/サブカルチャー等。ROLa、日刊サイゾー、ぐるなび等コラム連載多数。近著に『ひとりっ子の頭ん中』(KADOKAWA)。構成書籍に『女子校ルール』(中経出版)。一人行動が好きすぎて、一人でボートに乗りに行ったり、一人でBBQをしたりする日々。Twitter:@moyomoyomoyo / Facebook:moyomoyomoyo.asai