りんご畑をバックにこんにちは。ライターの友光だんごです。今日は青森に来ています。
突然ですが、皆さんに「思い出の味」はありますか? 僕にとっては、母方の祖母がよく作ってくれた「おはぎ」。
大好物だったんですが、祖母は数年前に亡くなってしまい、もう食べることができないんです。レシピを知っている人もいないし、いろんな市販のおはぎを食べてみても、あの味はどこにもない……。
そう、思い出の味は気づけば途絶えてしまう。そんな現象は、悲しいことに日本のあちこちで起きています。特にローカルにおいて、古くから伝わる料理が食文化の変化とともに忘れられていくケースが多々あるのです。
そんな中、ここ青森では、古くから続く食文化が消えゆくことに危機感を覚え、地元の味を伝承することに取り組んでいる女性たちがいます。それが青森県弘前市を拠点に活動する料理研究ユニット「津軽あかつきの会」。
『津軽伝承料理』津軽あかつきの会著(柴田書店)より。撮影:船橋陽馬
あかつきの会には20代〜80代と幅広い年齢層の約30名が在籍しており、特に力を入れて取り組んでいるのが「地元・津軽地方の伝承料理を提供すること」です。弘前市の拠点では毎週木曜〜日曜のランチタイムに営業を行い、日本全国から人々がやって来るそう。
まずは伝承料理の味に触れてもらうこと。そして、それをきっかけに「思い出の味」を残していく。
『津軽伝承料理』https://www.shibatashoten.co.jp/detail.php?bid=00633900
あかつきの会の伝承料理はレシピ本として出版され、特に地元の書店では大反響。2021年7月に発行され、現在5刷(!)なんだとか。
そもそも津軽の伝承料理ってどんな料理なの?
「思い出の味」を残すために、できることはあるの?
気になる疑問を、津軽あかつき会の皆さんに尋ねてみました。
津軽あかつきの会副会長の森山千惠子さん(写真左)と、会長の工藤良子さん(写真右)にお話を伺いました
津軽の伝承料理を食べてみた
まずは「津軽の伝承料理」を味わってみないと、ということで、ランチタイムにお邪魔しました。
「今日はわざわざ遠い所からありがとうございます。まずはごはんを食べてみてくださいね」
「わ、すごい品数!」
9品ものおかずが並んだお膳に、ご飯と漬物、味噌汁、デザート付き。これ全部で1500円!
「さっそくいただきます!」
「食べながらお料理の説明も聞いてくださいね。小鉢の一つは昆布と煮干しの出汁がベースの『棒鱈(ぼうだら)の煮物』。高野豆腐とにんじん、ささげやふきが入っています」
棒鱈の煮物
「棒鱈ってちょっと苦手だったけど、美味しいです。おだしが効いてて滋味深い」
「ありがとうございます。『ニシンの飯寿し』は、私たちがニシンをさばいて漬け込みまでやっています。それが最近、ニシンの飯寿しとシードルが合うってことが分かったんですよ。シードルを飲んで、寿司を食べてを繰り返すと、シードルの味が変わります」
ニシンの飯寿し。隣に添えてあるのは『林檎きんとん』
「車で来たから飲めないですけど、シードルとのペアリング気になります! というか棒鱈もニシンの飯寿司も、魚の加工品ですね。やはり雪深い土地だからでしょうか?」
「はい。津軽はとても雪深い土地なので、春から秋に手にした産物を加工し、保存し、蓄える食文化が発展してきたんですよ」
「なるほど。今みたいな保存技術も流通もなかった時代に、雪国で冬に食べつなぐって大変だったんだろうなあ……」
「下段にあるのは『にんじんの小和え』。私たちの料理は油を使うことがほとんどないので、出汁で煮て塩を入れて、お醤油で味付けをしてネギを散らしています」
にんじんの小和え
「えっ、ほとんど油を使ってない?」
「基本的に、砂糖と油はあまり使いません。調味料は出汁や醤油など、植物性のものが中心です。食の安心や安全も考えているので、あかつき会では地元の食材を使うことと、保存料や化学調味料は使わないことにこだわっています」
「青森県の食べ物って塩気強めのイメージがあったんです。でも、そういえば今回の料理はそんなことないかも」
「昔は農業をしていた人も多くて、重労働で汗をたくさんかくので塩分が必要だったんです。だけど今の農業は機械化が進みましたし、たくさん塩分を摂る必要もなくなったので、しっかりと調節しています」
「ただ昔からの味を再現するんじゃなくて、現代に合わせてアップデートしてるんですね」
「そうですね。『きゅうりとさらし鯨の酢味噌和え』も、鯨肉を食べたことがない人でも食べやすいように、からし酢味噌で和えているんです」
さらし鯨(鯨の皮を薄くスライスし、加熱後に冷水でさらしたもの)を使った料理。さらし鯨は、津軽では「おばけ」と呼ばれているそう
「気遣いが細やか〜! あ、この料理めっちゃ好きです。ずんだで茄子を和えてる?」
「『茄子のずんだ和え』ですね。これは手間のかかる料理で、茄子に切り込みを入れて、枝豆が柔らかくなるまで湯がいて薄皮をとって、フードプロセッサーで砕いて。その後に、すり鉢ですっているんです」
茄子のずんだ和え
「本当に手間がすごい。パクパク一口で食べてるのが申し訳なくなってきた……」
「大丈夫ですよ。どんなに時間かけて作っても、一瞬で食べ終わっちゃうのには慣れてますから(笑)」
「心して食べます!!!」
こんな感じで、丁寧な説明を聞きながらいただく津軽の伝承料理は本当に美味しいし、楽しい食事の時間でした。味はもちろん、料理の作り方や食材の向こうから、津軽の風土や人々の暮らしが少しずつ透けて見えてくるのが、さらに面白くて。
しっかり料理をいただいた後で、事務所に移動して会長と副会長のお二人に話をうかがうことにしました。
「1食1500円」を維持するため、食材を自ら確保し手間を惜しまない
「どの料理もすごくおいしかったです!」
「ありがとうございます。お好きな料理はありました?」
「ずんだ和えと、あと『ねりこみ』も好きでした。ほんのり甘くて、野菜がほろほろ口の中でやわらかく崩れて……」
野菜の煮物に葛を入れて甘く味付けした「ねりこみ」
「引前地方では、昔から冠婚葬祭の時には必ず食べる習わしがあるくらいお馴染みの食べ物なんですよ」
「津軽ではさつま芋や人参、油揚げや枝豆など、シンプルに野菜を入れるんですけど、八戸のほうでは海が近いからか、さつま揚げやちくわ、ツブ(貝)の海の食材を入れるそうです」
「お雑煮みたいに、同じ青森県内でも、地域によって具材が変わるんですね! 面白いなあ。あとはやっぱり、すごく手間をかけて保存食にしている食材も多くて、津軽の冬の厳しさが感じられました」
「津軽は12月から3月まで雪に覆われる豪雪地帯で、農家は冬の間は何も収穫できないんですよ。だから長い冬を越すために、春から秋にかけて手に入れた野菜や魚を乾燥させたり塩漬けにしたりする保存食文化が発達したんですね」
「あかつきの会さんで出されているのは、特別な料理ではなく一般家庭で親しまれてきた料理なんですか?」
「そうですよ。津軽料理の特徴は、同じ素材でも飽きないように調理を工夫して作られていることです。そこには冬の間に家族を養っていく女性の知恵みたいなものが詰まっているんじゃないかなと思いますね」
「食材が限られていても、できるだけその中で楽しめるように。愛と工夫ですね……」
イカの身を包丁で細かくし、キャベツと人参と玉ねぎと小麦粉を混ぜて揚げた「イカメンチ」。あかつきの会では歯応えを出すため、イカの体よりゲソを多めに使うそう。そんな風に、家庭ごとに特徴が異なるのも特徴なんだとか
「あかつきの会さんでは、毎回こんなにたくさんの品数を出されてるんですよね。
準備が大変じゃないですか?」
「数日前から料理を準備するので、食事会は週4回、ランチタイムのみの予約制にしています。食事会のある日はまず献立を決めて、朝集まってみんなで料理を始めるんです。食事会以外の日は、メンバー同士で山菜やキノコを採りに行く時もありますね」
「えっ、みなさん自ら山に?」
「山菜とキノコは、山仕事が得意な会員さんが採ってきてくれます。野菜は農業を営む会員さんの畑で獲れたものを、魚介類は地域の農産物直売所などで調達してます。彩りを添えるちょっとした葉っぱやお花も、できるだけ自分たちで採ってきて使っているんですよ」
「できるだけ地産地消のものを食べていただきたいのと、人件費を抑える目的もありますね」
「気になってたんですが、これだけ手間をかけて品数も多くて、1食1500円って安すぎませんか? 県外からのお客さんも多いわけですし、もっと高くても食べに来る人はたくさんいるのではと」
「東京の人からは『1500円は安すぎる』と言われます。でもね、普通の主婦の方にとって、ランチで1500円以上出すのは大変ですよ。私たちがよそへ行っても、それより高いランチは行けないです」
「というと、一番は主婦の方に食べてほしいってことでしょうか?」
「やっぱり私たちは地域に伝わる料理を作っているので、観光客よりも津軽の人たちに食べてもらいたい。なにより津軽で暮らしているお母さんたちにこの料理を覚えてほしいんです。主婦からしたらちょっと高いけど、それくらいの価値はあると思っていただけるよう、いろんな努力をしてお出ししています」
「だから1500円に。そんな想いのある値段だったんですね……」
「ここの人に食べていただいてこそ、意味があるので。食べた人が家に帰って、一つでも作って見ようかと思って欲しいんです。そうやって味を残しておく、繋いでいくのが目的なんですよ」
「いまはいろんな物価も高騰してますし、維持されるのも大変ですよね」
「値上げしたり、品数を減らしたり、出来合いの出汁や食材を使うのは簡単です。でも、そうやって利益を優先してしまうと、今の活動が崩れてしまうことになりかねない、と思うんです」
「そんな風に皆さんが守ってきた味だったと思うと、より美味しさが増してきます」
「大変なこともありますけど、お客さんの『美味しい』の一言があればお金以上に潤うものがあるんです。だから楽しいですよ」
母の味が途絶える理由は「嫁姑問題」が関係!?
「工藤さんが『あかつきの会』の活動を始められた時のお話も聞いていいですか?」
「私は約20年前に、自分の母親世代の料理を食べたいとふと思ったんです。だけど、作り方がわからなくて。『このままでは津軽の伝承料理が途絶えてしまう!』と危機感を感じました。それから地元の年配の方々を訪ねて、料理とその調理方法をひとつずつ聞き、試作してレシピに残し始めたんです」
「工藤さんが活動を始めた20年前の段階で、すでに『母の味』が途絶えはじめていたんですね」
「当時は女性の社会進出が進みだした時期で、それまで専業主婦だった母親たちも働き始めるようになっていたんですね」
「時代的にも、冷凍食品とかコンビニのお弁当とか、便利なものが増えてきましたよね。その結果、徐々に手間のかかる伝承料理を作る機会が減っていったのだと思います」
「かつては食材が手に入りづらかった津軽でも、その状況が解消されれば、昔のような手間のかかる保存食を作るモチベーションもなくなってきますよね。女性の社会進出と、食文化の進化が合わさって、伝承料理の減少を生み出してしまっていたのか……!」
「あかつきの会の料理も『母から娘へ、娘から子へ』と言ってお出ししているものもありますけど、そうやって受け継いでいくのが難しくなった面もあるのかな、と思います」
「というと……?」
「やっぱりお姑さんと色々合わなかったりすることもあるじゃないですか。気持ち的に難しくて、お姑さんから教えてもらうことがなければ、それも味が途絶える大きな要因だったのかもしれませんね」
「なるほど、嫁姑問題! それこそ働く女性が増えてきた時代って、社会に出た嫁世代と、家を守ることが当たり前だった姑世代の価値観の衝突もあったでしょうね。それも時代の変化が産んでしまった世代間の対立……」
「お姑さんの作ったものを『美味しい』と一言でも言えば、作り方を教えてくれるかもしれない。けれど、その一言が言えない気持ちの問題もありますよね」
「食事会に来た方の中にも、食べながらお姑さんとのことを思い出して、涙ぐむ方もいらっしゃいます。それに、当時は母親がこんなに手間をかけて料理を作ってくれてたことに気づかなかった、という方も」
「味って、すごく強い記憶のトリガーになりますよね。今日いらしてたお客さんも『昔、母親が作ってくれてた味です』と感動されてました。そうやって、あかつきの会さんの料理でいろんなことを思い出す人も多いんだなあ」
厨房に貼られていたレシピ
「時代の変化で、家庭内での味の伝承が途絶えていってしまうのは仕方のないことなんでしょうか?」
「そんな時は赤の他人から聞けばいいんですよ。実際に、あかつき会に『津軽の伝承料理ってどうやって作るんですか?』と聞きにいらっしゃる人も多いです」
「『家族よりも他人から聞いた方がすんなりと受け入れられます!』といった意見もありますし、私たちは何も隠さずに教えてあげたいと思ってますから」
味を受け継ぐために、できること
「家族といえば、会員さんには『あかつき会よりも、ご自身の家庭を第一優先にして活動に参加してください』とお伝えしているんです」
「それはどうしてですか?」
「そもそも、あかつき会は会長のご家族の支えがあって、成り立っているからです。会長のご家族は活動初期から支えてくださっていて、今いる建物も元々は会長のお家の倉庫だったんですけど、私たちが調理場に変えたんですよね」
「そういえば、外観がめちゃくちゃ家だなと思ってました。会長のご自宅だったとは!」
「会長のご家族の応援といった幸せな土台があるからこそ、あかつき会は楽しく活動ができています。そのことを常に忘れないためにも、会員さんの家族のことも大切に思っています」
「なんて温かい人たちの集まりなんだろう……。あかつきの会さんが出されたレシピ本も好評だと聞きますけど、活動に注目が集まっていることは感じてますか?」
「ありがたいことに、いろんな取材もきてくださってますね。食事会にも、最近は男性のお客さんも多いんです。飛行機の機内誌で知ったらしくて、一人でいらして、『今度は妻も連れてきます』とおっしゃったり」
「若いお客さんも来ますか?」
「はい。『おばあちゃんの味がする』と言って喜んでくださいますね。最近はお弁当を作って催事にお出しすることもあります。数はそんなにたくさん作れないんですけど、この間も弘前市のイベントに出したら、30分で完売したそうですね」
「レシピ本の帯にもありますけど『発酵』や『プラントベース』って、まさにここ数年の食のトレンドですよね。昔から津軽で作られていた食文化に、何周かして注目されている現象がすごく面白いなと思います」
「残す人がいなければ、伝承料理はなくなってしまうと思います。なので、他の地域でも同じような活動があるといいですよね」
「あかつきの会が始まったのも、ギリギリのタイミングだったと思います。会長が活動を続けられてなければ、こうして津軽の伝承料理が注目されることもなかったでしょうし」
「僕も地元の岡山の味を調べてみます。今日はありがとうございました!」
おわりに
お二人の話を聞きながら思い出していたのは、自分の祖母と母のこと。祖母のおはぎはもう食べられないけれど、母のつくる卵焼きとサバ汁は、祖母の味です。味は家族の歴史となり、やがて地域の中で積み重なり、文化になる。そうした積み重ねのひとつが、津軽の伝承料理なんでしょう。
母の味を守るために今日も厨房に立ち続けるあかつき会のお母さん達。その活動の裏に「津軽の伝承料理を次の世代に繋げていく」という想いを常に持ち続けていることに、胸が熱くなる取材でした。
もし津軽に寄る機会があれば、ぜひ津軽あかつき会のお母さん達の料理を食べに行ってみてください。食事会は完全に予約制なので、事前に席を予約することをおすすめします!
津軽あかつきの会HP
https://tsugaruakatsuki.wixsite.com/tsugaru-akatsuki
☆お知らせ
2023年1月に、「津軽あかつきの会」の伝承料理を味わい、体験するツアーが開催されます。書籍『津軽伝承料理』の編集者でもある小林淳一さんを旅のキュレーターに、岩手県と青森県を巡りながら、山を隔てて異なる2つの食文化を体験しながら比較していく旅です。
日程は 2023年1月13日(金)〜15日(日)と1月14日(土)〜15日(日)の二パターン。現在、先行予約を受付中です(先着20名)。
詳しい旅の詳細や申込み方法はこちらをご覧ください。
構成:吉野舞
撮影:小田切大輝